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10.境目果て
15.雪に埋もれた温泉地
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温泉。
それは疲れた体を癒す究極の泉。数多の先人は温泉を掘り当てるために人生を費やしたと言われている。数多の人々は温泉に入るために冒険してきた。人の浸かれる温度ではない、魔物の巣の中にある、管理者が法外的な値段を要求してくる等々、温泉は人々を拒んできた。
しかし、それでも人々は温泉を求めた。
その魅力に支配されていたといえるほどには。
そんな中、辿り着けた者に莫大な安らぎを与えた。
ある時、2代目の勇者スリースは洞窟を造るとともに、果ての地にて温泉を築いた。この地は誰にでも解放され、誰もが温泉を楽しんだ。スリースが亡くなり、数年後、魔物が活性化して、道中、一般人が通れなくなってしまった。それでもなお、勇者の加護でもあるのか、スリースの温泉地内に魔物が出現することはなかった。
しかし、魔物は防げても雪は防げなかった。施設の一部は雪に埋もれてしまった。時々通りかかる人々で雪かきをするが、焼け石に水であるため、諦めてしまった。
現在は6人が住んでおり、その中の1人カルーセルは溜息を吐く。
「雪が止んだのに、人来ないなぁ」
コストイラ達は魔物と戦っていた。
赤い美しい毛並みを持ち、3つの頭を持つオオカミだ。オルトロスを思い起こさせる。それもそのはず、この魔物トライヘッドはオルトロスの進化系だ。
ただし、属性は変わる。トライヘッドは火属性だ。炎は纏わりつき、骨まで灰にする。
そんな絶望的な炎を吐こうとしたとき、アシドとコストイラが走り出そうとする。その前にシキがナイフを投げる。これまた白瓏石つきである。先ほど味わったばかりのコストイラはすぐさま横に跳ぶ。
トライヘッドの口の中に溜まっていた炎に着火する。大爆発が起きる。
爆発した口の持ち主は頭が飛び散り、両隣の頭はその勢いのせいで、根本が半ば裂けていた。爆発したそばの顔の側面が少し削れていた。
それでもなお、トライヘッドは立っていた。ふらふらとした状態ではあったが、立っていた。
『ゴボッアアアブッシャアァ』
鳴こうにも喉に血が詰まり、上手く鳴けない。プツリと糸が切れたように雪に顔を突っ込んでいった。アシドは爆発の瞬間、バク転で躱そうとするが、爆風に煽られ、着地に失敗し、こちらも頭を雪に突っ込んだ。
「今のナイフ、シキかっ!」
顔を上げ、シキの方を見ると、アシドにしか見えない位置で親指を立てているのを余所にコストイラが先頭に立つ。
「倒せたし、温泉だよなっ!!?」
動き始めが遅れたアシドは殿を務めることとなった。
「何!? 今の爆発っ!?」
カルーセルは掃除していた手を止める。
「分かんねェよ。ドデケェ魔物でも出たんじゃねェの?」
「ジッタリー。ジョッツに確認取ってきて」
「オメェさんが行きゃあ良いだろ」
「早く」
「ヘェヘイ」
ジッタリーと呼ばれた薄水色の髪の青年は気だるそうに階段を上がる。ジョッツはこの温泉地の監視役だ。客や魔物の接近や数を知らせる仕事をしている。
小間使いとして6人の中で一番下っ端なジッタリーは文句を言いつつも指示に従うことしかできない。
「よォ、ジョッツ。調子はどうだい」
