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第7章 サウンド・ドラッグ
7-2 母親
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翌日、授業に集中できないまま学校が終わった。
悶々とした気持ちのまま家まで歩いた。
自宅のドアの前で、呆然とする。
ああ、どうしよう――。
家の鍵がリュックのポケットに、ない。
うっかり教室の机に置いてきてしまったのを思い出す。
父さんも母さんも、まだ仕事で帰ってこない。
真夏の屋外で、どうしよう?
「あら、ひなのちゃん」
天の声が隣の家から声が聞こえた。
「学校帰り? 今日も暑いねぇ」
「南条のおばさん!」
買い物帰りか、南条のおばさん――ぽめ兄のお母さんが、ちょうど門の柵を開けて家に入ろうとしていた。
わたしはとっさに泣きついた。
「ちょっとだけ! お母さんが帰ってくるまで、入れてもらえませんか!」
南条のおばさんは鍵を忘れたわたしのドジを知ると、笑って快く家に招いてくれた。
「暑かったでしょう、アイスティーでもどうぞ」
「うわ、ありがとうございます!」
「ちょうどいいタイミングだったね。わたしも用事を済ませた帰りだったの」
上品な香りが漂った。火照った身体に、冷たいアイスティーがしみる。
ようやく落ち着いて、ふかふかのソファからぽめ兄の実家のリビングを見渡した。
アンティークっぽい家具におしゃれなシャンデリア。
壁には大きな油絵が飾ってある。花瓶には綺麗なお花!
「すごい豪華……!」
隣の家として交流はあったけれど、家の中までは知らなかった。
普通の我が家には、こんなの、ない。
「主人が病院の人だから、お客さんやお友達がよく来るのよね」
「へぇ~」
「でも今日はまだお掃除できてないから、あまり見ないでちょうだい。恥ずかしいわ」
そう言って笑って、おばさんはわたしの隣に腰かけた。
さすがお箏の先生。グラスを持つ手がしなやか!
それからわたしは、おばさんと楽しくお話した。
おばさんはわたしの両親から話を聞いていて、けがや障害のことを知っていた。
日常生活に協力してくれる友達の存在を伝えたら、良かったねと言ってくれた。
「ぽめ兄は、どんな高校生だったんですか?」
気になって聞いてみた。
家の中には思い出を物語るもの――例えば写真とか賞状とか――は一切ない。
「うーん、駿は静かな子だったな」
おばさんは遠くを見る目で懐かしんだ。
「お兄ちゃんお姉ちゃんがいたからか、要領が良くて勉強はすごくできたけど。あまり感情を表に出す子ではなくてね、大学受験の前日でも淡々としていたねぇ」
「受験の前でも? 緊張しなかったの?」
「それが、薬学部に進んだのは前向きな志望理由じゃなかったの。実は当時、お父さんと大揉めしてね。お父さんは跡を継いでもらうために医学部に進学してほしかったんだけど、駿がそれに反発して――」
ぽめ兄の、初めて知る過去。
ぽめ兄も南条のおじさんも、感情的な性格ではない。
それなのに、「大揉め」したなんて。
いつもにこにこ笑っているけど、ぽめ兄だって人間。
泣いたり笑ったり怒ったりすることもあって当たり前。
わたしは、そういうぽめ兄を、全然知らなかった。
「ねえ、おばさん」
改めてソファで向き直った。
「もしかして、病院の帰り? お見舞いの帰り?」
「なあに、ひなのちゃん。どうしてそれを――」
言ってから、おばさんはしまったという顔をした。
でももう、遅い。
わたしは自分の入院を機にぽめ兄と再会していたという経緯を伝えた。
「おばさん、お願いです。ぽめ兄のところに、連れて行ってくれませんか」
悶々とした気持ちのまま家まで歩いた。
自宅のドアの前で、呆然とする。
ああ、どうしよう――。
家の鍵がリュックのポケットに、ない。
うっかり教室の机に置いてきてしまったのを思い出す。
父さんも母さんも、まだ仕事で帰ってこない。
真夏の屋外で、どうしよう?
「あら、ひなのちゃん」
天の声が隣の家から声が聞こえた。
「学校帰り? 今日も暑いねぇ」
「南条のおばさん!」
買い物帰りか、南条のおばさん――ぽめ兄のお母さんが、ちょうど門の柵を開けて家に入ろうとしていた。
わたしはとっさに泣きついた。
「ちょっとだけ! お母さんが帰ってくるまで、入れてもらえませんか!」
南条のおばさんは鍵を忘れたわたしのドジを知ると、笑って快く家に招いてくれた。
「暑かったでしょう、アイスティーでもどうぞ」
「うわ、ありがとうございます!」
「ちょうどいいタイミングだったね。わたしも用事を済ませた帰りだったの」
上品な香りが漂った。火照った身体に、冷たいアイスティーがしみる。
ようやく落ち着いて、ふかふかのソファからぽめ兄の実家のリビングを見渡した。
アンティークっぽい家具におしゃれなシャンデリア。
壁には大きな油絵が飾ってある。花瓶には綺麗なお花!
「すごい豪華……!」
隣の家として交流はあったけれど、家の中までは知らなかった。
普通の我が家には、こんなの、ない。
「主人が病院の人だから、お客さんやお友達がよく来るのよね」
「へぇ~」
「でも今日はまだお掃除できてないから、あまり見ないでちょうだい。恥ずかしいわ」
そう言って笑って、おばさんはわたしの隣に腰かけた。
さすがお箏の先生。グラスを持つ手がしなやか!
それからわたしは、おばさんと楽しくお話した。
おばさんはわたしの両親から話を聞いていて、けがや障害のことを知っていた。
日常生活に協力してくれる友達の存在を伝えたら、良かったねと言ってくれた。
「ぽめ兄は、どんな高校生だったんですか?」
気になって聞いてみた。
家の中には思い出を物語るもの――例えば写真とか賞状とか――は一切ない。
「うーん、駿は静かな子だったな」
おばさんは遠くを見る目で懐かしんだ。
「お兄ちゃんお姉ちゃんがいたからか、要領が良くて勉強はすごくできたけど。あまり感情を表に出す子ではなくてね、大学受験の前日でも淡々としていたねぇ」
「受験の前でも? 緊張しなかったの?」
「それが、薬学部に進んだのは前向きな志望理由じゃなかったの。実は当時、お父さんと大揉めしてね。お父さんは跡を継いでもらうために医学部に進学してほしかったんだけど、駿がそれに反発して――」
ぽめ兄の、初めて知る過去。
ぽめ兄も南条のおじさんも、感情的な性格ではない。
それなのに、「大揉め」したなんて。
いつもにこにこ笑っているけど、ぽめ兄だって人間。
泣いたり笑ったり怒ったりすることもあって当たり前。
わたしは、そういうぽめ兄を、全然知らなかった。
「ねえ、おばさん」
改めてソファで向き直った。
「もしかして、病院の帰り? お見舞いの帰り?」
「なあに、ひなのちゃん。どうしてそれを――」
言ってから、おばさんはしまったという顔をした。
でももう、遅い。
わたしは自分の入院を機にぽめ兄と再会していたという経緯を伝えた。
「おばさん、お願いです。ぽめ兄のところに、連れて行ってくれませんか」
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