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第4章 ゲートキープ

4-4 OD

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「助けて」

  異常を知らせる3文字に胸がざわついた。
  授業終わりの午後5時半。
  LINEを確認すると同時に、自転車を友達から借りてキャンパスを飛び出した。

  音大近くにある、学生向け防音マンション。
  到着してすぐに、管理人に事情を話す。
「念のため確認だけど、住人の名前は言える?  きみはどういう関係?」
「カオリさんです。星城せいじょう音楽大3年生で……」

  言葉に詰まった。
  カオリ。それが本名かどうか確かめたことはない。
  漢字も苗字も知らない。OD患者と薬科大学生、許されない関係。 

  おれは彼女の何を知っていたのだろう――深い絶望感が襲った。

  幸いにも管理人は緊急と判断し、部屋の前まで立ち会ってくれた。
  部屋には鍵がかかっていなかった。
  床にはインターネットでまとめ買いしたとみられる薬の段ボールが落ちていた。
  カオリさんは開け放したトイレでうずくまり、嘔吐していた。

「ああ……来てくれたんだ、薬剤師くん」
  血の気がない顔が、無理に笑顔をつくった。
「パニックになってごめん、ごめんね」
  その先は聞き取れなかった。

  鍵盤がよく似合う美しい指先が、薬の大瓶を持っていた。
「だめだ!」
  とっさに手が動き、重たいガラス瓶をはじいた。
  大瓶は簡単に指から離れた。床に転がったそれを素早く拾い、自分の背後に隠した。
「だめです!  今度は、力づくでも止めますから!」

「飲ませてよ!  それがないと、不安になっちゃう!」
「落ち着いて!  これは危険なんです。あなたはちゃんと生きないと――」
「ちゃんと生きるって、何?」
  語気を強めた瞬間、大きな瞳が潤んだ。
「飲めば気持ちがふわふわして、陽気でいられる。臆病で弱々しい、素のわたしなんて見せたくない!」

  何も言えなかった。何も聞きたくなかった。
  ただ黙って抱き締めた。
  生きた屍。授業では習えない、死のにおい。

  ODの繰り返しで肝臓が障害を起こし、体から異臭が漂っていた。
  排水溝のかび臭さに甘みを加えたような、不快なにおいが鼻をついた。

「力が入らないや……今のわたし、ピアニッシモさらに弱いだね」
  カオリさんは幼い子どもを諭すように、ゆっくりと話した。
「ピアニストはきれいで、賢くて、堂々としてないといけないのに」

「どうして、ODを」
  目を伏せた。そうしないと、透明な粒が溢れそうだった。
「おれは、カオリさんのことを、知りたいです」

  キッチンから硬い物音がした。
  互いに支えきれなくなった空の薬瓶たちが、狭いビニール袋の中で崩れていた。
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