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16.天界
12.うつむく者
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カトブレパスはうつむく者という意味だ。かつてドレイニー帝国が生まれるはるか前に存在していた、とある泉に住んでいたといわれている。
非常に頭が重く、いつも地面に垂らしている。そのせいで誰も生きたカトブレパスの眼を見た事がなく、カトブレパスの眼を見た人間は即死するという噂話まで作られた。
無論実際は嘘であるが、実物はもっと凶悪だった。
カトブレパスの視線が向けられた者は、カトブレパスがその気であれば石化させられるのだ。生きたままじわじわと石に変えられ、そして生きたままでも石は砕ける。外見が死んでいようと、石になる瞬間に生きていれば生きたままに保存されるのだ。石にされた者は、その後砕かれたとしても、生き続けるのだ。
上位の回復魔法使いしか解呪できない呪いである。
約3000年前にドレイニー帝国が建国される際に、カトブレパスが拠り所にしていた泉を埋めてしまった。完全に怒ったカトブレパスは、埋めきられる前に止めさせようと抵抗した。
最初はドレイニー帝国など敵ではなかったカトブレパスだったが、レインレイン、グレイソレア、レイヴェニアと並ぶ帝国四大天才の一人、ドレイニー帝国初代皇帝クレニアが盤面をひっくり返した。
そして、カトブレパスは絶滅した。
絶滅したはずの怪物が目の前にいる。天界の最北端であるこの地で見ることになろうとは。
『私の種族を知っているのか。私自身もよく分かっていないのだがな』
居心地悪そうにジャスレが顔を背ける。そして目を閉じ、溜息を吐いた。
『ところで、そこの娘に止めさせてくれないか? あまり睨まれていてはぞっとしないのでな』
そこの娘といわれて、男達は女達を見る。
シキはいつも通りの半眼だ。睨んでいるとは言いづらい。
アストロもシキと同じように半眼だ。睨んでいるように見えるが、いや、やはり睨んでいる。とりあえず止めさせるためにアシドが目元を隠すように手を被せた。アシドの手を叩き、睨む。アシドに申し訳ないが、視線が逸れたので良しとしよう。
エンドローゼはビビるほどジャスレを睨んでいた。この顔をしているエンドローゼは初めて見た。エンドローゼが睨むのは分かる。ジャスレが唆したせいで、キングクラーケンが冥界を暴れ、地獄行きの死者が増えたのだ。エンドローゼの睨みは誰も止めない。
『あの、止めてくれないか?』
「睨まれて当然のことをしたんだろ。あと、近づき難い」
ジャスレは何か懇願するように頭を擡げ、月を眺める。
『審判を欲するか!!』
何もない空間から声がした。アレン達はびっくりして身を竦め、武器にゆっくりと手を伸ばした。エンドローゼだけは顔を明るくして万歳している。
「ふ、ふ、フォン様だ!」
『フハハハハ』
おそらく喜んでいるのだろう。笑い声から陽気な感じがする。
『いや、私は審判などいらないのだが』
『黙れ!! 貴様は審判を受けねばならない! 私の親友シュルメの国を滅茶苦茶にし、そしてエンドローゼを悲しませた! 審判だ! 審判だ! 審判だ!!』
『いや、我々の間には不戦の条約があるではないか』
『ヴァカメ! そんな条約、とっくのとうに破れているわ!』
『えぇ!?』
ジャスレは驚きのあまり目を剥いた。大きな口もあんぐりと開けて、目を泳がせている。
ところで不戦の条約とは何だろうか。我々ということはもしかしてフォンも魔王なのだろうか。
『私は超絶優しいから一発で許してやろう!例えればこれは自分の子を叱る母親の拳!断じて戦いではない!』
ジャスレにとってフォンの一撃は、それだけで死にかねないものだ。
『自分の子を叱る母親のように手加減をし、愛を持った一撃であれば、受け入れよう』
『え、手加減?』
フォンが狼狽えている。手加減なしの一撃を撃ち込もうとしていたのか。
『て、手加減。て、手加減? 手加減? まぁ、こんな感じでいいかな?』
フォンの声に不安しか抱けない。ジャスレは、今日死ぬのかもしれない。ジャスレは遠い目をしている。もう可哀想としか思えなくなってきた。
『あぁ、私は今日死ぬのかもしれない』
『よし、これでどぉーだっ!!』
天より高くに存在している天界の更に上から、雷のような光の柱が落ちてきた。威力が強すぎて暴風が吹き荒れた。体の軽いエンドローゼが飛ぶかと思ったが、フォンの加護でもあるのか、髪が風に靡くだけだった。他の全員は飛ばされた。普通に飛ばされた。やはり仲間ではなく、トッテム教でなければ守ってもらえないようだ。
『勇者共よ。旅をするのであれば、月だけではなく太陽も知るべきだろう。その崖から落ちるといい。死にはせん。ただ、太陽に近づくだけだ』
無事ではないが生きていたジャスレが、今後の方針を与えてくれた。その直後、体が動かなくなった。死んだのかと思ったが、気絶らしい。
魔王ジャスレを一撃で沈めるとは、フォンはどれほど強いのだろうか。
ジャスレに言われた崖は、崖というよりは端だ。下が雲のせいで何も見えない。コストイラが大岩を落とす。
大岩が雲を突き破り、凄い勢いで落ちていく。下まで落ちた音が聞こえてこない。5分経っても聞こえてこない。
