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大丈夫か、この世界は…
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時間とは過ぎていくもので…それも嫌なことが来るのは早い。
つまり、今は昼過ぎ。前世で言うなら午後三時になる手前、というところだ。普段なら何のお菓子が出てくんのかなぁ~!とか、めっちゃ楽しみにしながら待ってる時間なのに。今日は処刑人の気分だ、いやなった事ないから分からんが。多分こんな感じじゃないか、と憶測で話してる。ちなみに好きなお菓子は色々あるが、チョコが一番好き。甘いのは正義だ。
なんてまたしても意識を他所にやっていたら、メイがコンコンッ、とノックして入ってきた。返事してねぇのに、入ってくるなんて。お母様に言いつけてやるからな。勿論これから来るストレスの発散の為だ、つまりは八つ当たり。
「お嬢様ぁ~。愛しの王子様が見えましたよぉ~!」
いつも通りの間伸びした、僅かに笑いを含んだ声で、私は心を決めた。絶対にさっきのチクる。要らんことを言う侍女は、母に一回しばかれてくると良い。
「メイ、ありがとう。…後で返事する前に入室したこと、お母様に伝えておくわね!」
他所行きの言葉遣いで、メイにちゃんと伝えておく。「お嬢様ぁ!!」と絶叫しているが、自業自得だと思う。侍女とは何かを一から教えてもらえ!
シクシクと泣き真似をするメイを連れて、ホールに控える。本当なら外に出てなきゃいけないんだが、何故か中で待つように
と父から言われたのでそうしている。
とりあえず軽く挨拶したら謝らなきゃなぁ。手をすぐに出してしまったのは事実で、私が悪いのだから当たり前だ。問題はその後に何を言われるかなんだが。なる様にしかならないか、と腹を括る。
タイミング良く扉が開かれ、外に控えていた従者が扉を抑えるために中に入ってきた。いよいよ、か。
すぐに私と余り背丈の変わらない男の子と、大人が入ってくる。大人は護衛と侍女。男の子は勿論、王子である。
視界に入った瞬間、私は即座に敬意を示すために礼をとる。メイも執事達も、同様に礼をとり王子の言葉を待つ。はずだったんだが…。
「っ!礼なんて取らなくて良い!急に来訪を決めたんだ、そんなことしなくて良いよ!」
へ?と思いながら聞き間違いじゃないか、と頭を下げたままにしていたら、王子の影が徐々に近くなる。私の前、頭を下げる私の視界につま先が映り込む位置で止まり、私に声を掛けてきた。
「ユミリーネ嬢、お願いだから顔を上げて?」
聞き間違いではなかったみたいだ、恐る恐る顔を上げれば。昨日と変わって、優しい笑みを浮かべた王子が目の前にいる。
ひぇぇぇ!と悲鳴を上げなかっただけ褒めてほしい。だって昨日殴ったんだぞ、なのにその笑みは。私にとっては、仕返しをする人間の笑顔にしか見えない。王子は私の気持ちなど知る由もなく、笑みを浮かべたまま私を見つめる。
「ユミリーネ嬢、急な来訪の対応感謝する。…君にはちゃんと話さなくちゃ、って思ったんだ。」
…それはつまり、お礼してやるからと解釈して良いだろうか。いや、それしかないよな!?こんな態度の変化は、それ以外ないんだが!
どんな仕返しがくるのか、不安になりながら挨拶をする。
「シュナイド王子、昨日は大変申し訳ありませんでした。謝って許される事ではないのは承知しております。…如何なる罰もお受け致します…。」
そこで再び頭を下げると、王子は何故か困惑しているような雰囲気をしている。
「…やっぱり、こうなるよね…。」
ボソッと呟いた言葉は聞き取れず、かと言って聞き直すわけにもいかないので、そのまま黙って頭を下げ続けていれば。
「ユミリーネ嬢?もう謝罪は要らないよ。昨日は明らかに僕が悪かったんだ、君に非はない。それに腫れも引いて痛みもないから!」
困惑しながらも王子に、寛大なお言葉ありがとうございます、と返した。立ち話をさせるわけにもいかないので、サロンへと案内をする。途中王子は興味深々で我が家を見ていたが、これだけは言っておこう。お前が住む家の方が我が家より凄いぞ。我が家にあるものなら、大概お前ん家にあるからな。
サロンに入室して、王子とテーブルを挟んで座る。段取りは事前に伝えてあるために、サッと給仕係が準備をして出て行く。残ったのは王子と私、あとは互いの侍女一人ずつだけ。
とりあえず緊張で乾いた喉を潤そうと、紅茶を飲む。…なんか苦い、というかちょっと渋いような…。と王子を見ると。
一緒に出されたジャムを入れてらっしゃる…。これ、ロシアンティーか…。どうやら私は思っていた以上に緊張しているみたいだ。普通に見りゃ分かるのになぁ…。
少し渋い顔をした私を見て、王子は爽やかな笑みを浮かべてフォローしてきた。
「ジャムの器って見えづらいよね。僕もたまに間違えるんだ。」
…フォローがフォローになってない気がするが、恥をかかせまいと言ったことだけは分かる。真意は全く分からん。
「え、えぇ。シュナイド王子も間違われるのですね…オホホホ。」
