上 下
66 / 69
第7章 サウンド・ドラッグ

7-8 ぽめP

しおりを挟む
「弱虫だなんて、そんな!」
  わたしは強く否定した。
「サンドラにはすごく勇気づけられたし、推し活がきっかけで友達もできた!  ありがとうを伝えたいくらいなのに!」

「でも無力なのは変わらない。音楽の力をもってしても病気や障害をなかったことにはできない。実際そうだろう?」
  淡々とした声が、現実を突きつけてくる。

  ODの搬送前、最後の記憶が蘇る。
  ――ねえ、楽しかったよね。

  口ずさんだのは、ぽめPの「ゲートキープ」だった。

  そうだ。
  あのとき、わたしの心は真っ暗だった。
  切ない歌詞には慰められたけれど、結局障害が治る見込みはなくて、希望を持てずに人生を諦めてしまっていた。

「ひなのちゃんがODで搬送されてきたとき、嘘であれと何度願ったか。目を醒ましてくれたこと、『ぽめP』が好きだと言ってくれたこと、それにどれほど救われたか。一方で、ODを防げなかった自分の力不足を痛感した」

  だから歌い手に誘った、とぽめ兄はぽつりと言った。

「おれたちが出会った意味が、きっとあるはずなんだ。絶望からよみがえった経験が音楽になって、次の誰かを救うと信じてる」

「そうだったんだ……ん、でも、あれ?  えーと」
  あの日ぽめ兄に言われた言葉を思い出した。

  ――きみに見つけてもらえるように。それで「ぽめP」。

  頭が少し混乱した。
「わたしがケガしたのは去年だけど、その前からもう『ぽめP』の名前だったじゃん――どうして活動名とわたしが関係するの?」

  個室に秒針の乾いた音が響いた。
  壁時計が、面会時間は残り2分だと示していた。

「おれが音楽に興味を持ったきっかけが、ひなのちゃんだったから」
「わたし?」
  思わず怪訝けげんな顔をしてしまった。心当たりが全然ない。

「高校生の頃、隣の家から聴こえてきたエレクトーンの音がすごくカッコ良くてさ。親を説得して中古を買ってもらったんだ。独学ですぐに、打ち込みの音楽に夢中になった」
「ちょっと、それ初耳なんだけど!」
「だってひなのちゃんは当時小学生だったし、言ったら恥ずかしがるかなって」
  
  ぽめ兄は大学に進学すると、パソコンのDAWソフトで作曲するようになった。
  そこから音声も重ねられるボカロの世界にのめり込んだらしい。

  パネルや鍵盤で音色と音の長さを選び、ダイヤルでBPM(テンポ)を調整して――。
  地道な「打ち込み」が面白いのはエレクトーンもボカロも共通だった。

  病室に再び静けさが戻った。
  それ以上、長くは話せなかった。
  ぽめ兄は少し疲れたと言って、またベッドに横になった。

  時間は残り30秒を切っていた。
  わたしはまだ、大切なことを伝えていなかった。

「ねえ、大好きだよ」

  今までたくさんの患者さんにお薬を渡してきた右腕は、無数の注射痕で黒っぽい紫に変色していた。
  ゾンビを連想させる、不気味な皮膚。だけど、怖くなんかない。

  ぽめ兄の、命の色だから。

「カッコ良くなくていいよ。絶望ばかりでもいいよ」
  点滴につながれた右手を、やさしく両手で包み込んだ。
「わたし、ずっとそばにいる。これからも音のおくすり、いっぱいちょうだい」

  残り、10秒。

「仕方ないなあ。ひなのちゃんには敵わないよ」

  ゆっくりと手を握り返したぽめ兄は、微笑んだ。

「おれたち、ドラッグな関係になっちゃったね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】

S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。 物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。

咲き乱れろスターチス

シュレッダーにかけるはずだった
青春
自堕落に人生を浪費し、何となく社会人となったハルは、彼女との待ち合わせによく使った公園へむかった。陽炎揺らめく炎天下の中、何をするでもなく座り込んでいると、次第に暑さにやられて気が遠のいてゆく。  彼は最後の青春の記憶に微睡み、自身の罪と弱さに向き合うこととなる。 「ちゃんと生きなよ、逃げないで。」  朦朧とした意識の中、彼女の最後の言葉が脳裏で反芻する。

夏の決意

S.H.L
青春
主人公の遥(はるか)は高校3年生の女子バスケットボール部のキャプテン。部員たちとともに全国大会出場を目指して練習に励んでいたが、ある日、突然のアクシデントによりチームは崩壊の危機に瀕する。そんな中、遥は自らの決意を示すため、坊主頭になることを決意する。この決意はチームを再び一つにまとめるきっかけとなり、仲間たちとの絆を深め、成長していく青春ストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

坊主女子:女子野球短編集【短編集】

S.H.L
青春
野球をやっている女の子が坊主になるストーリーを集めた短編集ですり

坊主女子:青春恋愛短編集【短編集】

S.H.L
青春
女性が坊主にする恋愛小説を短篇集としてまとめました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

坊主女子:学園青春短編集【短編集】

S.H.L
青春
坊主女子の学園もの青春ストーリーを集めた短編集です。

処理中です...