泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

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第3章 インプレゾンビの唄

3-3 好きな人

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「でかっ!」
  足場から鉄色の箱を見下ろし、その巨大さに度肝を抜かれた。

「これはミキサー。これで毎日、何百食も作るんです。機械ってすごいですよね」

  かき混ぜ棒のところどころに白い粉がこびりついていて、麺作りの原点を感じさせる。

「さっき倉庫で、大量の小麦粉を見たでしょう?  その小麦粉にかん水、塩などの材料を加え、よーく混ぜるんです」

  智也さんは得意げに笑った。
「小麦粉同士の結合力が強くなればコシが強くなる。そのためには生地から空気をしっかり抜くことが大事なんですよ」

  続いて、頑丈そうなローラーの前に立つ。
「練りあがった生地はこのローラーで薄く延ばし、軸にくるくる巻いて『麺帯めんたい』と呼ばれるロールにします。これを細くカットすることで、ラーメンの麺が完成するんですよ」

  智也さんの説明のおかげで、作業の具体的なイメージを持てた。
  工場を一通り見ると、メモをまとめるための休憩時間を与えてくれた。

「智也さんは、なんでここに就職したんすか?」
  休憩室の冷蔵庫からキンキンに冷えた麦茶のポットを取り出した。
  先代(今は会長らしい)の奥さんが事前に用意してくれていた2人分のマグカップに注ぐ。
「若いし、機械に詳しいし、こんな小さな工場じゃなくても」

「いやいや、ご覧の通りです。僕はコミュ障ですからね」
  智也さんは眉を下げて自嘲気味に笑った。
「初対面の人や異性に対して、極度に緊張しちゃうんです。機械いじりや、商品の梱包作業をする方がよっぽど気楽で」

「あ、それでさっき――」

  出掛かった言葉を慌てて飲み込む。
  けれど智也さんは気にしないというふうに明るく言った。

「あと、先に言っておきます。僕はゲイです」
「え?」
「先にカミングアウトすることにしてるんです。せっかく築いた関係が後になって壊れるのは、悲しいので」

「俺は……別に」
  メディアでよく見る、LGBTという言葉を思い出した。
  実際に出会うのは初めてだけど、もしかしたらそういう人は意外と身近にいて、俺が気づかなかっただけかもしれない。

「好きな人、いるんすか」
  そうなんだ、くらいにしか思っていなかった。
「全然、応援しますよ」

  ありがとう、と智也さんは笑った。
「好きな人のそばにいられるだけで、僕は幸せなんです」
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