群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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28 ー先ー

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 できるだけ、安全そうな人を探して、声をかける。
「すみません。エシカル、あっち?」

 指差し確認で方向を聞く。教えてくれる者もいれば、無視する者もいる。最初の男のように胡散臭い目で見て逃げていく者もおり、人の反応は様々だった。

 外国人が少ないのかな。どうかな。

 歩いて聞いて、出口を探して進んだ。
 エシカルよりも、町の出口が見つからない。なんて迷路のような町なのだろう。メイン通りもわからない、小道ばかりなのだ。
 あまり脇道に入りたくないのだが、そこが脇道なのかもわからない。
 歩いていてイメージの悪そうなところは回避し、あえて安全そうな道を選ぶ。選んでいるつもりなのだが、それが難しい。
 汚れているわけではないが、日本のようにインフラがしっかりしているわけではない。土の道と木の家、時々茂る草。それが安全な道なのかはわからなかった。ただ、あまりに人気のないところは行くのはやめた。こちらの治安の良し悪しはわからないのだから。
 女性を狙って話しかけたいのだが、女性が少ないようにも思えた。店の中にでも入ればいそうなのだが、お金も持っていなし、外からではわからないので、入るのはやめた。

 そうやってきょろきょろと歩む中で、人にぶつかった。
「すみません」
 相手は人相の悪そうな男だ。歳は若いのだが、ガラが悪いと言うべきか。こちらではあまり見られない短髪をしていた。それがそう思わせたのかもしれない。
 こちらの人々は、皆髪が長く、男でも髪をまとめて結んでいた。しかし、この男は潔く短く髪を切っている。
 ぺこりとお辞儀をして、とっととその場を離れる。あまり関わりにはならない方が良い気がした。
 側に女性がいたので、すぐに声をかける。

「すみません。エシカル、あっち?」
「エシカル?」
「エシカル。エシカル行きたいの」
「エシカル、…」
 その後は呪文である。指差してほしいとあっちかこっちか示すと、あっち、と示してくれた。
 礼を言って離れようとした時だ。いきなり腕を掴まれたのは。
 驚いて見上げると、その相手は水をくれた男だった。探してくれていたのか、汗をかいている。
 呪文で、向こうを指差す。エシカルとは別の方向だ。
「エシカルはあっちって、聞いたんですけど」
 男は頷いた。けれど、と言わんばかりに、別の方向を差すのだ。そして空を差し、もう夜だから、と言うように首を振った。夜だから泊まれと言っているのだろうが、金がないのだ。
 なので、袖とかからは何も出ないのだとアピールする。自分は何も持っていないので、お金を出して泊まれないと。
 だが男は大したことではないように、首を振った。
 おいで、と招いてくる。ついてこないと、もう一度振り返っておいでと招く。
 ついていき、お金を払えと言われても払えないのだが。
 けれど、あと一日か二日歩かなければならないとして、人が一緒にいてくれるのは安心感が違った。今は水も食料もない。せめて水だけでも分けてもらえれば、これほど心強いことはない。
 なので、ここはこの人についていくことにした。

 入った場所は先ほどとは違う場所で、そこはご飯屋さんだった。
 大丈夫だと男は先に金を払う。すぐに肉まんのようなものが出てきて、それを食べるようにと勧めてくれた。
 礼を言って口にしたその食事は、暖かさが胃にしみて、そして懐かしい味がした。
 父親の田舎で食べる、手作りの饅頭のようだった。
 肉と白菜を入れた、肉饅頭だ。
 田舎に行くのは好きではなかったが、これを食べるのは好きだった。
 懐かしい味が、ふと涙腺を緩ませる。
 男はそれをなだめるように頭を撫でた。

 帰りたいと思う。
 自分の家に。

 帰って、田舎に行って、あの饅頭を祖母と一緒に作って、懐かしい味を噛みしめたい。

 帰りたいという気持ちは、ずっとしまってきた。
 思っても、なされるものではなかったから。

 けれど、今は思う。今までになく一番思うのだ。
 家に帰りたい。

 食べ終えて礼を言って、外へ出ようとすると、男は外にある階段へ進むように指差した。
 この建物はビルのように扉が幾つもある建物で、ビル内の通路を歩くのと同じように、建物の中を行き来できるようだった。
 二階へ進んで行く男の後をついて行くと、男は理音を気にしながら歩んで行く。
 どこへ行くのか、けれどその通路には人が多く、まるで店舗だらけの駅ビルのように思えた。
 そうして、裏側の通路に入り裏手の店に入ると、女性が迎えた。
 男はその女に何か話し、納得するように女は頷いた。しばらくして、女がついてくるようにと招いた。男はそこにとどまり、行っておいでと手を振る。
 女についていけば、男から離れていった。男は理音を見送るつもりだ。
 明日にはまた会えるのだろうか。それはわからない。けれど、それを聞くこともできない。だから小さく頭を下げた。
 遠目で男が手を振ったまま、通路を曲がると完全に見えなくなった。

