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2 ー目覚めー
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目が覚めた時、寝ぼけていて、それが自分の部屋でなければ、混乱はすると思うのだ。
ここどこだ?
まだ夢かな?
頭がはっきりする前に、人を覗き込むように見ている者がいれば、あれ誰だろう?と考える。
「織姫、彦星?」
それが、理音が目覚めた時に、最初に発した言葉だ。
自分を覗き込むように見ているのは、男女二人。
着物ような、けれど微妙に違うような。しかし、とりあえずイベントでもない限り着ないであろう、ある種コスプレのような格好をしている二人がいた。
織姫彦星と言ったのは、イメージ図として上げられる織姫彦星の格好が、その二人の服によく似ていたからだ。
男は、小さな黒い帽子みたいなものを頭にちょこんと乗せて、着物のような服を着てズボンを履いている。
女は、頭の上にリボンこそついていないが、髪が長いようで、それを肩から前に流している。
もちろん、女も着物のような服だ。
びらびらとした裾は地面にくっついていて、歩いたらきっと床の汚れを拭き取る形になるだろう。
女の方が豪華な衣装に見えるのは、織姫の格好だからだろうか。男子より女子の格好の方が小物や飾りが多いのは、当然かもしれない。
何枚も重ね着をしていて、細かい柄や大きな花が刺繍されているように見えた。
イベントの服にしては華美で、ずいぶんお金がかかってそうなどと守銭奴的なことを思ったりする。とは言え、男の方は単色でそこまで派手ではない。織姫彦星という対の装いならば、彦星ももう少し派手にすればよいと思うのだが。
ただ、男は少し年がいっているように思えた。あごひげが白い。
目の前と言っても、顔のシワまで見えるほどの近さではないので、正確な年はわからなかったが、女の方は男よりも年若く見えた。
女は理音より年上だろうが、やけに美貌が目立つ。少し性格がきつそうに思えたのは、理音を見る目がやけに鋭く、訝しげな表情を向けていたからだろう。
彦星は動揺するように織姫へ目線をずらした。織姫の方が理音の近くにいたのだが、彦星が後ろから織姫を見ても気づかないだろうに。けれど、彦星はおろおろと織姫と理音を交互に見るだけだ。
そうして何か言った。言ったと思ったけれど、それが何だったのかわからなかった。
理音にはただの音の羅列で、理解はできなかった。
ゆっくりとまぶたをしばたかせて、理音はむくりと起き上がった。
ぼうっとした頭で辺りを眺めて、どこか円錐状の部屋にいるのだと気づいた。
天文台の中だろうか。
それならば、納得のコスプレだ。
広場で倒れて、誰かが理音を天文台まで連れてきてくれたのだろう。
ただ、自分がいる後ろには、天井へ枝を突き刺すように大木が植わっていた。
天井へ突き抜けているのかと思ったが、天井手前で枝がはり、まるで天井がひび割れているかのように見せた。
その隙間に、小さな光るものがいくつも点在している。どこか星を模しているようにも見えたが、見た感じでは星の並びにはなっていなかった。
天文台の中なのにな。と思いつつ、自分が寝転がっていたところがその大木の幹で、ベッドですらなかったことに驚かされた。
保健室なんてないとしても、ベンチとかなかったのだろうか。
いや、職員の休憩所にベッドくらいなかろうか。
関係者以外立ち入り禁止か、何とも切ないところに寝かされたものだ。
地面は土ではなかったが、芝のような草が生えている。理音の重みで草がしなだれていたが、それは理音のせいではあるまい。
「すみません。私、気を失っちゃったみたいで」
とりあえず謝ってみる。
どうしてとりあえずなのかは、織姫彦星がいつまでも困惑と蔑視の半々のような顔をして、理音を見ていたからだ。
どれだけいびきとかかいてたとか、寝相の悪さが半端ではなかったとか、心配になる。
それで、立ち上がってもう一度謝った。少々頭痛とめまいがあったが、それは何とか我慢する。
そうしてしっかり立って織姫を見て、おや?と思った。
喉仏がある?
