泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

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第7章 サウンド・ドラッグ

7-9 収録

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「は?  そんな話、誰が信じるの?」

  隣に座る桃花が口を尖らせた。
「同じ時間に同じ夢?  それで曲が完成したってわけ?」

  レコーディングブースを時間制で借してくれる都内のスタジオ。
  そのラウンジで、桃花と美咲と3人で話していた。

「まあまあ。それだけ2人が同じイメージを共有できてるってことじゃない?」
  平和に話をまとめてくれる美咲の横で、わたしは何度も頷いた。
「そういうこと~」
「おいマウント取んな、ぽやぽや」

  桃花はいつものように突っかかってきた。
  だけど、この日はそれ以上言わなかった。
  それどころか目を伏せて、口元に微笑みを浮かべた。
「良かった。ぽめPのお見舞い、行けたんだね」

「どゆこと?」
  ぽかんとするわたしに、美咲が補足する。
「ほら、ぽめPが前に『誰にも会いたくない』って言ってたでしょう?  ひなのがショック受けてるんじゃないかって、桃花が心配して――」
「ちょっと美咲!  内緒って言ったのに!」
「ふふ、口が滑っちゃったぁ」

  頭が追い付かなくて、珍しくきゃあきゃあしてる桃花と美咲をぼんやりと見た。
  状況を理解すると、頭が「!」でいっぱいになった。
「あ、ありがとう!」
「いいからほら、レコーディングするよ」
  話題を逸らす桃花の頬が少し赤くなっていて、かわいい。

  ぽめ兄――ぽめPは、病室にパソコンを持ち込んで、わずか3日で新曲「サウンド・ドラッグ」のパラデータを仕上げた。

  ところどころに拓海がサンプリングした音が入っている。
  完成版を初めて聞くわたしのために、桃花は曲を一時停止して、一つずつ解説してくれた。

  トントンという足音は拓海。
  紙をくしゃくしゃ丸めた音は美咲。
  がしゃんがしゃんという音は、やぎすけがバイトしている製麺所の機械。
  がちがち鳴っている硬い音は、桃花の弟が噛むプラスチックスプーン。
  走り書きっぽい音はさぼじろーの液タブで、鼓動音はモラだった。

「……ん?  鼓動って、モラの心臓ってこと?」
「なんか、好きな人を思い浮かべるとBPM130になるらしい」
「はっや」

  まだボーカルの入っていないインスト状態。
  未完成なのに中毒的な要素は強力で、続きを聴くと頭がふわふわしてきた。

  重厚感のあるベースを軸に、左右でボーカロイドの声が弾けた。
  不思議な浮遊感を生む、呪文みたいな言葉の並び。

  音の波におぼれたわたしは、意識が一瞬遠のいた。
  そのとき声の泡をかき分けて、鮮明なピアノの旋律せんりつが耳に飛び込んできた。

  余韻を消され、生命力の一切を失ったリリースカットピアノ。

  切なくはかなげだけど、白黒の世界を照らす希望の音。
  ピアノが導くその先に、わたしとぽめ兄がいた。

  小瓶で揺れる錠剤の音。
  再会を呼んだカーテンの音。

  わたしたちがみんな、楽器になっていた。
  拓海の表現した「仲間」が、ぽめ兄のメロディを彩っていた。

「じゃあ、歌ってくるね」
  わたしはレコーディングブースのドアに手を掛けた。

  自信なんかない。不安がない訳じゃない。
  わたしでいいのかって思うことばかり。

  でも、友達が背中を押してくれる。

  わたしの歌声を待ってくれている人がいた。
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