上 下
34 / 244

34 ー謝罪ー

しおりを挟む
 王都へ戻ってそれから。
 結局、前のように地区に閉じ込められ、数日が経ってしまった。


「ああ、やっぱり、戻って来たのが悪かったかな」

 いつも通りの四阿で一人。
 椅子を背もたれにして、理音は空を眺めながら呟いた。

 王都に戻ってきてから、フォーエンは一度もこの場所に姿を現していない。
「誘拐は自作?いらないから捨てちゃえ。な。わけないか。フォーエンだったら普通に斬り捨てそう」
 呟いて、空にため息を吐く。

 帰ってきた、その瞬間は歓迎されたような気がしたのだが、どうも勘違いだったらしい。

 全く姿を見せないフォーエンは、理音がどうしていなくなったのか、どうやって帰ってきたかについても問うことはしていない。
 会っていないので、問われるわけがないのだが。
 コウユウもツワも、理音と会話をしようとはしない。
 何かをするに辺り、指示をしたりはするが、理音についての何かを聞くことはなかった。
 フォーエンだけが、理音の言葉を聞き、わからなければ尋ねてくる。
 帰ってきてからというもの授業は行われ、誘拐されたことなどなかったように言葉を学んだ。あの部屋には行くが、教えるのはツワで、フォーエンではない。
 フォーエンは王都に帰ってきてるよな。と問いたくなるくらい、彼の姿を見なかった。

「あっちの部屋に行っても、来ないしな」
 いつもならば、たまに顔を出してくるのに、それすらもない。
「帰ってこなきゃ、良かったかなー」
 けれど、自分は一人で生きることができず、戻ってくるしかなかった。
 まあ、廓にでもなれば生きていけるだろうが、それをするぐらいなら別の方法を考える。

「ここにいる意味か。…ないからな」
 早く言葉を覚えて、この状況から出るべきだろう。置いてもらえている間に早く。

 ため息をついて、またため息。
 それと、あの男は無事に逃げただろうか。
 助けてもらった礼を言っていない。
 案内してくれてありがとう。とせめて一言。とは言え、あまりに怪しい男であったが。

 実際、あの男が暗殺者であれば、大問題である。
 たやすく城に中に入れて、王の入る建物内に侵入できてしまうのだから。
 安全なんてどこの話であろうか。だからこそか、理音があっさりと誘拐されたわけでもある。
「セキュリティ、がばがばすぎ…」
 城の搬入口から入り込んだわけだが、その後も案外楽に入り込めた。それを考えると、何警備してるんだ。というレベルである。そのおかげで入り込めたわけだけれども。
 まさかこの王都のこの城も、あのレベルじゃないだろうな。と一抹の不安を感じる。実際、暗殺者は理音のいるこの地区に出ているのだから。

「あのレベルか…」
 協力者でもいれば、楽に入り込めることだろう。服でも変えれば、大勢の中の一人に入り込んでしまえば、存外楽に入り込めるのかもしれない。
 そう思いながらタブレットを広げた。
 庭に置いておいたタブレットやスマフォはしっかりとしまわれていて、リュックと共に無事だった。
 録画していた星も綺麗にうつり、バッテリーが終わるまで、空を撮り続けていた。
 早送りをすれば月が動いていく。美しく弧を描く軌道が、はっきりと映っている。
 ただ、おかしなものも映り込んでいたのだが。

「これ、フォーエン、見たかなあ」
 かなり最後の方に映っていたわけだが。

 木々の隙間から、何かが飛び移る。一度動きを止めてタブレットを注視するが、何事もないと認識したか、そのまま同じ方向へ飛び姿を消した。
「人だわ。しかも、前の暗殺者みたいな服」
 この時間は、理音が誘拐され終えている時間である。それなのに、暗殺者が庭をうろついている。
 まさかのバッティングである。
 誘拐犯が来ていなければ、最悪暗殺者に殺されていたかもしれないと言う事実。
 自分がどれだけ狙われているのか、あまり知りたくない事実だ。
 再びため息をつく。

「セキュリティ甘すぎだって」
 理音は考えるのをやめて、庭を回ることにした。
 荷物をリュックに詰め込んで、しっかりと背負う。
 もう荷物と離れたくない。
 この中には服もあるが、水の入ったペットボトルと、こっそりキープしたお菓子が入っている。
 リュックごと誘拐されれば、あそこまで大変なことにはならなかったのに。などと都合のいいことを思う。
 まあ、一日くらいどうにかできる荷物が入っているわけだ。
 そして、これから武器も持つことにした。
 遊郭から持ってきたかんざしは、いつもスマフォに刺しておくことにしたのだ。
 念のためだ。

 武器を持って警戒するとは、一体どんな女子高生である。
 しかも、かんざしとは。
 必殺的な時代劇か。内心笑って、理音は庭を散策した。

 あまり奥まった場所への散歩は、危険だ。まあ、何が起こるかわからない、がばがばセキュリティ。警戒はしておきたい。
 建物から見える場所に位置した小さな滝のそばでぼうっとすると、動物の鳴き声に気づいて頭を上げた。
 木の上に、ちょろりと何かが走っていく。それと同じ何かがちょろりと降りてきて、草の中に姿を隠した。
 リス。であろうか。
 すぐに写真を撮ろうとしてしまう。スマフォをさっと構えて、草むらから出てくるのを待つ。
 待ち構えたのがばれたか気配を消されて、待ちぼうけをした。
 構えるのをやめると、その隙を狙って、小さなフサフサした丸いものが、ちょろろろと木の上に登って、幹の隙間に入ってしまった。

