泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

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第3章 インプレゾンビの唄

3-1 インプレゾンビ

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  どん、と洗濯物が机の上に置かれた。
  汚れを知らない真っ白な作業着が、一番上に乗っかっていた。

「新品のパリパリ、取れたよ」
「おう、ありがと」

  明日から近所の製麺所でバイトを始める。

世那せな、今日はどれくらい?」
「んー、4780」
「しょぼ」
「うるせぇ。お前は?」
「9330」
「うっわ。俺の倍かよ」
「頭の使い方が違うんだよ、兄貴殿」

  健康的な足が得意げにリズムを刻んだ。

  インプレゾンビ――広告収入を目的に、インプレッション閲覧数を増加させるために迷惑投稿を繰り返すアカウント――に成り下がった双子の妹を、俺は叱ることができなかった。

「お金、欲しいじゃん」
  りんは悪びれもせず言い放った。
「あんな親の世話になりたくない。早く自立したいじゃん」
「そりゃな」

  両親の裁判を傍聴したとき、俺たちは中学生だった。
  父親も母親も、3度目の覚せい剤取締法違反。
  蛍光灯に白を借りた法廷で、2人は反省の色もなく気だるげに立っていた。

「SNSで売人から買って、郵便で受け取った」
「隠語を使えば子どもにはバレないと思った」

  知りたくなかった事実が次々明かされる。
  実刑判決は免れなかった。

  俺たちを引き取り、生活の場を与えてくれた祖父母には感謝しかない。
  だからこそ、凛は早く自立したいと口にするようになった。

「パパ活も考えたけど、まだ高校生だし。さすがにリスク高いなって」
「そういう問題じゃねぇよ。それはだめだって」

  倫理というものをうまく説明できない自分が歯がゆかった。
「犯罪者のガキ子どもだから不良になった、とか言われるのがオチだろ」

「窃盗や暴力よりは良くない?  クレカを自分で持てるようになるまで、インプ稼ぎの練習をしておくんだ」
  凛は冷ややかに笑って、肩をすくめた。
「この時代は先行投資したもん勝ちでしょ」

  俺は説得を諦めた。
「じゃあ、俺も付き合うよ」
  Xに新しいアカウント――俺たちはそれをゾンビあかと呼んだ――を作って、バズった投稿にぶら下がる日々が始まった。

「いいね」
「すごくいいね」
「驚くべきことです」

  無意味な文面を作るのは楽だった。
  誰かからリプライが来ることはない。
  機械的な投稿はまるで自我を失った、透明人間。
  バカバカしかった。

  そんなインプレゾンビにも「推し」がいる。
  ぽめP、さぼじろー、モラトリアム大仏の3人で構成されたクリエイターユニット「サウンド・ドラッグ」。

  若者を中心に注目を集める彼らのアカウントを利用すれば、絶対インプを稼げる。
  でも彼らのポストは聖域で、絶対に利用しないと決めていた。

  俺がバイトを始めることにしたのは、凛に稼ぎ方を見せてやりたかったから。

  透明人間になりかけた「青柳あおやぎ世那」を生の世界に引き留めてくれていたのは、推しの存在だった。
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