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8.魔王インサーニアを討て

35.異想の魔王

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 魔王城は7本の塔の中心にあるわけではない。7本の塔を建てるのにあたって、建設の技術力が足りず正七角形の位置に造ることも、魔王城を中心に造ることもできなかった。中心は魔王城から光の塔の方へ3分ほど歩いた位置にある。そこには小さな祠がある。



 魔王インサーニアはその祠の前にいた。



『…………まだか』



 祠の下の地面が淡く明滅している。完璧な光がそこには存在しておらず、まだ発展途上であることを示していた。目を凝らしてみると、明滅している魔法陣にオレンジと黒の混じった煙が集まっているのが分かった。今は夕方と呼ぶのに相応しい時間帯なので、ほぼ同色な煙だ。



『…………もう少し改良できるのか?』



 計画の要である祠の魔法陣の充電の遅さに首を傾げる。早く計画を成就することは魔族全体の悲願である。自分が死ぬまでに叶えなければなるまい。



 がさり。後ろの草むらが音を立てる。緩慢な動きで振り返り、原因を探す。赤毛の侍だ。炎のように燃える髪と似つかわしくない静かな眼。あれは狩人の眼だ。



 侍の脚に力が入る。



 話し合いはない。



 戦いの合図もない。



 両者が同時に動く。



 暗くなっていく森を、コストイラの炎が照らす。目くらましの意味もあったが、魔王には効いているようには見えない。居合に合わせて魔王はイライザと同じ紫の風を発射する。



 一度は風を切った。しかし、斬撃は一回、風は流体。一瞬は侍に軍配が上がったが、風は構わず進み、侍を飲み込み押し返す。



 バサッ!



 左右後ろから何かが飛び出した。















 作戦は簡単だ。



 コストイラが気を引き、攻撃をした直後にこちらも攻撃を仕掛ける。ただそれだけ。



 作戦は成功した。ただし、一部だけ。テクニカルポイントを相手に与えてしまったことが誤算を生んだ。魔王は髪を揺れ浮かせ、範囲攻撃を使ってきた。大気に波紋が生じ、アシド、シキ、レイドを打ち、その場に止める。十字に紫の竜巻を撃ちだし、コストイラも巻き込んで吹き飛ばす。



 ダメージを受け流し、少しだけ後ろに下がっただけのレイドが大剣を携え走り出す。インサーニアは鋭い三白眼でレイドを睨み、両手をレイドの少し上に向け、下げる。



 レイドの体がガクリと下がった。そのまま膝をついてしまう。急速に重力が増した。いつぞやに食らったディアボロスの重力増加と比べ物にならないほどの重力だ。



 自然と頭を垂れさせられる。



 ドガンと爆発音がすると、フッと重力が元に戻る。顔を上げると魔王の顔が魔術をぶつけられたことで傾いており、重力増加の魔術の集中力が切れたようだ。三白眼が一瞬紫色の魔術師を捉えるが、射程範囲外であることを察し、レイドに視線を戻す。



 構えたままの両手に魔力を溜めるが、テクニカルポイントが足りていない。紫の竜巻がレイドを叩き、後ろに押し返す。



 アシド、シキが飛び出す。両手をそれぞれに向ける時間はない。魔王は体の向きを変える。アシドを背にし、シキの左腕を右腕で叩く。背中に槍で押される感覚があるが、刺さっていない。カオスドラゴンの皮を鞣し加工した、刃物が刺さらず、魔法の魔術は軽減するマントがある。シキのナイフが右腕に刺さるが、構わずシキの左手を折り飛ばす。アシドは背からでは攻撃が通らないことを察し、即座に離脱する。シキは折れた腕をかばいながら、叢に消えていく。



 魔王は深追いしない。下手に追って不利を背負うのはまずい。ただでさえ巨体のため、相手から見れば的が大きい。相手を追って、こちらから見えない位置に連れていかれたら終わりだ。



 だから魔王の作戦は迎え撃ち。



 三白眼がぎょろぎょろと辺りを見渡す。















 望遠鏡という道具がある。



 円筒状の道具で中には月天石という300万リラもする石を削って作ったレンズという部品が使われている、遠くを見るための道具だ。片側が細くなっており、そこから覗くと遠方が見える。冒険者は持っておきたい道具の一つだが、お値段がなんと500万リラと初心者には買えないので滅多に見られない。アレン達は現在100万リラほどしか稼げていないのでまだまだである。



 アレンはその望遠鏡を覗いていた。持ち主はアレンではない。魔王城の倉庫にあったものを少し拝借したのだ。アレンはもう戦闘の場から少し離れていた。木の上に待機しながら弓矢を用意しておく。



 この場にいるのはアレンの他にはエンドローゼだけだ。戦闘を観察し、必要に応じて出撃してしてもらうことにしたからだ。本人は皆と一緒に行きたそうにしていたが、6人で説得した。護りながらはきついというコストイラの一言が決め手になった。



 ちらりとエンドローゼを見ると、杖をしっかりと抱きしめ拗ねているようにも見える。ちゃんとフォローしなければいけないのだが、何と言えばいいのか分からない。



「エンドローゼさん。シキさんのところに行きますよ」



「は、はい」



 アレンは木から下り、エンドローゼを連れてばれないように走り出す。木の上はアレンには恐怖の対象だったが、いざとなれば気にしないこともできるのだなとエンドローゼは秘かに思っていた。















「当分は走れないな。いや、走れるけど傷が開いちゃうな」



 カレトワは自分の脚に巻かれた包帯を擦りながら憂う。



「しゃーねーだろ。お前の傷つき具合が強かったんだから。嘆くんなら実力不足を嘆け」



 ロッドが後始末しながらカレトワに言い返す。カレトワはムッとした。



「正論風に言われてもアタシ知らなーい」



「別にお前を説得しようとしてねェからな」



 他方、コウガイはイライザを止めていた。



「駄目です」



『何でいけないのっ!?私はあの方の妻よっ!?夫を護るのも妻の役目よ!!』



「駄目です。妻ならば夫を信じてみても良いのではないですか!?」



『それでもっ!!』



 イライザはヒステリック気味にコウガイの方を掴み、叫ぶ。



「それでも?」



『それでも、私はあの人の、支えになり、たい…………の…………』



 涙目になり訴えるイライザにインサーニアを彷彿させる鋭い目つきを向ける。



「アスミン」



「ぅふぇっ!?」



 コウガイに名を呼ばれアスミンは変な声が出て、恥ずかしそうに顔を赤くする。



「隠れている棚。上から2段目」



「え?」



「早く」



「うん」



 アスミンは兄の指示通り棚の上から2段目を開ける。中には少し大きめの望遠鏡が入っていた。アスミンは恐る恐る望遠鏡を掴み、兄の元にまで持っていく。



「兄さん」



「ん」



 コウガイはありがとうとアスミンに言い、望遠鏡をイライザに渡す。



「それでもインサーニア様が心配ならば、ここから見ていてください。貴方様は魔術師です。ここからでも狙い放てるでしょう。後援ができるでしょう。テクニカルポイントが必要ならば私を攻撃してください。ちょっとやそっとではやられたりは致しません」



『っ!?』



 イライザは望遠鏡を受け取った。
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