泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

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第2章 スプーン・ダンス

2-2 昼休み

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  教室にひなのが登校してきた。

  机で教科書を散らかす姿に近づいた。
「サンドラに新しく入った『ぴよ』って、ひなのでしょ」
  表情が凍るのを見て、わたしは確信した。
「昨日の『サンドラ』の配信、聴いた。わたし、分かったんだから」

  それなのに、ひなのはアホ毛の跳ねた頭を横にぷるぷる振った。
「ちがう」
「……は?」
「わたし、じゃない」
  ひなのは絶対に認めようとしなかった。それが余計、わたしを苛立たせた。
「……嘘付き。絶対応援しないから」 
  唇をぐっと噛んで、背を向けて離れた。


  昼休み、屋上につながる階段の途中に腰掛ける。
  むっとする空気が肺に入って、真夏の訪れを実感する。

  安っぽいプラスチックのお弁当箱を開ける。
  詰められているのは、一口大にカットされた菓子パン。

「今日もパンだけ?  これ、やるよ」
  拓海がカットフルーツのカップをわたしに差し出してきた。
「お腹鳴っちゃうよ」
「……ん。ありがと」 

  わたしの彼氏、イケメン・イケボ・優男って最高じゃない?
  ひなのの元カレってこと以外は。

「あれ、普段はもっと喜ぶのに」
  察しのいい美咲はすぐに反応する。
「桃花、『ぴよ』の件が気になってるんでしょ」
「そりゃそうでしょ」
「本当のことを言わないのは、身バレ防止のためじゃない?」
「あー、俺もそれ、思ってたわ」
  悶々とするのはみんな同じだった。

  それにしてもさあ、とやぎすけが天井を仰ぐ。
「いろいろ手伝ってきたのに、裏切られた気分だぁ」
 
 しっかり者の美咲が「そんなこと言わないの」とたしなめた。
「やぎすけは授業中も寝てばっかりなんだから。一度だってノート貸したことある?」
「それな」
  美咲のド正論に、わたしと拓海の声がハモった。

  みんなでちょっと笑った後、拓海が冷静な声で呟いた。
「やぎすけの言いたいことも、ちょっとは分かるよ」
「どういうこと?」
  今度はわたしと美咲がハモった。

  拓海が心のもやもやを言語化する。
「俺らに手伝ってもらわないと学校生活もままならないのに、いきなり『歌い手を頑張ります』ってのは何かずるくない?  活動は個人の自由だけどさあ。まずは俺らに話通すのが筋っしょ」

  それだ、と心の中の霧が晴れた。
  この感情は嫉妬なんかじゃない。
  慢性硬膜下血腫で入院してから、高次脳機能障害が判明してから。
  わたしたちが手探りで学校生活を手伝ってきたのに、「ありがとう」も「ごめんね」もないことにムカついてるんだ。
  ――障害によって傷付いたのは、ひなの本人だけじゃない。

「ほんとそれ。手伝いを押し付けられる側の気持ちも考えてよねって思う」
  グレープフルーツにピックを突き立てて、口に放り込む。
  じゅわ、と甘苦い果汁が広がった。

  先月、何をやってもノロノロしているひなのに八つ当たりしてしまった。
  ――障害って、大げさに言ってるだけでしょ。
  ――演技だよね。病人ぶってる。
  ――板書が読めないなんて嘘付かないで。

  1年生の頃から友達だったのに。
  廊下でたむろしては「サウンド・ドラッグ」の新曲とか、ボカロPのグッズ販売とか。
  ちょっとした話題で盛り上がっていた。
  カラオケだってよく行った。ひなのの様子に異変を感じるまでは。

「付き合うのが嫌になって、一方的に振ったのは俺が悪かった。でも」
  拓海がストローをくわえて野菜ジュースを吸った。
「ひなのは俺たちが『サンドラ』を推してるって知ってるんだから。幼馴染のツテがあるからって、黙って加入されたらやぎすけたちが戸惑うのは当然だよ」

  そうだよね、とみんなが同意した。

  ぱさぱさの菓子パンが口中の水分を奪った。
  他にも言いたいことは確かにあるのに。
  甘ったるいチョコクリームが喉にへばりついて、心の叫びを押し込んだ。
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