泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

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第2章 スプーン・ダンス

2-6 お願い

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「今日は、みんなにお願いがあって来ました」

  カラオケの個室に、緊張した声が響いた。

  今日の目的は「ドラッグ」じゃない。
  やぎすけがモニターの音量を下げ、美咲が選曲リモコンやマイクを片付けた。
  わたしと拓海はその姿をソファからぼんやり見ていた。

  表情を曇らせたまま、ひなのが話し出した。
「お願いします。ぽめ兄を、助けてください」

「へ?」
  みんなの頭の上に「?」が浮かぶ。
  どゆこと?  とやぎすけが間抜けな声を出した。

「えっと、わたし、あの――」
「大丈夫、落ち着いて。それともわたしから伝えようか」
  美咲が言葉に詰まるひなのの背中に手を添えた。
「ううん、頑張る。自分で言うって決めたんだ」
  ひなのは頭を横に振って、ふにゃと笑った。

「美咲は知ってるの?」
「うん、休み時間に、ちょっとね」
  美咲は視線を落として、ぐっと唇を噛んだ。
「ひなのがぽめPと幼馴染なのは本当なんだって」

「ぽめ兄は、片耳が聞こえにくい状況です。め、メニエール病だって――」

  美咲が休み時間を使って聞き取って、イラスト付きのメモにまとめてくれていた。
  その紙を見ながら、ひなのが経緯を説明する。
 
「わたしはぽめ兄に協力して、一緒に『音のおくすり』を作りたいです」

  誰もがしんと静まった。

「そうだったのか。それで、歌い手に?」
  やぎすけが相槌を打った。
  拓海もショックを隠しきれていなかった。
「メニエールって治療法が確立してないんだろ。ネット記事で読んだことがある」
  それで、と呟く。  
「俺たちへのお願いって何なんだ?」

「みんなに協力してもらいたい」
  ひなのははっきり言った。
「みんなも、サポートメンバーとして『サンドラ』に入ってくれませんか」

  みんながごくりと唾を飲んだのが分かった。
  ひなのは真剣な顔で一人一人を見渡した。
「美咲はわたしたちを繋ぐ連絡係になってほしい。拓海は、ぽめPのサポートをしてほしい。桃花は――」
  真ん丸な瞳がこちらを向いた。
「わたしに、歌を教えてほしい」

  えぇ、とみんなが絶叫した。もちろんわたしも。

  わたしたちが、憧れの推しユニット「サウンド・ドラッグ」のサポートメンバーに誘われるなんて。
  世の中、何が起こるか分かったもんじゃない。

「俺は何をするんだ?」
「うーん、何だったかなぁ?」 
  やぎすけへの雑な扱いに、みんな思わず吹き出した。

「でも、どうして『歌い手』なんだ?  ボーカロイドがあればいいんじゃないか?」
「曲にもよるけど、ボカロの調声って結構複雑だからな」
  パソコンの専用ソフトで作曲活動をしている拓海が、やぎすけに解説した。
「ハモリやコーラスも入れるとなると、長時間作業することになる。イメージを共有して再現してくれる歌い手と組んだ方が、ぽめPの体力的な負担は減らせると思う」
「そうなんだ」
「あとは、ひなのにしか表現できない世界観に期待したんじゃないかな」
  ちらりとひなのを見た。

「わたし、先月入院したでしょ。実は……ODしたの」
  ひなのがぽつりぽつりと話し出した。
「障害を認めたくなくて、ずっと死ぬことを考えて、ODして。それで搬送されたの。そしたらぽめ兄に会って」
  一度、深呼吸を挟む。
「ボカロが薬になるって、一緒に証明しようって言ってくれたの。今のわたしたちならきっと、生きる意味伝えられる」


  暇を持て余すカラオケモニターに、フリー映像が流れた。

  夕日の中で男女が、海岸で手を繋いで歩いていた。
  男性が右で、女性が左で。
  涙を堪えているような、胸がぎゅっとする笑顔だった。
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