その辺の美人顔負けの眉目秀麗を持つ織姫は、どうやら男のもよう。
女の職員いないのかしら。いや似合ってるからいいのか。つか許す。
などと失礼なことを思って、草が付いているであろう自分のお尻をはたいた。制服のスカートに草の色は染みていないなと安心する。
「すみません。じゃあ、私はこれで」
織姫彦星は、倒れていた理音に対して特に声をかけることもしない。
せめて、大丈夫?くらいは言うであろうに、普通言ってくれるだろうに。それもないため、さっさと退散することにした。
二人はいつまでも変な顔のままなので、あまり長くいたくもなかった。
めまいでつまづきそうになったが、理音は何とか前に進む。大木の土台から下へ数段階段があって、そこをよたよたとおりると、どっちかが何かを言った。
呪文のような何かだ。
それで理音は振り向いた。振り向いた先の織姫が、また呪文を唱えた。
織姫は男の声だ。間違いなく男だ。
その顔でその姿でその声か。ちょっと何だかがっかり。
と再度失礼なことを思う。
化粧もしてないのに麗しい顔をされているので、どうにも勿体無さを感じる。
いえ、男性でももちろん素敵なのでしょう。髪が長いのが気になるのだが。付け毛だろうか。
「何ですか?」
問うと今度は織姫はだんまりだった。
何か言ったのは何だったのだろう。首を傾げて踵を返そうとした。けれど再び呪文が唱えられる。
もう胡散臭い。
大体、織姫彦星の格好って一体何なのだろう。
もちろん、天文台のイベントでもあればそんな格好をすることもあるだろうが、七月のイベント七夕はすっかり終了している。と言うよりもう季節外れだ。今はもう九月なのだから。
九月だろうが、コスプレで客を迎える主義なのだろうか。
いや、しかし、キャンプ場へ向かう前に会った職員の方は、コスプレなぞはしていなかった。反射望遠鏡を見せてもらいながら話を聞いていた時、職員の皆さんが制服だったり、作業着だったりしたわけなのだから。
だとしたら、この人たちは何なのだろう。
これからイベントがあるのだろうか。天体ショーの前に、劇でもスライドショーでもやって、その格好で説明でもしてくれるのだろうか。
そうしてふと思った。
自分は夕方過ぎ、空を仰いでいたのに、何故ここは明るいのだろうかと。
電気がついているわけではない。枝が伸びた天井は濁ったガラスなのか、空は見えなかったけれども、光がさしているために明るい。その光が部屋を明るくさせていて、電気をつける必要がない。
つまり、外はもう明るいのだ。
自分は、一体、何時間寝こけていたのだろう。
今日の予定の大四辺形も、天の川銀河も、見ることが叶わなかったのだ。
あれだけ楽しみにしていたのに。
落胆した。
それより失望した。
なぜ、気を失ったりしたのだろうか。
絶望を胸に抱いて、後ろの織姫彦星はそのための癒しなのかも、などと自分勝手なことを妄想して、理音は呪文を無視して外に出た。
扉はないので、そのまま出入り口をくぐった。
しかし、今度はロウソクで明かりを灯す部屋に入った。そこには彦星たちが数人いる。
いや、先ほどの彦星の格好よりも、もっと貧相な服を着ていた。
従者のような出で立ちだ。
徹底してるな。
やはり劇でもあるらしい。
イベントショーとはどんなものをやるのか、見てみたい気もしたが、それよりも落胆の方が濃かった。
二泊するには、キャンプ場の予約が必要であるし、泊まることはできない。夜まで待ったら、今度は帰れなくなってしまう。それは困るのだ。
もうため息しか出ない。
がっかりを胸にして、外に出ようとした。
黒の扉の前には、従者が二人陣取っている。
扉を開けてくれるのかどうか、けれど従者二人は扉の前からどくでもなく、お互い顔を見合わせて、またも困惑した顔を見せるだけだ。
