絶望のフェリス

笠市 莉子

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C級の絶望(1-21)

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「失礼。美しいお嬢さん。こちらにフェリスが在籍していると聞いたのですが?」

声をかけられアイシャが振り向くと、多くの女性が溜息をつく程の美貌がそこにあった。

こんな田舎町には相応しくない程仕立てのよい服を着ており、後でまとめられた深緑の髪と切れ長だが目尻が下がった吸い込まれそうな程綺麗な深緑の瞳が印象的な美青年だった。

その後にお付きの者も控えており、一目で高位貴族とわかる。


アイシャ「申し訳ありません。フェリスはただいまお受けしている指名依頼がございますので、これ以上の指名依頼はお受け致しかねます。」

アイシャは振り返り丁寧にお辞儀をして答えた。

「へー。それはどこの依頼かな?侯爵家よりも家格は上かな?」

カウンターに肘を置き、深緑の瞳でアイシャのことを値踏みするように見つめ、不敵に微笑む美青年。

アイシャ「申し訳ありません。当ギルドとフェリスの信用に関わりますため、お話しいたしかねます。」

アイシャも負けじと綺麗に微笑みかえした。

「へぇ。いいね。聡い女性は素敵だよ。どうだい?よければ私の愛人…」

「閣下。」

美青年がアイシャの手を取り口説こうとしたところで、お付きの者…濃紫の髪と瞳の従者が遮った。

美青年「なんだい?ジェイド君。主人の言葉を遮るなんて、感心しないなぁ。」

ジェイド「ですが、2階にシェリルお嬢様の気配が。間もなくこちらにいらっしゃいます。」

従者_ジェイドは悪びれる様子もなく、端的に伝えた。


美青年「なぜ?あのお転婆がここに?」

ジェイド「護衛を撒いて、冒険者ごっこをなさったのでしょう。」

美青年「はぁ。あの護衛はクビだな。」

ジェイド「かしこまりました。」




シェリル「え?」

階段から降りて来たシェリルは目を点にした。目を何度か瞬かせ、目に映る深緑の髪が見間違いではないと理解するまで時間がかかった。

シェリル「お父様。このようなところでお会いするとは思いませんでした。どうなさったのですが?」

シェリルは美青年_父ウィルフレッド・フローディア侯爵に声をかける。

ウィル「いやぁ。シェリル私の天使さん。それはこちらのセリフだけどね。君の護衛はどうしたのかな。」

シェリル「申し訳ありません。ラーデールに残して、マウビルより冒険者の真似ごとをしておりました。罰はちゃんと受けます。ですが、お父様にお願いがございます。」

シェリルは強い意思の籠った眼で真っ直ぐにウィルを見た。

シェリル「すぐにマウビルに向けて出発したく思います。お父様もご一緒して下さいませんか?その馬車の中でお話しさせて下さい。」

ウィル「分かったよ。ジェイド君支払いと馬車の手配を。」

ジェイド「かしこまりました。」

アイシャ「馬車なら昨夜シェリル様に頼まれましたので既に手配しております。町の入り口に控えております。」

ウィル「アイシャ殿。シェリルがお世話になったようで感謝する。ではまた。」

シェリル「大変お世話になり、ありがとうございました。また改めて伺います。」


ウィルがシェリルをエスコートして出て行き、ジェイドは多すぎる金貨を置いて後についた。

アイシャ「私名乗っていないのに…。」

アイシャはしばし呆然としていた。



マウビルへの馬車の中で、シェリルは冒険の旅のあらましを説明した。

ウィル「ジェイド君。サンプルを取ってきてくれるかな?」

ジェイド「はっ。ではマウビルで合流致します。」

ウィル「頼んだよ。」

ジェイドは御者に気付かせることなく、走行中の馬車から飛び降り、そのまま風のように川溜まりへと走り去った。

シェリル「でも、お父様。あの川溜まりはカナートが権利を主張する予定なのです。」

ウィル「分かっているよ。シェリル私の天使さんの恩人に恩を仇で返すようなことはしないさ。我が公爵家で資金と技術提供をしよう。」

シェリル「ありがとうございます。お父様。」

ウィル「いや。川溜まりついてはいい話しを聞かせてもらったからね。罰はなしにしよう。」

シェリル「ありがとうございます。それでお父様。お願いなのですが。」

ウィル「うん。なんだい?」

シェリル「私に2億ベリー。出資して下さい。1年…いえ、半年で倍にしてみせます。それとジェイドを暫くお借りしたいのですが…。」

ウィル「ジェイドは別に構わないけど…。2億ベリー…。決して小さな額ではないよ。勝算はあるのかな?」

ウィルは娘を溺愛する父ではなく、商人の鋭い眼差しをシェリルに向けた。

シェリル「もちろんです!」

シェリルは怯むことなく、ウィルに計画のプレゼンを始めた_



ウィル「だがそれでは、シェリルはもう貴族社会で生きていくことは出来ないかも知れないよ?」

ウィルは最後まで黙ってシェリルの話を聞き、娘の身を案じた。

シェリル「構いません。お父様もお母様も常々、私に政略結婚はしなくていいとおっしゃって下さいました。だから、私が見つけたやりたいことなのです。」

ウィル「分かった。じゃあ、好きにやってごらん。」

父の顔で微笑むウィル。

シェリル「ありがとうございます。お父様。」

シェリルはウィルに抱きつき、2人は暫くの間抱擁した。


その後、マウビルに到着までの3日間、馬車泊をしながら2人は事業計画を詰めた。

マウビルに到着すると既にジェイドが待っていた。

ウィルはジェイドからサンプルを受け取ると、1人で都市同士を繋ぐ転移門を利用して領地へと戻った。




 
シェリルとジェイドはマウビルの朝市の雑踏の中にいた。

シェリル「いたわ。いくわよ。」

シェリルは屋台のテーブルに朝食を食べている目当ての人物を見つけた。

シェリル「あら。ご機嫌よう。D級のオジサマ。」

シェリルは以前自分に絡んできた、D級の中年男にわざとらしくカーテシーをしてみせた。

D級「げっ!!」

D級の中年男は食べかけの朝食をそのままに逃げようとするが、ジェイドがD級の中年男の進路を遮り、首根っこを掴み強引に座らせた。

シェリル「ちゃんと食べた物は片付けませんと。ああ。彼の名前はジェイド。A級の冒険者ですわ。それに、私の自己紹介がまだでしたわね。シェリル・フローディア。侯爵家の長女ですわ。………。私に椅子を勧めては下さいませんの?」

困ったような表情で問いかけるシェリル。

ジェイドは無言で首根っこを掴む腕に力を入れた。

D級「っ!!どうぞ。お座り下さい。」

シェリル「あら。ありがとう。」

着席するシェリルを横目に見て、D級の中年男は観念したかのように、再び朝食を口に運び出した。

D級「で?こんなおっさんに何の御用で?"爆炎の騎士"様がどこにいるかはしらねぇよ?」
 
…どうせ。ランスに捨てられて居場所を探してるクチだろ?


シェリル「私、つい先日ランスロットに殺されかけましたの。」

D級「ぶっ!!」
  
ゴン!!

突拍子もないことを言うシェリルに、思わず吹き出してしまいそうになったD級の中年男の頭をジェイドがテーブルに打ち付けた。口の中の物と、テーブルの上の食器が散らばる。

D級「いてぇな!!」

恨めしそうにジェイドを睨むD級の中年男。

ジェイド「不敬罪で死にたいか?」

淡々と言うジェイド。

D級「いえ。ありがとうございます。」

D級の中年男はしぶしぶと礼を言った。

シェリル「後でテーブルを片しておいて下さいね。それでですね。あなたはランスロットと結託して私を騙しましたので、結果的に殺人幇助罪が適応されます。」

D級「なっ!?」

シェリル「簡単に見積っても、一家揃って死刑ですわね。」

ポップに死刑宣告するシェリルに、どんどんと青ざめるD級の中年男。

D級「だが、今あんたは生きてるじゃねぇか?」

食い下がるD級の中年男。

シェリル「大事なのは殺そうとした事実であって、結果ではありません。」

D級「そんな理不尽な…。」

シェリル「では、これまで騙されて来た女性は理不尽な目には会っていないと?私のように見捨てられ、命を落とした者はいないと?」

D級「…そんな話は聞いてねぇから…わからねぇ…。」

シェリル「わからなければ、端金で人々を騙してよいと?結果人が死んでもよいと?」

ジェイドが再び腕に力を込める。

D級「あー。分かったよ。俺が悪かった。あいにく俺に身寄りはねぇ。俺の命でよけりゃあ、くれてやるよ。」

D級の中年男は抵抗をやめた。

シェリル「この期に及んで、また私を騙そうとしましたね。肝が据わっていると言うか何と言うか…。ジェイド?」

ジェイド「ユージーン。マウビルの西の地区に住み妻サリと8歳の息子ダニーとの3人暮らし。ユージーンは6年前D級の討伐クエストの最中に足を負傷。妻が借金をしてハイポーションを購入したおかげで切断は免れたものの、長時間走ることができなくなり、D級クエストには致命的。今は下位の採集クエストしかできないにも関わらず、妻は嫌な顔1つせず、借金返済のために朝から晩まで食堂で働いている。」

シェリル「素敵なお嫁さんですわね。」

ユージーン「なっ!?何でそれを!?」

シェリル「フローディア侯爵家の力はこんなものではありませんわよ?さぁ。まだ私を騙して、罪の上塗りをなさいます?今度は一族郎党処分しましょうか?」

ユージーン「いや!頼む!何でもするから、妻と子供だけは見逃してくれ。俺には過ぎた妻なんだ。ずっと俺を支えて来てくれたってのに、こんな巻き添えあんまりだ。」

シェリル「私もそう思いますわ。ですが、それがあなたの犯した罪の大きさです。」

ユージーン「本当に頼む!!何でもする!!この通りだ!!あいつらまで死刑だなんて、不憫すぎる…。」

ユージーンは必至にジェイドを振り払い、恥も外聞もなく涙と鼻水を流して地面に額を擦りつけるように何度も土下座した。

シェリル「その言葉に二言はありませんわよね。ちょうど私道化を募集しておりましたの。あなたなら上手く演じられるかも知れませんわ。」

パチン

ジェイドがユージーンの腕に腕輪を嵌めた。

シェリル「この腕輪は着けた人間にしか外すことは出来ません。そして常にあなたから微量の魔力を吸収し、私に居場所を通知します。腕を切り落とすか、死ぬことでしか私から逃れる方法はありません。逃れたところで待っているのは家族の死です。せいぜい私の為に働きなさい。そうすれば、あなたの妻子に今よりもいい暮らしを約束しましょう。」

ユージーン「それは本当か?俺は何をすればいい?」

シェリル「ではまず最初に、こちらの医学院にランスロットが入院しているはずです。その容態を確認して報告なさい。腕輪の飾り文字をなぞれば私に通信出来るようになっています。」

ユージーン「分かった。」

シェリル「その後の指示は腕輪を通して連絡します。あなた方家族の命は私が握っていることを夢々忘れぬように。」

地面に膝をつくユージーンを扇を口に当て冷たく一瞥し、立ち去るシェリル。後に従うジェイド。

ユージーン「ああ…。これからどうなるんだ…。俺は…。」

ユージーンは項垂れた。



「ちょっと!なんだか知らないけど、散らかしたんなら、とっとと綺麗にして帰っとくれよ!」

こんな時でも屋台のおばちゃんは通常運転だった。



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