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15.奈落
21.感謝を
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「あ、あの」
あのレイドが言葉を詰まらせている。その原因となっている光景は今も目の前で行われている。
あのエンドローゼが金切り声を上げながらレイドの左腕を治療していた。ちなみに発している声が高すぎて何を言っているのか判別は不可能だ。ただ、怒っているので、レイドは縮こまっている。
「む、む、無茶しないでくださいね!」
「え、あ、えっと」
「ねっ!!」
「はい」
これから強者と戦おうというのに、左腕を酷使しないはずがない。しかし、先のミノタウロスを凌ぐ気迫に押し切られ、返事をしてしまう。ぷりぷりと怒る最強の冒険者エンドローゼ以外は分かっていた。
あ、この約束破るな、と。
闘技場というには似合わない雰囲気が醸し出されていた。両者ともにきっちりと腰を折り、開始の礼をする。
「まず、この対戦が実現したことに感謝を」
丁寧に礼の言葉まで加えた。
地のチャンピオン、ドアブルが剣を構え、レイドもそれに合わせて大剣を持ち上げる。構えを見た瞬間、ドアブルが動いた。剣を振るい早期決着を試みるが、レイドは片手で持った大剣で応じる。しかし、両手であるドアブルの方が攻撃の速度が速い。レイドは不利を察すると、一撃一撃により力を込めていく。
レイドと剣が打ち合うと、ドアブルの腕が弾かれる。ドアブルはそれ以上打ち合うことに恐怖を感じてしまう。ドアブルはそれに従い、レイドから距離を取る。ドアブルは平静を装うために息を吐き、レイドは助かったとばかりに息を吐く。
正直な話、重い大剣を片手で振り回していて、腕が痺れてきていた。レイドは自身の右腕を見下ろし、大胆な行動に出ることにした。
ドアブルは異常なほどに調子に乗ったことがある戦士だ。調子になった理由は良くある話だ。勝ち続けたからだ。勝つことで増長し、負けることを恐れた。
戦いに礼を持ち込んでいるものの、自分が勝つための保険は酷くかけておく。
勝ちたいからだ。勝ちたいからこそだ。
今回は何かを仕掛ける前に、対戦相手に異常が起きた。左腕が弾けたのだ。これなら勝てると思った。
しかし、想像以上の粘りを見せた。一瞬、負けという文字が頭をよぎったが、今は冷静になれている。大丈夫だ。それに支給されている大剣は砕けやすい。ドアブルの持っている特別性とは違う。
もう一度深呼吸をして、前を向くと、大剣が飛んできた。刺突とか薙ぎとかではない。投擲だ。
投げた? 武器を? 生命線である武器を? なぜ? なぜだ?
そんなことを考えたことで反応が遅れた。もう弾くことは出来ない。躱すしかない。
ドアブルは上半身を横に移動させる。目の前を大剣が通り過ぎる。避けれたことにホッとするが、疑問は解消していない。レイドはなぜ大剣を投げたのか。
ドアブルがレイドの方を向こうとした時、左頬に衝撃が走った。弾かれるように横に飛ぶ。ドアブルの意識も飛ぶ。浮いた体が地面をバウンドし、その衝撃で手から剣が離れる。もう一度地面にぶつかった際に意識が戻った。
尋常じゃない痛みが全身を襲う。逃げたい。もう逃げ出したいという気持ちが心を支配していく。
しかし、目の前の戦士はそれを許さない。そして、自分のプライドも許可しない。
勝たなければ、今の生活を維持できない。
ドアブルの瞳はまず剣を探す。自分の武器は今、手を伸ばしたって届かない左前方にある。次いで敵の位置を、と思った時、剣に向けたままの視界内にレイドの足が入った。
ドアブルが立ち上がろうとする。
レイドの足元からバクンという音がした。今まで聞いたことがない音に視線が映る。剣が二つに折れていた。ドアブルの剣は剣身から真っ二つに砕け散っていた。その上、間にはレイドの足がある。導ける答えはレイドが剣を砕いたということ。
そんな超パワーな奴と武器なしでどう戦えばいい。
ドアブルは焦りながらもファイティングポーズをとった。観客はチャンピオンはまだまだやる気だと盛り上がる。チャンピオンは今すぐにでも逃げ出したかった。しかし、観客がいる中ではプライドが許してくれない。
そこで、一気に肉薄したレイドがドアブルを殴る。左手で。どこかで少女が驚いたような声を出すが、歓声に飲み込まれた。
ドアブルの頭はまたしても驚愕に染まる。信じられない。何故怪我をしている方の腕で殴って来たんだ?