「良くないね。仕事中に調子が良かったことなんてないし、お前が来たからなおさらさ」
「そりゃないぜ、ジョッツ」
「おい、仕事だぜ。客が7人。男4の女3だ。早くしろ」
久し振りの対人の仕事に、ジッタリーは口笛を吹く。ジョッツは対称的に舌打ちをする。イケメンの部類に入るだろう顔立ちが台無しなほど歪んでいる。
「そういや、さっきの爆発が何なのかって分かる?」
「………その客と魔物が戦った音だ」
「サンクス」
ジッタリーは急いでカルーセルの元に戻り、報告すると、あわただしく歓迎の準備が始まった。
この果ての地で食料を届けてくれる人など数少ない。
「お肉は?」
「魔物の肉があるよ」
「お酒は?」
「樽で3つ。大丈夫かな」
「いけるいける。部屋、温泉は?」
「部屋は足りてる。温泉も大丈夫。道中も平気」
「なら大丈夫」
台所ではカルーセルがアドミンの指示に従いながら、準備を進める。アドミンはこの温泉地の最年長だ。夫のテンメンを尻に敷く恐妻だ。とはいえ、何も怒らせてしまわなければ何もないのだ。恐妻な理由はこの温泉地の長であるのも関係しているだろう。長として気丈に振舞ってもいるのだろう。
「テンメン、肉や野菜をキッチンに運んでおきな」
「は、はい」
顔に傷があり、相手に威圧感を与える印象があるが、妻に対しペコペコと腰が低い。アドミンは妻というより女帝に見えてくる。
「ゴーラッ!! 早く運びな!!」
「はいっ!!」
ちょろちょろと小動物のように準備を慌ただしく進めていく。
6人はてんてこ舞いを演じていた。
アレン達は温泉地を前にして立ち止まっていた。トライヘッド討伐後、ぱたりと魔物が出て来なくなったことに驚いたが、それよりも、この辺境地にこんな立派な温泉地があることがびっくりだ。
雪の重みで若干傾いているところがあったり、壊れているところがあったり、古さと大変さが感じ取れたりする。
「いらっしゃいませ」
建物に注目していると、オーナーと思しき白髪の男が出てきた。
「ようこそお越しくださいました」
丁寧に腰を折る。アレン達もつられて礼をする。
「どうぞこちらへ」
落ち着いた雰囲気のある石造りの建物だ。内装はあまりなく、建物と合っていた。すべてが計算されたような造りだ。話を聞くと、2代目勇者のスリースだ手掛けたようだ。
男女別部屋、2部屋に案内される。隣同士なので位置の把握は問題ない。着いて早々、温泉へ行こうとアレンが提案すると、アストロとエンドローゼしかついてこなかった。武器の手入れをしたいのだとか。
少々期待をしたが、混浴はないらしい。
「ふ~~」
アレンは長く細く息を吐く。温かい風呂なのだ、仕方あるまい。きちんと入る前には体を洗っている。エチケットとかマナーとかそんなやつだ。
「わ~~。ひ、ひ、広いですね」
エンドローゼの声だ。まさか間違えたか?アレンは思わず息を潜めたが、そんなことはなかったらしい。男湯と女湯の間が薄く、さらに上の方に隙間があり、そこから聞こえてくるらしい。
「ほら、エンドローゼ。あんまりはしゃぐとこけるわよ」
「は、は~い」
「入る前に体洗いなさい」
「そ、そ、そうですね」
何か親子みたいな会話だな。
「む~~。あ、あ、相変わらずお、大きいですね。み、み、見せつけてるんですか?」
「なわけないでしょ。馬鹿言ってないでさっさと体を洗いなさい」
「そ、そんなことないです。し、し、真剣かつ深刻ですっ!」
お、大きい? 何の話だ?
