泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

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第7章 サウンド・ドラッグ

最終話 サウンド・ドラッグ

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「おいおい、一体どうした?」

  約束の時間になった。
  Discordの通話画面の向こう側から、さぼじろーの大音量が聞こえた。
「お前ら、すっごい鼻声じゃねぇか!」

「あはは、何でもないよ」
  ぽめ兄がごまかそうとしたけれど、鼻がずびと鳴った。

「ちょっと今、奇跡が起きただけだよ」
「奇跡?」
「おれの難聴が改善するっていう、奇跡。ひなのちゃんもね、状態が少し良くなったみたい」
「何だって!?」

  さぼじろーの大声に続いて、モラの声が聞こえた。
「今までどんなお薬も効かなかったのに。どんな方法を試したんだい?」
「知りたいです!」
  気づくと、みんなのアイコンがトークルームに集結していた。

  経緯を話すと、スピーカー越しにみんなが一緒に喜んでくれた。

「すげー!  じゃあつまり、俺たちはサウンド・ドラッグを実現できたってことだな!」

  みんなへの感謝が込み上げて、胸が熱くなる。

「いつでもお祝いとお見舞いに行きます♡」
  興奮ぎみな桃花の声。
「また手伝えることがあれば、何でも――」
「痛っ!」
  やぎすけの叫び声がアピる桃花を邪魔した。
  ガッツポーズを繰り返して、手を電気スタンドにぶつけたようだった。

「『改善』ってどの程度なんですか?」
  冷静に確認したのは、拓海。
「今後も良くなるといいですね」
「改めて今、体調は大丈夫なんですか」
  美咲もやぎすけをスルーして、場を落ち着かせてくれる。

「みんなありがとう、おれたちは大丈夫だよ」
「だいじょぶ~」

  ぽめ兄とわたしが元気良く答えると、みんなほっとしたように笑った。

「それで、曲の方は準備OK?」
  さぼじろーが本題に戻した。

  映像について、自宅にやぎすけを呼んでイラスト制作の傍ら指導したと聞いた。
  テーマが「鎮魂歌」だと知ったとき、納得した。
  やぎすけによって動を与えられたさぼじろーの透明色は、息をのむ美しさだった。

「ピアノの音、大切にしてくれてありがとな」
「なんだよ、急に」
  ぽめ兄が一瞬、下を向いた。
  まぶたを閉じて、瞳の奥から溢れる悲しみをぐっと堪えたみたいに見えた。
「あの音はずっと生きてるよ。永遠に」
  それは、ぽめ兄とさぼじろーだけの物語。

「僕は幸せ者だ」
  モラも鼻をすすりながら呟いた。
「好きな人の『耳』になれたMIX師なんて、なかなかいないよ!」
「おれを信じてくれてありがとう、モラ」
  互いに微笑んだ声が、とても優しい。

 「サウンド・ドラッグ」が配信される時刻まで、あと1分を切った。

  Youtubeのプレミア公開ページに設けられたチャット欄では、待機リスナーが「楽しみ」「待ちきれない」と盛り上がっていた。
  「サンドラ」のみんなもDiscordで繋がったまま、カウントダウンを始めた。

「ひなのちゃん」
  ぽめ兄が車椅子からわたしを見上げた。
「今度こそ、受け取ってほしい」

  目線を合わせるように屈んで、わたしはゆっくり頷いた。
「うん。ありがとう」

  ぽめ兄は穏やかに笑った。

  10、9、8、7――

「ボカロがおくすりになるって、証明できたから」

  6、5、4――

「泣いてたきみに」

  3、2、1。

「音のおくすり――『サウンド・ドラッグ』を処方するよ」



(「泣きたいきみに音のおくすり――サウンド・ドラッグ――」  了 )
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感想 3

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みんなの感想(3件)

ほげほげ
2024.09.03 ほげほげ

「この曲を聴いたら元気になりました」
「この曲はいつか癌に聴くようになる」
いままで鼻で笑ってたコメントでしたが、
この小説を切っ掛けに、そう在って欲しいと心底望んでいたボカロPもきっと居たんだろうなと感じました。
彼等の「サウンド・ドラッグ」にこのような感想が着くことを願ってます。

解除
uuuna
2024.08.16 uuuna

わくわくの展開!みんな優しい🥹✨

解除
uuuna
2024.08.16 uuuna

つらい…😢

解除

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