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41 ー終わりの始まりー

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 きっと、いつも寝てるんだな。くらいに思われているだろう。

 フォーエンは両手を組んだまま、凄みを増して見下した。
 完全に、見下した目線である。

 はい、スカートで寝転んでいました。ごろごろと。
 そこにフォーエンが来たのならば、当然怒髪天である。イヤホンを取られて、何かで殴られて起こされ、飛び起きた次第だ。デコ痛い。

「ちょっと、ウトウトしちゃっただけなのに」
 ベッドの上で正座の理音に、フォーエンは凄んでばかりだ。
 しかし、何の用であろうか。
 午前中にフォーエンに会うことはないので、いつも仕事でもしているのかと思うのだが。

 フォーエンは、ため息まじりに呪文を唱えた。

 ー何を、…た。ー

 大事なところが、呪文である。

 理音が理解していないとわかるフォーエンは、静かにベッドに腰を下ろした。
 呪文を変えて、別の言葉に言い換える。

 ー何を、考えていた。ー

「え。ああ、舞台で?」
 舞台でか。それはまた、説明しづらいことを聞いてくる。自分ですら言葉にし難いのに。
 だから、前に問われた時と同じことを言った。
「ヴィシス、えーっと、イウォークルータ、えーと」
「ジーン」
「え?」
 話している途中で、フォーエンは否定してきた。文法が間違っていただろうか。
 しかし、彼は首を振る。
 そのことではないと、否定してくるのだ。
 何を考えていたと聞いてきて、答えれば否定される。

「や、別に他は…」
 そう言って、確かに別のことを考えていたのを思い出した。だが、早く皆が無事に帰って来ればいいと思ったのは間違いはない。
 とは言え、それがなぜ気になるのだろう。
 それに、一体どこで考えていたことを問うているのか、理音にはわからなかった。
 兵士を見ていた時のことか、それとも。

「ああ」
 思いついて、理音は柏手を打つ。

 あの時の男の話か。

 しかし、短髪の男がいたように思えただけで、そうであるとは限らない。
 だが、言っておいた方がよかったはずだ。何かある前に、知らせなければならないことなのに、大丈夫だと思って耳に入れなかった。

「えっと、あの人、エシカルの短髪の」
 髪が短い。が言葉にできない。
 エシカルで会った、男がいた。と伝えて、兵士、と繋げる。格好がわからないので、やはり絵に描いた。
「似た人がいたの。だからあれ?って思って」
 途端、眉と眉の間にシワが集まった。言うのが遅かったらしい。鼻をつねられ睨みつけられる。
 ふぎっ、と鳴く理音を無視してツワを呼ぶと、呪文を伝えた。
 伝言ゲームのように、コウユウ辺りに届くのだろう。
 しかし、フォーエンは更にそれではないと、今度は顎をとって、何を考えていたのかしつこく聞いてきたのだ。

「ほえ、にゃに」
 何をそこまで気になっているのか。

 それよりも顔が近すぎて、答える前にそれをはたいた。
「も、そうやって、すぐ触んのやめろっ」
 脈が正常でなくなるだろうが。
 大体わざわざ触ってくるから、余計な考えが生まれてしまうのである。
 タラシこみの技をやめていただきたい。断固お断りである。
 だのにフォーエンは仕返してきた。両頬をつねるのである。
 しかも、眉のシワがまた最高潮である。

「いだだだだ」
 つねりながら呪文を唱えてきた。何を言っているかわからない。
 そしてなぜ不機嫌になっていくのか、その理由が理音にはわからなかった。
 フォーエンの機嫌は急下降だ。昨日以上の不機嫌さへと落ちた。

「こら、離せ!」
 さすがに腹が立つと、額に一発平手を入れた。軽く一発である。
 けれど、いい音がした。べちりと鳴って、前髪がはらりと乱れた。
「あだっ」

 そこから何が起きたのか、一瞬わからなかった。
 頭に何かがごつんと当たって、痛みに悲鳴をあげると、肩に体重がかかった。
 のしかかるように押し倒しされたと気づいた時には、フォーエンがひどく怒った顔で呪文を唱えたのだ。

 ーお前は、…だ!ー

 目が点である。言われた内容もわからなかったが、なぜこの体勢になってるかもわからない。
 どちらも全くよくわからない。
 それからもっと長い呪文が続いた。それは全く理解できなかった。ただ怒りに迫力があって、いつものスカートで怒るような顔ではなかった。

 一瞬、怯えた。
 許しを得ない迫力で、体が痺れたように動かなかった。
 けれど、それを解いたのもフォーエンだった。

 開いた口から、怒鳴りが聞こえるかと思った。しかしそれは右に逸れて、激痛を走らせたのだ。

「いだーーーーーっ!!」

 何とこの男、人の首元に噛み付いたのである。
 涙が出るほど痛んで、怒っているとかいないとか考える間もなく、今度は思いっきり顔をはたいてやった。

「噛み付いた!信じらんない!バカ!アホ!バカっ!」
 罵詈雑言を吐いて飛び起きて、噛まれた首元をさすった。ぬるりとした触感がよだれかと思えば、まさかの血である。

「血が出るほど噛み付くとか、何考えてんの!信じらんない!アホ!バカ!」
 鏡で確認すると、歯型くっきりの、素晴らしい跡が残っているではないか。
 内出血して、その上血が出ている。
 一体どこの吸血鬼だ。