いや、邪魔なんだけれど。
男二人を無視して扉に手をかけると、狼狽した声を聞いた。狼狽しているように思えた。
呪文を唱えてくるのだが、それでもおろおろと焦っている風に聞こえたのだ。
二人は理音に触ろうとはしない、ただ両手をさまよわせて、理音を止めるのか止めないのかと織姫彦星を確認したり、理音を確認したりする。
一体何なのだろうか。もう理解不能だ。
理音は遠慮なく扉を勢いよく開けた。ロウソクで照らされていた部屋は、入ってきた風にふっと流されて、影を揺らす。
しかし、そこはまだ外ではない。
理音は大股で廊下に進んだ。窓があるが随分レトロな雰囲気だ。格子がいくつかの四角の模様を型取り、異国風の情緒を感じさせる。
何と言っても、道行く人が皆従者の格好だ。数人すれ違っただけだが、皆同じように驚きの顔を見せてくれる。
一般市民が入る場所ではないらしい。
何せ理音は、制服にリュックを背負ったままだ。皆が皆織姫彦星とその従者の格好をしていれば、目立つのはもちろん理音なわけで、それが当然だった。
廊下をずかずかと我が物顔で歩むと、渡り廊下に出た。
外だ。
外はやはり明るい。
腕時計をチラ見した。そしてがっかりした。時計の針は十時過ぎを指している。
十時とは、一体何時間眠りこけていたのだろうか。
そして部の皆は一体どこにいるのだろうか。キャンプ場だろうか。
仕方なくスマフォをリュックから取り出した。慣れた手つきでメッセージを送る。
しかし、送信ができない。
再送しても送る気がないとはじかれた。よくよく見れば何と圏外である。
「ええ~!」
まさかのここで圏外だ。Wi-Fiもないらしい。
「勘弁してよー」
職員にキャンプ場がどこにあるか、教えてもらうしかない。
そう思って、更に奥へ進もうとした。けれど遮られた。と言うか、人が集まってきたのだ。
従者たちが、行く先を阻むように集まってくる。前も後ろもだ。
その数が意外に多くて、少し気味が悪い。
従者たちはやけに緊張した面持ちで、理音を取り囲み始めたのだ。後ろからは織姫彦星も近寄ってくる。
だからとっさに庭へ走った。まだそちらに人はいない。
走っていておかしいと思ったのは、そこがあまりに広大で、けれど庭園と呼ばれるような池や橋などがあったことだ。
灯篭のような石造りのものも、休憩所のようなベンチのある四阿もある。
それが日本庭園と同じであるかはわからないが、とにかく美しく整備された庭だというのは気づいた。
走っても走ってもその景色は続いて、けれど二度と同じ景色ではない。
遠くには白壁が見えたが、出口が見えない。どこか通り抜けられる場所はないか見回したが、広すぎてどこに何があるのか全くわからなかった。
走り込んだ先は木や岩が多く、視界を遮るのだ。
まさかの庭で迷子となってしまった。
ネットも使えないので、天文台の地図すら開けない。
それにしてもと思う。この天文台はこんなに広かっただろうか。
いや、広いのは知っているけれど、それはパラボラアンテナを動かす場所としての広さであって、このような情緒を感じさせる庭であるとは知らなかった。山の上であるから、土地は広大なのだろうが。
大体、なぜ自分は逃げているのだろう。まるで逃亡者か犯罪者か。
念のために言うが、自分は気を失って、ただ眠っていただけだ。何かしたわけではない。いびきとかかいたかもしれないが、悪いことはしていない。
何が悪いと言えば、彼らコスプレ集団が、妙な面持ちで人を囲もうとするからいけないのだ。あまりに異様な雰囲気で、つい逃げ出してしまった。その上での迷子である。
「もー、勘弁してよー」
走ったせいで、少し暑くなってきた。
リュックを下ろしてブレザーを脱ぐと、それをリュックの中に突っ込む。それからお菓子を取り出して、口にも突っ込んだ。
