39 / 69
第4章 ゲートキープ
4-10 出会い
しおりを挟む
カオリさんの訃報が届いたとき、復帰したドラッグストアであの日のように陳列作業をしていた。
「一堂香織は本日午前3時9分、永眠しました」
バックヤードに戻り、淡々とした弟の連絡をもう一度見る。
香織という漢字表記。
本名だったんだ、と実感した。
心臓が泣いていた。涙は出なかった。
「あと」
メッセージは続いていた。
「先日提供したピアノ音源ですが。何という曲名ですか」
ネット上で探しても見つからなくて、と打ち明けられた。
「曲名は決まっていません」
あの日病院から帰ったきり、カオリさんのピアノは一度も聴けていなかった。
「ネットにも上げていません。ご家族から許可をいただいてないので」
「許可ですか?」
弟の問いに、戸惑った。
「ご家族の意見を聞かずに勝手にMVを制作するのは、どうかと思いまして」
「MVを作るのに、他に何が必要ですか」
「ええと……」
困り果て、返信の手を止めた。
どうも会話が噛み合わない。
この人は、いったい何を考えている?
「いろいろあります。例えばイラスト、動画、MIX……とか」
弟からのメッセージは簡潔だった。
「イラストと動画なら俺が引き受けましょう」
何かの画像が送られてきた。
はっとした。
ピアノに置かれた手、ゆるやかなウェーブの長髪――。
弟が描いたという肖像画のカオリさんが、微笑んでいた。
「せめてもの供養です。弟として何かお手伝いしたいです」
弟はおれより1歳年上の美大生だといった。
SNS上の活動名は「さぼじろー」。
「そういうことですか」
バイト中なのに、スマホを片手にバックヤードにこもっていた。
ぽっかり空いた心に、じんわりと体温が戻ってくる。
「では、よろしくお願いします」
命を救えなかった自責、後悔、哀情。
脳裏に曲名が浮かんだ。
ゲートキープ。
「一堂香織は本日午前3時9分、永眠しました」
バックヤードに戻り、淡々とした弟の連絡をもう一度見る。
香織という漢字表記。
本名だったんだ、と実感した。
心臓が泣いていた。涙は出なかった。
「あと」
メッセージは続いていた。
「先日提供したピアノ音源ですが。何という曲名ですか」
ネット上で探しても見つからなくて、と打ち明けられた。
「曲名は決まっていません」
あの日病院から帰ったきり、カオリさんのピアノは一度も聴けていなかった。
「ネットにも上げていません。ご家族から許可をいただいてないので」
「許可ですか?」
弟の問いに、戸惑った。
「ご家族の意見を聞かずに勝手にMVを制作するのは、どうかと思いまして」
「MVを作るのに、他に何が必要ですか」
「ええと……」
困り果て、返信の手を止めた。
どうも会話が噛み合わない。
この人は、いったい何を考えている?
「いろいろあります。例えばイラスト、動画、MIX……とか」
弟からのメッセージは簡潔だった。
「イラストと動画なら俺が引き受けましょう」
何かの画像が送られてきた。
はっとした。
ピアノに置かれた手、ゆるやかなウェーブの長髪――。
弟が描いたという肖像画のカオリさんが、微笑んでいた。
「せめてもの供養です。弟として何かお手伝いしたいです」
弟はおれより1歳年上の美大生だといった。
SNS上の活動名は「さぼじろー」。
「そういうことですか」
バイト中なのに、スマホを片手にバックヤードにこもっていた。
ぽっかり空いた心に、じんわりと体温が戻ってくる。
「では、よろしくお願いします」
命を救えなかった自責、後悔、哀情。
脳裏に曲名が浮かんだ。
ゲートキープ。
3
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ファンファーレ!
ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡
高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。
友情・恋愛・行事・学業…。
今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。
主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。
誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
何故か超絶美少女に嫌われる日常
やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。
しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる