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第6章 雑音の美学
6-4 発表
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「どーも、イラストレーターのさぼじろーです!」
サウンド・ドラッグの定期配信が始まった。
さぼじろーはいつもと同じ口調だったけれど、今日は声が少し震えていた。
「今日はもともと雑談配信を予定していましたが、急遽変更させていただきました。楽しみにしてくれていたリスナーの皆さん、申し訳ございません」
配信画面が「ぽめPからの大切なお知らせ」というタイトルに切り替わった。
リスナーの反応は早い。
1万人近くのリスナーから「何?」とか「ドキドキする」などのコメントが流れた。
さぼじろーは台本の流れに沿ってメンバーを呼び出した。
ぽめP、モラトリアム大仏、ぴよが順に登場し、3人分の立ち絵アイコンが表示された。
それぞれが緊張感をまとって挨拶する。
「個人的な内容なので、ここからは本人にパスします。よろしく、ぽめ」
「はい」
ぽめPが淡々と話し始める。
「ええと、今日は僕の体調不良のお話です」
メニエール病という病名が出ると、コメント欄は一瞬でざわついた。
「発症は2017年、『ゲートキープ』を発表した直後のことです。最初の自覚症状は耳鳴り……船の汽笛のような音でした」
「当時は授業やテスト、実習などに追われていた大学生だったので、寝不足や疲れが原因だろうと思っていました。でも激しい目まいと吐き気が繰り返し発生して、医師から告げられたのがメニエール病でした」
薬科大学は6年制で、勉強が超ハードだと理系の先輩から聞いたことがある。
講義とテストに加えて実験やレポート、実務実習、その前段の臨床試験、そして国家試験――膨大なタスクをこなさなければ卒業や就職どころか、進級すら難しいらしい。
ぽめPが病気にすぐ気付けなかった理由に納得すると同時に、病魔の恐ろしさにぞっとした。
「発症から7年経ち、片耳の聴力が大きく落ちました。耳鳴りや耳の閉塞感も相変わらず続いています。しばらくお薬で何とかごまかしていましたが――」
いったん話を切る。
すう、と深呼吸する音が聞こえた。
「今日発表したのは、先日、外出中に倒れてしまったからです。仕事や生活に影響が出たことで、日頃応援してくれる方々にお伝えしておこうと思いました」
覚悟を決めた落ち着いた声で、よどみなく言い切る。
「体調によっては今後、新作の投稿ペースが落ちるかもしれません。依頼をいただいてもお断りするかもしれません。それから……もしかしたら、音楽から離れる日がやって来るかもしれません」
リスナーの悲痛な叫びが溢れた。
「信じたくない」、「嘘だと言ってほしい」、「悲しい」――。
コメント欄に大量のメッセージが投稿され、目が追い付かないほどの速さで流れた。
「皆さん、ありがとう。大丈夫、おれは大丈夫ですよ」
傷を隠した儚い声に、さぼじろーが鼻をすする音が重なった。
モラさんのアイコン画面が暗くなった。たぶん、マイクを切って号泣している。
ぴよはミュートにしていなかった。
何も言わず、泣きもせず、ただ話を聞いていた。
「音のおくすり――サウンド・ドラッグは、自分の中にあると分かっています」
ぽめPは緊張感を解いた。
普段の穏やかな口調。
ふにゃと笑ったときの声だった。
「生きるって、大変ですね」
サウンド・ドラッグの定期配信が始まった。
さぼじろーはいつもと同じ口調だったけれど、今日は声が少し震えていた。
「今日はもともと雑談配信を予定していましたが、急遽変更させていただきました。楽しみにしてくれていたリスナーの皆さん、申し訳ございません」
配信画面が「ぽめPからの大切なお知らせ」というタイトルに切り替わった。
リスナーの反応は早い。
1万人近くのリスナーから「何?」とか「ドキドキする」などのコメントが流れた。
さぼじろーは台本の流れに沿ってメンバーを呼び出した。
ぽめP、モラトリアム大仏、ぴよが順に登場し、3人分の立ち絵アイコンが表示された。
それぞれが緊張感をまとって挨拶する。
「個人的な内容なので、ここからは本人にパスします。よろしく、ぽめ」
「はい」
ぽめPが淡々と話し始める。
「ええと、今日は僕の体調不良のお話です」
メニエール病という病名が出ると、コメント欄は一瞬でざわついた。
「発症は2017年、『ゲートキープ』を発表した直後のことです。最初の自覚症状は耳鳴り……船の汽笛のような音でした」
「当時は授業やテスト、実習などに追われていた大学生だったので、寝不足や疲れが原因だろうと思っていました。でも激しい目まいと吐き気が繰り返し発生して、医師から告げられたのがメニエール病でした」
薬科大学は6年制で、勉強が超ハードだと理系の先輩から聞いたことがある。
講義とテストに加えて実験やレポート、実務実習、その前段の臨床試験、そして国家試験――膨大なタスクをこなさなければ卒業や就職どころか、進級すら難しいらしい。
ぽめPが病気にすぐ気付けなかった理由に納得すると同時に、病魔の恐ろしさにぞっとした。
「発症から7年経ち、片耳の聴力が大きく落ちました。耳鳴りや耳の閉塞感も相変わらず続いています。しばらくお薬で何とかごまかしていましたが――」
いったん話を切る。
すう、と深呼吸する音が聞こえた。
「今日発表したのは、先日、外出中に倒れてしまったからです。仕事や生活に影響が出たことで、日頃応援してくれる方々にお伝えしておこうと思いました」
覚悟を決めた落ち着いた声で、よどみなく言い切る。
「体調によっては今後、新作の投稿ペースが落ちるかもしれません。依頼をいただいてもお断りするかもしれません。それから……もしかしたら、音楽から離れる日がやって来るかもしれません」
リスナーの悲痛な叫びが溢れた。
「信じたくない」、「嘘だと言ってほしい」、「悲しい」――。
コメント欄に大量のメッセージが投稿され、目が追い付かないほどの速さで流れた。
「皆さん、ありがとう。大丈夫、おれは大丈夫ですよ」
傷を隠した儚い声に、さぼじろーが鼻をすする音が重なった。
モラさんのアイコン画面が暗くなった。たぶん、マイクを切って号泣している。
ぴよはミュートにしていなかった。
何も言わず、泣きもせず、ただ話を聞いていた。
「音のおくすり――サウンド・ドラッグは、自分の中にあると分かっています」
ぽめPは緊張感を解いた。
普段の穏やかな口調。
ふにゃと笑ったときの声だった。
「生きるって、大変ですね」
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