よくよく考えれば、夕飯を口にしていない。朝食なんてなおさら。
なので、木陰で休むことにした。買っておいたペットボトルもある。それがよく胃の中に染み込んだ。
思ったよりもお腹が空いていたのだ。夜から食べていないのだから、当然なのだが。
それで少し落ち着いて、もう一度スマフォを確認してみる。
やはり圏外だ。
これだけ綺麗な庭で圏外とは、観光客も困るだろう。田舎とかの問題なのだろうか。天文台で職員はどうしているのだろう。ネットが繋がれば問題ないのだろうか。はなはだ疑問だ。
そうして、道なりに歩いてみることにした。
しばらく行くと、白壁が目に入った。遠目から見た白壁が続いているのだろう。
それに沿って歩くと、くぐれる場所を見つけてそちらに折れた。それでも道は続いている。
もうこれは諦めて、道を進むしかなかった。さっきの場所に戻れと言われても、道を覚えていないから無理なのだ。
その先に進むと、更に迷子になった気がした。
白壁は、入り組んだ迷路のように続いている。
どれがメインルートなのかわからない。何せ細い道がいくつもの分岐を得ている上に、いつまでも続くからだ。
そして人に会わない。会わないからには、道を聞くことができない。だからもう仕方なく壁をよじ登ってみることにした。
この際人目は気にしない。どうせ人に会わない。
白壁には時折格子のある窓があり、そこに足をかけてうんと唸りながら上がる。
制服のスカートだが、中に短パンをはいているので、スカートがめくれようがそれは気にしない。
そうして、何とか壁の上に這い上がると、あっと声を上げた。
壁がが続く先には何もなかったのだ。
いや、あったけれども、理音が思っていたものは何もなかった。
それは、理音驚かすには、十分な景色だった。
「どうなってんの…」
ここどこだ?
まだ夢かな?
頭がはっきりする前に、人を覗き込むように見ている者がいれば、あれ誰だろう?と考える。
「織姫、彦星?」
それが、理音が目覚めた時に、最初に発した言葉だ。
自分を覗き込むように見ているのは、男女二人。
着物ような、けれど微妙に違うような。しかし、とりあえずイベントでもない限り着ないであろう、ある種コスプレのような格好をしている二人がいた。
織姫彦星と言ったのは、イメージ図として上げられる織姫彦星の格好が、その二人の服によく似ていたからだ。
男は、小さな黒い帽子みたいなものを頭にちょこんと乗せて、着物のような服を着てズボンを履いている。
女は、頭の上にリボンこそついていないが、髪が長いようで、それを肩から前に流している。
もちろん、女も着物のような服だ。
びらびらとした裾は地面にくっついていて、歩いたらきっと床の汚れを拭き取る形になるだろう。
女の方が豪華な衣装に見えるのは、織姫の格好だからだろうか。男子より女子の格好の方が小物や飾りが多いのは、当然かもしれない。
何枚も重ね着をしていて、細かい柄や大きな花が刺繍されているように見えた。
イベントの服にしては華美で、ずいぶんお金がかかってそうなどと守銭奴的なことを思ったりする。とは言え、男の方は単色でそこまで派手ではない。織姫彦星という対の装いならば、彦星ももう少し派手にすればよいと思うのだが。
ただ、男は少し年がいっているように思えた。あごひげが白い。
目の前と言っても、顔のシワまで見えるほどの近さではないので、正確な年はわからなかったが、女の方は男よりも年若く見えた。
女は理音より年上だろうが、やけに美貌が目立つ。少し性格がきつそうに思えたのは、理音を見る目がやけに鋭く、訝しげな表情を向けていたからだろう。
彦星は動揺するように織姫へ目線をずらした。織姫の方が理音の近くにいたのだが、彦星が後ろから織姫を見ても気づかないだろうに。けれど、彦星はおろおろと織姫と理音を交互に見るだけだ。
