泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

文字の大きさ
上 下
53 / 69
第6章 雑音の美学

6-4 発表

しおりを挟む
「どーも、イラストレーターのさぼじろーです!」

  サウンド・ドラッグの定期配信が始まった。

  さぼじろーはいつもと同じ口調だったけれど、今日は声が少し震えていた。

「今日はもともと雑談配信を予定していましたが、急遽変更させていただきました。楽しみにしてくれていたリスナーの皆さん、申し訳ございません」

  配信画面が「ぽめPからの大切なお知らせ」というタイトルに切り替わった。

  リスナーの反応は早い。
  1万人近くのリスナーから「何?」とか「ドキドキする」などのコメントが流れた。

  さぼじろーは台本の流れに沿ってメンバーを呼び出した。

  ぽめP、モラトリアム大仏、ぴよが順に登場し、3人分の立ち絵アイコンが表示された。
  それぞれが緊張感をまとって挨拶する。

「個人的な内容なので、ここからは本人にパスします。よろしく、ぽめ」

「はい」
  ぽめPが淡々と話し始める。
「ええと、今日は僕の体調不良のお話です」

  メニエール病という病名が出ると、コメント欄は一瞬でざわついた。

「発症は2017年、『ゲートキープ』を発表した直後のことです。最初の自覚症状は耳鳴り……船の汽笛のような音でした」

「当時は授業やテスト、実習などに追われていた大学生だったので、寝不足や疲れが原因だろうと思っていました。でも激しい目まいと吐き気が繰り返し発生して、医師から告げられたのがメニエール病でした」

  薬科大学は6年制で、勉強が超ハードだと理系の先輩から聞いたことがある。
 
  講義とテストに加えて実験やレポート、実務実習、その前段の臨床試験、そして国家試験――膨大なタスクをこなさなければ卒業や就職どころか、進級すら難しいらしい。

  ぽめPが病気にすぐ気付けなかった理由に納得すると同時に、病魔の恐ろしさにぞっとした。

「発症から7年経ち、片耳の聴力が大きく落ちました。耳鳴りや耳の閉塞感も相変わらず続いています。しばらくお薬で何とかごまかしていましたが――」

  いったん話を切る。
  すう、と深呼吸する音が聞こえた。

「今日発表したのは、先日、外出中に倒れてしまったからです。仕事や生活に影響が出たことで、日頃応援してくれる方々にお伝えしておこうと思いました」

  覚悟を決めた落ち着いた声で、よどみなく言い切る。

「体調によっては今後、新作の投稿ペースが落ちるかもしれません。依頼をいただいてもお断りするかもしれません。それから……もしかしたら、音楽から離れる日がやって来るかもしれません」

  リスナーの悲痛な叫びが溢れた。
  「信じたくない」、「嘘だと言ってほしい」、「悲しい」――。
  コメント欄に大量のメッセージが投稿され、目が追い付かないほどの速さで流れた。

「皆さん、ありがとう。大丈夫、おれは大丈夫ですよ」

  傷を隠したはかない声に、さぼじろーが鼻をすする音が重なった。

  モラさんのアイコン画面が暗くなった。たぶん、マイクを切って号泣している。

  ぴよはミュートにしていなかった。
  何も言わず、泣きもせず、ただ話を聞いていた。  

「音のおくすり――サウンド・ドラッグは、自分の中にあると分かっています」

  ぽめPは緊張感を解いた。
  普段の穏やかな口調。

  ふにゃと笑ったときの声だった。

「生きるって、大変ですね」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

足を踏み出して

示彩 豊
青春
高校生活の終わりが見え始めた頃、円佳は進路を決められずにいた。友人の朱理は「卒業したい」と口にしながらも、自分を「人を傷つけるナイフ」と例え、操られることを望むような危うさを見せる。 一方で、カオルは地元での就職を決め、るんと舞は東京の大学を目指している。それぞれが未来に向かって進む中、円佳だけが立ち止まり、自分の進む道を見出せずにいた。 そんな中、文化祭の準備が始まる。るんは演劇に挑戦しようとしており、カオルも何かしらの役割を考えている。しかし、円佳はまだ決められずにいた。秋の陽射しが差し込む教室で、彼女は焦りと迷いを抱えながら、友人たちの言葉を受け止める。 それぞれの選択が、少しずつ未来を形作っていく。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

ファンファーレ!

ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡ 高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。 友情・恋愛・行事・学業…。 今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。 主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。 誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

処理中です...