泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

文字の大きさ
上 下
28 / 69
第3章 インプレゾンビの唄

3-10 過去

しおりを挟む
  雑音がすべて吸音材に吸われて、外部の騒音も話し声の余韻もない空間。
  世界には智也さんと俺のたった2人しかいないみたいに静かだった。

「それ、リアコってことすか?」
「そうだよ。本気で恋しちゃったんだ」

  リアコ――推しを超えてリアルに恋してる、の略。
  初めて聞く、智也さんの暗い過去。

「高校の頃、『性的マイノリティの生徒は体育館裏に集合して仲間になろう』と連絡が広まったんだ。だけど、それは罠だった。のこのこと行った僕はからかいの対象になったし、それが何だと主張する強さもなかった」

 当時はみんな未熟だった、と目を伏せる。

「大学生になって、変わりたいと強く思った。生身じゃない女性ボーカロイドなら好きになれるかもしれない。女性が好きと言えたら友達にも受け入れてもらえるかもしれない――そう思ってネットを漁っていたら、ぽめPの作品に出会った」

  だけど、と俺はつい口を挟んだ。
「だからって、普通はいきなり恋まで至りませんよね」

  智也さんを疑うつもりなんかない。ただ、経緯が知りたかっただけ。
「何か、他に出来事があったんすか」

  智也さんはうんと頷いて、窓の外に視線を向けた。

「当時、仕事で忙しくしていた警察官の父親が、自殺した」
  ガラスの向こうには悲しいほど澄み切った青空が広がっていた。

「単身赴任の最中だったよ。不祥事の対応に追われていて、幹部としてマスコミと組織の間で板挟みになっていたと聞いた。周りからは家族のせいじゃないと言ってもらえたけれど、いろんな後悔が消えなかった」

  俺には何も言えなかった。
  ちらりと自分の右手首に目をやる。
  智也さんが青緑色の線に激しく反応した理由が分かった気がした。

  自分を責めることないっすよ――。
  言うのはすごく簡単で、ひどく無責任だった。

  孤独だった、と智也さんが寂しげに笑った。

「ボロボロになった僕のそばにいてくれたのは、やっぱりぽめPの音楽だった。ボカロは僕をからかわないし、責めもしない」

  ――ねえ、楽しかったよね。
  戻らない過去に哀愁が漂う、ぽめPの代表曲「ゲートキープ」。
  張り裂けそうな心が共鳴したと智也さんは語った。

「ダメもとでファンレターをDMで送ったら、本人から『ありがとう』って返事がきたんだ。初めて僕という存在が認められた気がした。個性を消して透明人間になろうともがいていた、この僕が」

  ついドキドキしちゃった、とほほ笑む。

「ぽめからは『忘れられない人』がいると言われて、リアコの夢は叶わなかった。家族を守れなかった悲しみも消えない。だけど、ぽめの『ありがとう』で僕の人生は一変した」

「そこから、どういう経緯でメンバーに?」
  俺が首を傾げると、智也さんは言葉を慎重に選ぶようにゆっくり言った。
「1年半後、ぽめが声を掛けてくれた。僕はMIX師として勉強を始めていて、ぽめもある事情でMIX師を探してたんだ」

「ある事情って、まさか」
  頭の中で、パズルがかちんとはまる。
「耳のこと、ですか」
  智也さんが明らかに不思議そうな顔をした。

  今度は、俺が正体を明かす番。

「なぁんだ、『ぴよ』が紹介したがってる同級生というのは、きみだったのか」
  智也さんは目を細めて笑った。
「紹介されるより先に、出会ってしまったね」
「こんな偶然、あるんですね」

  音楽に犯罪者の子も、警察官の子も、関係ない。
  男女どっちが好きとか、家族関係がどうとか、それも関係ない。

  智也さんとの出会いは、俺に新しい価値観をくれた。

「智也さんは、今、幸せですか」
「うん、そうだね」

  ちらりと写真を見て、ふにゃと笑った。

「好きな人の曲を最初に聴けるのは――他の誰でもなく、この僕なんだから」

  そう話す智也さんはすごく誇らしげで、MIX師の顔だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

坊主女子:スポーツ女子短編集[短編集]

S.H.L
青春
野球部以外の部活の女の子が坊主にする話をまとめました

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

ファンファーレ!

ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡ 高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。 友情・恋愛・行事・学業…。 今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。 主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。 誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

何故か超絶美少女に嫌われる日常

やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。 しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...