そうして何か言った。言ったと思ったけれど、それが何だったのかわからなかった。
理音にはただの音の羅列で、理解はできなかった。
ゆっくりとまぶたをしばたかせて、理音はむくりと起き上がった。
ぼうっとした頭で辺りを眺めて、どこか円錐状の部屋にいるのだと気づいた。
天文台の中だろうか。
それならば、納得のコスプレだ。
広場で倒れて、誰かが理音を天文台まで連れてきてくれたのだろう。
ただ、自分がいる後ろには、天井へ枝を突き刺すように大木が植わっていた。
天井へ突き抜けているのかと思ったが、天井手前で枝がはり、まるで天井がひび割れているかのように見せた。
その隙間に、小さな光るものがいくつも点在している。どこか星を模しているようにも見えたが、見た感じでは星の並びにはなっていなかった。
天文台の中なのにな。と思いつつ、自分が寝転がっていたところがその大木の幹で、ベッドですらなかったことに驚かされた。
保健室なんてないとしても、ベンチとかなかったのだろうか。
いや、職員の休憩所にベッドくらいなかろうか。
関係者以外立ち入り禁止か、何とも切ないところに寝かされたものだ。
地面は土ではなかったが、芝のような草が生えている。理音の重みで草がしなだれていたが、それは理音のせいではあるまい。
「すみません。私、気を失っちゃったみたいで」
とりあえず謝ってみる。
どうしてとりあえずなのかは、織姫彦星がいつまでも困惑と蔑視の半々のような顔をして、理音を見ていたからだ。
どれだけいびきとかかいてたとか、寝相の悪さが半端ではなかったとか、心配になる。
それで、立ち上がってもう一度謝った。少々頭痛とめまいがあったが、それは何とか我慢する。
そうしてしっかり立って織姫を見て、おや?と思った。
喉仏がある?
その辺の美人顔負けの眉目秀麗を持つ織姫は、どうやら男のもよう。
女の職員いないのかしら。いや似合ってるからいいのか。つか許す。
などと失礼なことを思って、草が付いているであろう自分のお尻をはたいた。制服のスカートに草の色は染みていないなと安心する。
「すみません。じゃあ、私はこれで」
織姫彦星は、倒れていた理音に対して特に声をかけることもしない。
せめて、大丈夫?くらいは言うであろうに、普通言ってくれるだろうに。それもないため、さっさと退散することにした。
二人はいつまでも変な顔のままなので、あまり長くいたくもなかった。
めまいでつまづきそうになったが、理音は何とか前に進む。大木の土台から下へ数段階段があって、そこをよたよたとおりると、どっちかが何かを言った。
呪文のような何かだ。
それで理音は振り向いた。振り向いた先の織姫が、また呪文を唱えた。
織姫は男の声だ。間違いなく男だ。
その顔でその姿でその声か。ちょっと何だかがっかり。
と再度失礼なことを思う。
化粧もしてないのに麗しい顔をされているので、どうにも勿体無さを感じる。
いえ、男性でももちろん素敵なのでしょう。髪が長いのが気になるのだが。付け毛だろうか。
「何ですか?」
問うと今度は織姫はだんまりだった。
何か言ったのは何だったのだろう。首を傾げて踵を返そうとした。けれど再び呪文が唱えられる。
もう胡散臭い。
大体、織姫彦星の格好って一体何なのだろう。
もちろん、天文台のイベントでもあればそんな格好をすることもあるだろうが、七月のイベント七夕はすっかり終了している。と言うよりもう季節外れだ。今はもう九月なのだから。
九月だろうが、コスプレで客を迎える主義なのだろうか。
いや、しかし、キャンプ場へ向かう前に会った職員の方は、コスプレなぞはしていなかった。反射望遠鏡を見せてもらいながら話を聞いていた時、職員の皆さんが制服だったり、作業着だったりしたわけなのだから。
