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気付けばそこは 〜自分が出会った猫たちとの、奇妙な一夜〜
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うちの会社はいわゆるブラック企業で、数時間の残業は当たり前だ。
毎日遅くまで働き、疲労でぐったりした中でも、愚痴を言い合うために、同僚たちと一緒に仕事終わりに飲み屋に行く。
幸いなことに、会社の近くには飲み屋街があり、夜遅くでも客を入れる飲み屋は多かった。いつも通りと飲み屋に集まって、仕事の愚痴を言い合う。
また社長が怒鳴り散らかして、電話中の顧客に丸聞こえだった。とか、説教が長すぎて、会議から戻ってきても、まだ立たされたまま説教されているやつらがいた。とか、悪口に話題は尽きない。
愚痴を酒の肴にして、その日も終わる。
同僚たちは同じ電車に乗るのだと、甲駅へと向かった。自分は地下鉄の乙駅を使うため、一人歩くことになる。
途中にある自販機で、眠気覚ましのコーヒーを買って、飲みながら乙駅へと向かった。
秋とはいえ、まだ残暑厳しく、コーヒーは冷えたそれにした。缶が良かったのだが、なぜかペットボトルを買ってしまい、その蓋を開けていくらか喉を潤す。しかも甘いコーヒーを買ってしまったようだ。その辺に捨てるわけにもいかず、片手に持ったまま歩き始める。
飲み会の後に困るのが、帰り道だ。
サラリーマンの多いこの街は、細い道を隔てて並ぶように建てられたビルのそこかしこに飲み屋がある。入れ替わりも激しく、前に飲んだ飲み屋は潰れて、新しい飲み屋ができていることは度々だ。
だから、ふらりと店に入る分には問題ないが、どこぞの店に入ったと言われて、方向音痴の自分が一人そこに向かうのは中々難しい。ビルに飾り程度につけられた看板を頼りに探さなければならないからだ。なにせ、地図アプリで探しても、ビルは所狭しと建てられているので、探すのに苦労がいる。
そうして、入ったはいいが、ビルから出ると、碁盤目状になった小道はどれも同じに見え、駅がどちらにあるのか分からなくさせるのだ。
本日も自販機でコーヒーを買ったはいいが、自分の行く乙駅がどちらにあるのか分からなくなった。
酔いながら地図アプリで駅を探すのも面倒だ。だから、きっとこちらの方向だろうと勘で進む。しかし残念ながら、大抵別の方向へ歩いていることが多い。
この間は、会社近くの丙駅へ行ってしまった。その前は、ぐるりと飲み屋街を大回りして、丁駅方面に進んでいることに気付き、さすがに地図アプリを起動した。
今日はまだ地図アプリは起動していない。右手にペットボトル、左手にカバンを持っているので、スマホを手にするのが面倒だからだ。
明日はゴミの日なのか、道端にゴミの山ができている。いくつもの山があちこちにできていて、それすら同じゴミ山に見えた。
自分を迷子にさせる障害物である。
それを脇にして、人一人通れる小さな道を進んだ。
この飲み屋街はビルとビルの隙間に小さな社がいくつか点在している。通り抜けが可能な社も多く、前に見える社はその一つだった。
知っている場所に辿り着いて安堵する。その社の小道を進もうと敷地に入ると、チリン。と音が耳に入って、足を止めた。
チリン。
どこからか飛び降りてきた猫が一匹、チリンと音を立てて自分の脇を通っていく。
チリン。
猫の首輪に鈴でも付いているだろうか。この辺りは野良猫が多い。長いしっぽを左右に振りながら、さっさと前を歩いていくので、首輪をしているかどうかよく見えなかった。
小さな鈴の音には聞こえなかったのだが、まだ音は聞こえる。チリン。
そうすると、別の猫がまた脇を通っていった。先ほどの猫は茶色のトラ柄だったが、今通っていったのは白黒色が混ざった猫だ。白い靴下を履いたような柄である。
猫たちは同じ方向に歩いていく。可愛らしい猫たちに促されるように、自分もその先を進んだ。
チリン。チリン。
