69 / 69
第7章 サウンド・ドラッグ
最終話 サウンド・ドラッグ
しおりを挟む
「おいおい、一体どうした?」
約束の時間になった。
Discordの通話画面の向こう側から、さぼじろーの大音量が聞こえた。
「お前ら、すっごい鼻声じゃねぇか!」
「あはは、何でもないよ」
ぽめ兄がごまかそうとしたけれど、鼻がずびと鳴った。
「ちょっと今、奇跡が起きただけだよ」
「奇跡?」
「おれの難聴が改善するっていう、奇跡。ひなのちゃんもね、状態が少し良くなったみたい」
「何だって!?」
さぼじろーの大声に続いて、モラの声が聞こえた。
「今までどんなお薬も効かなかったのに。どんな方法を試したんだい?」
「知りたいです!」
気づくと、みんなのアイコンがトークルームに集結していた。
経緯を話すと、スピーカー越しにみんなが一緒に喜んでくれた。
「すげー! じゃあつまり、俺たちはサウンド・ドラッグを実現できたってことだな!」
みんなへの感謝が込み上げて、胸が熱くなる。
「いつでもお祝いとお見舞いに行きます♡」
興奮ぎみな桃花の声。
「また手伝えることがあれば、何でも――」
「痛っ!」
やぎすけの叫び声がアピる桃花を邪魔した。
ガッツポーズを繰り返して、手を電気スタンドにぶつけたようだった。
「『改善』ってどの程度なんですか?」
冷静に確認したのは、拓海。
「今後も良くなるといいですね」
「改めて今、体調は大丈夫なんですか」
美咲もやぎすけをスルーして、場を落ち着かせてくれる。
「みんなありがとう、おれたちは大丈夫だよ」
「だいじょぶ~」
ぽめ兄とわたしが元気良く答えると、みんなほっとしたように笑った。
「それで、曲の方は準備OK?」
さぼじろーが本題に戻した。
映像について、自宅にやぎすけを呼んでイラスト制作の傍ら指導したと聞いた。
テーマが「鎮魂歌」だと知ったとき、納得した。
やぎすけによって動を与えられたさぼじろーの透明色は、息をのむ美しさだった。
「ピアノの音、大切にしてくれてありがとな」
「なんだよ、急に」
ぽめ兄が一瞬、下を向いた。
瞼を閉じて、瞳の奥から溢れる悲しみをぐっと堪えたみたいに見えた。
「あの音はずっと生きてるよ。永遠に」
それは、ぽめ兄とさぼじろーだけの物語。
「僕は幸せ者だ」
モラも鼻をすすりながら呟いた。
「好きな人の『耳』になれたMIX師なんて、なかなかいないよ!」
「おれを信じてくれてありがとう、モラ」
互いに微笑んだ声が、とても優しい。
「サウンド・ドラッグ」が配信される時刻まで、あと1分を切った。
Youtubeのプレミア公開ページに設けられたチャット欄では、待機リスナーが「楽しみ」「待ちきれない」と盛り上がっていた。
「サンドラ」のみんなもDiscordで繋がったまま、カウントダウンを始めた。
「ひなのちゃん」
ぽめ兄が車椅子からわたしを見上げた。
「今度こそ、受け取ってほしい」
目線を合わせるように屈んで、わたしはゆっくり頷いた。
「うん。ありがとう」
ぽめ兄は穏やかに笑った。
10、9、8、7――
「ボカロがおくすりになるって、証明できたから」
6、5、4――
「泣いてたきみに」
3、2、1。
「音のおくすり――『サウンド・ドラッグ』を処方するよ」
(「泣きたいきみに音のおくすり――サウンド・ドラッグ――」 了 )
約束の時間になった。
Discordの通話画面の向こう側から、さぼじろーの大音量が聞こえた。
「お前ら、すっごい鼻声じゃねぇか!」
「あはは、何でもないよ」
ぽめ兄がごまかそうとしたけれど、鼻がずびと鳴った。
「ちょっと今、奇跡が起きただけだよ」
「奇跡?」
「おれの難聴が改善するっていう、奇跡。ひなのちゃんもね、状態が少し良くなったみたい」
「何だって!?」
さぼじろーの大声に続いて、モラの声が聞こえた。
「今までどんなお薬も効かなかったのに。どんな方法を試したんだい?」
「知りたいです!」
気づくと、みんなのアイコンがトークルームに集結していた。
経緯を話すと、スピーカー越しにみんなが一緒に喜んでくれた。
「すげー! じゃあつまり、俺たちはサウンド・ドラッグを実現できたってことだな!」
みんなへの感謝が込み上げて、胸が熱くなる。
「いつでもお祝いとお見舞いに行きます♡」
興奮ぎみな桃花の声。
「また手伝えることがあれば、何でも――」
「痛っ!」
やぎすけの叫び声がアピる桃花を邪魔した。
ガッツポーズを繰り返して、手を電気スタンドにぶつけたようだった。
「『改善』ってどの程度なんですか?」
冷静に確認したのは、拓海。
「今後も良くなるといいですね」
「改めて今、体調は大丈夫なんですか」
美咲もやぎすけをスルーして、場を落ち着かせてくれる。
「みんなありがとう、おれたちは大丈夫だよ」
「だいじょぶ~」
ぽめ兄とわたしが元気良く答えると、みんなほっとしたように笑った。
「それで、曲の方は準備OK?」
さぼじろーが本題に戻した。
映像について、自宅にやぎすけを呼んでイラスト制作の傍ら指導したと聞いた。
テーマが「鎮魂歌」だと知ったとき、納得した。