「これ、本当に死なないの?」
「…………ノーコメント」
「行こうか」
コストイラが雲海へと飛び込んだ。アレン達もそれに続く。
以前だったら飛び込めなかっただろう。しかし、今は飛び込める。はてさて、この違いは何なのだろうか。
非常に頭が重く、いつも地面に垂らしている。そのせいで誰も生きたカトブレパスの眼を見た事がなく、カトブレパスの眼を見た人間は即死するという噂話まで作られた。
無論実際は嘘であるが、実物はもっと凶悪だった。
カトブレパスの視線が向けられた者は、カトブレパスがその気であれば石化させられるのだ。生きたままじわじわと石に変えられ、そして生きたままでも石は砕ける。外見が死んでいようと、石になる瞬間に生きていれば生きたままに保存されるのだ。石にされた者は、その後砕かれたとしても、生き続けるのだ。
上位の回復魔法使いしか解呪できない呪いである。
約3000年前にドレイニー帝国が建国される際に、カトブレパスが拠り所にしていた泉を埋めてしまった。完全に怒ったカトブレパスは、埋めきられる前に止めさせようと抵抗した。
最初はドレイニー帝国など敵ではなかったカトブレパスだったが、レインレイン、グレイソレア、レイヴェニアと並ぶ帝国四大天才の一人、ドレイニー帝国初代皇帝クレニアが盤面をひっくり返した。
そして、カトブレパスは絶滅した。
絶滅したはずの怪物が目の前にいる。天界の最北端であるこの地で見ることになろうとは。
『私の種族を知っているのか。私自身もよく分かっていないのだがな』
居心地悪そうにジャスレが顔を背ける。そして目を閉じ、溜息を吐いた。
『ところで、そこの娘に止めさせてくれないか? あまり睨まれていてはぞっとしないのでな』
そこの娘といわれて、男達は女達を見る。
シキはいつも通りの半眼だ。睨んでいるとは言いづらい。
アストロもシキと同じように半眼だ。睨んでいるように見えるが、いや、やはり睨んでいる。とりあえず止めさせるためにアシドが目元を隠すように手を被せた。アシドの手を叩き、睨む。アシドに申し訳ないが、視線が逸れたので良しとしよう。
エンドローゼはビビるほどジャスレを睨んでいた。この顔をしているエンドローゼは初めて見た。エンドローゼが睨むのは分かる。ジャスレが唆したせいで、キングクラーケンが冥界を暴れ、地獄行きの死者が増えたのだ。エンドローゼの睨みは誰も止めない。
『あの、止めてくれないか?』
「睨まれて当然のことをしたんだろ。あと、近づき難い」
ジャスレは何か懇願するように頭を擡げ、月を眺める。
『審判を欲するか!!』
何もない空間から声がした。アレン達はびっくりして身を竦め、武器にゆっくりと手を伸ばした。エンドローゼだけは顔を明るくして万歳している。
「ふ、ふ、フォン様だ!」
『フハハハハ』
おそらく喜んでいるのだろう。笑い声から陽気な感じがする。
『いや、私は審判などいらないのだが』
『黙れ!! 貴様は審判を受けねばならない! 私の親友シュルメの国を滅茶苦茶にし、そしてエンドローゼを悲しませた! 審判だ! 審判だ! 審判だ!!』
『いや、我々の間には不戦の条約があるではないか』
『ヴァカメ! そんな条約、とっくのとうに破れているわ!』
『えぇ!?』
ジャスレは驚きのあまり目を剥いた。大きな口もあんぐりと開けて、目を泳がせている。
ところで不戦の条約とは何だろうか。我々ということはもしかしてフォンも魔王なのだろうか。
『私は超絶優しいから一発で許してやろう!例えればこれは自分の子を叱る母親の拳!断じて戦いではない!』
ジャスレにとってフォンの一撃は、それだけで死にかねないものだ。
『自分の子を叱る母親のように手加減をし、愛を持った一撃であれば、受け入れよう』
『え、手加減?』
フォンが狼狽えている。手加減なしの一撃を撃ち込もうとしていたのか。
『て、手加減。て、手加減? 手加減? まぁ、こんな感じでいいかな?』
フォンの声に不安しか抱けない。ジャスレは、今日死ぬのかもしれない。ジャスレは遠い目をしている。もう可哀想としか思えなくなってきた。
『あぁ、私は今日死ぬのかもしれない』
『よし、これでどぉーだっ!!』
天より高くに存在している天界の更に上から、雷のような光の柱が落ちてきた。威力が強すぎて暴風が吹き荒れた。体の軽いエンドローゼが飛ぶかと思ったが、フォンの加護でもあるのか、髪が風に靡くだけだった。他の全員は飛ばされた。普通に飛ばされた。やはり仲間ではなく、トッテム教でなければ守ってもらえないようだ。
『勇者共よ。旅をするのであれば、月だけではなく太陽も知るべきだろう。その崖から落ちるといい。死にはせん。ただ、太陽に近づくだけだ』
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魔王ジャスレを一撃で沈めるとは、フォンはどれほど強いのだろうか。
ジャスレに言われた崖は、崖というよりは端だ。下が雲のせいで何も見えない。コストイラが大岩を落とす。
大岩が雲を突き破り、凄い勢いで落ちていく。下まで落ちた音が聞こえてこない。5分経っても聞こえてこない。
「これ、本当に死なないの?」
「…………ノーコメント」
「行こうか」
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