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第4章 ゲートキープ
4-1 取材
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某日の都内某所。
インタビュー取材の依頼を受けて、高層ビルに入る音楽雑誌のオフィスに訪れていた。
「えー、本日はインタビューお願いいたします」
「はい、よろしくお願いいたします」
応接間で男性記者と向かい合って座る。
高級感漂うソファに体が沈んだ。
「ええと、さっそく本題に入りますね。ぽめPさんがボカロを始めたきっかけは?」
「和楽器とエレクトーン、ですかね」
「え? なんの共通点が?」
「まあ普通、そう思いますよね」
取材ノートにメモされる文字を反対側から眺めて、他人事のように呟いた。
「母親が箏の先生をしているんですけど、おれは上手に弾けませんでした。ある日隣の家からエレクトーンの演奏が聞こえてきて、その激しくメカニックな音色の方に興味が向いてしまったんです」
「確かに、箏とエレクトーンは真逆の存在に感じます」
記者が相槌を打った。
「ん、『隣の家』というのは?」
「ええ、最近サンドラに加入した『ぴよ』ですね」
本人は影響を自覚していないでしょうけど――そう付け加えた。
「親に頼んで中古を買ってもらってからは、青春ってかんじでした。高校で友達とボカロを語り、家でそれを弾いてみる。新曲が出ればネットで楽譜を集めて、夜中までシーケンスを打ち込む。それで今度はEDMとDTMに興味を持って、大学生になってから機材を揃えました」
EDM(Electronic Dance Music)とDTM(Desktop Music)――エレクトーンの音色に出会わなければ、きっと挑戦することはなかったに違いない。
「では『サウンド・ドラッグ』はいつから構想を?」
「大学1年生だった2017年です。癒しと中毒性というコンセプトが浮かんだのは」
「正直、中毒性と聞くと最初に『かいりきベア』さんの『ベノム』が浮かびますが」
記者は好奇心を抑えきれないというふうに、目を輝かせた。
「エモさと疾走感を感じさせる作風には『柊マグネタイト』さんへのリスペクトも感じます」
「あー、バレてますか」
尊敬するボカロPの名前を特定され、思わず苦笑いする。
感覚が研ぎ澄まされる、無重力の音。
堅固な字面が紡ぐ、文豪の言葉遊び。
「或世界消失」を初めて聞いたとき、衝撃を受けたことを思い出す。
「初見ですぐ思ったんです。おれが目指したいのはこれだって」
「毎回リリカピアノを入れているのも、その影響ですか?」
記者の質問が音色の話題に発展した。
リリースカットピアノ――意図的に余韻を切り、電子的な音に加工されたピアノ。
これまで公開した15本の楽曲すべてに、リリースカットピアノを使用している。
「ああ、それはまた別の理由ですね」
声が憂いを帯びる。喉がぎゅっとした。
オフレコですよと静かに言った。
「だれもしらないものがたり、です」
インタビュー取材の依頼を受けて、高層ビルに入る音楽雑誌のオフィスに訪れていた。
「えー、本日はインタビューお願いいたします」
「はい、よろしくお願いいたします」
応接間で男性記者と向かい合って座る。
高級感漂うソファに体が沈んだ。
「ええと、さっそく本題に入りますね。ぽめPさんがボカロを始めたきっかけは?」
「和楽器とエレクトーン、ですかね」
「え? なんの共通点が?」
「まあ普通、そう思いますよね」
取材ノートにメモされる文字を反対側から眺めて、他人事のように呟いた。
「母親が箏の先生をしているんですけど、おれは上手に弾けませんでした。ある日隣の家からエレクトーンの演奏が聞こえてきて、その激しくメカニックな音色の方に興味が向いてしまったんです」
「確かに、箏とエレクトーンは真逆の存在に感じます」
記者が相槌を打った。
「ん、『隣の家』というのは?」
「ええ、最近サンドラに加入した『ぴよ』ですね」
本人は影響を自覚していないでしょうけど――そう付け加えた。
「親に頼んで中古を買ってもらってからは、青春ってかんじでした。高校で友達とボカロを語り、家でそれを弾いてみる。新曲が出ればネットで楽譜を集めて、夜中までシーケンスを打ち込む。それで今度はEDMとDTMに興味を持って、大学生になってから機材を揃えました」
EDM(Electronic Dance Music)とDTM(Desktop Music)――エレクトーンの音色に出会わなければ、きっと挑戦することはなかったに違いない。
「では『サウンド・ドラッグ』はいつから構想を?」
「大学1年生だった2017年です。癒しと中毒性というコンセプトが浮かんだのは」
「正直、中毒性と聞くと最初に『かいりきベア』さんの『ベノム』が浮かびますが」
記者は好奇心を抑えきれないというふうに、目を輝かせた。
「エモさと疾走感を感じさせる作風には『柊マグネタイト』さんへのリスペクトも感じます」
「あー、バレてますか」
尊敬するボカロPの名前を特定され、思わず苦笑いする。
感覚が研ぎ澄まされる、無重力の音。
堅固な字面が紡ぐ、文豪の言葉遊び。
「或世界消失」を初めて聞いたとき、衝撃を受けたことを思い出す。
「初見ですぐ思ったんです。おれが目指したいのはこれだって」
「毎回リリカピアノを入れているのも、その影響ですか?」
記者の質問が音色の話題に発展した。
リリースカットピアノ――意図的に余韻を切り、電子的な音に加工されたピアノ。
これまで公開した15本の楽曲すべてに、リリースカットピアノを使用している。
「ああ、それはまた別の理由ですね」
声が憂いを帯びる。喉がぎゅっとした。
オフレコですよと静かに言った。
「だれもしらないものがたり、です」
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