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第6章 雑音の美学
6-6 謝罪
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翌朝、教室にひなのが登校してくるのを待った。
「みんな、おはよ~」
お気に入りのリュックに小さな背中を預けて、廊下をとことこ歩いてきた。
「拓海も、おはよう」
騒がしい朝の教室に入る前に、伝えないといけないことがあった。
「ひなの、こっち来て」
「なあに?」
先生が生物や物理の模型を保管している、空き教室。
その人目のない壁際で、俺たちは向かい合って立った。
「『けちょん』っていうVチューバー、知ってる?」
単刀直入に尋ねる。
ひなのはぷるぷると首を振った。
「じゃあ、昨日の配信も聞いてない?」
こくりと頷く。
正直に、事情を話した。
兄が配信を通じていい加減なことを言ったこと。
ぽめPとひなのが恋人関係だなんて、周囲の誤解を招くことを言ったこと。
「ごめん、ほんと、ごめん。俺の兄貴が無責任で」
「拓海は悪くないよ~」
意外にも、ひなのは淡々と状況を受け入れた。
「わたしたち、周りからよく言われるもん。『仲いいね、付き合ってるの?』って」
「ひなのは、それをどう思ってんの?」
「えー、なんだろ。照れちゃうよね。ぽめ兄、大好きだもん」
真正面から言われると複雑な気分になった。
俺たちは短い間だったけれど、彼氏彼女だったから。
俺がクズ男だっただけ。
高次脳機能障害を発症したひなのを一方的に振って、桃花に乗り換えた。
「うーん、とにかく。そういう噂があることは知ってるけど、わたしたちは付き合ってないし、あまり気にしてないよ」
ひなのはこの話題は終わりにしようと言った。
「……ほんとはどうなの」
視線が泳ぐのを俺は見逃さなかった。
「ぽめさんのこと、好きなんじゃないの」
付き合う前から、大らかで優しい子だった。
それが障害によって感情をコントロールできなくなって、たくさん振り回された。
たくさん傷つけ合った。たくさんすれ違った。
せめて今は、本当の気持ちを知りたい。
「……好きだよ」
頬を赤らめて、ぐっと唇を噛みしめた。小鳥のような声で呟く。
「好き好き好き、大好き。拓海なんかより、ずっと好き」
それから、にこっと笑った。俺にとって、何よりも痛い復讐だった。
ずるいって。
そんな顔を見せられたら、ぽめPが羨ましくなってしまう。
「それでいいよ」
負け惜しみを吐いて、俺は目を伏せた。
チャイムが鳴った。教室に戻る頃合いだった。
二人で廊下に出たそのとき――何かが、ぐごおと爆音を鳴らした。
「え、何、今の?」
「ひなののお腹だよ~」
照れ隠しというよりは自慢げに、ぽんぽんとお腹を叩いた。
「すごい音でしょ。こないだ、ぽめ兄にも驚かれた」
「朝飯食ってないの?」
「寝坊しちゃったから、そのまま来た~」
「仕方ねぇな、後で俺のカロリーメイトでも――」
ふと、思考が止まった。
ひなの、と名前を呼ぶ。
「パンでも何でも奢るから。それ、録音させてくんね?」
「みんな、おはよ~」
お気に入りのリュックに小さな背中を預けて、廊下をとことこ歩いてきた。
「拓海も、おはよう」
騒がしい朝の教室に入る前に、伝えないといけないことがあった。
「ひなの、こっち来て」
「なあに?」
先生が生物や物理の模型を保管している、空き教室。
その人目のない壁際で、俺たちは向かい合って立った。
「『けちょん』っていうVチューバー、知ってる?」
単刀直入に尋ねる。
ひなのはぷるぷると首を振った。
「じゃあ、昨日の配信も聞いてない?」
こくりと頷く。
正直に、事情を話した。
兄が配信を通じていい加減なことを言ったこと。
ぽめPとひなのが恋人関係だなんて、周囲の誤解を招くことを言ったこと。
「ごめん、ほんと、ごめん。俺の兄貴が無責任で」
「拓海は悪くないよ~」
意外にも、ひなのは淡々と状況を受け入れた。
「わたしたち、周りからよく言われるもん。『仲いいね、付き合ってるの?』って」
「ひなのは、それをどう思ってんの?」
「えー、なんだろ。照れちゃうよね。ぽめ兄、大好きだもん」
真正面から言われると複雑な気分になった。
俺たちは短い間だったけれど、彼氏彼女だったから。
俺がクズ男だっただけ。
高次脳機能障害を発症したひなのを一方的に振って、桃花に乗り換えた。
「うーん、とにかく。そういう噂があることは知ってるけど、わたしたちは付き合ってないし、あまり気にしてないよ」
ひなのはこの話題は終わりにしようと言った。
「……ほんとはどうなの」
視線が泳ぐのを俺は見逃さなかった。
「ぽめさんのこと、好きなんじゃないの」
付き合う前から、大らかで優しい子だった。
それが障害によって感情をコントロールできなくなって、たくさん振り回された。
たくさん傷つけ合った。たくさんすれ違った。
せめて今は、本当の気持ちを知りたい。
「……好きだよ」
頬を赤らめて、ぐっと唇を噛みしめた。小鳥のような声で呟く。
「好き好き好き、大好き。拓海なんかより、ずっと好き」
それから、にこっと笑った。俺にとって、何よりも痛い復讐だった。
ずるいって。
そんな顔を見せられたら、ぽめPが羨ましくなってしまう。
「それでいいよ」
負け惜しみを吐いて、俺は目を伏せた。
チャイムが鳴った。教室に戻る頃合いだった。
二人で廊下に出たそのとき――何かが、ぐごおと爆音を鳴らした。
「え、何、今の?」
「ひなののお腹だよ~」
照れ隠しというよりは自慢げに、ぽんぽんとお腹を叩いた。
「すごい音でしょ。こないだ、ぽめ兄にも驚かれた」
「朝飯食ってないの?」
「寝坊しちゃったから、そのまま来た~」
「仕方ねぇな、後で俺のカロリーメイトでも――」
ふと、思考が止まった。
ひなの、と名前を呼ぶ。
「パンでも何でも奢るから。それ、録音させてくんね?」
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