メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

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16.天界

6.クロエの修行

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「すべてを思い出す修行」

 クロエは山の中の壊れて崩れた寺の中で座禅を組んでいた。
 父が死んだ時の葬式。母が亡くなった時に満開になったサクラ。最近出会った鬼のシロガネ。

 まだ、2週間前・・・・だというのに。

「だーれだ」

 もともと瞑っていた眼の上から手を翳される。この場所を知っているのは一人しかいない。誰とかではない。

「この場を知っておるのは、お主しかおらぬではないか、セレア殿」
「フフッ。食事にしましょ、クロエちゃん」

 セレアの後ろをついて歩くクロエが食事を楽しみにうきうきしている。

「おぉっ!!」

 丸テーブルに並べられた豪勢な食事に涎が垂れてくる。

「ふふ。どうかしら。これは私が世界から集めた料理達ですわ」

 座るクロエの前にクローシュで隠された料理を指さした。そして、自分の前のクローシュを開ける。中から海老を使った料理が晒される。

「私達の前にあるのが、今日のメインディッシュよ!」
「おぉっ! 美味しそうじゃな」

 ワクワクしながら目の前のクローシュに手をかける。その心を投影するかのように素早くクローシュを開ける。
 クロエは目を丸くした。皿の上に乗っていたのは、白髪の老人の頭だった。セレアは丸テーブルに肘をついて、にこやかにクロエを見つめる。

「気に入ってくれたかしら?」

 ガタリと椅子を倒しながら立ち上がる。

「セレア殿っ! これは!?」
「あら? もしかして酷いこととか思ったかしら? でも、おかしいわよね? あっちもこっちも、ぜ~んぶ同じ生き物の料理なのにね♪」
「……」

 クロエから返答が出ない。顔が青ざめ、ただただ料理を見つめる。

「つまりここにあるのは残虐そのものってことよ。これら皿にあるのは死体。生き物が……生きるためには誰かを殺して喰わないといけない。まぁ、ただ殺して食べる動物と違って、人間は切ったり焼いたり、もっと残忍だけどね」

 セレアは鳥のローストから脚をもぎ取り、肉に食らいつく。そして、セレアは絶句しているクロエの肩に手を置いて続ける。

「だから私達は忘れちゃいけない。皿にどんな綺麗に繕っても、今日を生きるために殺した命だと……。いただきます」

 いつの間にか背後に移動していたセレアが、またしてもいつの間にか対面に位置する椅子に座っており、スッと手を合わせた。

「だから好きよ。クリープランドが生んだこの作法、命の感謝」

 そしてセレアは無邪気に笑った。

「どう? 刺激的だったでしょ?」
「はぁー! 凄いなァ、セレア殿は」

 あんぐりと口を開けてクロエは手を叩いた。セレアは悟られないようにクロエを見る。
 どう反応するか、興味本位でこの悪戯を仕掛けてみたけど。この狂乱に怖じ気ず、素直に自分を見つめなおす姿勢。少しだけ、貴方に興味が湧いてきましたわ……。
 目の前のクロエはそんなことを考えられるとは気づかず、料理を頬張っていた。






「くす。ここにいた」

 セレアがクローゼットを開けると、中でクロエが泣きながら蹲っていた。

「仙人の件は残念だったわね。霊魂様の眼には適わなかったようね」

 そう。クロエはセレアの言った通り、仙人に成れないことが確約してしまったのだ。

「それでも余は……。仙人に成れなければ……」

 バシッと強めに手首を掴まれた。

「……仙人。不老不死になりたいのはこれが原因かしら?」

 引っ張られたクロエの手には血が付着していた。セレアがクロエの掌を見つめる。

「これは現代の医学じゃ治せないわね」

 セレアはクロエをお姫様抱っこして、クローゼットから連れ出す。

「仙人はね……。何年もの修行して成るものなの。……でも、貴方にはその時間さえない」

 クロエをベッドに寝かせ、体に布団をかぶせてやる。そして、クロエの片手を両手で握った。

「本当に……残念だわ……」

 セレアはクロエに憐みの目を向ける。

「違うのじゃ」

 セレアは目にハイライトが入り、ここで初めて今日クロエの顔を見た。

「確かに昔はそうじゃった。自分の死期を悟って、余は死ぬのがただ怖くて、仙人という御伽噺に縋るしかなかった。でもそんな時じゃった。彼女に会ったのは」

 クロエの眼が閉じられる。その瞼の裏には先日出会った鬼の少女が映る。
 目を開いて天井を見つめる。

「あやつだけじゃった。仙人に成るという世迷言に誰も相手してくれない中で、手を差し伸べてくれた奴は。聞けばそやつは鬼だったそうじゃ。おかしいじゃろ?」

 クロエはとても明るくしゃべり、セレアを見る。

「余は約束したのだ。お互いに仙人となり、もう一度、一緒に生きようと」

 握られていた両手に、クロエが手をかぶせる。

「余を仙人にしてくれ、セレア殿」

 真剣な顔と声で訴えてくるクロエに、再びハイライトの失われた目から涙が流れていた。

「いいわ」
「セレア殿!」
「もう一度霊魂様にお願いしてみますわ」






 夜。

 クロエはベッドに座り、セレアは椅子に座った状態で見つめ合う。セレアはクロエにお猪口のような小さい器を差し出した。

「これは何じゃ?」
「奇跡の霊薬」

 お猪口を傾け、中の美しい赤が零れ、左手の上に赤がトロトロと流れて美しい球体を形作っていく。

「これを飲めば、不老不死、その新しい命が吹き込まれるわ」

 クロエは静かに涙を流しながら、それを受け取る。

「ここまで霊魂様によくしてもらえたのはお主のおかげだ。本当にありがとう。セレア殿」
「お友達とまた会えると良いわね」

 セレアは微笑みながら赤を呑むのを見守る。

「うむ」

 シロガネ。遅くなって済まぬ。これで余もお主と共に生きてゆける。

 この薬は賢者の石と呼ばれており、その原料は硫化水銀である。帝国歴が生まれるより前に造られた薬であり、これを飲めば不老不死になれると信じられていた。

 しかし、実際はただの毒薬である。

 セレアはただ静かに涙を流した。目の前には大量の血を吐き、布団を赤く染めた少女が綺麗な顔をして横たわっていた。

「ぷ」

 セレアは噴き出した。

「あはははははははははははははっ!! もう駄目ッ!! おかしい! どんだけ! お人好しなのっ!」

 笑い泣いたセレアは札に魔法の呪文を刻み、少女のおでこに張り付ける。呪文が青く光り始め、少女の瞼が開いた。ギョロリと目玉が動き、眼窩から少し飛び出す。

「お約束したとおり、新しい命を吹き込んであげるわ。もう一度会えると良いわね。まぁ、自由に動けたらですけど。さぁ、抗いなさい。その朽ちてゆく脳と体で」






「私は害虫って言葉は人間にこそふさわしい言葉だと思うの。人間は命の星を汚く食い散らかして、後先考えず数を増やしているわ。もしこの星を創った神様が、今の星を、人間を見たらさぞかし鳥肌が立つのでしょうね」







『ヴァ』
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