音は大きくなり、鈴の音ではないことに気付く。風鈴のような、ベルのような、内耳に響く美しい音だ。
「今日は、なんの集まりだい?」
隣を歩いていたミケ地の毛を持つ猫が、自分に話しかけてきた。耳をぴくぴくさせて、音を気にしている。
「さあ。音が聞こえたから、こちらに来ただけだよ」
「困ったね。子猫に乳をあげたかったのに、急な呼び出しだ」
自分が答えると、ミケ地の猫はそう言いながら首を振り、前を向いて先に進んだ。
それにしても、気のせいかな、サイズが大きいように見える。猫というより、犬のレトリバーのような大きさだ。
猫たちは音に誘われるように同じ方向を歩いた。自分の背丈ほどあるサビ地の猫や、キジトラ地の猫。一体どこから現れたのかと思うほど、多種多様な猫たちが集まり、同じ方向へぞろぞろと歩き続ける。
そうして、ひとつどころに辿り着いた。
チリン。チリン。
社の賽銭箱の前で、大きな猫がベルを持って後ろ足で立っている。全身真っ黒で金色の目をしており、お世辞にもほっそりとは言えない体を持っていた。立ち上がって見えるあのふっくらした毛の中に、顔を埋めたくなるような、でぶっちょの大きな猫だ。
チリン。チリン。
持っているベルを揺らす。あの音に誘われたようだ。
耳の中をくすぐるように、深く響いて残る。
「やあやあ、みなさん。お忙しい中お集まりいただき、ありがとう、ありがとう」
黒猫は口上を始める。白い髭をひくひくさせて、社の雛壇となった賽銭箱前から周囲を見回した。
多くの猫たちがその小さな社の前に集まり、黒猫に顔を向けた。皆の視線が黒猫に集まっていることを確認し、黒猫は続ける。
「昨今、我々の餌が、驚くほど増えてきている。本日は、みなさんに、ぜひ餌を食べていただこうと、呼んだ次第である。しかも、豪華な餌だ。でっぷりと太り、大きくなった、生きの良い餌である。みなさん、遠慮せずに、餌にありついてほしい」
「豪華な餌? それはうれしいことだね」
「ありがたい話だ。さっそく行こうか」
黒猫の言葉に、集まっていた猫たちが喜ばしいことだと反応する。
しかし、黒猫はベルを持ちながら短い前足を伸ばして万歳をしていたのに、急に肩を下ろして体を丸めるようにした。
「だが、問題があるのだ。我々の餌は増えすぎてしまった。美味しく育っていても、多すぎて、今度は我々に対抗しようとしてくる。あいつらはなんと、大勢で立ち向かおうとしてきたのだ。ついこの間も、仲間が襲われてしまった。多勢に無勢。仲間はしっぽを巻いて逃げたのである」
「なんということだ。あいつらにやられたのか?」
「恥ずかしい話だ。なぜ立ち向かわない。やつらは餌だぞ」
そうだそうだ。と猫たち。黒猫は肉球をこちらに向けて、落ち着くようにと両手を上下に振る。
「だからこそ、みなさんを呼んだのだ。みなさん、ぜひ、やつらをできるだけ狩ってほしい。さあ、いざ行かん! 我々は、狩る側なのだと、やつらを捕食する側なのだと、やつらは餌なのだと、知らしめなければならない!」
黒猫の号令に、猫たちが一斉に雄叫びを上げると、一目散に散らばっていく。
自分も猫たちにならった。ならわなければ、その太い大きな足に踏みつけられてしまうからだ。
愛らしい猫たちが、一変して鋭い目つきを持つ、狩人になる。
猫たちは追った。その太りきって丸々した小動物を。
濃い灰色のそれらは、猫たちを見るなり一斉に逃げ出した。その数を下回る猫たちが飛びついていく。
足の速い猫たちに、自分はついていけない。息急き切って膝に手をついていると、猫たちが獲物を口に咥えて一様にこちらを見遣った。
「鈍臭いやつだ。これくらいの獲物、一人で獲れないのかい?」
キジトラ地の猫が言う。
「ほら、これをやるよ。獲物はたくさんいる」
サビ地の猫が、獲物を口から放ってきた。
ぼとり、と目の前に落ちた小動物に、自分は、ヒッ、と悲鳴を上げそうになった。