答えに迫り着く前にアッパーがクリティカルヒットする。ドアブルは宙を舞う自分の歯を見つめながら。何かに気付いた。
そうか。私は打ち負けそうになると、すぐに逃げ出す癖がある。
いつの間にかどう凌ぐか、どう逃げるかについて考えていた自分に気付いた。この2m越えの身長で、大きな筋肉をつけて、何を恐れているのだ。
恐れるな。
前を向け。
受け入れろ。
レイドよ。我が挑戦者よ。
私の弱みに気付かせてくれて感謝しよう。
感謝し、活かし、語らせてもらう。
そこからは互いの壊し合いだった。一方が殴ればもう一方も殴る。片方が蹴るともう片方も蹴る。完全無欠のノーガード同士の対決。両者ともに身長2m越え。両者ともに肥大した筋肉を搭載している。迫力がないはずがなかった。
レイドの腕に巻かれた包帯はすでに真っ赤に染まり切り、それどころか血の飛沫を上げている。包帯の限界を超えたようだ。治療に当たったエンドローゼが泡を吹いて気絶した。アストロは後で絶対殴ると心に誓った。
終わりは唐突、アストロが誓った直後だった。レイドがドアブルに殴られた瞬間、レイドが動きを止め、力が抜けたようにへたり込んだ。
ドアブルも観客も、そして覗き見ていたジャスレも呆然としていた。
今、何が起きた?
「しょ、勝者、ドアブル?」
戦いはどこか釈然としないまま終了した。
あのレイドが言葉を詰まらせている。その原因となっている光景は今も目の前で行われている。
あのエンドローゼが金切り声を上げながらレイドの左腕を治療していた。ちなみに発している声が高すぎて何を言っているのか判別は不可能だ。ただ、怒っているので、レイドは縮こまっている。
「む、む、無茶しないでくださいね!」
「え、あ、えっと」
「ねっ!!」
「はい」
これから強者と戦おうというのに、左腕を酷使しないはずがない。しかし、先のミノタウロスを凌ぐ気迫に押し切られ、返事をしてしまう。ぷりぷりと怒る最強の冒険者エンドローゼ以外は分かっていた。
あ、この約束破るな、と。
闘技場というには似合わない雰囲気が醸し出されていた。両者ともにきっちりと腰を折り、開始の礼をする。
「まず、この対戦が実現したことに感謝を」
丁寧に礼の言葉まで加えた。
地のチャンピオン、ドアブルが剣を構え、レイドもそれに合わせて大剣を持ち上げる。構えを見た瞬間、ドアブルが動いた。剣を振るい早期決着を試みるが、レイドは片手で持った大剣で応じる。しかし、両手であるドアブルの方が攻撃の速度が速い。レイドは不利を察すると、一撃一撃により力を込めていく。
レイドと剣が打ち合うと、ドアブルの腕が弾かれる。ドアブルはそれ以上打ち合うことに恐怖を感じてしまう。ドアブルはそれに従い、レイドから距離を取る。ドアブルは平静を装うために息を吐き、レイドは助かったとばかりに息を吐く。
正直な話、重い大剣を片手で振り回していて、腕が痺れてきていた。レイドは自身の右腕を見下ろし、大胆な行動に出ることにした。
ドアブルは異常なほどに調子に乗ったことがある戦士だ。調子になった理由は良くある話だ。勝ち続けたからだ。勝つことで増長し、負けることを恐れた。
戦いに礼を持ち込んでいるものの、自分が勝つための保険は酷くかけておく。
勝ちたいからだ。勝ちたいからこそだ。
今回は何かを仕掛ける前に、対戦相手に異常が起きた。左腕が弾けたのだ。これなら勝てると思った。
しかし、想像以上の粘りを見せた。一瞬、負けという文字が頭をよぎったが、今は冷静になれている。大丈夫だ。それに支給されている大剣は砕けやすい。ドアブルの持っている特別性とは違う。
もう一度深呼吸をして、前を向くと、大剣が飛んできた。刺突とか薙ぎとかではない。投擲だ。
投げた? 武器を? 生命線である武器を? なぜ? なぜだ?
