泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

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第6章 雑音の美学

6-1 配信者

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  金曜日の午後10時。
  この時間が一番嫌いだ。

「はいはい、こんばんは!  『けちょん』こと剣崎傑けんざきすぐるです☆」

  ユイキャスから流れる兄・陸斗りくとの声。

  どこからそんな活動名を思いついた?
  そんなに高い声出して大丈夫なん?  
  弟の視点で見ると、ツッコミどころがありすぎる。

「みんな元気かなー?  音声聞こえてる?  BGMもOK?  よーし、始めよっか!  ……げほっげほっ」

  ほら、だから言っただろう。

  俺が笑う声を堪えて台パンすると、机の上からペットボトルが落ちた。
  ドン、と振動音が床に響く。やっべ!

  案の定、スマホにLINEが届く。
「物音立てんな、バカ」

  ごめんと返信しようとして、指を止める。
  偉そうな言い方がムカつくから、舌を出してあおるスタンプを送ってやった。

  とある事務所に所属するキラキライケメンVブイチューバー――「けちょん」の素の顔を知るのは、俺だけだった。

  今度はリビングにいる父親からLINEがきた。
「陸斗が配信中だよ。静かにしなさい」

  は?  なんで親からも叱られなきゃいけない?
  ふと配信画面を見ると、俺の物音を聞いた何千人ものリスナーから大量のコメントが届いていた。

「ペットですか?」
「泥棒じゃないよね?  大丈夫?」
「まさか彼女?  匂わせ?」

  マジでうぜえ。俺はペットでも泥棒でもない。
  もちろん、彼女でもない!

  けちょんが甘い声でその場をなだめた。

「みんな落ち着いて。初見さんのためにお伝えしますが、俺は実家暮らしの大学生なんです。両親やきょうだいにも生活があるので、こういう雑音もどうかご理解ください」

  今度は肯定的なコメントが集まって、騒ぎは静まった。
  そうなんだ、優しいね、家族思いだね――。

  配信者の家族って、本当にめんどくさい。
  家の構造や生活リズムにもよるけれど、気を遣うことが多すぎる。

  誕生日とかクリスマスとか、特別なイベントに本人がいないことは当たり前。
  両親は寂しがるどころか、人気絶好調の兄を誇りに思っている。

  俺はけちょんの配信を切って、スマホ画面も消した。
  一切の雑音を遮断するために、ヘッドホンをつける。

  俺が16歳の誕生日に親にねだったのは、新しいパソコンと音楽制作ソフトのDAW(Digital Audio Workstation)だった。

  そのときに言われた言葉は、忘れられない。

「いいんじゃない。パソコンだったら、陸斗の配信の邪魔にならないだろうし」

  両親の生活はすっかり陸斗中心になっていた。

  剣吉拓海けんよしたくみ  a.k.aas known as ボカロPの「音海おとうみタク」。

  いつか実力で兄に認めてさせてやると、決めていた。
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