絶望のフェリス

笠市 莉子

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C級の絶望(1-13)

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「どちらか選べないのなら、私が選らんでやろう。」

剣を構え一歩踏み出すフェリス。

「いや、いやっ…。待ってくれ…。ひっ、助けっ…」


腰を抜かし、足をガクガクと震わせながら命乞いをし後退るランス。




「もう遅い!!!」

フェリスが剣を一閃させた___


ランスは強く目を瞑り歯を食いしばった__








はらはらと風に髪の毛が舞った__



ランスの周りには温かい水溜りが広がっていた___



「死んだんですか?」

危険だと知りつつも、ランスの結末が気になったシェリルはこちらまで走ってきていた。

動かないランスを見下ろすシェリルのその目は冷やかだった。

「いや。気を失っただけ。」

フェリスは剣を鞘に納めながら首を振る。




ランスの胴体と首はしっかりと繋がっていた。
フェリスはランスの前髪のみを一直線に切り落としたのだが、首を刎ねられるとビビったランスは失神し、血とは違ったもので水溜りを形成した。


「えっ?それじゃあ……。嫌だ…。気持ち悪っ…」

シェリルは口に手を当て、嫌悪感を露わに吐き捨てた。


自前の水溜りの中に横たわる男は、前髪は短く一直線に切り揃えられ、前歯はなく、鼻血を流し、腹や腕は紫色に腫れ上がり、全身擦り傷だらけの上にフ◯チン__百年の恋も一遍に冷める姿をしていた__




「さてと。それじゃあ、本来の目的を果たしますかぁ。」

フェリスはそう言いながら伸びをすると、今度は槍を持ちスナッピングタートルの頭上へと跳躍した。

空中からスナッピングタートルの頭蓋を槍の中程まで串刺し、槍を突き刺したままにして、フェリスはスナッピングタートルの後方に空中で回転して背を向けた状態で着地した。

「うそっ!あんなに硬かったのにっ!?」

シェリルが驚きの声を上げた。

脳を貫かれたのだが、解っていないかのように、まだ動き続けるスナッピングタートル。

フェリスは右手を空に翳し、パチンと指を鳴らした__


バチィィィィ


空気を切り裂く閃光がフェリスの槍に落ち、雷鳴と共にぴくぴくと痙攣した後、スナッピングタートルは永遠にその動きを止めた。

フェリスはまた跳躍して槍の元まで戻り、槍を引き抜きながら、スナッピングタートルの頭部の横へと着地し、槍の汚れた部分に手をかざして魔法で浄化し槍を背中へと装着する。


「動かないでね?」

フェリスはそうシェリルに注意してからスナッピングタートルに向き直り、瞳を閉じて両手を広げた。

すると一陣の風が巻き起こり、スナッピングタートルの首を刎ねて、スナッピングタートルの胴体を切り刻みながら竜巻のように渦を巻いた。

フェリスが開いた両手を圧縮するように中央へ集めて丸めるような動作をすると、竜巻は意図を汲んだようにその姿をどんどんと小さく圧縮し、水色の掌ほどの大きなサイズの魔石へと変化してフェリスの掌へと収まった。

フェリスは魔石をアイテムボックスにしまい、残されたスナッピングタートルの頭をアイテムバッグへと収納した。

シェリルはあっという間の出来事にただただ唖然としていた。

「私は今から川溜まりに行くけどどうする?用事を済ませてからでいいなら、カナートまで乗せてあげられるけど?医院もない小さな町だけど、大丈夫?」

馬の手綱を取り歩き出すフェリス。

「助かります。」

シェリルは慌ててフェリスの後に続いた。

「あの?あれはどうします?」

水溜りに倒れるランスをチラと横目で見ながらシェリルが問いかけた。

「放って置いても死にはしないよ。鳥が啄きに来るかも知れないけど。まぁ、目を覚ますでしょ。ここから一日も歩けばさっき言った町には着くし、マウビルに向かっても近くに川があるんだから、どうとでもするんじゃない?腐ってもC級冒険者なんでしょ?」

