メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

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14.冥界

10.準備はちゃくちゃくと進む

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 薄暗く黴臭い、埃っぽい部屋の中で1人の男が頭を抱えていた。彼は材料工学の博士をしている。彼の仕事は既存の魔道具に使われている材料を別のモノに置き換えた時に、今までよりも高い値を目指すという研究だ。
 現在は、完全に詰まっていた。用意していた材料が尽きてなお、すべてが既存のモノの値を下回っていた。

「どうすればいい。これが最適なのか?」

 男は徹夜した体に鞭を打ち、よろよろと立ち上がる。日の光でキラキラを光る埃を掻き分け、窓を開ける。換気をするために開けたが、空気が美味しい。こんな悪環境で研究していたのか。

「すみません、ホイットニーさん。お荷物が届いております」
「あ、はい」

 ドアがノックされ、司書の声がした。何か頼んでないので誰かが送ってきたのだろう。

 ドアを開けると荷物が置いてあった。司書さんはいつもドア前に置いて行くのでいつものことだが、ドアに当たる位置に置くのは珍しい。そういえば今日の司書さんは男の人だった。今までは男の司書が2人しかいなかったが、新しく雇ったのだろうか。
 パタリと扉を閉じ、比較的物の置いていない机に荷物を置き、刃物を探す。ナイフを持ったまま椅子に座り、荷物を眺める。送り主の名がなければ荷物の内容も書いていない。ただの木箱だ。

 ホイットニーは木箱を開ける。何か引っかかりがあったが、気にせずに紐を切り、蓋を取った。ピンと何か糸が切れた感触とともに箱が熱を持ち出す。

「ん?」

 声が漏れた。その直後、声を掻き消すほどの轟音が轟いた。木箱が大爆発を起こし、研究所を滅茶苦茶にした。威力はそこまで高くなかったため、研究所自体を吹き飛ばすことはなかったが、男の体を吹き飛ばすには十分だった。

「ぐ、あ」

 ホイットニーは左腕を押さえながら悶える。左手は完全に欠損しており、傷口は内部を確認できないほど、ぐちゃぐちゃになっている。顔や体には爆発によって破壊された木箱の破片が刺さっていた。

 ドタドタと騒ぎを聞きつけた、他の材料工学の博士が部屋に踏み込んでくる。

「な、大丈夫か!? ホイットニー君!?」
「医務官だ。医務官を連れてこい!」

 慌てた指示が飛び交う。その中で一人の若い研究員が木箱だったものを見つけ、素手で触れようとする。それを見たホイットニーは血相を変えた。

「触れるな!」
「え?」
「それが、」
「ホイットニーさん、安静にしていなくては駄目ですよ」
「分かってる。ただこれだけは伝えさせてくれ」

 怒られた研究員はビクリと体を震わせて、動きを止める。傷口が広がるかもしれないのに動こうとするホイットニーを寝かせようとする女性研究員をどかし、ホイットニーは木箱だったものに指を向ける。

「それが爆発したのだ」




 明るく消毒液の匂いに満ちた、白っぽい部屋の中で1人の男が目を覚ました。あまり見覚えのない部屋だ。ホイットニーは顔だけを動かし、部屋の中を眺める。
 白一色の部屋にはあまり物が置かれておらず、今自分が寝ているベッド、小さな棚が2つ、簡易的な椅子が3つしかない。

「病院か」

 久し振りに出したであろう声は枯れており、単語を口に出すだけで咳き込んでしまった。口を押さえようと咄嗟に左手を出すが、感触がない。というか感覚がない。

 そこで記憶が蘇ってくる。そうか、左手が爆発したんだった。

「おぉ、ホイットニー君。目を覚ましたんだね」

 スライド式のドアが開き、もふもふとした鬚にもふもふとした髪、頭頂部だけ頭皮を晒す、丸っこい人物が入ってくる。手には羊皮紙の束と果物の入った籐の籠がある。それを見ると、はしたなくもぐぅと腹が鳴った。

「すみません」
「いやいや。3日も眠っていたんだ。当然のことだよ。水分なら、この氷菓子果物ポアンティアンから摂取してくれ」
「3日」

 掠れた声のままで呟き、氷菓子果物を掴み、豪快にかぶりつく。中から蜜が出てきて危うくベッドを濡らしてしまう前に吸い取る。砂糖よりも甘く感じるが、今はその甘さが好ましい。夢中で食し、2つ目を食べ終えたところでお礼を言おうと、学長に向き直る。

「ありがとうございます。ムラセン学長」
「いやぁ、いい食べっぷりだね。私ではそうもいかんだろうな。ハッハッハッ」

 にこやかな笑みを浮かべ、学長が椅子に座る。

「ところで、その羊皮紙の束は何ですか?」
「これか? 君の証言をもとにあの木箱を解析した途中の報告書だ」

 ホイットニーは目を張り、羊皮紙を睨みつける。

「知りたいかね?」
「はい。お願いします」

 ムラセンはニコリと笑い、羊皮紙の内容を読み上げてくれる。片手しかないホイットニーへの配慮だ。

「まず、あの木箱は白瓏石を基にした爆弾だった。白瓏石特有の反応があったそうだ」
「白瓏石」
「あぁ。仕組みはこうだ」

 そう言うとムラセンは1つの箱を取り出す。中は空だ。そして、何の変哲もないただの石と普通の川の水が入った小さな容器を取り出す。容器を箱の中に入れ、木の板で蓋をする。

「この箱には今、安全のためにただの川の水を入れたが、君が貰ったものは容器に熱発生の魔術式が書かれていたようだ。つまり、お湯だね」

 板の上に糸を付けた石を置く。糸は箱の蓋に取り付ける。少し手元でごそごそとして蓋を閉じる。

「中に入れた木の板は薄くてな。石の重みにも耐えられん」
「だから糸で」
「あぁ。糸で吊るし、蓋を開けることで糸が切れるように調整している」

 ムラセンが箱を開けると、ボチャンと石は水に落ちた。

「白玲瓏は適切な処理をしておけば爆発しない。にもかかわらず白玲瓏は爆発した。しかし、大きさは小さいものなのですね」
「あぁ、ちょっとした実験だったのかもしれない。爆発せずに届くのかのな」

 確かにそうだ。ひっくり返しでもしたら爆発してしまう。危険なものだ。

「素人の犯行とは考えにくいですね。この知識、この技術。度し難い」
「むしろ素人かもしれんよ」
「え?」

 ムラセンの言葉にホイットニーが疑問の色を呈する。

「素人だからこそ、実験しているのかもしれないよ」

 残された証拠からはどこも辿り着けず、事件は謎のまま終わった。







 赤々と明るく土の燃える臭いのする、暑い空間を一人の少女が歩いていた。彼女は暑すぎる空間にいるにもかかわらず、汗一つかいていなかった。黒っぽい服を着ているにもかかわらず、涼しい顔さえしている。
 少女――グレイソレアは散歩を続けていた。足取りは軽くまるでスキップのようだ。ふと、脚が止まった。目の前に何かを探している男がいる。100m以上離れているにもかかわらず、その必死さが伝わってくる。
 少女の行動はいつも気まぐれだ。フォン以上に気分屋な彼女は彼に話しかけることにした。

 近づいて初めて分かった血の匂いに少女の心が躍る。これは絶対日常的な、刺激のあるものだろう。

『お兄さん、お兄さん。どうかされたのですか?』

 話しかけると、男は弾かれるように顔を上げる。白く明るかったであろう服も、その一つ目の顔も、土や血に汚し、何かを探していたのだろう。

「探しているんだ、光を。どこかにあるはずなんだ、光が。私が解き放たなければいけないんだ、光は!』

 グレイソレアは何だ、マーエン教かと熱が一気に冷めてしまった。マーエン教の探している光など、見つけて解放したところで狐が出てきて碌なことにならないのが分かっているので、どうしようかと考える。
 探す力を与えようにも、すでにその力はすべて別の人に渡してしまっている。

『光ですか』
「そう、光だ』

 気迫のある、切羽詰まった、生き急ぐ顔を近づけられる。少女は彼が求める光がどこにあるのか知っている。手伝うと言ったが、教えるのは違う。仕方ない。少し違うが、活用すればいつかは辿り着けるだろう。出来るとは思っていないけど。
 グレイソレアは1つの小さな結晶を取り出す。男は一つ目を不思議そうに向ける。

「それは何だ』
『これは貴方の助けになってくれるでしょう。しかし、使いこなせるかどうかは貴方次第です。使いますか? 一度貴方に手渡したら、私は責任の一切を負いません』
「構わん。光を解放できるのなら、私はいかなる犠牲も厭わない』
『分かりました。では目を閉じないでください』

 男は言われたとおりに目を開けた状態で固まる。まさか。男は何をされるのか気が付いたが、すでに自分で言葉を吐いた後だ。少女の手が男の肩を掴む。男は逃げない。目も背けない。結晶の先端が一つ目にゆっくりと突き刺さる。
 痛い。痛みがゆっくりと侵入してくる。激痛が継続して体を支配する。呻き声が漏れる。涙が止まらない。手足が震える。目を閉じたい。しかし、閉じない。光のために。結晶が5分の1ほど侵入した時、少女は手を離した。だというのに結晶は自然に侵入してくる。ゆっくりと浸透する結晶は瞳を波打たせる。

 全てが入り切った時、少女が声をかける。

『もう眼を閉じてもいいですよ』

 瞬間的に全力で瞼を落とす。信じられないくらいの涙が出た。涙が瞳を潤ましていくが、キャパシティを超えた分が外に出てくる。滂沱の涙である。そっと瞼を上げていくと、視界が二重になって見える。数回パチパチとさせる。そして完全に開いた。見間違いではなく、視界が本当に二重になっているんだ。手を見ようとすると、薄く透き通った手が見えてから、実際の自分の手が重なっていく。

「何だこれは』

 自然と疑問が口を割って出た。こんな視界は初めてだ。何がどうなっているんだ。ちょっと酔ってきたかもしれない。
 少女はにこやかに告げてくる。

『おめでとうございます。これでそれは貴方のものです。数秒だけ未来が視える目です。どうぞ探し物を見つけるためにお役立てください』

 少女は、今まで閉じていた眼を開ける。そこには片方に8つ目の瞳、それを両目に携えられていた。同時に少女の頬や腕、体に赤紫色の紋様が浮かび上がった。

 男――フィリップは恐怖に腰を抜かした。少し体を動かそうとしただけで20もの少女が出現する。

 フィリップは動き続ける視界の酔いと、凶悪で高圧的な極度のプレッシャーにより、結局吐いてしまう。

 グレイソレアは吐き終えるのを見届けることなく、興味をなくし、散歩を再開させた。






 死者ばかりの里に、きらきらと光る一角があった。魔石店である。店頭に置いてある魔石が日の光を反射しているのだ。

「白玲瓏も売ってますかね」

 アレンがシキの顔を見ると、シキは首を振る。

「これ加工されてる。爆発しない」
「そうなんですか」

 アレンの目では分からないが、シキには分かるらしい。キラキラと反射する光を見ながら他の魔石を眺める。ごそごそと懐から魔石を取り出す。

「今までの露店でもこれと同じものを見たことないですね」
「ガレットから貰った」
「そうですね」
「あ!? おい! それは!?」

 店主が身を乗り出してくる。

「おい、それは日緋色金じゃねェか」
「知ってるんですか?」
「当たり前だろ! オレはここの店主だぞ!!」

 店主が親指で自分の胸を叩くと、次に日緋色金をびしりと指す。

「そいつは滅多にお目に掛かれねェ代物だ。この店でだって一度だって置けたことがねェ。そいつをオレに売っちゃくれねェか?買取価格は8247万リルでどうだ」

 どうだと言われても金額が高すぎて想像できない。シキの方を見てみる。すでに明後日の方向を向いており、手助けも邪魔もしないという意思表示を見せている。自分で考えろということか。
 アレンは日緋色金を眺めて考える。

「ごめんなさい。売れないです」
「……そうか。売りたくなったらいつでもここに来いよ」
「はい」

 アレン達は露店から離れる。

「僕の選択は合っているんですかね」
「知らない」
「そうですよね」

 アレンはシキからの言葉であれば、かなりの影響を受ける。そのことを理解しつつあるシキは、心に半分もない元気出してという言葉を出した方がいいのかを悩む。アレンは何も知らないままなのでいいカモだ。シキと2人きりで上機嫌なアレンの後ろをシキが続く。

 アレン達は明日、北へ行く。
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