67 / 69
第7章 サウンド・ドラッグ
7-9 収録
しおりを挟む
「は? そんな話、誰が信じるの?」
隣に座る桃花が口を尖らせた。
「同じ時間に同じ夢? それで曲が完成したってわけ?」
レコーディングブースを時間制で借してくれる都内のスタジオ。
そのラウンジで、桃花と美咲と3人で話していた。
「まあまあ。それだけ2人が同じイメージを共有できてるってことじゃない?」
平和に話をまとめてくれる美咲の横で、わたしは何度も頷いた。
「そういうこと~」
「おいマウント取んな、ぽやぽや」
桃花はいつものように突っかかってきた。
だけど、この日はそれ以上言わなかった。
それどころか目を伏せて、口元に微笑みを浮かべた。
「良かった。ぽめPのお見舞い、行けたんだね」
「どゆこと?」
ぽかんとするわたしに、美咲が補足する。
「ほら、ぽめPが前に『誰にも会いたくない』って言ってたでしょう? ひなのがショック受けてるんじゃないかって、桃花が心配して――」
「ちょっと美咲! 内緒って言ったのに!」
「ふふ、口が滑っちゃったぁ」
頭が追い付かなくて、珍しくきゃあきゃあしてる桃花と美咲をぼんやりと見た。
状況を理解すると、頭が「!」でいっぱいになった。
「あ、ありがとう!」
「いいからほら、レコーディングするよ」
話題を逸らす桃花の頬が少し赤くなっていて、かわいい。
ぽめ兄――ぽめPは、病室にパソコンを持ち込んで、わずか3日で新曲「サウンド・ドラッグ」のパラデータを仕上げた。
ところどころに拓海がサンプリングした音が入っている。
完成版を初めて聞くわたしのために、桃花は曲を一時停止して、一つずつ解説してくれた。
トントンという足音は拓海。
紙をくしゃくしゃ丸めた音は美咲。
がしゃんがしゃんという音は、やぎすけがバイトしている製麺所の機械。
がちがち鳴っている硬い音は、桃花の弟が噛むプラスチックスプーン。
走り書きっぽい音はさぼじろーの液タブで、鼓動音はモラだった。
「……ん? 鼓動って、モラの心臓ってこと?」
「なんか、好きな人を思い浮かべるとBPM130になるらしい」
「はっや」
まだボーカルの入っていないインスト状態。
未完成なのに中毒的な要素は強力で、続きを聴くと頭がふわふわしてきた。
重厚感のあるベースを軸に、左右でボーカロイドの声が弾けた。
不思議な浮遊感を生む、呪文みたいな言葉の並び。
音の波に溺れたわたしは、意識が一瞬遠のいた。
そのとき声の泡をかき分けて、鮮明なピアノの旋律が耳に飛び込んできた。
余韻を消され、生命力の一切を失ったリリースカットピアノ。
切なく儚げだけど、白黒の世界を照らす希望の音。
ピアノが導くその先に、わたしとぽめ兄がいた。
小瓶で揺れる錠剤の音。
再会を呼んだカーテンの音。
わたしたちがみんな、楽器になっていた。
拓海の表現した「仲間」が、ぽめ兄のメロディを彩っていた。
「じゃあ、歌ってくるね」
わたしはレコーディングブースのドアに手を掛けた。
自信なんかない。不安がない訳じゃない。
わたしでいいのかって思うことばかり。
でも、友達が背中を押してくれる。
わたしの歌声を待ってくれている人がいた。
隣に座る桃花が口を尖らせた。
「同じ時間に同じ夢? それで曲が完成したってわけ?」
レコーディングブースを時間制で借してくれる都内のスタジオ。
そのラウンジで、桃花と美咲と3人で話していた。
「まあまあ。それだけ2人が同じイメージを共有できてるってことじゃない?」
平和に話をまとめてくれる美咲の横で、わたしは何度も頷いた。
「そういうこと~」
「おいマウント取んな、ぽやぽや」
桃花はいつものように突っかかってきた。
だけど、この日はそれ以上言わなかった。
それどころか目を伏せて、口元に微笑みを浮かべた。
「良かった。ぽめPのお見舞い、行けたんだね」
「どゆこと?」
ぽかんとするわたしに、美咲が補足する。
「ほら、ぽめPが前に『誰にも会いたくない』って言ってたでしょう? ひなのがショック受けてるんじゃないかって、桃花が心配して――」
「ちょっと美咲! 内緒って言ったのに!」
「ふふ、口が滑っちゃったぁ」
頭が追い付かなくて、珍しくきゃあきゃあしてる桃花と美咲をぼんやりと見た。
状況を理解すると、頭が「!」でいっぱいになった。
「あ、ありがとう!」
「いいからほら、レコーディングするよ」
話題を逸らす桃花の頬が少し赤くなっていて、かわいい。
ぽめ兄――ぽめPは、病室にパソコンを持ち込んで、わずか3日で新曲「サウンド・ドラッグ」のパラデータを仕上げた。
ところどころに拓海がサンプリングした音が入っている。
完成版を初めて聞くわたしのために、桃花は曲を一時停止して、一つずつ解説してくれた。
トントンという足音は拓海。
紙をくしゃくしゃ丸めた音は美咲。
がしゃんがしゃんという音は、やぎすけがバイトしている製麺所の機械。
がちがち鳴っている硬い音は、桃花の弟が噛むプラスチックスプーン。
走り書きっぽい音はさぼじろーの液タブで、鼓動音はモラだった。