「こ、こ、これが私を惑わせてくるんですっ」
「ちょっ! 揉む、止めなさい! まったく」
「きゅ~~」
ビシッとこちらまで聞こえてきた。最後のエンドローゼの声は頭を叩かれたから出たものだろう。お気の毒に。いや、自業自得な気もしてくる。
「だいたい、何で私にそんなに懐くのよ」
「い、い、いけないですか?」
「………別にそうじゃないわ。単純な疑問」
それは気になる。いつの間にかアストロに懐き、アストロも受け入れている。どこで仲良くなったのか、アレン自身も聞きたい。
「………」
「………まぁ、話したくな」
「あ、あ、あ、アストロさんは、む、昔良くしてくれた方に、に、に、に、似てるんです」
アストロの制止を遮って話した。何か悪いことを聞いてしまったかもしれない。
「………そぉ」
短い返事の後に泡を流す音が聞こえた。そういえば、どうして盗み聞きなんてしているのだろう。なんか恥ずかしくなってきた。とっとと湯から上がってしまおう。
その時だった。
スパァーンと音を立てて、扉が開いた。
「おォ! 広ェッ! ん? アレンじゃねェか。そォいや先に入るっつってたもんな」
最悪のタイミングで現れ、悪魔の宣言を齎したのは、もっとも温泉を楽しみにしていた男、コストイラだ。
「皆さん、来られたんですね」
「おォよ。武器の手入れが終わったんでな。もう超スピードで駆け付けたぜ」
「そうですか、僕はもう出るので、ゆっくりしていってください」
「はいよ、当たり前だろ~~」
大丈夫だったろうか。アレンは平常でいられただろうか。アレンはいまだバクバクとなる心臓を押さえ、手早く服を着る。興奮しているのか、いつもより足取りが早い。
と、男部屋の前に誰かいる。アストロとエンドローゼだ。壁に凭れ、誰かを待っている風だ。いや、誰かなんて言い方は止めよう。おそらくアレンぼくだ。
「あら、アレン」
アストロに声をかけられた。いや、かけられてしまった。哀れな蝶は蜘蛛の巣に捕らわれてしまったのだ。
「何でしょう」
努めて平常で明るく振舞う。
「ちょっとお話しいいわよね」
駄目だ、誤魔化せない。しかも良いかしらではなく、良いわよね、だ。こちら側には選択肢がない。
連れて来られたのは35㎝四方の机と、4つの椅子が置かれている空間だ。そのうちの一つに座るように促さられる。真正面にアストロ、左側にエンドローゼが座る。
「ようやくここまで来たわね」
「そうですね」
最初から本題に入らず泳がせてくるようだ。心臓に悪い。
「まだ2日だというのにね。それだけ濃密だったってことね」
「あはは、そうですね」
いつ本題に入るか分からず、曖昧な対応になってしまう。
「この先って何か予定はあるの?」
「そうですね。まずこの温泉地より南にある神座と呼ばれるところに行って、そしたらそこから東の世界樹を目指します」
「そう」
「み、み、皆様も仰っつぇましたもんね」
言い終えた後のエンドローゼはひどく赤面した。噛んだのを恥じたのだろう。アストロが頭を撫でている。
「仲いいでしょ」
「へ? そうですね」
「何でだと思う?」
これは、あれだ。本題に入ったということだ。しらばっくれよう。
「そうですね。僕も不思議だったんですよ。どうしてなんですか?」
「………知ってるでしょ」
「え?」
「知っ・て・る・で・しょ!」
圧力がすごい。言い逃れる気がしない。
「………はい」
小さく返答すると、エンドローゼは両手で顔を覆った。罪悪感が天井知らずだ。アストロさんお願いします、解放してください。
「アンタもなんか話しなさい」
「え」
「私たちは恥ずかしい思いをしたんだから、何か話しなさい」
「え、何か………」
急に振られても話せることなんてない。ましてや恥ずかしい話など。うんうん唸るアレンを見て、エンドローゼが口を開く。
「こ、こ、恋バナをしましょう」
エンドローゼの眼がキラキラしている。そもそも、エンドローゼの傷心のための話だ。エンドローゼからの提案からは断れない。
おい、アストロさん、ニヤニヤすんな。アストロさんの方はどうなんだよ。アシドさんとかコストイラさんとか。
「恋バナ」
「そうよ、恋バナよ。ほら、言っちゃいなさい。誰が好きなの? シキでしょ。シキだよね」
「どきどき」
この場に止める者はいない。言い澱んだって無駄だろう。観念しよう。というかアストロさん、何で知ってんの?