濃い灰色の小動物。およそ可愛らしいとは言えない細い尻尾が特徴的だ。猫たちに引っ掻かれたり噛まれたりした跡が体に残り、針のような硬そうな毛に朱色が滲む。口から二本の長細い前歯がのぞいた。短いピンク色の舌を口からだらりと垂らして、ヒクヒクと鼻を動かしている。
「さあ、ほら。これもやるよ」
「ほら、これもだ。まだ生きているぞ」
瀕死のそれを、他の猫たちも放り投げてきた。獲物はたくさんいて、誰かに分けるくらい容易いことだと、お裾分けをしてくれるのだ。
けれど、どさどさと目の前に積まれた小動物に、自分は腰を抜かしそうになった。
地面に座り込んだ猫たちは、小動物をかじり始める。
「さあ、お前も食べるといいよ。丸々太って、食べ応えがあるだろう」
その小動物をずずいと出されて、自分は抜かしそうになった腰を上げて後退りした。
「どこへ行く。食べないのか!?」
「なんで逃げるんだ。獲物はたらふくあるぞ!」
後ろからそんな声と共に、追ってくる複数の足音があった。
捕まるわけにはいかない。振り向くことなく、空中を泳いでいるみたいに両腕をばたばたさせて、自分は這々の体で逃げ出した。
気が付けば、ゴミ山を背に歩道に座り込んでいた。
自分の横には、蓋の空いたペットボトルが転がっている。残ったコーヒーが溢れて、地面を濡らしていた。
その側で、膨らんだネズミが二匹、ゴミ山を漁っていた。
「夢か……」
朝日か、ビルの隙間から明るい光が伸びてきて、眩しさに目を眇める。
どうやら、酒に酔って、ゴミ山をベッドがわりに眠ってしまっていたらしい。ツンと鼻につく異臭が自分から漂ってくる。鼻を摘みながらゆっくり立ち上がると、目の前に小さな社が見えた。来たことのない社で、そこにはなぜか招き猫の人形がいくつも置かれ、それらがこちらを睨んでいるように思えた。
その招き猫たちの隙間から、鋭い目つきをした狩人が見えて、ぎくりとする。
転がっていた飲みかけのペットボトルを急いで拾い、口を閉める。
邪魔なそれをゴミ山に捨てようと思ったが、やめた。
「ネズミを食わされるなんて、お断りだ」
そうして、そそくさとその場を退散することにした。
ゴミ山を背に、自分は走り出す。
後ろから、にゃあん。と一声聞こえたが、もう、あのベルの音は聞こえなかった。
毎日遅くまで働き、疲労でぐったりした中でも、愚痴を言い合うために、同僚たちと一緒に仕事終わりに飲み屋に行く。
幸いなことに、会社の近くには飲み屋街があり、夜遅くでも客を入れる飲み屋は多かった。いつも通りと飲み屋に集まって、仕事の愚痴を言い合う。
また社長が怒鳴り散らかして、電話中の顧客に丸聞こえだった。とか、説教が長すぎて、会議から戻ってきても、まだ立たされたまま説教されているやつらがいた。とか、悪口に話題は尽きない。
愚痴を酒の肴にして、その日も終わる。
同僚たちは同じ電車に乗るのだと、甲駅へと向かった。自分は地下鉄の乙駅を使うため、一人歩くことになる。
途中にある自販機で、眠気覚ましのコーヒーを買って、飲みながら乙駅へと向かった。
秋とはいえ、まだ残暑厳しく、コーヒーは冷えたそれにした。缶が良かったのだが、なぜかペットボトルを買ってしまい、その蓋を開けていくらか喉を潤す。しかも甘いコーヒーを買ってしまったようだ。その辺に捨てるわけにもいかず、片手に持ったまま歩き始める。
飲み会の後に困るのが、帰り道だ。
サラリーマンの多いこの街は、細い道を隔てて並ぶように建てられたビルのそこかしこに飲み屋がある。入れ替わりも激しく、前に飲んだ飲み屋は潰れて、新しい飲み屋ができていることは度々だ。
だから、ふらりと店に入る分には問題ないが、どこぞの店に入ったと言われて、方向音痴の自分が一人そこに向かうのは中々難しい。ビルに飾り程度につけられた看板を頼りに探さなければならないからだ。なにせ、地図アプリで探しても、ビルは所狭しと建てられているので、探すのに苦労がいる。
そうして、入ったはいいが、ビルから出ると、碁盤目状になった小道はどれも同じに見え、駅がどちらにあるのか分からなくさせるのだ。
本日も自販機でコーヒーを買ったはいいが、自分の行く乙駅がどちらにあるのか分からなくなった。
