メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

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14.冥界

12.大渦は続くよどこまでも

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 水は時として危ないものである。湖のように存在している水は恐いものではないが、速度がつくと恐怖のものに変わる。
 10mの高さから落ちれば水は硬く感じ、内臓が破裂してしまう。前から高圧力の水が来れば、切られてしまう。骨だって折れてしまうだろう。

 アシドは全身に力を入れて耐えていた。腕はすでに引きちぎれそうだ。もう内出血だって起こしている。邪魔になりそうなオールはもう手放している。

 ダパンとレイクミミックが水面から飛び出す。このまま叩きつけられると今度こそ体が弾けてしまうかもしれない。
 アシドはレイクミミックの体に両足を付け、槍を引き抜くとともに離脱した。近くにあった陸に着地し、ゴロゴロと転がる。そして、飛んできた水の弾を槍で弾く。
 激痛が走り、右手を見ると肘が紫色に変色していた。曲げるのすらつらい。厳しい状況のはずなのに笑みが溢れた。これはよくコストイラが置かれる状況だ。今のアシドはコストイラに似ている。ここでレイクミミックを倒せばコストイラを超えられることに繋がるのではないだろうか。

 痛む腕に力を入れ、レイクミミックと対峙する。超えさせてもらおう。

『バァアアアアアアア!!』
「よっしゃあああああああ!!」

 戦いが始まった。






 アンデッキは体力の低下と疲れから、着地と同時に、膝が崩れた。それを見て、ホキトタシタは休憩を入れる。

「だいぶ来た気もするが、アシドはどこまで行ったんだ」

 コストイラが手で庇をつくり先を見るが、いくら目を細めても何も見えない。アレンやホキトタシタを見るが2人とも首を振る。アレンは見えなかったが、ホキトタシタはまだ遠いという意味で首を振っている。

「お、お、オー、オールです」

 エンドローゼが指さす先にはアシドの持っていたオールがあった。

「くそっ! アイツどこまで流されやがった」

 コストイラは苛立ちを隠そうともせず、大きめの舌打ちをする。

「さっさとアイツ見つけんぞ」
「えぇ、そうね」

 全員が立ち上がり準備をする中、ホキトタシタだけはボーッとしていた。

「おい、ホキトタシタ。どうした」

 反応が返ってこない。

「ホキトタシタ?」
「あぁ、すまない」

 ホキトタシタは剣を佩く。まさか、西方にまで水の浸透を許していたとは。

『バァアアアアアアア!!』
「よっしゃあああああああ!!」

 遠くから声が聞こえた。

「魔物の声とアシドの声だ」
「あっちの方だ!!」

 コストイラ達は急行する。間に合わないという事態を避けるために。






 水に入らないアシドと水から上がらないレイクミミックは距離を取ったままで攻防を繰り返していた。攻防と表したが、アシドにとって防戦一方だった。
 右手に力がもう入ってくれない。右肘を切ったら勢いよく血が噴き出すだろう。槍を落としそうになるが、落としたら終わりだ。拾える気がしない。そのまま殺される。

 気合のみで水弾を弾く。激痛で涙が出そうになる。普段両手で振るうものを片手で振れればいいのだが、アシドが片手で振れるのは右手だけだ。左手は未だ開発中だ。
 右手を酷使する。持久戦に持ち込まれたら負けるのはこちらだ。痛みに耐えながら近づいて行く。

『バァアア!!』

 水が鞭のように動く。アシドは一瞬で判断する。これは弾けない。

 アシドはまだ動く足を利用し、どんどん回転させ躱していく。右に左に上に下に避けていく。陸の端に来た時、そのまま跳躍せず、横に転換する。そしてズレた位置からレイクミミックに向かって跳ぶ。レイクミミックの左目に槍を刺し、へばりつく。
 レイクミミックが何か対処する前に早々に離脱する。しかし、レイクミミックの津波がぶつけられる。踏ん張ることができず、アシドは小島から落ち、水に沈む。口からゴボリと空気を吐きながら水面を目指す。

 水中はレイクミミックの方が速い。水面を求め伸ばす腕は、レイクミミックによって阻まれる。左手に噛みつかれ、小さく泡を吐きながら抵抗する。しかし、泳ぐ速度が速く、肘が逆に曲がりそうになる。
 何とか槍を振るい、レイクミミックの右目にも槍の一撃を食らわせてやろうとするが、届かず眼の下の涙袋の位置に刺さる。レイクミミックは痛みに口を開けた瞬間、左手を抜き取り、魔物の肌を蹴り一気に水面を割る。
 レイクミミックからの追撃が来る前に小島に上がり、両手をつく。両手に激痛が走り額を地面にぶつけてしまう。

