上 下
59 / 69
第7章 サウンド・ドラッグ

7-1 知らせ

しおりを挟む
「ひなの、落ち着いて聞いてね」
  美咲から電話。
  しっかり者の美咲がこう言うときって、大抵悪い知らせだ。

「ぽめPが、また入院した」

  ふっと、体の力が抜けた。
「うそ」
  部屋のデスク脇に立っていたわたしは、へなへなとベッド上に崩れた。

「聞いてる?  ひなの、大丈夫?」
「うん……聞いてる、聞いてる」
  どどっと心臓が駆け出すのを我慢して、頑張って会話を続ける。

  だけど、美咲にはお見通しのようだった。
  わたしがパニックにならないか心配して、言葉を選びながら情報を伝えてくれる。
「新宿の王鳴おうめい記念病院にいるって、モラさんが教えてくれた。そこはかかりつけのお医者さんがいる病院で、今日はちょうど定期診察の日だったの。そしたら院内でまた突然具合が悪くなって――」

  1か月前、急に目まいが起きて救急車を呼んだときのことを思い出す。
  退院して、お仕事に復帰して、「サウンド・ドラッグ」の活動もまた動き始めた。
  それなのに、また入院だなんて信じたくない。

「あと、これが一番大事なことなんだけど」
  美咲が言いにくそうに切り出した。
「お見舞いには来てほしくないんだって。誰にも」
「誰にも?」

  ちょうど、お見舞いに行きたいと言おうとしていたところだった。
  だからなんだか、美咲に見透かされたような気がした。
  だけどその前に、ぽめ兄に見透かされていたんだと思った。

「ぽめ兄に聞いてみる~」
「あ、ひなの、ちょっと!」
  美咲には悪いけど、通話を切った。

  ぽめ兄のLINE画面に切り替えた。
  実家で飼っていた、真っ白ふわふわなポメラニアンのアイコン画像。

  わたしは美咲から聞いた「誰にも」という言葉を信じていなかった。

  だって、ぽめ兄は優しい。
  わたしが入院したとき、病室でいつでも話に付き合ってくれた。
  どんな気持ちも否定しないで聞いてくれた。どんなときも笑ってた。

「お見舞いに行きたいな」
  わたしのLINEに既読はすぐに付いた。
  返ってきたのは「来ないで」の4文字。

  状況が理解できなかった。
  ぽめ兄がわたしを拒否すること、今までなかった。

「どうして?」
  震える指で入力した。
  今度は「誰にも会いたくない」の返事。

  それ以上、何も聞けなかった。
「わかった」と入力して、「お大事に」のスタンプを送る。
  既読はまたすぐ付いて、あとはもう、何も返ってこなかった。

  通知の鳴らないスマホを抱いて、わたしはベッドでうずくまった。
  涙が込み上げる。

  ぽめ兄はわたしにたくさんの出会いと喜びをくれた。

  それなのに、わたしはぽめ兄の絶望を見ていることしかできない――。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

Missing you

廣瀬純一
青春
突然消えた彼女を探しに山口県に訪れた佐藤達也が自転車で県内の各市を巡り向津具のダブルマラソンにも出場して山口県で様々な体験や不思議な体験をする話

僕と言う人間の物語

Rusei
青春
高校生として高校に入学した少年 綾小路由良 彼が入った教室で様々な人に会う これは彼の周りに起きる短い日常の話である

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

学校一のモテ男がドS美少女に包囲されているらしい

無地
青春
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群。あらゆるモテ要素を凝縮した男、朝日空(あさひそら)。彼が道を歩けば、女子は黄色い声援を浴びせ、下駄箱にはいつも大量のラブレター。放課後は彼に告白する女子の行列が出来る……そんな最強モテライフを送っていた空はある日、孤高の美少女、心和瑞月(こよりみづき)に屋上へ呼び出される。いつも通り適当に振ろうと屋上へ向かう空だったが……?!

処理中です...