274 / 407
15.奈落
19.研ぎ澄まされて
しおりを挟む
「頭をぶつけたようだが、大丈夫か?」
「あ?」
靴紐を結んでいたアシドは、上から声がしたため、自然と口が開いたままで返事をし、顔を上げた。
「大丈夫ですけど、アナタは?」
「私は次の対戦相手であるモシェーだ。君に挨拶をしに来たのだ」
「モシェー。そうか、アンタが。でも、勝たせてもらうぜ」
「互いに死力を尽くそう」
モシェーは白い鬚を撫でながらアシドに礼をして、立ち去った。登場口が反対側にあるにもかかわらず挨拶に来るなど、何て律義な奴だろうか。
アシドは立ち上がり、支給品の槍を掴むと、自分の入場口へと向かった。
剣豪モシェー。
その名前は戦いを知らぬ者でも知っているほど有名だ。野球のルールを知らないのに大谷翔平は知っているような感覚で、多くの人が知っている。
”混沌の濁流”カタルナ、”介抱者”ジョンと並び、三大剣豪に数えられる剣豪の一人である。そのため、今天之五閃に一番近いのはその3人だと言われている。
きっと救護室などに運ばれず、アストロ達と同じように観戦していたのなら、コストイラは自分と戦ってほしそうにするだろう。
先程挨拶した時には感じられなかった威圧を感じ取る。フゥと短く息を吐き、腰を落とすアシドに対し、モシェーは直立のまま、刀の柄に手を触れさせている。余裕の表れかと考えたが、すぐに否定する。これがモシェーの構えなのだろう。
先に動いたのはアシド。真正面ではなく斜めから襲撃する。あまりの足の速さに観客は目で追えず、ざわめき出す。しかし、モシェーは動じない。
冷静にアシドの動きを見切り、ロングソードを抜く。完璧なタイミングで合わせられ、アシドの顔が歪む。モシェーはそれを見逃さない。
モシェーは剣を持ち替え、槍を力で押し返す。モシェーの見た目からは思えないほどの力に、さらにアシドは驚く。しかも、モシェーの剣技は鮮やかであり、槍を掴んでいるわけでもないのに槍が操られてしまう。
槍の先端が地面に刺さる。アシドの重心が体の外、前面に出される。アシドの体が前に倒れる。モシェーの振るう剣がアシドの顔を狙う。
「うぐぬぉ!?」
何とか顔を跳ね上げ、剣を躱す。顎を少し掠ってしまい、最近生えてきたばっかりの鬚が舞う。
モシェーの鋭い目がアシドを射抜く。アシドは自分から地面を蹴り、モシェーの横を通り過ぎる。そのまま回転して反転して、老人と相対する。
殺気がだだ漏れだ。殺しが禁止されているとは思えないほどの殺気に、唾が上手く呑み込めない。今手元に支給された槍がない。しかし、取りに行こうとすればその瞬間にやられるだろう。何とか隙を見つけたいが、”死の渇望”モシェーに隙などあるのだろうか。
腰を落とし、いかなる攻撃にも対応できるようにする。両者の時間が延びる。感覚が研ぎ澄まされ、動きがゆっくりに見え、音は遠のき、二人だけの時間になる。
両者が同じ技を放つ。しかし、その精錬度はモシェーに軍配が上がる。
その美しい一閃に観客は感嘆の息を吐く。アシドの体はくの字に折れ、地面にワンバウンドすると、壁にぶつかった。
強い。これが達人の領域。
驚愕に身を震わせ、アシドが立ちあがる。
「ったく。どうやったらあそこまで精錬されるんだ?」
ただ何となく言っただけの疑問に、モシェーが律義に答える。
「感覚を研ぎ澄ますのに必要なものは何だと思う?」
アシドは少し考える。この対話は単なる時間稼ぎではなく、アシドがモシェーに勝て、コストイラを超えるのに必要なものを得られる気がした。だからこそまじめに考える。
「極限の集中力かな」
「では、それを得るためには何は必要だと思うね」
「極限の集中力を得るために必要なもの」
「それはな」
そこでモシェーはロングソードを回し、持ち方を変えた。あれはおそらく刺突するための構え。それを対処するためアシドも構えを変えようと動いた時、立派な白鬚の老人は答えを言った。
「臨死と生への渇望だよ」
刺突に左肩を抉られながら、アシドは理解した。そうか、だからこそ戦場に身を置き、戦い続けているからこそ、コストイラは強いのだ、と。モシェーは死を渇望しているのではなく、走馬灯が見えてしまうほどに近くへと迫った臨死体験を望んでいるのだ。モシェーが渇望しているのは死ではなく、生だ。
アシドは左肩に模造の剣を当てられたまま、壁に背中を強打する。血や胃の中身が出てくるわけではないが、痛みを吐き出そうと口を開ける。
モシェーの左手が拳を作るのが見えた。アシドは闘技場の壁を蹴り、勢いをつけると、モシェーの拳が来る前に老人の側頭部を蹴る。
老人の体が揺るがない。青年の左肩を押さえつけているロングソードも動かない。老人の拳は生きたまま、青年の顔面へと辿り着く。青年の鼻頭が折れ、頬骨が砕かれ、前歯が落ちた。拳がどくと、口から、鼻から血が漏れた。
あぁ、そうか。オレはまだまだ強くなれるってことか。
「勝者、モシェー!」
