メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

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14.冥界

14.西方に陽は落ちて

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 親指から順に指を閉じて拳をつくる。今度は反対に小指から順に開いていく。2,3度繰り返し、アシドはうんと頷いた。

「大丈夫か、アシド」

 手の開閉を繰り返していたアシドの後ろから、出発の準備を終えたコストイラが話しかける。

「大丈夫ではねェな。左手に痺れが残っていやがる。右は大丈夫なんだがな。まァ、アレンと一緒だな」
「そうか。まァ、出発だ、行くぜ」

 アシドは立ち上がり、去ろうとするコストイラの背を追った。

「そろそろ目的地の奈落への入り口が見えてくる頃だ。後2日もあれば辿り着けるだろう」

 ホキトタシタの言葉により一層の緊張感が走る。今まで経験してきた旅はほぼ毎回のように最後に特大の試練が存在していた。今回も存在しているような気がしてならない。

 西方に進むにつれ、大渦は引いていた。ところどころ湖として跡が存在していた。しかし、大渦がなくなったからといって安心できない。

「全部から魔物が出てくる気しかしねェ」

 コストイラはすべてに疑心暗鬼になっていた。ホキトタシタはコストイラの方を見ず、鼻から息を吐く。

「安心しろ。魔物は少ししかいないぞ」
「少し入るんだな」

 コストイラは悪態を吐きながら、刀の柄に触れる。湖から魔物が飛び出してくる。上半身は人間、下半身は烏賊のような吸盤の付いた触手となっている。この魔物はアレン達でも知っている。クラーケンだ。そのクラーケンが複数体出てくる。クラーケンは手に斧槍ハルバードや銛など様々な武器があった。
 ホキトタシタ、コストイラ、シキが咄嗟に反応し、切り捨てる。アシドとぺデストリは武器を受け止め、返しの一撃で堕とす。

「やはりクラーケンでしたか」

 アンデッキが口を滑らせた。やはり、と。水棲の魔物はクラーケン以外にもいる。冥界ではクラーケンしかいないならまだしも、すでにやはりに行くことは出来まい。

「やはりってのはどういうことだ?」
「ウェ!? そ、そ、それは」

 コストイラに睨まれ、アンデッキはたじろぎ、助けを求めるようにホキトタシタの方を見るが、隊長は鼻で笑った。

「自分で蒔いた種は自分で何とかしろよ」

 アンデッキはがっくりと肩を落とす。まぁ、と続けるホキトタシタはもう一度顔を明るくする。

「アンデッキには分からないこともある。仕方ないから私が話そう。冥界は今、課題を抱えていると話したことがあるだろう」

 ホキトタシタはコストイラの怒りを鎮めようと優しい声音を出す。

「あぁ、水没だっけか」
「そう。でも実はもう一つあるんだ。それがさっきのクラーケンに対するやはり、に繋がるんだ」
「何だよ。その課題ってのは」

 コストイラの問いに分かりやすく頭を抱える。

「キングクラーケンだよ」






 キングクラーケン。

 水棲の魔物の中でもトップクラスの大きさを誇る、烏賊型の魔物。体高は20mあり、上8割がサザエのような殻で覆われており、中途半端な攻撃などすべて弾かれてしまうだろう。残り2割のところは足だ。ところどころに目や口もあるが、2割が足といっていいほどの存在感がある。足は10本あり、1本1本が10mを超えている。脚を伸ばしたならば体長は30mととても高く、通常の攻撃はほぼ頂点まで届かない。
 ガレットの書によるとこの巨大な烏賊の足は不味いらしい。焼く煮る燻す何をしても糞尿のような臭いが口いっぱいに広がり、その日一日はモノの味、臭いが分からなくなったそうだ。食感はグニャグニャと異常に弾力があり、噛み千切れない。噛み切ったら切ったで不味い汁が滲み出てくる。

「食べたら美味しそうな見た目してんのにな」

 ホキトタシタが呆れたような声を出す。冥界やバンツウォレイン王国には烏賊の足を焼いて塩をかけただけのイカ焼きというメニューが存在している。確かにあれを想像すると美味しそうに見えてくる。

「周りにいんのは誰だ」
「1割自衛隊、9割幽霊だな」
「また手柄の横取りをしようとしてんのかよ」

 少し高めの丘からキングクラーケンを取り囲む幽霊達を見ながら、コストイラは首を折る。聞くべきかどうか迷っているエンドローゼの代わりにアストロが口を開く。

「ところで聞きたいんだけど」
「どうした?」
「幽霊って死ぬの?」

 幽霊とは死者だ。一度死んでいる者はもう一度死ぬことがあるのだろうか。

「死ぬぞ」

 ホキトタシタはあっさりと答えた。

「幽霊が死ぬのは何よりも重い罪だ。生前がどんなに善人だったとしても、善人悪人関係なく等しく重い罪だ。幽霊の状態で死ぬというのは命を大切のしていない証拠として、裁判もなく一発アウト。即刻地獄行きだ」
「じゃあ、今潰されたのは」
「地獄行きだな」

