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11.妖怪の山
1.未踏の渓谷
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視覚がない。
目が開いてくれない。周りの状況が確認できない。ただ、瞼の裏からでも外の世界が明るいのは分かる。
味覚がない。
この状況ではあったとしても困らない。あったとしても何ができる。
嗅覚がない。
不思議だ。普段なら感じられる空気の匂いさえ分からない。
聴覚がない。
自分では声を出しているつもりでも自分の耳にさえ、それが届かない。匂いを嗅ごうとする鼻の音も聞こえない。
触覚がない。
手も足も、歯を食い縛る感覚さえない。何をしても自分では感じ取れない。自分とそれ以外の境目も分からない。自我が溶ける。
――夜は明ける。
頭の中に直接声が聞こえた。頭痛がする。おかげで自我が保てる。にしても、夜は明ける。当たり前のことじゃないのか。何か言いたいんだろう。
――光を解放せよ。
光? なるほど。これがマーエン教徒の言っている夢のお告げか? 確かに、荘厳で神々しさがある。自分はガラエム教徒だが、このお告げを聞けるのか。
――これを恐れるな。
これ? これって何だろう。この夢のお告げのことか。最初から恐れてないからいいけど。いや、いいのか? ガラエム教徒としてはそれは間違っているんじゃなかろうか。
――私もお前を恐れない。
そうですか。この声が神様だったとして、神様が恐れるものって何だ? まぁ、僕は神様じゃないから分からないけど。
――光を消し去ることはできない。
なるほど。完璧な闇は存在しないということか。あれ? でも確か、精霊の中には闇を司るものもいたような。
――さぁ、光を追い求めよ。
マーエン教徒じゃないしな。属性が光といっても、無関係だしな。え、無関係だよね。ちょっと不安になってきたな。
――そこに私はいる。
マジか。神様が待っているのか。絶対ロクなことにならないな。
その時、アレンは目を覚ますことができた。
「起きたか」
視界いっぱいにコストイラの顔が映る。アレンは急に光が入ってきたのもあり、寝起きのものよりも歪む。
「美女じゃなくて悪かったな」
コストイラの顔がどくと、アレンは上体を起こした。
「お前が最後だ。こっち来い」
アレンが左手を頭に当て、軽く頭を振る。寝すぎたせいか、頭が痛い。ただ、何か夢を見ていた気がするが、何も思い出せない。
「思い出せない? まぁ、思い出せないってことは大したことないってことだろ」
コストイラの言葉にそれもそうだなと納得したアレンは立ち上がり、簡易的な部屋を出る。最初に起きた人が蔦や葉を使ってこの部屋を作ったのだろうか。こういうことができそうなのはレイドやコストイラか。
「すみません。待たせてしまいましたか?」
「そうだね」
アストロは即答した。
アレンは何も言えない顔をして固まる。申し訳ないような、即答しなくてもと言いたそうな、そんな色々な感情の混ざった顔だ。
「えっと、僕達は光に包まれて、ここはどこですかね」
6人は互いに顔を見合い、全員が首を振る。
「お前が知らないんじゃあ、オレ等も分からん。ただ、本で見た東方の景色に似てるなって話にはなってた」
言われてアレンは改めて周りを見る。葉は緑だけでなく、赤や黄と色が様々ある。これは紅葉だ。アレンも本で見たことがある。
葉で作られた栄養が木の方に行かないことで起きることだが、アレン達は知らない。だからこそ、妖怪のせいにされる。
妖怪とは、人間の理解を超えたものが正体として現れた者であり、人間より丈夫で寿命が長いとされている。妖怪は魔物と違い、人に分類される。河童や天狗が妖怪に含まれる。
「東方か」
「場所は東方だとしても、ここは東方のどこなのかも分かんねェぞ。どう動く」
アレンは自分の顎を撫でながら考える。
「ここで考えても仕方ありません。とりあえず、地図上で自分たちの場所が分かるところまで移動しましょう」
アレンの答えにアシドが首を振った。
「負けた」
「じゃあ、ほらよ」
コストイラが何か丸いものをアシドに放った。アシドの手に握られたのは目玉だった。一瞬この地の魔物かと思ったが、シキのナイフに刺さったままだったヘビーアーマーの眼玉を押し付け合っていたのだ。どうやらアレンは賭け事の対象になっていたらしい。
「じゃあ、行くか」
コストイラが荷物を持ち、立ち上がる。アレンは簡易部屋に戻り、出発の準備をする。
紅葉が彩るこの地は、渓谷になっているようだ。三方が崖によって壁になっており、登ろうにもアレンやエンドローゼは不可能だ。残る一方は霞んでおり、先が見えない。向かうのは恐怖が伴う。
とりあえず、分かりやすい目印である、滝に向かうことにした。
絶壁に見える位置まで移動する。もしかしたら途中に洞窟があり、どこかに通じる道があるかもしれない。歩く道に獣道すらない。人どころか魔物すらいないということだろうか。
「………通り道があると思うか?」
「………コストイラ」
「ん?」
「思いなさい」
「………はい」
アストロに強く言われ、コストイラは肩を落とす。
「ふぅ~~」
森を抜けることができ、ホッと息を吐く。アレンとエンドローゼは葉枝で肌を切ってしまい、治療に当たる。ちなみに今の格好は長袖長ズボンで腕捲りをしている状態だ。
「何で皆さん平気なんですか?」
「自分の体の輪郭ぐらい把握しとけよ」
それだけで何とかなるものなのかと視線が向けられ、コストイラは首裏を掻く。
「そんな目で見んなよ。こっちも無意識なんだよ」
結局感覚らしい。アレンは自身の肌に触れ、首を傾げる。