酔いながら地図アプリで駅を探すのも面倒だ。だから、きっとこちらの方向だろうと勘で進む。しかし残念ながら、大抵別の方向へ歩いていることが多い。
この間は、会社近くの丙駅へ行ってしまった。その前は、ぐるりと飲み屋街を大回りして、丁駅方面に進んでいることに気付き、さすがに地図アプリを起動した。
今日はまだ地図アプリは起動していない。右手にペットボトル、左手にカバンを持っているので、スマホを手にするのが面倒だからだ。
明日はゴミの日なのか、道端にゴミの山ができている。いくつもの山があちこちにできていて、それすら同じゴミ山に見えた。
自分を迷子にさせる障害物である。
それを脇にして、人一人通れる小さな道を進んだ。
この飲み屋街はビルとビルの隙間に小さな社がいくつか点在している。通り抜けが可能な社も多く、前に見える社はその一つだった。
知っている場所に辿り着いて安堵する。その社の小道を進もうと敷地に入ると、チリン。と音が耳に入って、足を止めた。
チリン。
どこからか飛び降りてきた猫が一匹、チリンと音を立てて自分の脇を通っていく。
チリン。
猫の首輪に鈴でも付いているだろうか。この辺りは野良猫が多い。長いしっぽを左右に振りながら、さっさと前を歩いていくので、首輪をしているかどうかよく見えなかった。
小さな鈴の音には聞こえなかったのだが、まだ音は聞こえる。チリン。
そうすると、別の猫がまた脇を通っていった。先ほどの猫は茶色のトラ柄だったが、今通っていったのは白黒色が混ざった猫だ。白い靴下を履いたような柄である。
猫たちは同じ方向に歩いていく。可愛らしい猫たちに促されるように、自分もその先を進んだ。
チリン。チリン。
音は大きくなり、鈴の音ではないことに気付く。風鈴のような、ベルのような、内耳に響く美しい音だ。
「今日は、なんの集まりだい?」
隣を歩いていたミケ地の毛を持つ猫が、自分に話しかけてきた。耳をぴくぴくさせて、音を気にしている。
「さあ。音が聞こえたから、こちらに来ただけだよ」
「困ったね。子猫に乳をあげたかったのに、急な呼び出しだ」
自分が答えると、ミケ地の猫はそう言いながら首を振り、前を向いて先に進んだ。
それにしても、気のせいかな、サイズが大きいように見える。猫というより、犬のレトリバーのような大きさだ。
猫たちは音に誘われるように同じ方向を歩いた。自分の背丈ほどあるサビ地の猫や、キジトラ地の猫。一体どこから現れたのかと思うほど、多種多様な猫たちが集まり、同じ方向へぞろぞろと歩き続ける。
そうして、ひとつどころに辿り着いた。
チリン。チリン。
社の賽銭箱の前で、大きな猫がベルを持って後ろ足で立っている。全身真っ黒で金色の目をしており、お世辞にもほっそりとは言えない体を持っていた。立ち上がって見えるあのふっくらした毛の中に、顔を埋めたくなるような、でぶっちょの大きな猫だ。
チリン。チリン。
持っているベルを揺らす。あの音に誘われたようだ。
耳の中をくすぐるように、深く響いて残る。
「やあやあ、みなさん。お忙しい中お集まりいただき、ありがとう、ありがとう」
黒猫は口上を始める。白い髭をひくひくさせて、社の雛壇となった賽銭箱前から周囲を見回した。
多くの猫たちがその小さな社の前に集まり、黒猫に顔を向けた。皆の視線が黒猫に集まっていることを確認し、黒猫は続ける。
「昨今、我々の餌が、驚くほど増えてきている。本日は、みなさんに、ぜひ餌を食べていただこうと、呼んだ次第である。しかも、豪華な餌だ。でっぷりと太り、大きくなった、生きの良い餌である。みなさん、遠慮せずに、餌にありついてほしい」
「豪華な餌? それはうれしいことだね」
「ありがたい話だ。さっそく行こうか」
黒猫の言葉に、集まっていた猫たちが喜ばしいことだと反応する。
しかし、黒猫はベルを持ちながら短い前足を伸ばして万歳をしていたのに、急に肩を下ろして体を丸めるようにした。