やぎすけによって動を与えられたさぼじろーの透明色は、息をのむ美しさだった。
「ピアノの音、大切にしてくれてありがとな」
「なんだよ、急に」
ぽめ兄が一瞬、下を向いた。
瞼を閉じて、瞳の奥から溢れる悲しみをぐっと堪えたみたいに見えた。
「あの音はずっと生きてるよ。永遠に」
それは、ぽめ兄とさぼじろーだけの物語。
「僕は幸せ者だ」
モラも鼻をすすりながら呟いた。
「好きな人の『耳』になれたMIX師なんて、なかなかいないよ!」
「おれを信じてくれてありがとう、モラ」
互いに微笑んだ声が、とても優しい。
「サウンド・ドラッグ」が配信される時刻まで、あと1分を切った。
Youtubeのプレミア公開ページに設けられたチャット欄では、待機リスナーが「楽しみ」「待ちきれない」と盛り上がっていた。
「サンドラ」のみんなもDiscordで繋がったまま、カウントダウンを始めた。
「ひなのちゃん」
ぽめ兄が車椅子からわたしを見上げた。
「今度こそ、受け取ってほしい」
目線を合わせるように屈んで、わたしはゆっくり頷いた。
「うん。ありがとう」
ぽめ兄は穏やかに笑った。
10、9、8、7――
「ボカロがおくすりになるって、証明できたから」
6、5、4――
「泣いてたきみに」
3、2、1。
「音のおくすり――『サウンド・ドラッグ』を処方するよ」
(「泣きたいきみに音のおくすり――サウンド・ドラッグ――」 了 )
7
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説

坊主の決意:ちひろの変身物語
S.H.L
青春
### 坊主のちひろと仲間たち:変化と絆の物語
ちひろは高校時代、友達も少なく、スポーツにも無縁な日々を過ごしていた。しかし、担任の佐藤先生の勧めでソフトボール部に入部し、新しい仲間たちと共に高校生活を楽しむことができた。高校卒業後、柔道整復師を目指して専門学校に進学し、厳しい勉強に励む一方で、成人式に向けて髪を伸ばし始める。
専門学校卒業後、大手の整骨院に就職したちひろは、忙しい日々を送る中で、高校時代の恩師、佐藤先生から再び連絡を受ける。佐藤先生の奥さんが美容院でカットモデルを募集しており、ちひろに依頼が来る。高額な謝礼金に心を動かされ、ちひろはカットモデルを引き受けることに。
美容院での撮影中、ちひろは長い髪をセミロング、ボブ、ツーブロック、そして最終的にスキンヘッドにカットされる。新しい自分と向き合いながら、ちひろは自分の内面の強さと柔軟性を再発見する。仕事や日常生活でも、スキンヘッドのちひろは周囲に驚きと感動を与え、友人たちや同僚からも応援を受ける。
さらに、ちひろは同級生たちにもカットモデルを提案し、多くの仲間が参加することで、新たな絆が生まれる。成人式では、ロングヘアの同級生たちとスキンヘッドの仲間たちで特別な集合写真を撮影し、その絆を再確認する。
カットモデルの経験を通じて得た収益を元に、ちひろは自分の治療院を開くことを決意。結婚式では、再び髪をカットするサプライズ演出で会場を盛り上げ、夫となった拓也と共に新しい未来を誓う。
ちひろの物語は、外見の変化を通じて内面の成長を描き、友情と挑戦を通じて新たな自分を見つける旅路である。彼女の強さと勇気は、周囲の人々にも影響を与え、未来へと続く新しい一歩を踏み出す力となる。
学園制圧
月白由紀人
青春
高校生の高月優也《たかつきゆうや》は、幼馴染で想い人の山名明莉《やまなあかり》とのごくありふれた学園生活を送っていた。だがある日、明莉を含む一党が学園を武力で占拠してしまう。そして生徒を人質にして、政府に仲間の『ナイトメア』たちを解放しろと要求したのだ。政府に対して反抗の狼煙を上げた明莉なのだが、ひょんな成り行きで優也はその明莉と行動を共にすることになる。これは、そんな明莉と優也の交流と恋を描いた、クライムサスペンスの皮をまとったジュブナイルファンタジー。1話で作風はつかめると思います。毎日更新予定!よろしければ、読んでみてください!!

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
弁当 in the『マ゛ンバ』
とは
青春
「第6回ほっこり・じんわり大賞」奨励賞をいただきました!
『マ゛ンバ』
それは一人の女子中学生に訪れた試練。
言葉の意味が分からない?
そうでしょうそうでしょう!
読んで下さい。
必ず納得させてみせます。
これはうっかりな母親としっかりな娘のおかしくて、いとおしい時間を過ごした日々のお話。
優しくあったかな表紙は楠木結衣様作です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
「この曲を聴いたら元気になりました」
「この曲はいつか癌に聴くようになる」
いままで鼻で笑ってたコメントでしたが、
この小説を切っ掛けに、そう在って欲しいと心底望んでいたボカロPもきっと居たんだろうなと感じました。
彼等の「サウンド・ドラッグ」にこのような感想が着くことを願ってます。
わくわくの展開!みんな優しい🥹✨
つらい…😢