「そうですね。」

シェリルは不満そうにしながらも、フェリスの後をついて歩いた。

「あの。改めて、助けてくださってありがとうございます。私はシェリルって言います。フェリスさんとお呼びしていいですか?」

シェリルは川溜まりまでの間フェリスに話しかけることにした。

「いいよ。」

微笑むフェリス。

「フェリスさんはどうして、私とあれとで口調が違うんですか?」

「舐められないためかな?女の冒険者だと下に見られたりしやすいからね。結局のところ、男の方が力が強いとか思ってる奴が多くてね。」

「そんなに強いのに、舐められることがあるんですか?」

「自分の力量を理解出来てたら、まずそんなことないんだろうけど…。微妙に強くなりだしたC級位が特に自惚れ易くてね…。」

「ああ…。まさにそうですね…。ところで、フェリスさん。アイテムボックス持ちなのに、アイテムバッグも使われてるのはどうしてなんですか?アイテムボックスの容量の問題ですか?」

「容量は問題ないよ。気持ちの問題かな。だって嫌じゃない?魔物の首と食べ物とか着替え一緒に入れたくないでしょ?」

「本当ですね。」

アイテムボックスやアイテムバッグの中がどのように収納されているのかは分からないが、1つのクローゼットに服や食料や魔物の首が並んでいる様子を想像して、シェリルも魔物の首は別に出来るなら別にしたいなと思い、うんうんと強く頷いた。

色々と質疑応答しているうちに川溜まりのオアシスに到着した。

フェリスは木に馬の手綱を結び、川溜まりに向かう。

「どうされるんですか?」

「スナッピングタートルは一度の産卵で30個程度は卵を産むからね。まぁ、確認と色々かな?悪いけど、この辺りで待っててね?」

フェリスはそう微笑むと、指をパチンと鳴らした。すると小さな竜巻が枯れ枝を集めて来て、地面に焚火が出現し、その上にはウォーターボールが浮いており、焚火の火でお湯を沸かしているようだ。

シェリルは大人しく焚き火の近くに座った。太陽の位置がかわり木陰になっていて風があると少々肌寒い。
焚火がありがたかった。

フェリスは焚火の元を離れ川溜まりへ近づき、手を掲げて指をパチンと鳴らす__



バチィィィィィ



今日3度目の雷が川溜まりに落ちた。

すると程なくして、水棲生物達が水面に浮きあがってきた。
ぴくぴくと痙攣しており、ショック状態のようだ。

スナッピングタートルも先程フェリスが討伐した程のサイズはいないものの、シェリル達が討伐した位のサイズは数体浮いていて、遠目に見ていたシェリルはぎょっとする。


フェリスは浮いたスナッピングタートルの甲羅をぴょんぴょんと踏んで川溜まりの上を跳んで回った後、焚き火の元へと戻って来た。
 
フェリスの近くには掌サイズの魚が10匹程入ったウォーターボールが浮いている。
魚はまだ、ショック状態のようで ウォーターボールの上部に浮いていた。

フェリスはアイテムボックスからナイフとまな板を取り出し、ウォーターボールの中に手を突っ込んで魚を手掴みするとナイフで次々と内臓を取り出す。

すべての内臓を取り終えると、再びウォーターボールの中へ魚を入れて、ウォーターボールの中で水を波立たせて、魚を洗って、血や滑りを洗い流す。

その間に新しいウォーターボールを作りだすと、まな板とナイフを洗って、風魔法で乾かしアイテムボックスの中に収納すると同時にあら塩が入った陶器の器を取り出す。役割を終えたウォーターボールが意思があるかのようにひとりでに川溜まりの中へと入っていった。

「さてと。」

今度は空中に手を翳すフェリス。

また一陣の風がおきて、木の枝がフェリスの掌に集まり、フェリスは魚にその枝を串代わりに打っては塩を振り、焚き火の方へと投げる。

すると焚き火の回りにはどんどんと等間隔に串が刺されていった。

「ふぁあ。」

フェリスの魔法と調理の共演に、シェリルは間抜けな感嘆の溜息を漏らした。


「よし。と。」

フェリスは最後の一本を投げ終え、新しいウォーターボールで手を洗うと、今度はマグカップを2つとポットと缶を取り出した。

焚き火の上のウォーターボールがフェリスの元へと移動し、漏斗のような形となってマグカップとポットにお湯を満たした。

今度は缶から必要な量のコーヒー豆を取り出すと、また風がおきてフェリスの掌で小さな竜巻がコーヒー豆を挽いた。

またポットを満たしていたお湯が川溜まりへと移動し、代わりに竜巻がポットへとコーヒーの粉を運び、再び漏斗型のウォーターボールがお湯を注ぎ、ポットのフタが閉じられた。