だとしたら、この人たちは何なのだろう。
これからイベントがあるのだろうか。天体ショーの前に、劇でもスライドショーでもやって、その格好で説明でもしてくれるのだろうか。
そうしてふと思った。
自分は夕方過ぎ、空を仰いでいたのに、何故ここは明るいのだろうかと。
電気がついているわけではない。枝が伸びた天井は濁ったガラスなのか、空は見えなかったけれども、光がさしているために明るい。その光が部屋を明るくさせていて、電気をつける必要がない。
つまり、外はもう明るいのだ。
自分は、一体、何時間寝こけていたのだろう。
今日の予定の大四辺形も、天の川銀河も、見ることが叶わなかったのだ。
あれだけ楽しみにしていたのに。
落胆した。
それより失望した。
なぜ、気を失ったりしたのだろうか。
絶望を胸に抱いて、後ろの織姫彦星はそのための癒しなのかも、などと自分勝手なことを妄想して、理音は呪文を無視して外に出た。
扉はないので、そのまま出入り口をくぐった。
しかし、今度はロウソクで明かりを灯す部屋に入った。そこには彦星たちが数人いる。
いや、先ほどの彦星の格好よりも、もっと貧相な服を着ていた。
従者のような出で立ちだ。
徹底してるな。
やはり劇でもあるらしい。
イベントショーとはどんなものをやるのか、見てみたい気もしたが、それよりも落胆の方が濃かった。
二泊するには、キャンプ場の予約が必要であるし、泊まることはできない。夜まで待ったら、今度は帰れなくなってしまう。それは困るのだ。
もうため息しか出ない。
がっかりを胸にして、外に出ようとした。
黒の扉の前には、従者が二人陣取っている。
扉を開けてくれるのかどうか、けれど従者二人は扉の前からどくでもなく、お互い顔を見合わせて、またも困惑した顔を見せるだけだ。
いや、邪魔なんだけれど。
男二人を無視して扉に手をかけると、狼狽した声を聞いた。狼狽しているように思えた。
呪文を唱えてくるのだが、それでもおろおろと焦っている風に聞こえたのだ。
二人は理音に触ろうとはしない、ただ両手をさまよわせて、理音を止めるのか止めないのかと織姫彦星を確認したり、理音を確認したりする。
一体何なのだろうか。もう理解不能だ。
理音は遠慮なく扉を勢いよく開けた。ロウソクで照らされていた部屋は、入ってきた風にふっと流されて、影を揺らす。
しかし、そこはまだ外ではない。
理音は大股で廊下に進んだ。窓があるが随分レトロな雰囲気だ。格子がいくつかの四角の模様を型取り、異国風の情緒を感じさせる。
何と言っても、道行く人が皆従者の格好だ。数人すれ違っただけだが、皆同じように驚きの顔を見せてくれる。
一般市民が入る場所ではないらしい。
何せ理音は、制服にリュックを背負ったままだ。皆が皆織姫彦星とその従者の格好をしていれば、目立つのはもちろん理音なわけで、それが当然だった。
廊下をずかずかと我が物顔で歩むと、渡り廊下に出た。
外だ。
外はやはり明るい。
腕時計をチラ見した。そしてがっかりした。時計の針は十時過ぎを指している。
十時とは、一体何時間眠りこけていたのだろうか。
そして部の皆は一体どこにいるのだろうか。キャンプ場だろうか。
仕方なくスマフォをリュックから取り出した。慣れた手つきでメッセージを送る。
しかし、送信ができない。
再送しても送る気がないとはじかれた。よくよく見れば何と圏外である。
「ええ~!」
まさかのここで圏外だ。Wi-Fiもないらしい。
「勘弁してよー」
職員にキャンプ場がどこにあるか、教えてもらうしかない。
そう思って、更に奥へ進もうとした。けれど遮られた。と言うか、人が集まってきたのだ。
従者たちが、行く先を阻むように集まってくる。前も後ろもだ。