「そうですよ。シキさんですよ」
「やっぱり」
「へぇ~~」
アストロのニヤニヤが止まらない。エンドローゼは少し顔を赤くしている。相当興奮しているのだろう。満足しているならいいや。
「それで」
「え?」
「まだ足りないなぁ」
「うん、うん」
アストロの言葉にエンドローゼは大きく頷く。
「出会いときっかけ」
「は、は、話してください」
「僕とシキさんは同じ村の出身です。初めてシキさんを見たのは8歳ぐらいのときです。夕暮れをお父さんと歩いていたシキさんの姿がキラキラ光って見えたんですよ。ようは一目ぼれです。あの美しい銀髪が夕日にもの凄く映えたんです。………まぁ、シキさんは気付いてないと思うんですけど」
「そ、そ、そうですね。そんな昔で、しかも当時に気付いていないならそうですね」
エンドローゼが必死にフォローを入れるが、アストロは厭らしい笑みを浮かべっぱなしだ。
「気付くって何が」
顔を上げると湯上がりのシキがいた。項に髪が付いており、普段は感じ取れない色っぽさが醸し出されていた。
「あ、え、え、えっと」
「そ、そのー」
アレンとエンドローゼは言葉を窮し、目を泳がせる。
「シキのバッグにお守り入れたの気付いてた?」
「………恋愛成就のアレ」
「あ、気付いてた?」
「ん」
アストロが助け舟を出した。というかそのお守り、アレン達は知らないのだが。きょとんとしているところを見るとエンドローゼも知らなかったようだ。
シキはそんなアレンの反応を見て、納得いかない顔をしながらそれそれと適当言うアストロを背にして立ち去る。
「戻る」
「じゃあ私達も戻ろうか」
「は、はい」
シキが去るとともにこの会はお開きになった。
アレンは助かったのだろうか。
余談だが、コストイラが逆上せた状態で部屋に運ばれてきた。何もそこまでしなくても。
それは疲れた体を癒す究極の泉。数多の先人は温泉を掘り当てるために人生を費やしたと言われている。数多の人々は温泉に入るために冒険してきた。人の浸かれる温度ではない、魔物の巣の中にある、管理者が法外的な値段を要求してくる等々、温泉は人々を拒んできた。
しかし、それでも人々は温泉を求めた。
その魅力に支配されていたといえるほどには。
そんな中、辿り着けた者に莫大な安らぎを与えた。
ある時、2代目の勇者スリースは洞窟を造るとともに、果ての地にて温泉を築いた。この地は誰にでも解放され、誰もが温泉を楽しんだ。スリースが亡くなり、数年後、魔物が活性化して、道中、一般人が通れなくなってしまった。それでもなお、勇者の加護でもあるのか、スリースの温泉地内に魔物が出現することはなかった。
しかし、魔物は防げても雪は防げなかった。施設の一部は雪に埋もれてしまった。時々通りかかる人々で雪かきをするが、焼け石に水であるため、諦めてしまった。
現在は6人が住んでおり、その中の1人カルーセルは溜息を吐く。
「雪が止んだのに、人来ないなぁ」
コストイラ達は魔物と戦っていた。
赤い美しい毛並みを持ち、3つの頭を持つオオカミだ。オルトロスを思い起こさせる。それもそのはず、この魔物トライヘッドはオルトロスの進化系だ。
ただし、属性は変わる。トライヘッドは火属性だ。炎は纏わりつき、骨まで灰にする。
そんな絶望的な炎を吐こうとしたとき、アシドとコストイラが走り出そうとする。その前にシキがナイフを投げる。これまた白瓏石つきである。先ほど味わったばかりのコストイラはすぐさま横に跳ぶ。
トライヘッドの口の中に溜まっていた炎に着火する。大爆発が起きる。
爆発した口の持ち主は頭が飛び散り、両隣の頭はその勢いのせいで、根本が半ば裂けていた。爆発したそばの顔の側面が少し削れていた。
