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第5章 絵師の祈り色

5-6 病院

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  ぽめPは都内にあるリハビリ病院の救急外来に搬送された。
  わたしが住む街から電車で15分くらい。
  日が暮れる前にはなんとかたどり着いた。

「美咲!」
  エントランスを通ると、ロビーで待っていたひなのがソファから立ち上がった。
  わたしに飛びついて、胸にぎゅうっと顔をうずめてくる。
「怖かった、怖かったよぉ」
「うん、よく連絡できたね。お疲れ様」
  ぽやぽや跳ねた髪を優しく撫でてやった。

「今に、さぼじろーも来るよ」
「さぼじろーさんも?」

  名前を復唱したその瞬間、エントランスの自動ドアが開いた。
  長身の美しいシルエットが、高齢者しかいないロビーで際立った。
  さぼじろーさんはちらりとわたしたちを見たけれど、真っすぐに受付に向かった。

「先ほど救急に搬送された南条駿の友人です。一堂いちどう恭平きょうへいと申します」

  夕方で閑散とした病院に、通話画面越しに聞いた声が響いた。

  南条駿、一堂恭平。
  初めて知った、2人の本名。

  受付にはあらかじめ連絡が入っていたようだった。
  さぼじろーさんは職員の指示に頷いてから、わたしたちのところに近づいてきた。

「ぴよはこのままエントランスに。美咲は俺と一緒に来い」
「え?」
「ひなのに、お願いがあるんだ」

  さぼじろーさんは手帳の端を破って、さらさらとイラストを描いた。

「ここに駿の家族が来てくれることになっている。到着したら、あっちの廊下に行くよう伝えてほしい。……できそうか?」

  ひなのの理解度を確認しながら、丁寧に指示を伝える。

  段取りが苦手なひなのでも、絵があれば理解しやすいって知ってるんだ。
  さぼじろーさんの配慮の形に、絵を描くことの可能性の大きさを感じた。

「お隣さんなら顔を見れば分かるよな。俺たちは看護師さんに会ってくるから、ここは任せたぜ」
「らじゃ」

  ひなのは役割を与えられてうれしそうだった。

  わたしはさぼじろーさんに続いて救急科の廊下に向かった。
  またドキドキしていた。

「おい」
  唐突に声が降ってくる。
「院内では俺のことは名前で呼べ。身バレしたくないからな」
「はい……えっと、恭平さん」

  女性の看護師さんが駆け寄ってきた。
「看護師の西野にしのと申します。南条さんのご友人の方ですね」
「はい、一堂といいます」

  さぼじろーさんと西野さんが名刺を交換して、一礼した。

「家族ではないので書類のサインはできませんが、かかりつけ医や薬などの情報は本人から預かっています」

  それから、とさぼじろーさんは予想外のことを言った。
「あの、この子も同席させていいですか。看護師志望の高校生なんです」

  え、と思わず声が出る。
「ちょっと、恭平さん?」
「あら、そうなんですか。参考になるのでしたら、どうぞ」
  西野さんはわたしに朗らかに笑い掛けてくれた。

  さぼじろーさんがにやりと笑った。
「よかったな。個人情報はメモすんなよ」
「しませんよ!」

  どうしよう、緊張する。
  ひなのの付き添いのつもりが、まさかの職場見学になるなんて!

  ちゃんとした服装で来ればよかった。
  小さいメモ帳じゃなくて、ノートを持ってくればよかった。
  動揺して、ボールペンのグリップが手汗でにじんだ。

  ああ、そうか。
  自分次第――さっき言われた言葉を思い出す。

  きっと、大丈夫。これはチャンスなんだ。
  そう思うと、緊張が解けていくのを感じた。

  ちらりと隣を見ると、さぼじろーさんの優しい瞳と目が合った。

  ぽめP、ひなの、ごめんね。
  今のわたし、ちょっとワクワクしてる。

  改めて、わたしはよろしくお願いしますと西野さんに頭を下げた。
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