メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

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20.シン・ジゴク

5.知識の行きつく先

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 皆に迷惑をかけたくないという意識が働いたエンドローゼがこっそりと移動し始める。アストロとコストイラが気付いて近づく。

「どうしたの?」
「ふぇ!? な、な、な、何ですかっ!?」
「いや、焦りすぎだろ」

 声をかけられて、絶対何でもないわけない態度で背中を壁にくっつける。アストロがエンドローゼの両頬を挟み、無理矢理顔を合わせる。

「で? どこに行こうとしていたの?」
「え、えっと。その、こ、こー、お手洗いに行きたくて」
「いいね。ついて行ってやるよ」

 素直にならずに嘘を吐いた代償なのか、コストイラに秒速で乗っかられた。もう逃げられない。

「レイド。アレンが目ェ覚ますまで付き添ってくれ」
「無論だ」

 コストイラが廊下に消えていった。

「え?」
「ちょ」

 呆気に取られていたエンドローゼとアストロが慌てて立ち上がり、コストイラを追って廊下に消えた。

「え、オレどうしよ」

 アシドが自分のことを指さし、レイドを見た。レイドは絶妙に感情の分からない顔をしている。

「自分の好きにすればいいのではないか?」
「ま、レイドだけじゃ不安だから残ってやろうかな」
「フム。押しつけがましい言い方だが、感謝しておこう」

 アシドがドカリと床に座り込んだ。






 コストイラが消えた。アストロの頬を冷や汗が通る。人が消えるのは珍しいことだが、ないことではない。

 しかし、このタイミングで。
 周りをぐるりと見る。この先は行き止まりだ。後ろは戻っていく道。左には2つのドアと上り階段。右には2つのドアと下り階段。きっとこのどこかにコストイラがいる。



「あ、アストロさん?」
「う、上よ。上を探しましょう。アイツは上昇志向の塊だから、こういうときにも上に行く可能性が高いわ」
「へ? は、ハァ」

 エンドローゼは一度下り階段を見てから、アストロの後を追った。

『あー、上に行ったか―。ま、間に合うし、行ってもいいんだけどね。ハッハッハッ。あー、エンドローゼちゃんの悩んでる顔も尊い。今日も推しが尊い!』
『何が推しが尊い、ですか。仕事しろください。月面のサボり姫』
『何おう!? エンドローゼちゃんに知られちゃうから辞めろ! 言うな!』
『もう手遅れだろ!』
『な、何をするだぁ~~!』

 脳内に響いていた主神の声がプッツリと消えた。何だったのだろう。正直主神が月面のサボり姫であることはだいぶ前から知っている。というか、勇者一行に名を連ねる前から知っていた。トッテム教内では有名な話だ。
 ぴくんとエンドローゼの肩が震える。これはコストイラではない、炎の魔力だ。エンドローゼが階段下を見ると、バッと横をアストロが通り過ぎた。

「行くわよ、エンドローゼ!」
「は、はい」

 急ぎつつ、転ばないように階段を下りる。下りの階段を下りきり、地下一階に辿り着いて見えた光景は、コストイラと炎の女王の戦闘の終盤だった。
 コストイラの頭上を炎で作られた剣が通り過ぎる。髪が少し焦げた気がするが、一切構わない。コストイラが立ち上がるが勢いも利用して刀を振るう。

 炎の女王の首が切られてしまった。

『ゴポ』

 咄嗟に後ろに下がったが間に合わなかった。首からも口からもオレンジ色の血が噴き出る。炎の剣が大気に融け、武器が消えた。

 何もなくなった両手で血が出るのを押さえる。喉を押さえる右手からも、口を押える左手からも血が溢れ出る。

 死ねる。これで私は死ぬことができる。間違いなく死ぬことができる。でも妹として姉が死んでからじゃないと安心できない。
 ゆっくりと足を引きずりながら部屋の中を歩く。煙の魔女は目を輝かせながら見守る。炎の女王は姉の手に触れて顔を覗き込む。

『姉さん』

 ネチャリャンドィの指がネチャリャンドゥの頬に触れる。その冷たさを感じ、口角を少し上げた。そのまま力が抜けたのか、ネチャリャンドゥの頬に赤い線を3本作り、落ちた。体からも顔からも力が抜け、姉の膝に頭が乗る。ネチャリャンドィは動かなくなった。その顔はとても幸せそうで。
 煙の魔女の横をするりと通り抜ける影があった。エンドローゼである。エンドローゼがネチャリャンドゥの手に触れる。

「あ。も、も、もう亡くなって…………」
『え?』

 コストイラの眉間に皺が寄る。救えるかもしれない命が救えなかったエンドローゼが泣きそうになるのは分かる。2年近く一緒にいて、魔物にも時には同情してしまうような少女だということを理解している。

 しかし、それでも魔物の方が目を丸くするのが分からない。何を驚いているのだ。

『亡くなっているの?』
「え?」
「本当に亡くなっているのかい? それが分かるのかい!?』

 煙の魔女が手を伸ばす。エンドローゼが身を縮こませるが、手を届かない。アストロが魔力で軌道を逸らしたのだ。エンドローゼは再び煙の魔女の横を通り抜け、アストロに抱き着いた。

「何で亡くなっているのが嬉しいんだ?」
『私は完全なる自殺装置の開発に挑んだの! それが成功した!これが喜ばずにいられること!』

 ギリと奥歯を噛む音が聞こえた。エンドローゼの顔が、逆鱗に触れられたドラゴンのように怖くなっている。コストイラも目を向けられない。
 カチャリと刀から音が鳴る。ビクリと煙の魔女が身を震わせた。

『ま、待ってくれ。確かに私の目的は達した! でも、これだけあっても意味がないだろ!使い方、取り扱いの説明書がなければ使えないんだ!』

 アストロが右手を向ける。煙の魔女は肩をビクリとさせ、自分のことを隠すように腕を持ち上げた。どこかいじめられっ子を想起させ、苛立ちが募る。コストイラがその右手を掴んで下げさせた。

「コストイラ?」
「…………行こう。好きにさせてやれ」
「ど、どうしてですかっ!? ひ、ひ、人が死ぬんですよっ!?」

 今、目の前にいるのは死を処方する医師だ。それは間違いなくマッドサイエンティストだ。死を研究し、死に精通し、死を愛した魔女だ。
 しかし、人はいつか死ぬ。そして、世界には死を望む者がいる。この自分の頭の中で生きている魔女は世界に数少なくとも、必要な存在だ。

「……人は死を望むことがあるんだよ」

 コストイラはどこか寂しそうな声で言った。
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