「だが、問題があるのだ。我々の餌は増えすぎてしまった。美味しく育っていても、多すぎて、今度は我々に対抗しようとしてくる。あいつらはなんと、大勢で立ち向かおうとしてきたのだ。ついこの間も、仲間が襲われてしまった。多勢に無勢。仲間はしっぽを巻いて逃げたのである」
「なんということだ。あいつらにやられたのか?」
「恥ずかしい話だ。なぜ立ち向かわない。やつらは餌だぞ」
そうだそうだ。と猫たち。黒猫は肉球をこちらに向けて、落ち着くようにと両手を上下に振る。
「だからこそ、みなさんを呼んだのだ。みなさん、ぜひ、やつらをできるだけ狩ってほしい。さあ、いざ行かん! 我々は、狩る側なのだと、やつらを捕食する側なのだと、やつらは餌なのだと、知らしめなければならない!」
黒猫の号令に、猫たちが一斉に雄叫びを上げると、一目散に散らばっていく。
自分も猫たちにならった。ならわなければ、その太い大きな足に踏みつけられてしまうからだ。
愛らしい猫たちが、一変して鋭い目つきを持つ、狩人になる。
猫たちは追った。その太りきって丸々した小動物を。
濃い灰色のそれらは、猫たちを見るなり一斉に逃げ出した。その数を下回る猫たちが飛びついていく。
足の速い猫たちに、自分はついていけない。息急き切って膝に手をついていると、猫たちが獲物を口に咥えて一様にこちらを見遣った。
「鈍臭いやつだ。これくらいの獲物、一人で獲れないのかい?」
キジトラ地の猫が言う。
「ほら、これをやるよ。獲物はたくさんいる」
サビ地の猫が、獲物を口から放ってきた。
ぼとり、と目の前に落ちた小動物に、自分は、ヒッ、と悲鳴を上げそうになった。
濃い灰色の小動物。およそ可愛らしいとは言えない細い尻尾が特徴的だ。猫たちに引っ掻かれたり噛まれたりした跡が体に残り、針のような硬そうな毛に朱色が滲む。口から二本の長細い前歯がのぞいた。短いピンク色の舌を口からだらりと垂らして、ヒクヒクと鼻を動かしている。
「さあ、ほら。これもやるよ」
「ほら、これもだ。まだ生きているぞ」
瀕死のそれを、他の猫たちも放り投げてきた。獲物はたくさんいて、誰かに分けるくらい容易いことだと、お裾分けをしてくれるのだ。
けれど、どさどさと目の前に積まれた小動物に、自分は腰を抜かしそうになった。
地面に座り込んだ猫たちは、小動物をかじり始める。
「さあ、お前も食べるといいよ。丸々太って、食べ応えがあるだろう」
その小動物をずずいと出されて、自分は抜かしそうになった腰を上げて後退りした。
「どこへ行く。食べないのか!?」
「なんで逃げるんだ。獲物はたらふくあるぞ!」
後ろからそんな声と共に、追ってくる複数の足音があった。
捕まるわけにはいかない。振り向くことなく、空中を泳いでいるみたいに両腕をばたばたさせて、自分は這々の体で逃げ出した。
気が付けば、ゴミ山を背に歩道に座り込んでいた。
自分の横には、蓋の空いたペットボトルが転がっている。残ったコーヒーが溢れて、地面を濡らしていた。
その側で、膨らんだネズミが二匹、ゴミ山を漁っていた。
「夢か……」
朝日か、ビルの隙間から明るい光が伸びてきて、眩しさに目を眇める。
どうやら、酒に酔って、ゴミ山をベッドがわりに眠ってしまっていたらしい。ツンと鼻につく異臭が自分から漂ってくる。鼻を摘みながらゆっくり立ち上がると、目の前に小さな社が見えた。来たことのない社で、そこにはなぜか招き猫の人形がいくつも置かれ、それらがこちらを睨んでいるように思えた。
その招き猫たちの隙間から、鋭い目つきをした狩人が見えて、ぎくりとする。
転がっていた飲みかけのペットボトルを急いで拾い、口を閉める。
邪魔なそれをゴミ山に捨てようと思ったが、やめた。
「ネズミを食わされるなんて、お断りだ」
そうして、そそくさとその場を退散することにした。
ゴミ山を背に、自分は走り出す。
後ろから、にゃあん。と一声聞こえたが、もう、あのベルの音は聞こえなかった。
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