それでもなお、トライヘッドは立っていた。ふらふらとした状態ではあったが、立っていた。
『ゴボッアアアブッシャアァ』
鳴こうにも喉に血が詰まり、上手く鳴けない。プツリと糸が切れたように雪に顔を突っ込んでいった。アシドは爆発の瞬間、バク転で躱そうとするが、爆風に煽られ、着地に失敗し、こちらも頭を雪に突っ込んだ。
「今のナイフ、シキかっ!」
顔を上げ、シキの方を見ると、アシドにしか見えない位置で親指を立てているのを余所にコストイラが先頭に立つ。
「倒せたし、温泉だよなっ!!?」
動き始めが遅れたアシドは殿を務めることとなった。
「何!? 今の爆発っ!?」
カルーセルは掃除していた手を止める。
「分かんねェよ。ドデケェ魔物でも出たんじゃねェの?」
「ジッタリー。ジョッツに確認取ってきて」
「オメェさんが行きゃあ良いだろ」
「早く」
「ヘェヘイ」
ジッタリーと呼ばれた薄水色の髪の青年は気だるそうに階段を上がる。ジョッツはこの温泉地の監視役だ。客や魔物の接近や数を知らせる仕事をしている。
小間使いとして6人の中で一番下っ端なジッタリーは文句を言いつつも指示に従うことしかできない。
「よォ、ジョッツ。調子はどうだい」
「良くないね。仕事中に調子が良かったことなんてないし、お前が来たからなおさらさ」
「そりゃないぜ、ジョッツ」
「おい、仕事だぜ。客が7人。男4の女3だ。早くしろ」
久し振りの対人の仕事に、ジッタリーは口笛を吹く。ジョッツは対称的に舌打ちをする。イケメンの部類に入るだろう顔立ちが台無しなほど歪んでいる。
「そういや、さっきの爆発が何なのかって分かる?」
「………その客と魔物が戦った音だ」
「サンクス」
ジッタリーは急いでカルーセルの元に戻り、報告すると、あわただしく歓迎の準備が始まった。
この果ての地で食料を届けてくれる人など数少ない。
「お肉は?」
「魔物の肉があるよ」
「お酒は?」
「樽で3つ。大丈夫かな」
「いけるいける。部屋、温泉は?」
「部屋は足りてる。温泉も大丈夫。道中も平気」
「なら大丈夫」
台所ではカルーセルがアドミンの指示に従いながら、準備を進める。アドミンはこの温泉地の最年長だ。夫のテンメンを尻に敷く恐妻だ。とはいえ、何も怒らせてしまわなければ何もないのだ。恐妻な理由はこの温泉地の長であるのも関係しているだろう。長として気丈に振舞ってもいるのだろう。
「テンメン、肉や野菜をキッチンに運んでおきな」
「は、はい」
顔に傷があり、相手に威圧感を与える印象があるが、妻に対しペコペコと腰が低い。アドミンは妻というより女帝に見えてくる。
「ゴーラッ!! 早く運びな!!」
「はいっ!!」
ちょろちょろと小動物のように準備を慌ただしく進めていく。
6人はてんてこ舞いを演じていた。
アレン達は温泉地を前にして立ち止まっていた。トライヘッド討伐後、ぱたりと魔物が出て来なくなったことに驚いたが、それよりも、この辺境地にこんな立派な温泉地があることがびっくりだ。
雪の重みで若干傾いているところがあったり、壊れているところがあったり、古さと大変さが感じ取れたりする。
「いらっしゃいませ」
建物に注目していると、オーナーと思しき白髪の男が出てきた。
「ようこそお越しくださいました」
丁寧に腰を折る。アレン達もつられて礼をする。
「どうぞこちらへ」
落ち着いた雰囲気のある石造りの建物だ。内装はあまりなく、建物と合っていた。すべてが計算されたような造りだ。話を聞くと、2代目勇者のスリースだ手掛けたようだ。
男女別部屋、2部屋に案内される。隣同士なので位置の把握は問題ない。着いて早々、温泉へ行こうとアレンが提案すると、アストロとエンドローゼしかついてこなかった。武器の手入れをしたいのだとか。