「……ん? 鼓動って、モラの心臓ってこと?」
「なんか、好きな人を思い浮かべるとBPM130になるらしい」
「はっや」
まだボーカルの入っていないインスト状態。
未完成なのに中毒的な要素は強力で、続きを聴くと頭がふわふわしてきた。
重厚感のあるベースを軸に、左右でボーカロイドの声が弾けた。
不思議な浮遊感を生む、呪文みたいな言葉の並び。
音の波に溺れたわたしは、意識が一瞬遠のいた。
そのとき声の泡をかき分けて、鮮明なピアノの旋律が耳に飛び込んできた。
余韻を消され、生命力の一切を失ったリリースカットピアノ。
切なく儚げだけど、白黒の世界を照らす希望の音。
ピアノが導くその先に、わたしとぽめ兄がいた。
小瓶で揺れる錠剤の音。
再会を呼んだカーテンの音。
わたしたちがみんな、楽器になっていた。
拓海の表現した「仲間」が、ぽめ兄のメロディを彩っていた。
「じゃあ、歌ってくるね」
わたしはレコーディングブースのドアに手を掛けた。
自信なんかない。不安がない訳じゃない。
わたしでいいのかって思うことばかり。
でも、友達が背中を押してくれる。
わたしの歌声を待ってくれている人がいた。
1
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

坊主の決意:ちひろの変身物語
S.H.L
青春
### 坊主のちひろと仲間たち:変化と絆の物語
ちひろは高校時代、友達も少なく、スポーツにも無縁な日々を過ごしていた。しかし、担任の佐藤先生の勧めでソフトボール部に入部し、新しい仲間たちと共に高校生活を楽しむことができた。高校卒業後、柔道整復師を目指して専門学校に進学し、厳しい勉強に励む一方で、成人式に向けて髪を伸ばし始める。
専門学校卒業後、大手の整骨院に就職したちひろは、忙しい日々を送る中で、高校時代の恩師、佐藤先生から再び連絡を受ける。佐藤先生の奥さんが美容院でカットモデルを募集しており、ちひろに依頼が来る。高額な謝礼金に心を動かされ、ちひろはカットモデルを引き受けることに。
美容院での撮影中、ちひろは長い髪をセミロング、ボブ、ツーブロック、そして最終的にスキンヘッドにカットされる。新しい自分と向き合いながら、ちひろは自分の内面の強さと柔軟性を再発見する。仕事や日常生活でも、スキンヘッドのちひろは周囲に驚きと感動を与え、友人たちや同僚からも応援を受ける。
さらに、ちひろは同級生たちにもカットモデルを提案し、多くの仲間が参加することで、新たな絆が生まれる。成人式では、ロングヘアの同級生たちとスキンヘッドの仲間たちで特別な集合写真を撮影し、その絆を再確認する。
カットモデルの経験を通じて得た収益を元に、ちひろは自分の治療院を開くことを決意。結婚式では、再び髪をカットするサプライズ演出で会場を盛り上げ、夫となった拓也と共に新しい未来を誓う。
ちひろの物語は、外見の変化を通じて内面の成長を描き、友情と挑戦を通じて新たな自分を見つける旅路である。彼女の強さと勇気は、周囲の人々にも影響を与え、未来へと続く新しい一歩を踏み出す力となる。
学園制圧
月白由紀人
青春
高校生の高月優也《たかつきゆうや》は、幼馴染で想い人の山名明莉《やまなあかり》とのごくありふれた学園生活を送っていた。だがある日、明莉を含む一党が学園を武力で占拠してしまう。そして生徒を人質にして、政府に仲間の『ナイトメア』たちを解放しろと要求したのだ。政府に対して反抗の狼煙を上げた明莉なのだが、ひょんな成り行きで優也はその明莉と行動を共にすることになる。これは、そんな明莉と優也の交流と恋を描いた、クライムサスペンスの皮をまとったジュブナイルファンタジー。1話で作風はつかめると思います。毎日更新予定!よろしければ、読んでみてください!!

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
弁当 in the『マ゛ンバ』
とは
青春
「第6回ほっこり・じんわり大賞」奨励賞をいただきました!
『マ゛ンバ』
それは一人の女子中学生に訪れた試練。
言葉の意味が分からない?
そうでしょうそうでしょう!
読んで下さい。
必ず納得させてみせます。
これはうっかりな母親としっかりな娘のおかしくて、いとおしい時間を過ごした日々のお話。
優しくあったかな表紙は楠木結衣様作です!
ファンファーレ!
ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡
高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。
友情・恋愛・行事・学業…。
今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。
主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。
誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる