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第5章 絵師の祈り色
5-5 SOS
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次の土曜日、夕方の勉強時間。
休憩したくて、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
キンキンに冷えた水が、ペットボトルの中で静かに揺れていた。
赤とか青とか緑とか、カラフルなラベルは描きやすいのに。
周りに合わせて白にも黒にも見える水は、無個性なわたしみたいに思えた。
――さぼじろーさんなら、この透明をどんなふうに描くんだろう。
グラスに注いで、自己嫌悪からくる虚無感を一気に飲み込んだ。
「美咲、夜ご飯は何がいい?」
お母さんが、部屋干ししていた洗濯物を畳んでいた。
「久しぶりにハンバーグでも作ろうか」
「うん、ありがとう」
笑顔をつくって、ペットボトルを冷蔵庫に戻した。
自室に向かう途中の仏間で、ふとお父さんの遺影を見つめた。
命尽きる間際の細い声、力ない笑顔、手の枯れ葉色。
まだ記憶に残っていた。
会いたい。会えないって分かってるのに。
「お父さん、わたしね――」
呟きかけたそのとき、リビングでスマホのバイブが鳴っているのが聞こえた。
急な着信だった。相手は――ひなの。
迷わず応答ボタンを押す。
「どうしたの?」
「助けて! ぽめ兄が倒れた!」
「ええ!?」
ひなのは混乱していた。なかなか言葉が出てこない。
「えーと、えーと、頭が、ぐるぐる、ふらふら。なんて言うんだっけ? あ、目まい!」
「それで今、どこにいるの? 救急車は呼んだ?」
「あっ、そうか!」
いったん電話切るね、と震える声が言った。
一緒に住宅街を歩いていたときに、ぽめPが突然目まいを発症したようだった。
こういうとき、ひなのはパニックになる。
誰か、手を貸してくれる人が近くにいてくれますように。
わたしは慌てて部屋着を脱ぎ、パーカーを羽織った。
「お母さん、ちょっと外出してくる」
「今から?」
「ひなのからSOSが来たの!」
急いで事情を話す。
「他の人に任せなさい」とか「夜までには帰りなさい」とか、言いたいことはいくつもあるに決まってる。
だけど、お母さんは何も言わなかった。
「急に、ごめんね」
キッチンに準備された2人分のひき肉のパックが目に入って、胸が痛む。
「なるべく早く帰るね。お母さんのハンバーグ、一緒に食べたい」
お母さんが一瞬泣きそうな顔をした。
「……気を付けてね」
「うん」
本当にごめん、お母さん。
わたしまで寂しい思いをさせているって、分かってる。
だけど、少しでも友達の力になりたい。
病院に来る人の心細さを、わたしは知ってるから。
慣れたスニーカーを履いて、わたしは家を飛び出した。
休憩したくて、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
キンキンに冷えた水が、ペットボトルの中で静かに揺れていた。
赤とか青とか緑とか、カラフルなラベルは描きやすいのに。
周りに合わせて白にも黒にも見える水は、無個性なわたしみたいに思えた。
――さぼじろーさんなら、この透明をどんなふうに描くんだろう。
グラスに注いで、自己嫌悪からくる虚無感を一気に飲み込んだ。
「美咲、夜ご飯は何がいい?」
お母さんが、部屋干ししていた洗濯物を畳んでいた。
「久しぶりにハンバーグでも作ろうか」
「うん、ありがとう」
笑顔をつくって、ペットボトルを冷蔵庫に戻した。
自室に向かう途中の仏間で、ふとお父さんの遺影を見つめた。
命尽きる間際の細い声、力ない笑顔、手の枯れ葉色。
まだ記憶に残っていた。
会いたい。会えないって分かってるのに。
「お父さん、わたしね――」
呟きかけたそのとき、リビングでスマホのバイブが鳴っているのが聞こえた。
急な着信だった。相手は――ひなの。
迷わず応答ボタンを押す。
「どうしたの?」
「助けて! ぽめ兄が倒れた!」
「ええ!?」
ひなのは混乱していた。なかなか言葉が出てこない。
「えーと、えーと、頭が、ぐるぐる、ふらふら。なんて言うんだっけ? あ、目まい!」
「それで今、どこにいるの? 救急車は呼んだ?」
「あっ、そうか!」
いったん電話切るね、と震える声が言った。
一緒に住宅街を歩いていたときに、ぽめPが突然目まいを発症したようだった。
こういうとき、ひなのはパニックになる。
誰か、手を貸してくれる人が近くにいてくれますように。
わたしは慌てて部屋着を脱ぎ、パーカーを羽織った。
「お母さん、ちょっと外出してくる」
「今から?」
「ひなのからSOSが来たの!」
急いで事情を話す。
「他の人に任せなさい」とか「夜までには帰りなさい」とか、言いたいことはいくつもあるに決まってる。
だけど、お母さんは何も言わなかった。
「急に、ごめんね」
キッチンに準備された2人分のひき肉のパックが目に入って、胸が痛む。
「なるべく早く帰るね。お母さんのハンバーグ、一緒に食べたい」
お母さんが一瞬泣きそうな顔をした。
「……気を付けてね」
「うん」
本当にごめん、お母さん。
わたしまで寂しい思いをさせているって、分かってる。
だけど、少しでも友達の力になりたい。
病院に来る人の心細さを、わたしは知ってるから。
慣れたスニーカーを履いて、わたしは家を飛び出した。
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