輪郭を言われても分からない。空間把握能力の方が重要な気もする。
勇者一行は滝に向かって歩き始めた。
目が開いてくれない。周りの状況が確認できない。ただ、瞼の裏からでも外の世界が明るいのは分かる。
味覚がない。
この状況ではあったとしても困らない。あったとしても何ができる。
嗅覚がない。
不思議だ。普段なら感じられる空気の匂いさえ分からない。
聴覚がない。
自分では声を出しているつもりでも自分の耳にさえ、それが届かない。匂いを嗅ごうとする鼻の音も聞こえない。
触覚がない。
手も足も、歯を食い縛る感覚さえない。何をしても自分では感じ取れない。自分とそれ以外の境目も分からない。自我が溶ける。
――夜は明ける。
頭の中に直接声が聞こえた。頭痛がする。おかげで自我が保てる。にしても、夜は明ける。当たり前のことじゃないのか。何か言いたいんだろう。
――光を解放せよ。
光? なるほど。これがマーエン教徒の言っている夢のお告げか? 確かに、荘厳で神々しさがある。自分はガラエム教徒だが、このお告げを聞けるのか。
――これを恐れるな。
これ? これって何だろう。この夢のお告げのことか。最初から恐れてないからいいけど。いや、いいのか? ガラエム教徒としてはそれは間違っているんじゃなかろうか。
――私もお前を恐れない。
そうですか。この声が神様だったとして、神様が恐れるものって何だ? まぁ、僕は神様じゃないから分からないけど。
――光を消し去ることはできない。
なるほど。完璧な闇は存在しないということか。あれ? でも確か、精霊の中には闇を司るものもいたような。
――さぁ、光を追い求めよ。
マーエン教徒じゃないしな。属性が光といっても、無関係だしな。え、無関係だよね。ちょっと不安になってきたな。
――そこに私はいる。
マジか。神様が待っているのか。絶対ロクなことにならないな。
その時、アレンは目を覚ますことができた。
「起きたか」
視界いっぱいにコストイラの顔が映る。アレンは急に光が入ってきたのもあり、寝起きのものよりも歪む。
「美女じゃなくて悪かったな」
コストイラの顔がどくと、アレンは上体を起こした。
「お前が最後だ。こっち来い」
アレンが左手を頭に当て、軽く頭を振る。寝すぎたせいか、頭が痛い。ただ、何か夢を見ていた気がするが、何も思い出せない。
「思い出せない? まぁ、思い出せないってことは大したことないってことだろ」
コストイラの言葉にそれもそうだなと納得したアレンは立ち上がり、簡易的な部屋を出る。最初に起きた人が蔦や葉を使ってこの部屋を作ったのだろうか。こういうことができそうなのはレイドやコストイラか。
「すみません。待たせてしまいましたか?」
「そうだね」
アストロは即答した。
アレンは何も言えない顔をして固まる。申し訳ないような、即答しなくてもと言いたそうな、そんな色々な感情の混ざった顔だ。
「えっと、僕達は光に包まれて、ここはどこですかね」
6人は互いに顔を見合い、全員が首を振る。
「お前が知らないんじゃあ、オレ等も分からん。ただ、本で見た東方の景色に似てるなって話にはなってた」
言われてアレンは改めて周りを見る。葉は緑だけでなく、赤や黄と色が様々ある。これは紅葉だ。アレンも本で見たことがある。
葉で作られた栄養が木の方に行かないことで起きることだが、アレン達は知らない。だからこそ、妖怪のせいにされる。
妖怪とは、人間の理解を超えたものが正体として現れた者であり、人間より丈夫で寿命が長いとされている。妖怪は魔物と違い、人に分類される。河童や天狗が妖怪に含まれる。
「東方か」
「場所は東方だとしても、ここは東方のどこなのかも分かんねェぞ。どう動く」
アレンは自分の顎を撫でながら考える。
「ここで考えても仕方ありません。とりあえず、地図上で自分たちの場所が分かるところまで移動しましょう」
アレンの答えにアシドが首を振った。
「負けた」
「じゃあ、ほらよ」
コストイラが何か丸いものをアシドに放った。アシドの手に握られたのは目玉だった。一瞬この地の魔物かと思ったが、シキのナイフに刺さったままだったヘビーアーマーの眼玉を押し付け合っていたのだ。どうやらアレンは賭け事の対象になっていたらしい。
「じゃあ、行くか」
コストイラが荷物を持ち、立ち上がる。アレンは簡易部屋に戻り、出発の準備をする。
紅葉が彩るこの地は、渓谷になっているようだ。三方が崖によって壁になっており、登ろうにもアレンやエンドローゼは不可能だ。残る一方は霞んでおり、先が見えない。向かうのは恐怖が伴う。
とりあえず、分かりやすい目印である、滝に向かうことにした。
絶壁に見える位置まで移動する。もしかしたら途中に洞窟があり、どこかに通じる道があるかもしれない。歩く道に獣道すらない。人どころか魔物すらいないということだろうか。
「………通り道があると思うか?」
「………コストイラ」
「ん?」
「思いなさい」
「………はい」
アストロに強く言われ、コストイラは肩を落とす。
「ふぅ~~」
森を抜けることができ、ホッと息を吐く。アレンとエンドローゼは葉枝で肌を切ってしまい、治療に当たる。ちなみに今の格好は長袖長ズボンで腕捲りをしている状態だ。
「何で皆さん平気なんですか?」
「自分の体の輪郭ぐらい把握しとけよ」
それだけで何とかなるものなのかと視線が向けられ、コストイラは首裏を掻く。
「そんな目で見んなよ。こっちも無意識なんだよ」
結局感覚らしい。アレンは自身の肌に触れ、首を傾げる。
輪郭を言われても分からない。空間把握能力の方が重要な気もする。
勇者一行は滝に向かって歩き始めた。
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