絶望のフェリス

笠市 莉子

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C級の絶望(1-6)

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「うゔ……。背中痛い…。」

 馬の背に揺られながら、シェリルは呻いた。

「ははは。野宿になるとどうしてもね…。まぁ、そこは慣るしかないよね。どうしても辛いなら、今夜は枯れ草でも集めて敷いてみようか?まぁまぁ虫が紛れてて、カサカサゆったり、這われたりするけどね~。」

 同じく隣で馬の背に揺られるランスが、意地悪い笑みを浮かべた。

「ひっ!虫っ!全然あのままで大丈夫ですっ!!固い地面サイコー!!」

 シェリルは引き攣った笑みを浮かべ、握り拳を突き上げた。

「はははっ!サイコーって…。」

 ランスはテンションの高いシェリルの様子にしばらく笑いが止まらなかった。

 …くぅ。朝日に輝くイケメンの笑顔って…。骨身に沁みるわぁ。ヤバい。私、明け方まで呑んじゃってたから、寝不足で朝からテンションがおかしいかも。でも、なんとかこの勢いで次の討伐も乗り切れないかしら…


 徐々に木々が減り、次第にゴツゴツとした岩が目に入るようになってきた。

 ランスは、「そろそろ馬には酷だから。」と、馬から降りて、近くの木の幹に手綱を結び、金属製の液体が入った音のする容器を2個と飲水の水筒に解体用のナイフと、必要最低限なものをカバンに詰め替えた。

「ここからほとんど岩場だけど、歩いて半刻もかからないから。行こうか。」

「あの…。私も何か荷物を…。」

「大丈夫だよ。分ける程多くもないし、これから少し足場が悪くなるからね。コケて素材採集用の容器を壊されちゃうと、困るからね。」

 ランスはまた意地悪く笑った。

「もうっ!酷いです!」

 シェリルがスネて頬を膨らます。

「ははは。ゴメンね。半分冗談だけど、岩場は滑りやすいからね。怪我しないようにね。それでは、お手をどうぞ。」

 貴族令嬢のエスコートをするように、シェリルの手と腰に手を当て歩き出すランスに、ドキドキしたシェリルだったが、直ぐに大きい岩を乗り越えたり、登ったり、引き上げられたりで、寝不足の状態でついて行くのに必至で息が上がり、それどころではなくなっていた。

「シェリル。ほら、あそこ。」

 ランスが100mほど先の岩の隙間に生えた薬草を食む山羊ゴートを指差した。

「本当ですね。」

「ここからは静かに、背後に周りこむよ。詠唱出来るように、息整えててね。」

 そう言うと、ランスは後ろ手に合図しながら、岩に身を潜めつつ、山羊ゴートに近づいて行く。

 シェリルもそれに習って後を追った。

 山羊ゴートの真後ろの岩まで迫ると、シェリルは小さな声でウォーターボールの詠唱を開始し、両手の間に水の塊を作った。

 詠唱終了と同時に飛び出し、外しようのない至近距離から山羊ゴートの頭目掛けて投げつける。
 命中を確認すると、すかさず下がる。
 その後は、山羊ゴートとの距離を一定に保ちながら野兎ヘアーの時同様、ウォーターボールを維持しながら、窒息させる作戦だ。

 山羊ゴートは驚き、激しく暴れた。

 纏わりつく水を振り払うように、頭を振ったり、前足を大きく振り上げたり、近くの岩に頭突きしたりと、動きまわるため、シェリルは魔法の維持に必至だった。

「きゃぁっ」

 後方に跳び退こうとしたシェリルが岩の隙間に足を取られ、尻餅をついた。

 運悪く、山羊ゴートがシェリルに向かって大きく前足を上げた。

「っー!!!」

 …避けられない!!!…

 シェリルは声にならない声を上げ顔を背け、強く目を瞑る。

 …

 ……

 ………あれ?何ともない?

 シェリルはそっと片目を開けると、そこには山羊ゴートの心臓を貫き、シェリルの魔法が解けた水でびしょ濡れになったランスの後ろ姿があった。

 ランスはびくびくと痙攣する山羊ゴートの身体を押し返して倒し、剣の血を払って鞘に収め、シェリルに振り返る。

「大丈夫だった?」

 濡れて張り付いた前髪をかきあげ、シェリルに手を伸ばした。

 シェリルはその姿に目を奪われ呆然とするも、前屈みになったランスの髪から落ちて来た雫の冷たさに、現実に引き戻され、
 慌ててランスの手を掴む。

「ごめんなさい。魔法解けてしまって。冷たくないですか?」

「もう春も終わりだしね。大丈夫だよ。
 馬のところに戻れば、タオルも着替えもあるし。俺は心配ないよ。でも、ちょっとシェリルにはお説教。」

 ランスはシェリルのあまりの攻撃力の低さを指摘し、この後のランスの討伐クエストまでの間に、魔法のレベルアップを目指すことと、剣の練習をすることを約束させた。

「採集クエストに乗り換えるにしても、野兎ヘアーみたいな小型の動物の討伐クエストのみにするにしても、大型の獣に遭遇しないとも限らないからね、最低でも自衛する手段は身につけないと。わかった?」

