泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

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第3章 インプレゾンビの唄

3-10 過去

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  雑音がすべて吸音材に吸われて、外部の騒音も話し声の余韻もない空間。
  世界には智也さんと俺のたった2人しかいないみたいに静かだった。

「それ、リアコってことすか?」
「そうだよ。本気で恋しちゃったんだ」

  リアコ――推しを超えてリアルに恋してる、の略。
  初めて聞く、智也さんの暗い過去。

「高校の頃、『性的マイノリティの生徒は体育館裏に集合して仲間になろう』と連絡が広まったんだ。だけど、それは罠だった。のこのこと行った僕はからかいの対象になったし、それが何だと主張する強さもなかった」

 当時はみんな未熟だった、と目を伏せる。

「大学生になって、変わりたいと強く思った。生身じゃない女性ボーカロイドなら好きになれるかもしれない。女性が好きと言えたら友達にも受け入れてもらえるかもしれない――そう思ってネットを漁っていたら、ぽめPの作品に出会った」

  だけど、と俺はつい口を挟んだ。
「だからって、普通はいきなり恋まで至りませんよね」

  智也さんを疑うつもりなんかない。ただ、経緯が知りたかっただけ。
「何か、他に出来事があったんすか」

  智也さんはうんと頷いて、窓の外に視線を向けた。

「当時、仕事で忙しくしていた警察官の父親が、自殺した」
  ガラスの向こうには悲しいほど澄み切った青空が広がっていた。

「単身赴任の最中だったよ。不祥事の対応に追われていて、幹部としてマスコミと組織の間で板挟みになっていたと聞いた。周りからは家族のせいじゃないと言ってもらえたけれど、いろんな後悔が消えなかった」

  俺には何も言えなかった。
  ちらりと自分の右手首に目をやる。
  智也さんが青緑色の線に激しく反応した理由が分かった気がした。

  自分を責めることないっすよ――。
  言うのはすごく簡単で、ひどく無責任だった。

  孤独だった、と智也さんが寂しげに笑った。

「ボロボロになった僕のそばにいてくれたのは、やっぱりぽめPの音楽だった。ボカロは僕をからかわないし、責めもしない」

  ――ねえ、楽しかったよね。
  戻らない過去に哀愁が漂う、ぽめPの代表曲「ゲートキープ」。
  張り裂けそうな心が共鳴したと智也さんは語った。

「ダメもとでファンレターをDMで送ったら、本人から『ありがとう』って返事がきたんだ。初めて僕という存在が認められた気がした。個性を消して透明人間になろうともがいていた、この僕が」

  ついドキドキしちゃった、とほほ笑む。

「ぽめからは『忘れられない人』がいると言われて、リアコの夢は叶わなかった。家族を守れなかった悲しみも消えない。だけど、ぽめの『ありがとう』で僕の人生は一変した」

「そこから、どういう経緯でメンバーに?」
  俺が首を傾げると、智也さんは言葉を慎重に選ぶようにゆっくり言った。
「1年半後、ぽめが声を掛けてくれた。僕はMIX師として勉強を始めていて、ぽめもある事情でMIX師を探してたんだ」

「ある事情って、まさか」
  頭の中で、パズルがかちんとはまる。
「耳のこと、ですか」
  智也さんが明らかに不思議そうな顔をした。

  今度は、俺が正体を明かす番。

「なぁんだ、『ぴよ』が紹介したがってる同級生というのは、きみだったのか」
  智也さんは目を細めて笑った。
「紹介されるより先に、出会ってしまったね」
「こんな偶然、あるんですね」

  音楽に犯罪者の子も、警察官の子も、関係ない。
  男女どっちが好きとか、家族関係がどうとか、それも関係ない。

  智也さんとの出会いは、俺に新しい価値観をくれた。

「智也さんは、今、幸せですか」
「うん、そうだね」

  ちらりと写真を見て、ふにゃと笑った。

「好きな人の曲を最初に聴けるのは――他の誰でもなく、この僕なんだから」

  そう話す智也さんはすごく誇らしげで、MIX師の顔だった。
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