泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

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第4章 ゲートキープ

4-2 かぜ薬

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  19歳、薬科大学に入学した直後の6月。
  最寄り駅に隣接したドラッグストアでアルバイトを始めた。

  蛍光灯に照らされた店内で、派手な掲示物が存在を主張していた。
  黄色い貼り紙、赤い太文字、芸能人を起用した広告ポスターなど――カラフルで雑多な世界に身を隠すように、黙々と業務をこなしていた。

「あの、すみません……かぜ薬ってどこにありますか」

  背後から声を掛けられ、シャンプー容器を陳列する手を止めた。

  整った顔立ちにはっとする。青いフレアスカートの女性客。
  落ち着かない視線とともに、ゆるやかなウェーブの茶髪が揺れていた。

「かぜ薬ですね、ご案内します。こちらへどうぞ」
  売り場は胃腸薬やせき止め薬の隣にあった。

  目的のものはすぐに見つかったらしい。女性はほっとした顔をした。
「よかった、ありがとうございます」


  翌週もその次の週も、女性はかぜ薬を買いに訪れた。
  嫌な予感がした。

  OD(オーバードーズ、過剰摂取)――医薬品を、決められた量を超えてたくさん飲んでしまうこと――公衆衛生学の授業で学んだ内容を思い出す。

  国の調査によると、薬物中毒の治療を受けた10代の若者が使用した「主たる薬物」で市販薬が占める割合は25%に上る(2016年時点。2020年時点では56.4%にまで増加している)。

  楽しいから、違法じゃないから、不安感が和らぐから――。
  薬局やドラッグストアで購入できる手軽さもあって、中毒の危険があると分かっていてもやめられない。

  薬剤師になる者はゲートキーパー(命の門番)でなければならない――教授の教えを胸に、勇気を出して尋ねてみた。

「あの、一日何錠飲んでるんですか」

  女性は形のよい唇の前に、人差し指を立てた。
「……秘密」

  その仕草、美しさ、いたずらっぽい表情。
  全ての感情を奪われた。

  勤務後のバックヤードで、社員と情報共有するための連絡ノートを開いた。
  店頭の薬剤師や登録販売者に報告するべき案件だった。
  
「20歳くらいの女性。長髪。OD疑い」

  そこまで書いてから、いったん動きを止める。
  シャーペンで記した文字を一つずつ、消しゴムでこすっていく。

  ――どうしたんだ、おれ。
  ふと我に返ったときにはもう、女性の存在をノートから消していた。

  彼女の存在をほかの社員に知られたくなかった。

  また会いたい。あの人を、自分のものにしたい。

  心臓が火照っていた。
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