「…はい…」

 シェリルは子供の頃からの物語への憧れで突っ走り過ぎていたことを猛省した。

「じゃあとりあえず、お説教はこれで終わり。山羊ゴートだけど、どうする?討伐証明部位は角だよ。切れそう?」

 シェリルは角を右手でノックするように叩き、その硬さに首を振った。

「じゃあ。」

 ランスはシェリルに離れるように指示して、剣を上段で構え、目を閉じて呼吸を整え集中する。次の瞬間、目をカッと見開いたかと思うと、剣を2度振り下ろした。
 剣を鞘に納めるのと同時に、ボトボトッと角が地面に落ちた。

「すっ!すごい!!あんなに硬かったのに一瞬なんて!!」

「まぁ、これでも、一応C級の剣士なんでね。」

 ランスは照れくさそうに頬をかいた。

山羊ゴートの解体はどうする?臭いがキツいから毛皮も売れないし、売れる素材は睾丸位なんだけど…。お貴族様の精力剤になるんだって。結構高額だよ。」

「お…お願い出来ますか…?」

「え~?俺~?同性としてちょっと同情するんですけど~。」

「ランスさん…」

 ランスが言い出したことなのに…とジト目で返すと

「うそうそ。俺が勝手にチョイスしてきた討伐クエストだからね。俺がやりますよー。」

「ふふっ。お願いします。」

「肉はどうしようか?2人で食べてみる?南の方の地方では"ヤギ汁"っていって、汁物にしてよく食べられてるみたいだよ。獣臭はすごいけど。夜すっごく元気になるんだって。」

 ランスはまた意地悪く笑った。

「えっ?あの…。えっ?う………えっ?」

 シェリルは顔を真っ赤にして取り乱す。

「あはは。冗談だって。食べたことある先輩冒険者に聞いた話、その人はあまりの臭いに吐き続けて、逆に消耗してぐったりしてそれどころじゃなかったってさ。そうまでして頼らなくても、俺は大丈夫だけど、シェリルがすごいのがいいなら。作ろうか?"ヤギ汁"。」

ランスは更に意地悪く笑う。

「もうっ!ランスさんっ!!」

シェリルはまたも顔を真っ赤にして、ランスをポカポカと軽く叩いた。

「いたたっ!あはは。ごめんごめん。まぁ、"ヤギ汁"はまたの機会にね。」

ランスはウインクすると、ナイフと容器を2つカバンから取り出した。

「睾丸どんな大きさか見たい?」

ランスがまたも意地悪く笑うと

「もうっ!結構です。」

シェリルはプイっと膨れてみせた。

「あはは。冗談だって。睾丸取ったら、亡骸を燃やすから、火が燃え移らないように、辺りにウォーターボールで水を撒いててくれる?」

「わかりました。」

シェリルは言われた通り、山羊ゴートの周り一帯にウォーターボールで水を撒いていった。

シェリルが水撒き中に、ランスは血で汚れた手をついでに洗わせてもらい、素材をバッグに回収した。

水撒きが終わると、山羊ゴートから離れ、ランスがファイヤーボールを放った。

昨日同様、ふよふよとした小さいファイヤーボールだったが、山羊ゴートに触れると、あっという間に炎に包まれた。

「あのファイヤーボールで、あんなに燃えるなんてすごい!!さすがっ!!"爆炎の騎士"の二つ名がつくだけありますねっ!!」

シェリルのキラキラ輝く瞳に見つめられ、ランスは頬をかいた。

「臭いすごいし、離れて見てようか?」

ランスは風上の少し離れた岩に腰かけた。

「はい。でもどうしてわざわざ燃やすんですか?」

「薬草は基本的に、その地の魔素を吸って薬効成分を持ってるからね。それを食べてる生き物には多少なり魔素が凝縮されるんだ。その魔素が濃くなれば、魔獣と化す。肉食の魔獣が多いのは、濃縮された魔素を持った草食獣をいっぱい食べてるから。
だから、なるべくね。魔獣を生み出さないためにも、やむを得ない状態以外は、燃やすか埋めるか食べるかしないとね。これ、冒険者の鉄則です。」

山羊ゴートが燃え尽きるのを確認して、ウォーターボールで火の始末をしてから、2人は馬の元へ戻った。
    
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