メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

文字の大きさ
上 下
276 / 407
15.奈落

21.感謝を

しおりを挟む
「あ、あの」

 あのレイドが言葉を詰まらせている。その原因となっている光景は今も目の前で行われている。

 あのエンドローゼが金切り声を上げながらレイドの左腕を治療していた。ちなみに発している声が高すぎて何を言っているのか判別は不可能だ。ただ、怒っているので、レイドは縮こまっている。

「む、む、無茶しないでくださいね!」
「え、あ、えっと」
「ねっ!!」
「はい」

 これから強者と戦おうというのに、左腕を酷使しないはずがない。しかし、先のミノタウロスを凌ぐ気迫に押し切られ、返事をしてしまう。ぷりぷりと怒る最強の冒険者エンドローゼ以外は分かっていた。

 あ、この約束破るな、と。






 闘技場というには似合わない雰囲気が醸し出されていた。両者ともにきっちりと腰を折り、開始の礼をする。

「まず、この対戦が実現したことに感謝を」

 丁寧に礼の言葉まで加えた。

 地のチャンピオン、ドアブルが剣を構え、レイドもそれに合わせて大剣を持ち上げる。構えを見た瞬間、ドアブルが動いた。剣を振るい早期決着を試みるが、レイドは片手で持った大剣で応じる。しかし、両手であるドアブルの方が攻撃の速度が速い。レイドは不利を察すると、一撃一撃により力を込めていく。
 レイドと剣が打ち合うと、ドアブルの腕が弾かれる。ドアブルはそれ以上打ち合うことに恐怖を感じてしまう。ドアブルはそれに従い、レイドから距離を取る。ドアブルは平静を装うために息を吐き、レイドは助かったとばかりに息を吐く。

 正直な話、重い大剣を片手で振り回していて、腕が痺れてきていた。レイドは自身の右腕を見下ろし、大胆な行動に出ることにした。






 ドアブルは異常なほどに調子に乗ったことがある戦士だ。調子になった理由は良くある話だ。勝ち続けたからだ。勝つことで増長し、負けることを恐れた。

 戦いに礼を持ち込んでいるものの、自分が勝つための保険は酷くかけておく。
 勝ちたいからだ。勝ちたいからこそだ。
 今回は何かを仕掛ける前に、対戦相手に異常が起きた。左腕が弾けたのだ。これなら勝てると思った。

 しかし、想像以上の粘りを見せた。一瞬、負けという文字が頭をよぎったが、今は冷静になれている。大丈夫だ。それに支給されている大剣は砕けやすい。ドアブルの持っている特別性とは違う。

 もう一度深呼吸をして、前を向くと、大剣が飛んできた。刺突とか薙ぎとかではない。投擲だ。

 投げた? 武器を? 生命線である武器を? なぜ? なぜだ?

 そんなことを考えたことで反応が遅れた。もう弾くことは出来ない。躱すしかない。

 ドアブルは上半身を横に移動させる。目の前を大剣が通り過ぎる。避けれたことにホッとするが、疑問は解消していない。レイドはなぜ大剣を投げたのか。
 ドアブルがレイドの方を向こうとした時、左頬に衝撃が走った。弾かれるように横に飛ぶ。ドアブルの意識も飛ぶ。浮いた体が地面をバウンドし、その衝撃で手から剣が離れる。もう一度地面にぶつかった際に意識が戻った。
 尋常じゃない痛みが全身を襲う。逃げたい。もう逃げ出したいという気持ちが心を支配していく。

 しかし、目の前の戦士はそれを許さない。そして、自分のプライドも許可しない。

 勝たなければ、今の生活を維持できない。
 ドアブルの瞳はまず剣を探す。自分の武器は今、手を伸ばしたって届かない左前方にある。次いで敵の位置を、と思った時、剣に向けたままの視界内にレイドの足が入った。

 ドアブルが立ち上がろうとする。

 レイドの足元からバクンという音がした。今まで聞いたことがない音に視線が映る。剣が二つに折れていた。ドアブルの剣は剣身から真っ二つに砕け散っていた。その上、間にはレイドの足がある。導ける答えはレイドが剣を砕いたということ。

 そんな超パワーな奴と武器なしでどう戦えばいい。

 ドアブルは焦りながらもファイティングポーズをとった。観客はチャンピオンはまだまだやる気だと盛り上がる。チャンピオンは今すぐにでも逃げ出したかった。しかし、観客がいる中ではプライドが許してくれない。

 そこで、一気に肉薄したレイドがドアブルを殴る。左手で。どこかで少女が驚いたような声を出すが、歓声に飲み込まれた。

 ドアブルの頭はまたしても驚愕に染まる。信じられない。何故怪我をしている方の腕で殴って来たんだ?

 答えに迫り着く前にアッパーがクリティカルヒットする。ドアブルは宙を舞う自分の歯を見つめながら。何かに気付いた。
 そうか。私は打ち負けそうになると、すぐに逃げ出す癖がある。
 いつの間にかどう凌ぐか、どう逃げるかについて考えていた自分に気付いた。この2m越えの身長で、大きな筋肉をつけて、何を恐れているのだ。
 恐れるな。
 前を向け。
 受け入れろ。
 レイドよ。我が挑戦者よ。
 私の弱みに気付かせてくれて感謝しよう。
 感謝し、活かし、語らせてもらう。

 そこからは互いの壊し合いだった。一方が殴ればもう一方も殴る。片方が蹴るともう片方も蹴る。完全無欠のノーガード同士の対決。両者ともに身長2m越え。両者ともに肥大した筋肉を搭載している。迫力がないはずがなかった。

 レイドの腕に巻かれた包帯はすでに真っ赤に染まり切り、それどころか血の飛沫を上げている。包帯の限界を超えたようだ。治療に当たったエンドローゼが泡を吹いて気絶した。アストロは後で絶対殴ると心に誓った。

 終わりは唐突、アストロが誓った直後だった。レイドがドアブルに殴られた瞬間、レイドが動きを止め、力が抜けたようにへたり込んだ。
 ドアブルも観客も、そして覗き見ていたジャスレも呆然としていた。

 今、何が起きた?




「しょ、勝者、ドアブル?」




 戦いはどこか釈然としないまま終了した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...