そんなことを考えたことで反応が遅れた。もう弾くことは出来ない。躱すしかない。
ドアブルは上半身を横に移動させる。目の前を大剣が通り過ぎる。避けれたことにホッとするが、疑問は解消していない。レイドはなぜ大剣を投げたのか。
ドアブルがレイドの方を向こうとした時、左頬に衝撃が走った。弾かれるように横に飛ぶ。ドアブルの意識も飛ぶ。浮いた体が地面をバウンドし、その衝撃で手から剣が離れる。もう一度地面にぶつかった際に意識が戻った。
尋常じゃない痛みが全身を襲う。逃げたい。もう逃げ出したいという気持ちが心を支配していく。
しかし、目の前の戦士はそれを許さない。そして、自分のプライドも許可しない。
勝たなければ、今の生活を維持できない。
ドアブルの瞳はまず剣を探す。自分の武器は今、手を伸ばしたって届かない左前方にある。次いで敵の位置を、と思った時、剣に向けたままの視界内にレイドの足が入った。
ドアブルが立ち上がろうとする。
レイドの足元からバクンという音がした。今まで聞いたことがない音に視線が映る。剣が二つに折れていた。ドアブルの剣は剣身から真っ二つに砕け散っていた。その上、間にはレイドの足がある。導ける答えはレイドが剣を砕いたということ。
そんな超パワーな奴と武器なしでどう戦えばいい。
ドアブルは焦りながらもファイティングポーズをとった。観客はチャンピオンはまだまだやる気だと盛り上がる。チャンピオンは今すぐにでも逃げ出したかった。しかし、観客がいる中ではプライドが許してくれない。
そこで、一気に肉薄したレイドがドアブルを殴る。左手で。どこかで少女が驚いたような声を出すが、歓声に飲み込まれた。
ドアブルの頭はまたしても驚愕に染まる。信じられない。何故怪我をしている方の腕で殴って来たんだ?
答えに迫り着く前にアッパーがクリティカルヒットする。ドアブルは宙を舞う自分の歯を見つめながら。何かに気付いた。
そうか。私は打ち負けそうになると、すぐに逃げ出す癖がある。
いつの間にかどう凌ぐか、どう逃げるかについて考えていた自分に気付いた。この2m越えの身長で、大きな筋肉をつけて、何を恐れているのだ。
恐れるな。
前を向け。
受け入れろ。
レイドよ。我が挑戦者よ。
私の弱みに気付かせてくれて感謝しよう。
感謝し、活かし、語らせてもらう。
そこからは互いの壊し合いだった。一方が殴ればもう一方も殴る。片方が蹴るともう片方も蹴る。完全無欠のノーガード同士の対決。両者ともに身長2m越え。両者ともに肥大した筋肉を搭載している。迫力がないはずがなかった。
レイドの腕に巻かれた包帯はすでに真っ赤に染まり切り、それどころか血の飛沫を上げている。包帯の限界を超えたようだ。治療に当たったエンドローゼが泡を吹いて気絶した。アストロは後で絶対殴ると心に誓った。
終わりは唐突、アストロが誓った直後だった。レイドがドアブルに殴られた瞬間、レイドが動きを止め、力が抜けたようにへたり込んだ。
ドアブルも観客も、そして覗き見ていたジャスレも呆然としていた。
今、何が起きた?
「しょ、勝者、ドアブル?」
戦いはどこか釈然としないまま終了した。
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