少々期待をしたが、混浴はないらしい。
「ふ~~」
アレンは長く細く息を吐く。温かい風呂なのだ、仕方あるまい。きちんと入る前には体を洗っている。エチケットとかマナーとかそんなやつだ。
「わ~~。ひ、ひ、広いですね」
エンドローゼの声だ。まさか間違えたか?アレンは思わず息を潜めたが、そんなことはなかったらしい。男湯と女湯の間が薄く、さらに上の方に隙間があり、そこから聞こえてくるらしい。
「ほら、エンドローゼ。あんまりはしゃぐとこけるわよ」
「は、は~い」
「入る前に体洗いなさい」
「そ、そ、そうですね」
何か親子みたいな会話だな。
「む~~。あ、あ、相変わらずお、大きいですね。み、み、見せつけてるんですか?」
「なわけないでしょ。馬鹿言ってないでさっさと体を洗いなさい」
「そ、そんなことないです。し、し、真剣かつ深刻ですっ!」
お、大きい? 何の話だ?
「こ、こ、これが私を惑わせてくるんですっ」
「ちょっ! 揉む、止めなさい! まったく」
「きゅ~~」
ビシッとこちらまで聞こえてきた。最後のエンドローゼの声は頭を叩かれたから出たものだろう。お気の毒に。いや、自業自得な気もしてくる。
「だいたい、何で私にそんなに懐くのよ」
「い、い、いけないですか?」
「………別にそうじゃないわ。単純な疑問」
それは気になる。いつの間にかアストロに懐き、アストロも受け入れている。どこで仲良くなったのか、アレン自身も聞きたい。
「………」
「………まぁ、話したくな」
「あ、あ、あ、アストロさんは、む、昔良くしてくれた方に、に、に、に、似てるんです」
アストロの制止を遮って話した。何か悪いことを聞いてしまったかもしれない。
「………そぉ」
短い返事の後に泡を流す音が聞こえた。そういえば、どうして盗み聞きなんてしているのだろう。なんか恥ずかしくなってきた。とっとと湯から上がってしまおう。
その時だった。
スパァーンと音を立てて、扉が開いた。
「おォ! 広ェッ! ん? アレンじゃねェか。そォいや先に入るっつってたもんな」
最悪のタイミングで現れ、悪魔の宣言を齎したのは、もっとも温泉を楽しみにしていた男、コストイラだ。
「皆さん、来られたんですね」
「おォよ。武器の手入れが終わったんでな。もう超スピードで駆け付けたぜ」
「そうですか、僕はもう出るので、ゆっくりしていってください」
「はいよ、当たり前だろ~~」
大丈夫だったろうか。アレンは平常でいられただろうか。アレンはいまだバクバクとなる心臓を押さえ、手早く服を着る。興奮しているのか、いつもより足取りが早い。
と、男部屋の前に誰かいる。アストロとエンドローゼだ。壁に凭れ、誰かを待っている風だ。いや、誰かなんて言い方は止めよう。おそらくアレンぼくだ。
「あら、アレン」
アストロに声をかけられた。いや、かけられてしまった。哀れな蝶は蜘蛛の巣に捕らわれてしまったのだ。
「何でしょう」
努めて平常で明るく振舞う。
「ちょっとお話しいいわよね」
駄目だ、誤魔化せない。しかも良いかしらではなく、良いわよね、だ。こちら側には選択肢がない。
連れて来られたのは35㎝四方の机と、4つの椅子が置かれている空間だ。そのうちの一つに座るように促さられる。真正面にアストロ、左側にエンドローゼが座る。
「ようやくここまで来たわね」
「そうですね」
最初から本題に入らず泳がせてくるようだ。心臓に悪い。
「まだ2日だというのにね。それだけ濃密だったってことね」
「あはは、そうですね」
いつ本題に入るか分からず、曖昧な対応になってしまう。
「この先って何か予定はあるの?」
「そうですね。まずこの温泉地より南にある神座と呼ばれるところに行って、そしたらそこから東の世界樹を目指します」
「そう」
「み、み、皆様も仰っつぇましたもんね」
言い終えた後のエンドローゼはひどく赤面した。噛んだのを恥じたのだろう。アストロが頭を撫でている。
「仲いいでしょ」
「へ? そうですね」
「何でだと思う?」
これは、あれだ。本題に入ったということだ。しらばっくれよう。
「そうですね。僕も不思議だったんですよ。どうしてなんですか?」
「………知ってるでしょ」
「え?」
「知っ・て・る・で・しょ!」
圧力がすごい。言い逃れる気がしない。
「………はい」
小さく返答すると、エンドローゼは両手で顔を覆った。罪悪感が天井知らずだ。アストロさんお願いします、解放してください。
「アンタもなんか話しなさい」
「え」
「私たちは恥ずかしい思いをしたんだから、何か話しなさい」
「え、何か………」
急に振られても話せることなんてない。ましてや恥ずかしい話など。うんうん唸るアレンを見て、エンドローゼが口を開く。
「こ、こ、恋バナをしましょう」
エンドローゼの眼がキラキラしている。そもそも、エンドローゼの傷心のための話だ。エンドローゼからの提案からは断れない。
おい、アストロさん、ニヤニヤすんな。アストロさんの方はどうなんだよ。アシドさんとかコストイラさんとか。
「恋バナ」
「そうよ、恋バナよ。ほら、言っちゃいなさい。誰が好きなの? シキでしょ。シキだよね」
「どきどき」
この場に止める者はいない。言い澱んだって無駄だろう。観念しよう。というかアストロさん、何で知ってんの?
「そうですよ。シキさんですよ」
「やっぱり」
「へぇ~~」
アストロのニヤニヤが止まらない。エンドローゼは少し顔を赤くしている。相当興奮しているのだろう。満足しているならいいや。
「それで」
「え?」
「まだ足りないなぁ」
「うん、うん」
アストロの言葉にエンドローゼは大きく頷く。
「出会いときっかけ」
「は、は、話してください」
「僕とシキさんは同じ村の出身です。初めてシキさんを見たのは8歳ぐらいのときです。夕暮れをお父さんと歩いていたシキさんの姿がキラキラ光って見えたんですよ。ようは一目ぼれです。あの美しい銀髪が夕日にもの凄く映えたんです。………まぁ、シキさんは気付いてないと思うんですけど」
「そ、そ、そうですね。そんな昔で、しかも当時に気付いていないならそうですね」
エンドローゼが必死にフォローを入れるが、アストロは厭らしい笑みを浮かべっぱなしだ。
「気付くって何が」
顔を上げると湯上がりのシキがいた。項に髪が付いており、普段は感じ取れない色っぽさが醸し出されていた。
「あ、え、え、えっと」
「そ、そのー」
アレンとエンドローゼは言葉を窮し、目を泳がせる。
「シキのバッグにお守り入れたの気付いてた?」
「………恋愛成就のアレ」
「あ、気付いてた?」
「ん」
アストロが助け舟を出した。というかそのお守り、アレン達は知らないのだが。きょとんとしているところを見るとエンドローゼも知らなかったようだ。
シキはそんなアレンの反応を見て、納得いかない顔をしながらそれそれと適当言うアストロを背にして立ち去る。
「戻る」
「じゃあ私達も戻ろうか」
「は、はい」
シキが去るとともにこの会はお開きになった。
アレンは助かったのだろうか。
余談だが、コストイラが逆上せた状態で部屋に運ばれてきた。何もそこまでしなくても。
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