「ミルクは切らしてるけど、お砂糖はあるよ。入れる?」

フェリスがシェリルに声をかけた。


「ふぇ。あっ!スプーン2杯お願いします。」

惚けていたシェリルは、慌ててシャキっとする。

「了解。」

フェリスは微笑むと、砂糖の入った陶器の器とスプーンを取り出し、マグカップを温めていたお湯を追い出して、マグカップの1つに砂糖を2杯入れて、そのままスプーンも中に入れた。

フェリスは、コーヒーが入ったポットのフタの上に突き出した棒をゆっくり押し込むと、マグカップにコーヒーを注いだ。

「はい。熱いよ。」

フェリスはスプーンをかき混ぜながら、シェリルにマグカップを手渡した。


「ありがとうございます。」

シェリルはマグカップを受け取り、中のコーヒーを見て思わず眉をしかめてしまい、慌てて顔を隠すようにマグカップを口に運んだ。

「熱っ!んっ!」

慌てて咽るシェリル。


「コーヒー苦手だった?紅茶にしようか?フローディアのお嬢様のお口に合うほどのいい茶葉はないけど…」

フェリスがアイテムボックスを探る。

「!!」

シェリルは目を見張り、更に咳込んだ。

「いっ。いいえ。ゴホッ…。ゴホン。…大丈夫です。コーヒーの表面に油が浮いてるのを見たことがなくて…、驚いてしまって…。失礼でしたよね。すみません。でも、美味しくて更に驚いてしまって…。」

「そう?無理してない?」

「はい!本当に美味しいです。変わった抽出ポットですね。」

「リン師匠せんせい…、師匠の形見なんだ…。冒険用の調理器具はすべてね。食いしん坊な人でね…。」

フェリスは懐かしむような遠い目をしてから、コーヒーを口に運んだ。

「この雑味が旅のロマンだ~!とか言ってたな。ふふ。」

マグカップにつけた唇から笑みが溢れた。



「…それに、私が貴族だってこともお見通しだったんですね。家名まで。どこかでお会いしたことが?」

「会ったことはないかな?まぁ、家名がわかったのは昔パーティを組んでたことがあるフローディア侯爵令息…今は侯爵か、その魔力がシェリルの護りの魔法から感じられるからね。まぁ。冒険者で日焼けもしてなくて、髪も綺麗な娘なんていないから、貴族だってこと位は誰でも気付くと思うよ。あいつも気付いてたんじゃないかな?」

「!!パーティを?…だから、我が家の家紋が入った、アイテムバッグをお持ちだったんですね。」

「あ…ああ。昔、賜わってね…。」

フェリスは少しバツが悪そうな顔をして、隠すようにコーヒーを口に運んだ。

「では、リン師匠せんせいというのは、『リンの大冒険』の主人公の!?お父様も何度かご一緒したことがあると聞いたことがあります!!」

シェリルは目を爛々と輝かせた。

「…あっ。ああ、そうだよ。ごめん。…ちょっと行って来る。」

フェリスはまだ半分しか飲んでない、コーヒーが入ったマグカップを置くと、足早に川溜まりへと向かった。

「あの?フェリスさん。私は魚の番をしていますね?」

シェリルがフェリスの背中に声をかける。

「いや。そいつがやるから大丈夫。」

フェリスは振り向きもせずに答えた。

「そいつ?」

シェリルが首を傾げつつ、魚の串に目をやると、串はひとりでにくるくると焦げないように回っていた。

「!!」

…もしかして契約精霊がいるの?だから、フェリスさんは無詠唱で魔法が使えたのね。さすが、あのリン師匠せんせいの弟子ね。


「ふふ。美味しい。ロマンがあるわね。」

シェリルは油の浮いたコーヒーに口をつけ、憧れの主人公が愛した味を堪能しながら、思わず口許が緩むのを感じていた。





    
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