「やだ、かわいいっ」
 リュックを下ろして庭石に足をかけると、そのまま片足を木にかけた。
 バランスを崩せば転げそうになるが、そこを何とか耐える。スカートを履いているが何のその、大股にして木に体重をかけて、木の幹を覗き込んだ。
 リスのような、尻尾がもふもふの動物が、ボリボリ実を食べている。

 しかし、カメラを構えた瞬間、叫ばれた自分の名。

「へ?」

 それが誰だかわかっていたが、何故そんな怒るように呼ばれたのかわからなかった。
 けれど、すぐに気づいた。

 何て格好をしているんだ、お前は。

 である。
「おう」
 急いで飛び降りて、何事もないように、笑って返してみる。
 スカートも、意味もなく払ってみる。

 フォーエンの眉間のシワは、最高潮である。後ろにいたツワも苦笑いだ。
 久しぶりに見たフォーエンは、おかんむりになってしまった。


 建物に戻るのに、ずっと怒っている。しかもお説教である。何言ってるのかわからないと知っていての、お説教である。
 時折、聞いているのか!のような意味であろう、大声を出して睨みつけてくる。
 いや、言ってることわからん。のだけれど。
 またぶつぶつ何かを言って、理音を睨みつけては、また何かを大声で言った。

 ごめん、全然わかんない。

 その顔がまた腹立つと、舌打ちしそうな顔をしてきた。実際した。
 王様が舌打ちである。
 はい、以後気をつけます。

 反省の色を出してみると、フォーエンは肺活量を駆使した、大きなため息をついてくれた。
 久しぶりに会ったからこその呆れも最高潮である。
 お変わりないようで、何よりだ。

 木に登ろうとしていたわけではないのだが、足を大きく開いていたのが相当気に食わなかったようで、建物に戻ったらツワにすぐに着替えさせられた。
 裾ずるずるの着物である。
 足を絶対開くなという意思表示が、強硬手段である。
 この服を着てても股ぐらい開けるのだが、それはやめておく。


 着替え終えて部屋に入れば、フォーエンはまだいて、そしてまだ不機嫌だった。
 もうしないよー。とは約束できない。気をつけてみるぐらいであるが、それは言えないのでよかった。
 席に座ると、ツワがお茶を持ってきてくれた。可愛らしいお菓子の乗ったお皿も運ばれてきたので、気にせずいただく。
「おいしー」
 砂糖の甘菓子だ。こんなものを毎日食べ続けて、ゴロゴロしていれば太るだろうな。けれど食べる。
 おやつをいただいてご機嫌の理音に、フォーエンはやっぱりため息をついた。

 内心、フォーエンはもうここには来ないと思っていた。
 そう思うほど、長く会っていなかったように思える。
 だから安心してしまったのか、ふにゃりと顔を崩した。
 その顔を見て、再び深いため息をつかれたのだが。

 相変わらずぴしりと背筋を伸ばしたフォーエンは、タブレットを出すように言った。筆記で、つまり絵を描いて話をするのが常なので、いつまでもお菓子を食べているな、と急かしてきたわけだ。
「あ、そーだ。フォーエンこれ見た?」
 タブレットを出すついでに、エシカルのムービーを取り出す。暗殺者が映っているあれを、フォーエンが見たかどうか。
 見せれば、ああ、と頷いた。
 ああ、やっぱ知ってるか。でも、と思う。
「でもこれ、私誘拐したのとは別だよ?それは知ってるのかな」
 説明が難しいが、何とか絵で表現してみる。

 月を描いて部屋の中、頭を殴られて倒れた自分。女たちと同じ服装であるかは表現できないが、二人はいたことがわかるようにして描いた。
 それから、月の移動したもっと後の時間、タブレットのある木の近くで、暗殺者が木々の隙間を飛び移る。
「誘拐犯と、暗殺者がいたわけなんだけど」
 これには気づいていなかったようだ。
 一瞬の驚き、そしてすぐにツワに何かを伝える。
 ツワは部屋を出ていった。それを見送り彼は向き直ると、理音を真っ直ぐ見つめた。そしてそのまま、深々と頭を下げたのだ。

「え、何?」
 教えてくれてありがとう。だろうか。それなら、ニーアルエでいいだろうが。
 頭を下げてから、フォーエンは真剣な眼差しで理音を見つめた。
 ありがとう。と言っているわけではない。

 彼がその後言ったことは、シーラウン、ごめんなさい。だったのだ。

「何が?」

 首を傾げると、やるせないように理音の頭を撫でて、もう一度同じ言葉を告げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

私、異世界で監禁されました!?

星宮歌
恋愛
ただただ、苦しかった。 暴力をふるわれ、いじめられる毎日。それでも過ぎていく日常。けれど、ある日、いじめっ子グループに突き飛ばされ、トラックに轢かれたことで全てが変わる。 『ここ、どこ?』 声にならない声、見たこともない豪奢な部屋。混乱する私にもたらされるのは、幸せか、不幸せか。 今、全ての歯車が動き出す。 片翼シリーズ第一弾の作品です。 続編は『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』ですので、そちらもどうぞ! 溺愛は結構後半です。 なろうでも公開してます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...