 ホキトタシタの言葉を聞いて、エンドローゼはギリと音が成る程噛み締める。それを見て、ホキトタシタは剣の柄を握りなおす。

「お嬢ちゃんがお怒りだ。行くぜ、お前ら」
「おう」

 ホキトタシタ達は丘を駆け下りた。






 西方に日が落ちるのを、目を眇めさせて眺めながら歩いていたグレイソレアは急に立ち止まった。思えば遠くまで来たもんだ。不眠不休で歩き続け、遂にはアアップ村まで来てしまった。

『どうしましょう。そろそろ帰りましょうか』

 独り言をポツリと溢し、可愛らしく小首をかしげる。そこでふといい匂いが鼻腔をくすぐった。

『あら、美味しそうないい匂い。何でしょう』

 目を閉じたままスンスンと小さな鼻を鳴らす。

『サクサクしていそうな生地の匂い。後は……これはリンゴですかね。お砂糖もありますかね』
「ぅ分かるのかっ! そこの君っ!?」

 やたらと元気のある声が聞こえてきた。肩甲骨当たりまである黄色い髪をアップで纏めた、半袖短パンの女。身長は150㎝台か。グレイソレアよりも10㎝は高い。

「これはね、アップルパイっていうんだよ! 神の粥や知恵の実なんか見劣りしない、神の作りし物を超える物! それがこれ! 聞いたことない?」

『アップルパイですか。聞いたことはありますが、口にしたことはおろか見たこともありません』
「それは人生を損している!」
『そうなのですか?』

 グレイソレアの前に美味しそうな匂いを放ち続けるアップルパイなるものを差し出される。少しはしたないが、自然と腹が鳴ってしまった。

「食べてみなよ」
『いいのですか?』
「もちのろんだよ」

 グレイソレアは華麗に女のボケをスルーし続け、アップルパイを受け取ると小さな口で思い切りかぶりつく。さくりと歯当たりの良い生地を抜け、歯がリンゴに辿り着く。シャキシャキ感の僅かに残るリンゴは適度に酸味があり、周りをコーティングしている砂糖の混じった蜜の甘さとの相性は抜群だ。
 サクサクと半分ほど頬張り、リスのように頬を膨らませながら口元を上品に片手で隠す。美味しい。目の前の少女がここまでオススメしてくる理由が分かる気がする。私は確かに人生の半分を損していた。

『美味しいですね! 想像以上です!』
「でしょ!? 今日ってどこか泊るところ決まってる? まだだったら家来なよ」

 口をむぐむぐと動かしながら思案する。美味しい。ここまで不眠不休で歩いてきたが。美味しい。帰ろうかどうかを悩んでいたのだ。美味しい。泊まる場所なんて用意していなかった。美味しい。この少女からは善意しか感じない。美味しい。ここはお言葉に甘えておこう。美味しい。

 口の中のものを喉へと流す。

 女は何か虫が飛んでいるかのように手を振っている。グレイソレアは申し訳なく思いながら、可愛らしく子供のように小首を傾げてみせる。

『いいんですか?』
「大丈夫だよ~。事後承諾でもなんとかなるって」

 グレイソレアは泊まるべきかどうかもう一度考えた方がいい気がしてきた。

 アップルパイの少女はカレトワと名乗った。道中、することがないので会話をしていた時に知った情報だ。グレイソレアは魔王インサーニアの名が浮かんでいた。彼の者が抱えていた軍幹部の中に、カレトワの名があったような気がしていた。ここでそれを聞くと、じゃあお前は何者だとなりそうなので止めておく。
 そうこうしているうちに目的地に辿り着いた。木を基調とした家だ。元々木の家に住んでいたグレイソレアにとって親しみのあるものである。

「ただいま~」
「カレトワか、おかえり。ところでその後ろの少女は」
「めっかわじゃない?」
「オレにも分かる言葉で頼む」

 扉を開けると整えられた赤い髪に赤褐色の肌をした男が、数種の山菜を入れた籠を側に置いた状態で立っていた。ちなみにグレイソレアにもめっかわが何かは分からない。

「この子泊めたいんだけどいいでしょ」
「どこの誰だが分かってんのか?」
「分からん」
「大丈夫なのかよ」
『私は構いませんよ。一人で帰れますので心配はご不要です』
「ほら本人もこう言ってんだし」
「……責任持てよ」

