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第2章 スプーン・ダンス
2-9 返事
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カーテンが大きく膨らんで、教室に真夏の風が入った。
ひなのが硬膜下血腫を発症してから、1年が経つ。
「とーか、おはよぉ」
ピンク色のリュックを緩く背負ったひなのが、とことこ廊下を歩いてくる。
――ほんと、むかつく。
桃花と書いて「とうか」。「ももか」と読み間違えられるのは慣れている。
ひなのは高次脳機能障害を発症して、記憶力も落ちたのに。
わたしの名前は、間違えずにちゃんと覚えていてくれた。
「こないだの返事だけど」
精一杯の威圧感を放って、ひなのの真正面に立った。
「いいよ。あんたのサポートやってあげる。おくすり、協力するから」
「ほんと!?」
ぱっと顔が輝いた。ああ、むかつく。何てかわいい奴なんだ。
「あんたのためじゃないよ。推しのため、ぽめPのためなんだからね」
「うん、うん。ありがとう!」
頭上にお花を咲かせて、ひなのはくるくる教室中を駆けた。
「とーかが手伝ってくれるって!」
「おー」
教卓に、ぞろぞろといつメンが集まる。
「改めてよろしくな、桃花」
「あ、うん」
きょとんとするわたしに、拓海が気まずそうに言った。
「ちょうどみんな、返事を伝えたところなんだよ」
「ひなののサポートをする桃花のサポートも、わたしに任せて」
美咲が手帳を片手に微笑む。拓海もやっと笑った。
「俺はそのサポート。分かんない音楽用語があれば、いつでも聞いて」
「ええ? みんな――」
「俺はひなのを手伝う桃花を手伝う美咲を手伝う拓海の手伝いだな!」
やぎすけが割って入る。
「お前はまず授業を頑張れ」
「それな」
拓海のツッコミに、わたしと美咲がハモる。
「みんな、ありがとう」
ひなのが髪の跳ねた頭でぴょこんとお辞儀した。
「サウンド・ドラッグ、がんばる」
障害があってもなくても、見えても見えなくても、それぞれ何か抱えてる。
たぶん、これからも分かり合えない。許し合えないこともある。
だけど音楽を通じてなら、少しだけ分かり合える気がする。
「うん、楽しみにしてる」
わたし、こんなキャラじゃないのに。
自然と言葉が出て、びっくりする。
みんなも目を丸くした。
「とーか、大好き!」
ひなのがわたしに突進してきて、盛大なハグ。
「とーか、親友。ずっと一緒!」
「親友……!? ちょ、うっせぇわ!」
顔が赤くなって、慌ててしまう。
「桃花、照れてやんの!」
「かわいー!」
教室に、みんなの笑い声が響いた。
(第2章 「スプーン・ダンス」 了)
ひなのが硬膜下血腫を発症してから、1年が経つ。
「とーか、おはよぉ」
ピンク色のリュックを緩く背負ったひなのが、とことこ廊下を歩いてくる。
――ほんと、むかつく。
桃花と書いて「とうか」。「ももか」と読み間違えられるのは慣れている。
ひなのは高次脳機能障害を発症して、記憶力も落ちたのに。
わたしの名前は、間違えずにちゃんと覚えていてくれた。
「こないだの返事だけど」
精一杯の威圧感を放って、ひなのの真正面に立った。
「いいよ。あんたのサポートやってあげる。おくすり、協力するから」
「ほんと!?」
ぱっと顔が輝いた。ああ、むかつく。何てかわいい奴なんだ。
「あんたのためじゃないよ。推しのため、ぽめPのためなんだからね」
「うん、うん。ありがとう!」
頭上にお花を咲かせて、ひなのはくるくる教室中を駆けた。
「とーかが手伝ってくれるって!」
「おー」
教卓に、ぞろぞろといつメンが集まる。
「改めてよろしくな、桃花」
「あ、うん」
きょとんとするわたしに、拓海が気まずそうに言った。
「ちょうどみんな、返事を伝えたところなんだよ」
「ひなののサポートをする桃花のサポートも、わたしに任せて」
美咲が手帳を片手に微笑む。拓海もやっと笑った。
「俺はそのサポート。分かんない音楽用語があれば、いつでも聞いて」
「ええ? みんな――」
「俺はひなのを手伝う桃花を手伝う美咲を手伝う拓海の手伝いだな!」
やぎすけが割って入る。
「お前はまず授業を頑張れ」
「それな」
拓海のツッコミに、わたしと美咲がハモる。
「みんな、ありがとう」
ひなのが髪の跳ねた頭でぴょこんとお辞儀した。
「サウンド・ドラッグ、がんばる」
障害があってもなくても、見えても見えなくても、それぞれ何か抱えてる。
たぶん、これからも分かり合えない。許し合えないこともある。
だけど音楽を通じてなら、少しだけ分かり合える気がする。
「うん、楽しみにしてる」
わたし、こんなキャラじゃないのに。
自然と言葉が出て、びっくりする。
みんなも目を丸くした。
「とーか、大好き!」
ひなのがわたしに突進してきて、盛大なハグ。
「とーか、親友。ずっと一緒!」
「親友……!? ちょ、うっせぇわ!」
顔が赤くなって、慌ててしまう。
「桃花、照れてやんの!」
「かわいー!」
教室に、みんなの笑い声が響いた。
(第2章 「スプーン・ダンス」 了)
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