「あ?」
靴紐を結んでいたアシドは、上から声がしたため、自然と口が開いたままで返事をし、顔を上げた。
「大丈夫ですけど、アナタは?」
「私は次の対戦相手であるモシェーだ。君に挨拶をしに来たのだ」
「モシェー。そうか、アンタが。でも、勝たせてもらうぜ」
「互いに死力を尽くそう」
モシェーは白い鬚を撫でながらアシドに礼をして、立ち去った。登場口が反対側にあるにもかかわらず挨拶に来るなど、何て律義な奴だろうか。
アシドは立ち上がり、支給品の槍を掴むと、自分の入場口へと向かった。
剣豪モシェー。
その名前は戦いを知らぬ者でも知っているほど有名だ。野球のルールを知らないのに大谷翔平は知っているような感覚で、多くの人が知っている。
”混沌の濁流”カタルナ、”介抱者”ジョンと並び、三大剣豪に数えられる剣豪の一人である。そのため、今天之五閃に一番近いのはその3人だと言われている。
きっと救護室などに運ばれず、アストロ達と同じように観戦していたのなら、コストイラは自分と戦ってほしそうにするだろう。
先程挨拶した時には感じられなかった威圧を感じ取る。フゥと短く息を吐き、腰を落とすアシドに対し、モシェーは直立のまま、刀の柄に手を触れさせている。余裕の表れかと考えたが、すぐに否定する。これがモシェーの構えなのだろう。
先に動いたのはアシド。真正面ではなく斜めから襲撃する。あまりの足の速さに観客は目で追えず、ざわめき出す。しかし、モシェーは動じない。
冷静にアシドの動きを見切り、ロングソードを抜く。完璧なタイミングで合わせられ、アシドの顔が歪む。モシェーはそれを見逃さない。
モシェーは剣を持ち替え、槍を力で押し返す。モシェーの見た目からは思えないほどの力に、さらにアシドは驚く。しかも、モシェーの剣技は鮮やかであり、槍を掴んでいるわけでもないのに槍が操られてしまう。
槍の先端が地面に刺さる。アシドの重心が体の外、前面に出される。アシドの体が前に倒れる。モシェーの振るう剣がアシドの顔を狙う。
「うぐぬぉ!?」
何とか顔を跳ね上げ、剣を躱す。顎を少し掠ってしまい、最近生えてきたばっかりの鬚が舞う。
モシェーの鋭い目がアシドを射抜く。アシドは自分から地面を蹴り、モシェーの横を通り過ぎる。そのまま回転して反転して、老人と相対する。
殺気がだだ漏れだ。殺しが禁止されているとは思えないほどの殺気に、唾が上手く呑み込めない。今手元に支給された槍がない。しかし、取りに行こうとすればその瞬間にやられるだろう。何とか隙を見つけたいが、”死の渇望”モシェーに隙などあるのだろうか。
腰を落とし、いかなる攻撃にも対応できるようにする。両者の時間が延びる。感覚が研ぎ澄まされ、動きがゆっくりに見え、音は遠のき、二人だけの時間になる。
両者が同じ技を放つ。しかし、その精錬度はモシェーに軍配が上がる。
その美しい一閃に観客は感嘆の息を吐く。アシドの体はくの字に折れ、地面にワンバウンドすると、壁にぶつかった。
強い。これが達人の領域。
驚愕に身を震わせ、アシドが立ちあがる。
「ったく。どうやったらあそこまで精錬されるんだ?」
ただ何となく言っただけの疑問に、モシェーが律義に答える。
「感覚を研ぎ澄ますのに必要なものは何だと思う?」
アシドは少し考える。この対話は単なる時間稼ぎではなく、アシドがモシェーに勝て、コストイラを超えるのに必要なものを得られる気がした。だからこそまじめに考える。
「極限の集中力かな」
「では、それを得るためには何は必要だと思うね」
「極限の集中力を得るために必要なもの」
「それはな」
そこでモシェーはロングソードを回し、持ち方を変えた。あれはおそらく刺突するための構え。それを対処するためアシドも構えを変えようと動いた時、立派な白鬚の老人は答えを言った。
「臨死と生への渇望だよ」
刺突に左肩を抉られながら、アシドは理解した。そうか、だからこそ戦場に身を置き、戦い続けているからこそ、コストイラは強いのだ、と。モシェーは死を渇望しているのではなく、走馬灯が見えてしまうほどに近くへと迫った臨死体験を望んでいるのだ。モシェーが渇望しているのは死ではなく、生だ。
アシドは左肩に模造の剣を当てられたまま、壁に背中を強打する。血や胃の中身が出てくるわけではないが、痛みを吐き出そうと口を開ける。
モシェーの左手が拳を作るのが見えた。アシドは闘技場の壁を蹴り、勢いをつけると、モシェーの拳が来る前に老人の側頭部を蹴る。
老人の体が揺るがない。青年の左肩を押さえつけているロングソードも動かない。老人の拳は生きたまま、青年の顔面へと辿り着く。青年の鼻頭が折れ、頬骨が砕かれ、前歯が落ちた。拳がどくと、口から、鼻から血が漏れた。
あぁ、そうか。オレはまだまだ強くなれるってことか。
「勝者、モシェー!」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる