メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

文字の大きさ
上 下
238 / 407
13.魔界

15.女王の意思

しおりを挟む
 ドゥームビートルには恩がある。冥界の女王への恩だ。経緯としてはよくあるパターンであり、命の恩人ということだ。ありきたりなものだったとしてもカブトムシにとっては重要なことだった。命を助けてもらったのだ。その恩義は命で返す。それがバルロイの選んだ道だ。

 だからこそ、ここに残ったのだ。

 コストイラには何となくであるが、このカブトムシの主が誰なのか予測できていた。そのうえで敵対したくないと思っていた。

「エンドローゼ。先に足の方を治してくれ」
「え?」
「頼むぜ」

 コストイラは片目を瞑り、お願いする。エンドローゼにはコストイラが何を考えているのかさっぱりだが、言われたとおりに足を中心に回復魔法を掛けていく。少し吐き気がしてくるが、仲間を助けるためだ。我慢ぐらい余裕だ。

 コストイラが膝を畳む。動くのを確認すると立ち上がる。

「あ、あ、まだ」
「すまん。このままだと間に合わないかもしれねェんだ」

 まだ安静が必要なコストイラが動きだしたので止めようとするが、それを拒む。コストイラは懐を探りながら、ドゥームビートルに近づいて行った。






 アシドとレイドはドゥームビートルの角や体を叩き、わざとヘイトを集める。後ろにいる者達を考えると、カブトムシにこれ以上進まれるのは危険だ。

 アストロが指を向けて、炎の魔力を集中させていく。仲間を巻き込まないようにタイミングを計る。トンと肩を掴まれる。振り向くとコストイラがいた。まだ血が流れているのを見ると、治療が完了しているわけではないのだろう。エンドローゼがこの状態での行動を許すはずがない。
 アストロはコストイラを見た後、エンドローゼを見る。エンドローゼは必死に止めてほしいと懇願している。治療に関しての気持ちは誰にも負けないエンドローゼが突破されたのだ。アストロには止められない。

「手段はあるの?」
「さぁな。やってみなきゃ分かんねェよ」

 アストロの質問に、コストイラは顔を見ることなく答える。アストロはエンドローゼの顔を見て、首を振った。エンドローゼは驚愕の表情で固まる。

 無理だ。こんな儚げな表情を浮かべたコストイラを止めるなんてことはアストロにはできない。アストロは気丈に振舞っているが、その内にあるのは恋する乙女だ。アストロはアシドとコストイラの両名が好きだ。その両者ともども無茶をするが、それもまた魅力だ。そして、それ以上に、時々浮かべる物憂げな表情がさらなる魅力を生んだ。コストイラの儚げな横顔が好きなアストロはそれを遮ることが出来なかった。

 ゆったりとした足取りで進むコストイラに気付き、シキが道を開ける。シキにはコストイラが何をしようとしているのか分からなかったが、コストイラが無策で突っ込むほど愚かではないことも分かっている。だからこそ、道を譲りコストイラに任せてみた。すべては流れのままに。

 アシドは考えていた。このカブトムシはさして強くない。アシド、シキ、レイドの3人で抑え込めている時点でおかしい。余裕があったからこそ思考の余地ができたのだろう。
 よく観察していると、ドゥームビートルはいくら叩かれても顔を上げようとしないことが分かった。そして戦ってすらいない。その身を固めているだけなのだ。あれは何かを庇うような、隠すような動きだ。アシドの好奇心が膨れ上がった。その奥にあるのは傷か宝か何なのか。

 しかし、その時だった。コストイラが目の前に現れたのだ。レイドを押しのけ前に出た男は、懐から何かを取り出した。

 ペンダントだ。すごくシンプルなデザインのものだ。赤、緑、金、そして黒の4色が使われただけでそのほかに何もない。そして、何も書かれておらず、何も彫られてもいないのっぺりとした面も取り出す。

 それを見たカブトムシが動きを止める。コストイラは刀を抜かず無防備にドゥームビートルを撫でる。

「すまなかった」

 カブトムシはこちらこそと言わんばかりに頭を動かした。

「言葉通じんのかよ。これ戦う必要なかった説ない?」
「ありますね」

 ドゥームビートルの頭の上に乗っていたアシドは溜息交じりに飛び降りる。各々は少し不満げな声を漏らしながら武器を収めた。

「ところでそのペンダントは何だよ。後、お面」
「確かにそうですね。気になりますね」
「ん? これか? これはシラスタ教団の証だ。このカブトムシの目の模様が同じだしよ。それに、バルロイっつってたもんな」
「知り合いなのか?」
「…………まぁな」

 これ以上はあまり言及できなかった。






 少女はしばらく寄り道しながら歩いた。久し振りに帰ってきたのでもう少し回っていたいが、さっき気になることを言っていた。キングクラーケンのことだ。
 こちらに侵攻してきているという話だ。早くに対処しないとマズイ。それに冥界が水浸しになっているというのだ。そんな報告を少女は受けていない。問い詰めなくては。

 そうこうしているうちに目的の部屋に辿り着いた。扉の前には2人の兵士がおり、恭しく礼をしている。

『頭を下げないで。早く開けてくれない?』
『『は』』

 重々しい扉が緩慢に開いていく。扉の隙間から中の光景が覗け、慌てふためいているのが見えるが、完全に開くまで待つ。急に帰ってきたからか大臣達が素早く身だしなみを整えている。見えているぞ。
 完全に開いた扉から中に入っていく。大臣達は膝を着き、完全に頭頂部をこちらに向けている。この雰囲気には相変わらず慣れない。何度止めるように進言したか覚えていない。出すたびに忠誠の証ですの一言で一蹴された。慕っているのなら従ってくれ。

 少女は自身の執務室に座る。少し行儀が悪いが高圧的な態度をとるにはちょうどいい。見られないように注意しながら足を組む。

『私がいなかった間の報告は?』
『では私が』

 少し見下ろすようにこの場にいる者を見る。灰褐色の肌の男が前に出る。確か冥界の北の方を担当していたか。

『冥界の北方は他よりも高い位置にございますゆえ、水を運ぶ装置を用いています。しかし、その装置が故障し、今年の作物の収穫量はあまり期待できません』
『故障の原因は?』
『冥界の東方に住みし者による、人為的なものと判明しております。復旧の目途は現在、一月後を予定しております』
『確約しろ』
『は』
『それと、減った収穫量分の作物は、必ず補填しろ。悲しいままで終わらせるな』

 フォローは忘れない。北方からはキングクラーケンの話が出てこない。他のところか?その後、西方、南方と問題なく報告が続く。冥府の塔は西方にあるので注意して聞いていたが、何もない。半分以上が自慢話だった。

『東方を担当しております。メリスと申します。お初にお目にかかります。先代は4年前に引退いたしました。現在は私が担当を引き継がせていただきました。東方では現在、北方に迷惑をかけたものがこちらにも被害を出しております』
『内容は?』
『八岐大蛇の放出です』

 少女は下唇を噛んだ。すべての元凶は冥界の東方側だったか。メリスが話したことで他3方の担当が表情を分かりやすく変えた。やはり隠そうとしていたな。
 3方は昔から仕えているが、嘗められたものだ。今すぐに引退した東方の先代を呼び戻したいものだ。

『その対処は?』
『自衛隊に一任しました。私には分かりませんので。現在は作戦遂行中です』
『隊長は?』
『おそらく、東方の基地の方に』

 ならば、ここには呼び出せまい。隊長は役人の中で、唯一の良心といってもいい。まともに話が出来そうな者が残っていない。メリスは分からないが、他は少女の失脚を狙っている者しかいない。これ以上話していても献身的な話はできないだろう。

『今日、この日をもって、お前たち4人は八岐大蛇、キングクラーケンに関わる任をすべて解く』
『なっ!?』
『何をおっしゃって!?』

 当然の権利の如く、4人は騒ぎ立てる。少女はそれをすべて無視すると、机から立ち上がり、指を鳴らす。改めて椅子に座りながら告げる。

『4名がお帰りよ。お連れして』
『は』

 短く答える兵士達が4名を連れ出そうとするが、メリス以外は抵抗する。

『なぜ我々が辞めなければ!?』
『あら、担当まで辞めろなんて言ってないのに、そこまで辞める気だったの?』

 3人は自分の勘違いに気付いた時、扉は半分以上閉まっていた。

『お待ちください! シュルメ様!?』
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

処理中です...