泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

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第2章 スプーン・ダンス

2-1 ドラッグ

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「土曜日、またみんなでドラッグしない?」

  拓海たくみからグループLINEが来た。
「行く」
「いつもの場所でおけ?」
「おけ」

  ぽん、ぽぽんと通知音が連続して、小気味良いリズムを刻んだ。


  いつメンの4人――わたしと拓海、美咲みさき、やぎすけ――が行きつけのカラオケ店に集まった。
  ソフトドリンク飲み放題付き350円。
  これで夜まで居座れるのだから、金欠の高校生にはありがたい。

「1番やぎすけ、歌いまーす!」

  メロンソーダがしゅわ、と弾けた。

  カラオケスピーカーからドンドンとキックが響き、ピアノがぴろぴろ鳴った。

「みんな摂取した?  今日の俺のドラッグ、どう?」
「はいはいまだまだ足りなーい!」

  陽キャなコール&レスポンス。
  狂ったように推しユニット「サウンド・ドラッグ」縛りでボカロを歌いまくる。

「次のクスリは誰歌う?  いっちゃえ、俺たちの歌姫・桃花とうか!」

  ご指名がきて、やぎすけからマイクを渡された。
  すぐに最新曲「ロフラゼプ」のイントロが流れ出す。

  熱唱するとだんだん気分が良くなって、心地良い重低音に頭がぼーっとする。
  あぁ、きた、きた。これがわたしたちの「ドラッグ」。
  

  みんな、歌いながら午後5時になるのを待っていた。

  時間になると、拓海のスマホをポップコーンボックスに立て掛けた。

  緑色のアイコンをタップして、配信交流アプリ「ユイキャス」を開く。

「どーも、イラストレーターの『さぼじろー』です!  今週も『サウンド・ドラッグ』定期配信のお時間になりました!」
  陽気な声がスマホのスピーカーから響いた。

「今日はなんと、重大発表があります!   ……とその前に。いつも通りメンバーを呼びましょうか」
「どうも、ボカロPの『ぽめ』です」
「こんばんは、MIXエンジニアの『モラトリアム大仏』です」
「お前らのテンション、普通すぎない?  今日は重大発表があるんだから、盛り上がっていこうぜ!」
「いや、そういうのはさぼに任せるって台本に」
「台本言うな」

「今日はぽめPがちゃんと喋ってる!」
「いつも話聞いてないもんね」
  頬杖を突いて美咲と「サンドラあるある」を語り合う。

「で、今日の発表なんですけど。なんと!  この『サンドラ』に新メンバーが加わります!  カモン!  歌い手の……『ぴよ』!」
「みなさん初めまして!  ぴよって言います!  よろしくお願いします」

「ええ!  マジで!」
「激アツじゃん!」
  やぎすけと拓海が同時に叫んだ。

  紹介されて登場したのは、小鳥のようにかわいらしい声の女の子。
  顔は分からない。
  さぼじろーが描いたキュートなイラストが、3人の立ち絵に囲まれてにこにこ笑っている。

「ぴよはぽめPの幼馴染なんだってね」
「はい、そうなんです」
  ぽめPが間に入って補足した。
「5年以上会ってなかったんですけど、こないだおれの職場で偶然再会したんです。ボカロ好きが分かって意気投合しまして」

「待って待って待って!」
  幼馴染。偶然。再会。意気投合。
  芸能人が結婚報告で使う言葉じゃん。
  ――なんだコイツ、ぽめPの何なんだよ。

「匂わせ?  古参マウント?  なんかやだ」
「桃花、顔赤いな。ぽめPにガチ恋してんのか?」
「ああ、ごめん。わたしの好きピは拓海だけだよ♡」
  彼氏の拓海が真顔で言うものだから、わたしはおどけて誤魔化した。
「そこ、いちゃつくんじゃねぇ」
  やぎすけ、渾身のストレート。

「あ、あと、ぴよから事前に、リスナーのみんなに伝えたいことがあるって」
「はい。わたし、見えない障害があって。高次脳機能障害っていうんですけど」

「……は?」
  思わず声が出た。
  この声、ゆっくりした喋り方、ボカロ好き。
  時間が止まった。
「……これ、ひなのだよね」
  みんなに視線を送る。

「俺も思った」
「どういうこと?」
  みんながそれぞれ、困惑していた。

  メロンソーダの氷が、からんと音を立てて崩れた。

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