 一体全体、どうして噛みつき行為を行うのか、フォーエンは黙ったままよそを向いている。
 シカトである。
 しかも、子供みたいに頬を膨らませていた。殴ったろうかこいつ。

「もう、アホ、アホだ。フォーエンのアホ!噛み跡残った!」
 いだいーっ、を連呼していると、さすがの騒ぎにツワが入ってくる。
「うえーん、ツワさーん、フォーエンが噛んだーっ」
 ぶすくれてる男を指差して、首元を見せて、ツワに助けを乞うと、ツワも何があったかとおろおろして、手当の道具を持ってきてくれる。
 その間、あの男は人のベッドで寝転んで、狸寝入りのように壁に向かってしまった。
 何と言う男なのだろうか。全くもって意味がわからない。

 ベッドで寝転んで、先ほど理音の頭に当たったタブレットを開いて、聞かないふりを始める。最悪である。
「もー、信じらんない。信じらんない」
 それしか言えない。
 理由がわからないので、それに文句も言えない。
 とにかく落ち着くようにと、ツワがお茶を持ってきてくれる。
 フォーエンにも声をかけているが、奴は寝転んだままだ。

「ほっといていいよ、ツワさん。もう、あのおバカにお茶なんてあげないでいいよ」
 むしろ自分が全部飲んでやる。とフォーエンに注いだお茶も飲み干してやった。
 ささやかな復讐である。ささやかすぎて、腹の虫が収まらない。
「くそーっ、痛いーっ」

 何一人で怒って、一人でぶすくれているのか、全くわからない。
 手当てしてもらった首元をなでて、理音はちらりとフォーエンを見やった。座り込んでタブレットを触っている。
 くそう、この野郎。

「リオン」
「何っ!」
 ぎろりと睨みつけた。睨みつけたつもりだが、何の迫力もないと、何もなかったかのように、写真がない。と告げてくる。
 何の写真だ。さすがに苛つく。
 何かの写真がないらしい。呪文が聞き取れないので、シカトする。お茶うまい。

「リオン!」
「何よ!」
「シャシン!」
 何が写真だ。そこになければないものはない。フォーエンは眉根を寄せていた。一体何を探しているのか。
 トン、と指差された場所。新しい写真がないと言うのだ。
 それはそうだろう。今朝から写真など、一枚も撮っていない。
 フォーエンはタブレットに入っていなければスマフォかと、そちらもしっかり調べる。どちらを調べても入っていないのだが。

「今日、撮ってないよ。何で?ほしかったの?」
 呪文は唱えられない。とりあえず首を振っておく。
 すると、どこか考えるようにして黙りこくってしまった。
「必要だった?」
 言って思うのだ。フォーエンにとって、写真は敵を見つけるための一つの手段だ。何かおかしいところはないか、後で確認をしたりする。
 宴ではあるまいし、あの場でフォーエン自体はカメラを構えていられない。ならば理音が撮るべきだった。

「ごめん。気づかなかった、今日は…」
 撮る気分ではなかった。撮ろうとも思わなかった。
 遠征に喜び勇んで行くあの姿を、撮る気は起きなかった。
 それをフォーエンに言うのは、御門違いである。
 彼の戦いを否定する権利はない。
「次から、ちゃんと撮るようにするね。バル、ガーリ写真」
 次、写真を得る。でわかるかどうか。
 そして謝りの言葉を告げた。それくらい気づいておくべきだった。
 フォーエンは静かに理音に向き直った。
「レーヴァ」
 座れ、である。お説教であろうか。
 ベッドに促されて座ると、フォーエンの呪文が始まった。わからない呪文である。何を言っているかはわからないが、お説教の類ではなかった。

 彼の呪文を聞くたびに、心苦しくなってくる。

 彼は普通に話すより、ずっとゆっくりと話してくれるのだ。
 早口にたきつけてもわからないと、知っているからだけではない。
 覚えやすいように、覚えられるように、丁寧に言葉を紡いでくる。
 そして、それが真剣な顔であれば、重要な内容なのだ。

 しかし、いつもならばわかるように説明してくれるフォーエンだが、呼び出しがかかった。
 何かしらの伝言を持ってきた者は、彼に何かを告げた。
 あまりよくない話だろう。フォーエンに何かを伝えるためにここに誰かが来たのは、初めてだったからだ。
 しばらく話して男が戻ると、フォーエンは少なからず厳しい顔をしていた。
 それを理音に向けたまま、何かを言うか言わないかと間を置いて、結局何も言わずに、踵を返して部屋を出ていった。
 何もわからない、それが不安になる。
「何か、あったんだろうけど…」
 また暗殺であったり、別の事件が起きたり、敵の多いフォーエンならばあり得るのだろう。
 彼の敵は多い。それがどれくらいだとか聞いたわけではないが、彼の戦い相手は彼の都合を考えたりしない。
 絶えず、休みなく、起きていくことも多いのかもしれない。

「写真か…」
 目で見て気づくことなど、星の中のほんの一粒の光なのだろうが、それでも役に立つならば、手伝えるものなら手伝わなければ。

 次に出る時はしっかり撮ろう。
 細かいところも、何気ないものでも。何でも。

 そう誓って、
 すぐのことだったのだ。ひとまずが終わったのは。
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