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第3章 インプレゾンビの唄
3-7 正体
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「そんな。悩みなんて、ないっすよ」
もう失いたくない、という重たい響きに、俺は思考を奪われていた。
「あ、そうだ。『歌ってみた』に挑戦したいけど、勇気が出ないってことですかね……って、これは悩みじゃないか」
わざとおちゃらけて、その場の空気を変えようと試みた。
だけど、智也さんは真剣だった。
「へぇ、『歌ってみた』ね。いいじゃん。うちでレコーディングする?」
ふざけないで、と言われると予想していた。
犯罪者の家族は日陰から出られない、出てはいけない――そう、思っていたから。
「え? 智也さん、ボカロは聴くだけだって」
「うん、歌いはしない。聴くのが僕の趣味だからね」
「まだ意味が分からないんすけど……」
智也さんは困り果てた俺を見てニッと笑った。
とんとん、と右耳を指で示してみせる。
「音源と歌声を混ぜる、直す、整える。僕はMIX師なんだ」
頭をぶん殴られた気分だった。
親から教わったのは他人の生活を壊すばかりの人生。
でも智也さんは違う。「直す」と「整える」の道を教えてくれる存在だった。
「あ……あの、智也さんの活動名って、何すか」
恐る恐る聞いてみる。声が震えた。
「俺、定期的に聞いてる配信があって。智也さんの声に、すごく、すごーく、心当たりが、あるんすよ」
「へぇ、誰の声に似ているの?」
倉庫の窓から日の光が細く差し込んで、宙を舞う埃がダイヤモンドダストになった。
智也さんの瞳がきらりといたずらっぽく輝く。
「当たってたら、ちゃんと言ってあげるよ」
心臓がバクバクしていた。
呼吸を整えて、距離を図る。
こんなところにいるはずがない。
信じられないのは、こっちの方だ。
もし予想が当たっていたら。もし本当だったら。
あなたは。
「――モラトリアム大仏」
憧れの人の名前が、粉っぽい倉庫に響いた。
「『サウンド・ドラッグ』のメンバー。ぽめPの専属MIX師・モラだ」
もう失いたくない、という重たい響きに、俺は思考を奪われていた。
「あ、そうだ。『歌ってみた』に挑戦したいけど、勇気が出ないってことですかね……って、これは悩みじゃないか」
わざとおちゃらけて、その場の空気を変えようと試みた。
だけど、智也さんは真剣だった。
「へぇ、『歌ってみた』ね。いいじゃん。うちでレコーディングする?」
ふざけないで、と言われると予想していた。
犯罪者の家族は日陰から出られない、出てはいけない――そう、思っていたから。
「え? 智也さん、ボカロは聴くだけだって」
「うん、歌いはしない。聴くのが僕の趣味だからね」
「まだ意味が分からないんすけど……」
智也さんは困り果てた俺を見てニッと笑った。
とんとん、と右耳を指で示してみせる。
「音源と歌声を混ぜる、直す、整える。僕はMIX師なんだ」
頭をぶん殴られた気分だった。
親から教わったのは他人の生活を壊すばかりの人生。
でも智也さんは違う。「直す」と「整える」の道を教えてくれる存在だった。
「あ……あの、智也さんの活動名って、何すか」
恐る恐る聞いてみる。声が震えた。
「俺、定期的に聞いてる配信があって。智也さんの声に、すごく、すごーく、心当たりが、あるんすよ」
「へぇ、誰の声に似ているの?」
倉庫の窓から日の光が細く差し込んで、宙を舞う埃がダイヤモンドダストになった。
智也さんの瞳がきらりといたずらっぽく輝く。
「当たってたら、ちゃんと言ってあげるよ」
心臓がバクバクしていた。
呼吸を整えて、距離を図る。
こんなところにいるはずがない。
信じられないのは、こっちの方だ。
もし予想が当たっていたら。もし本当だったら。
あなたは。
「――モラトリアム大仏」
憧れの人の名前が、粉っぽい倉庫に響いた。
「『サウンド・ドラッグ』のメンバー。ぽめPの専属MIX師・モラだ」
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