「あの、私お金持ってないんですけど」
 もしかして、どこかに泊まらせてくれるのかと思い、先ほどと同じく袖には何も入っていないアピールをする。すると、女は吹き出して小さく笑った。問題ないのだと言うように、いいからついてこいと促してくる。

 泊まらしてくれたりしたら助かるけれど、警察とかに保護されてるわけじゃないしな。

 問題ないのか、あるのか、それの判断がつきかねる。

 食事をさせてもらった男にはありがたく思うが、男がいなくなると、やはり不安になった。
 一緒に行ってくれるのではなかったのか。エシカルに行くのではなかったのか。女だから別の場所に泊まらせてくれるのか。
 彼女についていかなければならない、その意図がわからなかった。
 しかし、彼女はその不安を払拭するように、笑顔を返し、部屋に連れた。
 小さな部屋にベッドが一つだ。他には何もない、寝るためだけの部屋。女はそこを使えとその部屋を出ていった。
 全てジェスチャーなので言ったかどうかはわからないが、そのように思えた。

 ここは宿屋か何かなのだろう。
 ただベッドで眠れるのはありがたい。足は既に棒で、だるくなっている。

 ベッドに座り込むと大きくため息をついた。
 傷んだ足を見るのに靴を脱ぎ捨てると、それを見る前に寝転んだ。
 起き上がりたくない。けれど、身も汚いままベッドに寝転ぶのも嫌なので、むくりと起き上がった。とは言え、荷物も何もないので着替えもできない。服も洗う場所すらなかった。洗っても着替える物もないので、無理なのだが。
 服を脱いで寝転がるしかないだろう。そう思って羽織っていた衣を脱ごうとすると、女が桶と湯を持ってきてくれた。
 お風呂の代わりらしい。
 人が一人入れる大きさで、数回に分けてお湯を持ってきてくれた。
 タオルはないのだが、お湯があるだけありがたかった。一息ついて、服を脱ぐことにした。

 盗まれるものと言ったら時計くらいで、無論、服を盗まれたら困るが、そこまで気にするものは持っていない。
 だが入り口に鍵はないので、念のため用心しながら風呂に入った。念のためだ。
 正直、こちらの治安がどのようなレベルなのかがわからない。

 道を歩んでいて思ったのだが、自分がよそ者とわかりやすいのか、やたら視線を感じたのだ。だから、声をかける人も女性ばかりにしていたのだが、道ゆく男たちはちらちらと人の顔を見ていた。
 それで、町を出て、人気のないところで休もうと思ったのだ。

「考えすぎかな」
 治安がいい国なんて、自分のいる時代ですらそんなに多くはない。
 それを考えると、こういった江戸時代よりももっと時代の古そうな国にいると、治安なんてものが存在するのかつい考えてしまう。
 ちなみに、これは初めて行った海外旅行で、親が財布を盗まれたと言う、過去からの経験に基づく警戒心である。疑心暗鬼になるのは、その経験のせいと言ってもいい。
 何せこちらは道の作りが酷すぎだ。整備されていない上に、道案内もない。都内の駅前でも想像すれば、あちらはどこにでも案内がある。
 あれと比べるのは酷だろうか。

 髪を先に洗い湯に浸かると、傷が痛んだ。顎も頭も手も足も、どこもかしこもしみる。
 固まった血がとけて、湯に血が滲んだ。
 石鹸すらない場所で消毒などできるわけがないが、埃と汚れを洗い落とせただけよしとする。
 けれど、血がまた流れてきた。

「拭くものないんだよな」
 ティッシュなるものは全くない。ただ森で拾っておいた葉っぱがあった。
 もうしわくちゃでしなびていたが、ティッシュがわりに何枚か取っておいたのだ。
 未来が見えないと、こういうこともしなければならない。
 サバイバルだ。
 体を拭くものもなかったが、仕方ないので帯を洗って、それで体を拭いた。眠っている間外に干しておけば乾くだろうか。

 案外、何とかなってるな。
 自分の適応力に時々笑いが出てきそうになる。
 神経が図太いと、思ったより順応が早いらしい。

 あと、一日、あと、二日。
 そう思って進むしかないのだから、今無事にいることを考えれば、運がいいのだと気楽に思っていればいいだろうか。

 エシカルに戻れたら、フォーエンはそこにいるだろうか。王都に帰ってしまっているだろうか。
 そうしたら、それこそどうするか。

 最悪を考える。

 心づもりをしていれば、そうなっても、心に余裕が持てるからだ。
 そう考えて心を保つしかなかった。期待をして裏切られるのはつらい。

 とりあえず眠ってそれからまた、できることを考えよう。
 そう思って、眠ることにした。
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