その数が意外に多くて、少し気味が悪い。
従者たちはやけに緊張した面持ちで、理音を取り囲み始めたのだ。後ろからは織姫彦星も近寄ってくる。
だからとっさに庭へ走った。まだそちらに人はいない。
走っていておかしいと思ったのは、そこがあまりに広大で、けれど庭園と呼ばれるような池や橋などがあったことだ。
灯篭のような石造りのものも、休憩所のようなベンチのある四阿もある。
それが日本庭園と同じであるかはわからないが、とにかく美しく整備された庭だというのは気づいた。
走っても走ってもその景色は続いて、けれど二度と同じ景色ではない。
遠くには白壁が見えたが、出口が見えない。どこか通り抜けられる場所はないか見回したが、広すぎてどこに何があるのか全くわからなかった。
走り込んだ先は木や岩が多く、視界を遮るのだ。
まさかの庭で迷子となってしまった。
ネットも使えないので、天文台の地図すら開けない。
それにしてもと思う。この天文台はこんなに広かっただろうか。
いや、広いのは知っているけれど、それはパラボラアンテナを動かす場所としての広さであって、このような情緒を感じさせる庭であるとは知らなかった。山の上であるから、土地は広大なのだろうが。
大体、なぜ自分は逃げているのだろう。まるで逃亡者か犯罪者か。
念のために言うが、自分は気を失って、ただ眠っていただけだ。何かしたわけではない。いびきとかかいたかもしれないが、悪いことはしていない。
何が悪いと言えば、彼らコスプレ集団が、妙な面持ちで人を囲もうとするからいけないのだ。あまりに異様な雰囲気で、つい逃げ出してしまった。その上での迷子である。
「もー、勘弁してよー」
走ったせいで、少し暑くなってきた。
リュックを下ろしてブレザーを脱ぐと、それをリュックの中に突っ込む。それからお菓子を取り出して、口にも突っ込んだ。
よくよく考えれば、夕飯を口にしていない。朝食なんてなおさら。
なので、木陰で休むことにした。買っておいたペットボトルもある。それがよく胃の中に染み込んだ。
思ったよりもお腹が空いていたのだ。夜から食べていないのだから、当然なのだが。
それで少し落ち着いて、もう一度スマフォを確認してみる。
やはり圏外だ。
これだけ綺麗な庭で圏外とは、観光客も困るだろう。田舎とかの問題なのだろうか。天文台で職員はどうしているのだろう。ネットが繋がれば問題ないのだろうか。はなはだ疑問だ。
そうして、道なりに歩いてみることにした。
しばらく行くと、白壁が目に入った。遠目から見た白壁が続いているのだろう。
それに沿って歩くと、くぐれる場所を見つけてそちらに折れた。それでも道は続いている。
もうこれは諦めて、道を進むしかなかった。さっきの場所に戻れと言われても、道を覚えていないから無理なのだ。
その先に進むと、更に迷子になった気がした。
白壁は、入り組んだ迷路のように続いている。
どれがメインルートなのかわからない。何せ細い道がいくつもの分岐を得ている上に、いつまでも続くからだ。
そして人に会わない。会わないからには、道を聞くことができない。だからもう仕方なく壁をよじ登ってみることにした。
この際人目は気にしない。どうせ人に会わない。
白壁には時折格子のある窓があり、そこに足をかけてうんと唸りながら上がる。
制服のスカートだが、中に短パンをはいているので、スカートがめくれようがそれは気にしない。
そうして、何とか壁の上に這い上がると、あっと声を上げた。
壁がが続く先には何もなかったのだ。
いや、あったけれども、理音が思っていたものは何もなかった。
それは、理音驚かすには、十分な景色だった。
「どうなってんの…」
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