 最後には呆れたように溜息を残し立ち去った。グレイソレアはカレトワに気付かれないように右目を薄く開け、見送った。

「さて、許可が取れたから家の中を好きに歩いていいよ」

 カレトワは言うが早いが立ち去ってしまった。ぽつねんと残された少女はまさか客人を一人にするなんてと少し呆然としたが、お言葉に甘えて探索することにした。

 慣れ親しんだ木の温かみは落ち着きを与えてくれる。ここに来るまでの間は石や土の建築物が多く、気が滅入っていたのだ。しかし、確か知識が正しければ、この地域は石造り建築が多かったはずだ。
 廊下を歩いていると、ふと中庭に目がいった。若い男女が井戸を挟んで何か白熱した話をしている。男が何かを説明していると、女は自身の手元を見つめ、力んでいる。魔力の流れが少し悪いな。教えてあげたいが、もう少し自力で試行錯誤した方がいいだろう。

 その光景は微笑ましく、頬を綻ばせてしまう。

「何をされているのですか」
『いえ、どこか微笑ましい光景でしたので眺めてたのです』
「そうですか」

 男も同じように井戸の方を眺める。

『あの女性、頑張っていらっしゃっていますね。ところで私の名前はグレイソレアと言います。先ほどは名乗れず申し訳ありません』
「こちらこそ申し訳ありません。私はコウガイです。まぁ、おそらく知っていたのではないですか? ところで、頑張っている女性は私の妹です。まだ上手くいってないようですが」

 コウガイも魔王インサーニアの軍幹部だ。というか、これバレてないか? 名前は知ってるけど顔は知らないですよ。買いかぶりすぎですよ、コウガイ君。でも、これはあれですね。あえて言っていませんね。後で何か贈り物でもしてその時に正体がばれて、という展開は好きなので乗っておこう。

 ……少しだけ、確認しておくか。

『なぜ敬語なんですか? 私はこんなにもちんちくりんな子供ですよ』
「なぜ、ですか」
『カレトワさんとはタメ口なのに、私とは敬語ではないですか』
「言ってもよろしいのですか?」

 これはやっぱり気付いていますね。

『ぼかしてくだされば』
「……原初」

 相手の筋肉が強張るのを感じながら、朗らかな笑みを浮かべ、首肯する。

『その通りです。フフッ、正解です。よくお分かりになりましたね』
「その練り上げられた、騙すような闘気は常人じゃできません。本能が格上であると訴えてくるのです」
『そう身構えないでください。お約束いたしましょう。貴方方とは敵対いたしません』

 まだ筋肉が緊張している。

『私がいると気が休まらないのならば、私は少し散歩することにしましょう』
「え」
『お夕飯までには帰りますので』

 グレイソレアはその場を立ち去ると、アアップ村を見て回ることにした。

「アンタ、何でここにいんだ。何をしている」

 声がした。懐かしい声である。

『15年ぶりくらいですかね、グリードさん』
「お久しぶりだな、原初グレイソレア」

 振り向くと赤髪の青年がおり、その隣には驚くほど殺気を放つくすんだ金髪の女性がいた。話しかけられる前から殺気を感じ取っていたので気付いていたが、改めて正面から受けると怯んでしまいそうになる。本気で殺し合った仲だから当然なのだが、不意打ちしてこないだけ、彼女は彼の言うことを聞いているということなのだろう。

「オレ達はもう勇者じゃなくなっているけど、近くで異変があったら駆け付けるさ」
『未だに正義を語っているのですか?』
「止めてくれよ、掘り起こさないでくれ。思い出したくないんだ」

 グリードは照れながら手を振って、話を終了させる。ナギはその間、凄く怖い表情で睨んでくる。視線で人を殺せるのなら、余裕で100人は殺せるだろう。

『最初の質問にお答えしましょう。なぜここにいるのかと問われれば、散歩をしていたところ偶々ここに来たという答えになります』
「ふざけるなよ!」


 ここでようやくナギが参戦してきた。鬼気迫る形相をするナギにさしものグレイソレアも笑みを消す。

「アンタは災害なのよ。歩く厄災が散歩する意味がどういうことか分かってんの!?技の一つで地形を変えるどころか山を地図から消せるほどの威力があんのに、何平然と出歩いているのよ!」

 呆気に取られたグレイソレアだったが、すぐに笑みが戻る。

『そうですね。私はもう帰ろうと思っていたのですが、私のことを知らない方が泊まるよう提案してくださっていて、断ることができませんでした。明日にはここを去りましょう』
「信じられると思う?」
『信じてもらえていなかったとしても、私は帰りますよ』

 ナギがいくら鋭く睨みつけようと、グレイソレアはにこにこと笑ったまま、ペースを崩そうとはしない。

「分かった。信じよう」
「グリード!?」
「この世は信用で成り立っている。裏切らないでくださいよ」
『えぇ、私も元は人間ですから』

 グリードとナギは陽が落ちる西方に向かって歩く。グレイソレアは月が昇る東方に向かう。両者は一度も振り返ることはなかった。
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