「痛ェ。痛ェよォ」

 皆の前では決して吐かない弱い部分を曝け出す。声は湿っぽく、目元には涙が浮かんでいた。コストイラはこんなものに耐えて戦っていたのか。

「ハッ」

 食い縛っていた歯が緩み、感嘆の声が漏れた。これからはコストイラに優しく接してやれるかもしれない。今はそれよりもこの場を生き残るほうが大切だが、生き残れるビジョンは見えていない。自嘲気味に笑い、レイクミミックを睨む。

「何弱気になってんだよ。そう簡単に死んでたまるかよ。オレは生き残ってアストロと結婚すんだよ」

 折れかかっている左腕と紫に変色している右腕に力を入れ、槍先端を地面に突き刺し、オーラを放つ。輝きを放つ金の眼を閉じ、息を吐くと水に向かって走る。水面に踵が触れ、波紋が広がる。足が沈む前に次の足を踏み出す。アシドは水面を走った。

『バァアア!!』

 水が押し寄せてくる。ふざけろと悪態を吐きながら、まだ動く足を最大限に動かし、掻い潜っていく。身を近づけていき、すでに傷のある左目を狙い槍を振るうが、宝箱の付いた触手が動きアシドの体を叩いた。

 骨の折れる音がした。口からも傷からも血が噴き出る。血の尾を引きながら小島に激突した。自分の体で作り出した土の山に背を凭れさせ、項垂れる。
 動かない的に水弾を撃ち込んでくる。アシドは痛みを噛み殺しながらなんとか躱す。着いた左手に体重がかかり遂に折れてしまった。肘の窪みからは尖った骨が露出してしまっていた。興奮しすぎて痛みを感じない。
 しかし、先は短い。決着を急ぐように全力疾走を始める。アシドの走った後は陸の上にも関わらず、水飛沫が舞っている。そして水面を走る。

 再び宝箱の付いた触手がうねり、アシドの体を狙う。今度は水面を踏み切り、触手の上を取る。そのまま空中で体勢を整え、触手の付け根に槍を刺し、着地する。
 足元がぐちゃりと動く。落とされまいと触手を掴むが、痛みに気付き顔が歪む。そしてレイクミミックはアシドを連れて水に潜っていく。ここで手を離したら水から出る前に死ぬ。ここじゃ駄目だ。もう少し待たなければ、だというのにもう意識が消えかけている。正常な判断ができる余裕が残されていない。

 左手から力が失われていき、遂には触手から離れてしまった。アシドが水中に取り残される。駄目だ。水中じゃレイクミミックには敵わない。
 目の前にはレイクミミックの巨大な口が迫ってくる。アシドは水を蹴って無理矢理口の中に入っていく。閉じていく歯をすり抜けて口内への侵入を果たす。水に流されて飲み込まれないように、天井に槍を刺して耐える。

 水のなくなった口内でぶら下がりながら肩で息をする。興奮が冷めてきて痛みがぶり返してきた。

「骨も見えて、色も変わったままで、これ治んのかなァ。てか、エンドローゼに怒られそう」

 現実逃避をしながら今後のことを考える。そこでふと気付いた。オレはまだエンドローゼと会えると思っているのか。
 その時、湿りぬめった感触がアシドの体を叩いた。舌だ。レイクミミックが異物を取り除こうと舌を動かし始めたのだ。
 圧倒的質量をぶつけられ、アシドは歯を食い縛り耐えようとするが、先に槍が抜け、アシドは喉奥に消えた。







 誰かの泣き声が聞こえた。シクシクと静かに泣く声は篭って聞こえている。男の子が泣いている空間は狭く、そして濡れていた。

 饐えた臭いがしてくるが、泣く男の子は鼻水によって臭いが分かっていない。周りは溶けている途中の動植物が散見され、男の子がいる場所が胃の中であることが分かった。男の子は何かに食べられたのだ。中で何かすることができず、ただ泣くだけしかできていない。

 暗く狭い空間は、男の子にさらなる恐怖を与えてくる。もしかして、父さんは助けてくれないのだろうか。もしかして、もう助からないのだろうか。もしかしたら、オレもこの牛みたいに溶けて死んでしまうのだろうか。もしかして、もしかして。
 もしかしてが募るごとに膝を抱く。爛れ始めた腕に力が入る。ズズンと空間が揺れた。胃液を浴び、胃酸を掛けられ、男の子は必死に体をより丸めた。揺れて揺れて揺れ動いて、とうとう揺れが止まった。次にこの空間には光が差した。

 眩しそうに細まる視界に映る外の世界は、青い空と2人の人物だった。2人は赤い髪と紫の髪で。

「アシド!」

 回復しきっていない聴覚がはっきりと自分の名前を捉える。

「しっかりしなさい! アシド!」

 紫の髪の者の声も聞こえた。
 だんだん意識が鮮明になっていく。どうやらレイクミミックに飲みこまれたことで、昔の記憶と混濁していたらしい。アシドはあの時と同じ言葉を返した。

「遅ェよ。馬鹿」
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