泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ

文字の大きさ
上 下
3 / 69
第1章 難聴の薬剤師

1-2 ボカロ

しおりを挟む
  入院から3日が経った。
  迅速な胃洗浄と投薬のおかげで体調が安定し、わたしはICU(集中治療室)から一般病棟の個室に移っていた。
  
  両親は毎日お見舞いに来てくれた。
  ふっくらとしていた顔がやつれ、寝不足の目が充血していた。
「辛い思いをさせてしまったね。ごめんね」
「ううん、わたしこそ」
  互いに、申し訳なさで顔が見れない。

  気分が晴れるはずない。

「誰にも会いたくない」
「学校にも行きたくない」
  ネガティブで空虚な言葉が積み重なる。

  それでもぽめ兄は、病室を訪れるたび話に付き合ってくれた。

  どうして話を聞いてくれるの?  どうして何も言わないの?
  ねえ、もっとここにいてよ――。
  心の中で、存在がどんどん大きくなっていく。

  午後、新しい内服薬の説明に来たぽめ兄に問いかけてみた。
「ねえ、知ってるんでしょ?  その、わたしが――高次脳機能障害だってこと」

  高次脳機能障害。
  病気やケガで脳の一部が損傷し、記憶や言語、注意障害などが起きた状態のこと。
  外見では分からない「見えない障害」。

「ねえ、聞いてるの?」
「ん?」
  ぽめ兄は床頭台で資料を広げていた手を止め、わたしをじっと見た。
「ごめん、集中してた。何だって?」
「だから……わたしのこと、障害があるって知ってるんでしょ?  って話」

  ああ、と穏やかな声が病室に響いた。
「もちろん知ってるよ。それでも、ひなのちゃんは、ひなのちゃんだよ」

  そう言ってベッドの横に回り込み、わたしの右側で屈む。
  半側空間無視――脳の損傷によって、空間の片側に注意が向けられなくなる症状――への配慮なのかもしれない。
  わたしに目線を合わせてゆっくり話し、安心できる環境をつくってくれた。

「そうだね……少し、変化はあったかもしれない。でも、おれの中では、久しぶりに会えた嬉しさでいっぱいだよ。大人になったね、ひなのちゃん」

  思いがけない言葉に頭が「?」で満たされて、「!」に変わった。
「ほ、ほんとに!」

  数日前まで絶望の淵に立っていたのに。
  ぽめ兄に出会ってドキドキしているわたし、単純なんだろうか。
  もっと話していたい。何か話題は――。

  とっさに枕元に置いていたスマホを手に取る。
  Youtubeの履歴に残っていた、大切な曲。
「これ。わたし、これが好きなの!」

  再生数1500万回を超える人気ボカロ曲「ゲートキープ」。
  ぽめ兄は画面のタイトルを見て、目を見開いた。
「あぁ……この曲、おれも好き。切ないけど、力強くてかっこいいよね」

  ぽめ兄はボカロ――VOCALOIDやCeVIO AIなど音声合成ソフトウェアを使用した楽曲――に詳しかった。
  最近は吉田夜世の「オーバーライド」が人気だよねとか、原口沙輔の「イガク」は不気味さがいいよねとか。
  わたしが挙げた曲なら全て知っていた。

「みんな好き。でもやっぱり『ぽめP』が一番」
  一瞬の沈黙が流れた。わたしは構わず話し続けた。
「音のおくすり『サウンド・ドラッグ』っていうシリーズ、好き」

  ぽめ兄が何か言いたそうに視線を泳がせた。
  そのとき、胸元の内線ピッチが鳴った。誰かに呼び出されたようだった。

「ごめん、おれ、もう行くね。また話そうね」
  申し訳なさそうに言った。
「よかったら今度、『ぽめP』のおすすめ曲を教えてよ」
「らじゃ」

  希望の光だった。
  病室で暇を持て余していたわたしにとって宿題ができたのは、喜ばしいことだった。
  
  「ぽめ兄」に「ぽめP」のお気に入りの曲を伝えよう――。

  わたしはバッグから意気揚々とメモ帳とシャーペンを取り出し、ガリガリと汚い字で「ぽめぴー、さうんどどらっぐ」と書いた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】偽りの告白とオレとキミの十日間リフレイン

カムナ リオ
青春
八神斗哉は、友人との悪ふざけで罰ゲームを実行することになる。内容を決めるカードを二枚引くと、そこには『クラスの女子に告白する』、『キスをする』と書かれており、地味で冴えないクラスメイト・如月心乃香に嘘告白を仕掛けることが決まる。 自分より格下だから彼女には何をしても許されると八神は思っていたが、徐々に距離が縮まり……重なる事のなかった二人の運命と不思議が交差する。不器用で残酷な青春タイムリープラブ。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

令和の中学生がファミコンやってみた

矢木羽研
青春
令和5年度の新中学生男子が、ファミコン好きの同級生女子と中古屋で遭遇。レトロゲーム×(ボーイミーツガール + 友情 + 家族愛) 。懐かしくも新鮮なゲーム体験をあなたに。ファミコン世代もそうでない世代も楽しめる、みずみずしく優しい青春物語です!  第一部・完! 今後の展開にご期待ください。カクヨムにも同時掲載。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

処理中です...