とりあえず愛想笑いで誤魔化した。特段何を言われるでもなく、そのまま静かな時間が過ぎていく。
話をしたいと王子は言っていたが、まだそのタイミングではない様だ。話の内容はおそらく王命の件だろうな。きっと公爵位で宰相がいる家を取り潰すわけにはいかない、となって渋々取り決めたんだろう。王子は一応優しくしろ、と言いつかって今は優しいんじゃないだろうか。
そんで結婚はするけど、別で愛人やら作るから構うな、そんな所か。罰としては軽いもので収めてもらえたのだから、条件を提示されても断ることなんて出来やしない。こちらとしても昨日の印象が最悪だったから、愛情なんて芽生えないだろうし。
そう思いながら、一緒に出されたスコーンにクリームをたっぷり乗せながら、王子が口を開くのを待つ。
スコーンに舌鼓を打ちながら、王子を観察していたら…ん?王子がなんかモジモジしてる。トイレ?トイレに行きたいのか?しかし、王子から言ってこないのに言うわけにはなぁ。でも我慢させて漏らされてもなぁ。
悩んで見守っていると、王子は急に何かを決意したように、キリッとした表情で見つめてくる。おっ、漸く言う気になったか、流石に漏らすわけにはいないもんな!メイに案内させるか、と考えている私の予想は全く違うものだった。
王子は昨日のような濁った青じゃなく、透き通った綺麗な青で私をジッと見つめたかと思えば、スッと立ち上がり私のそばに来た。えっ、昨日の仕返し今からするパターン!?と焦り、痛みに耐えるため反射的に目を瞑る。……が、何も起きない。
ゆっくりと目を開けてみると…。
え?お?ん?…お、王子が…!王子が片膝ついとる!?私に!?なんで!
訳がわからず困惑する私の左手をそっと、壊れ物を扱うかのように優しく取る。その仕草はとても噂で聞いていたようなものとは違って、優雅で王子に相応しいものだった。
自分の手に乗せた私の左手を見て、次に私の瞳を見つめてくる。そこには怒りとか悪巧みをしてるような、そんなものは映ってなくて。でも確かな揺るぎない思いが映ってはいた。
「ねぇ、ユミリーネ嬢?王命はお義父上から聞いたと思う。困惑…したよね、あれだけ酷いことしたのに何故って。」
サラッと父を義父呼びしたことは置いておいて、王子の言葉に集中する。
「それなのに急に来たりして、仕返しされるんじゃないか、って怖かったと思う。謝って許されるとは思ってないけど言わせて?本当にごめんなさい。」
今日この場で謝るべきは私の方だ、経緯がどうであれ手を上げたのは私。なのになんで…?
「この罰は僕がお願いしたんだ、この婚約を受けてほしいって。嫌がらせとか、そんな思いからじゃないよ!心の底からそう思ったから言ったんだ。」
少し間を置いてから、王子は罰に至った経緯を話し始めた。
「僕は産まれた時から王子で、皆から甘やかされてたんだ。それは弟が産まれてからも変わらなかった、なんせ王位継承第一位だからね、時期国王になるであろう僕を叱る人なんていなかった。だから僕は何をしても構わないんだって、誰もが僕の思い通りに従うんだって、信じて疑わなかった。」
…成る程、陛下がどんな人かは分からないが、王妃があれだからな、際限なく甘やかすわな。本人は叱ってるつもりでも、あれじゃ響くわけもない。そりゃあんな我儘性悪な王子が出来上がるわ。
「昨日だってそう。会ったこともない、見たことのない人と結婚なんて、って思ってた。僕の好きにさせてくれ、構うなって。だから容姿なんて関係なく、酷いことを言って酷いことをしたんだ。そうすれば、皆当たり前のように分かった、って引くと思ったんだ。」
でもね?と曇りのない透き通った瞳に私を映し続ける。
「君だけは違った。王子に手を上げたらどうなるか、なんて予想が付くだろうに真正面から向かってきた。あの時は殴られるなんて思わなくて、理解が追いつかなくて。でも君が帰った後ずっと考えてたんだ。」
………本当にどうしたんだ。お前、昨日と顔つきも何もかも違うじゃんか…。もうさ、なんだっけ?前世で仲良かった奴がやってたアレ。…そうだ、乙女ゲーム!あれの中に出て来そうなほどに、性格変わってんじゃん。え?私が知らないだけで実は…ってパターン?
と意識が明後日に走っていきそうなのに、王子の瞳が私をここに戻す。
「僕が選ぶんじゃない、僕は皆から選ばれなきゃいけなかった。僕がこうして我儘を言っていられるのは、王家を支えてくれる人達がいるから。皆が何も言わなかったのは、これから覚えていくだろう、って期待してくれてたから、だと思う。…何人かは呆れて言えなかったかもしれない。」
えぇ…同い年でこの考えに行き着くの?大人すぎやしないか。いやまぁ、時期王になるなら大事だとは思うが、たったあれだけだぞ。たった数時間で変わったの?ヤベぇよ、怖ぇよ。
「君に言われてから気付けたんだ、父上も母上も言ってくれてたのにね。…だからユミリーネ嬢、君には罰を受けてほしくなかった。でもそれだと示しがつかないって父上に言われて…。」
なら母親が推してる婚約で罰にするか、ってなったのかー、そうかー。…ってなるか!ふっつうーに!嫌だろ、手を出す女!Mか、こいつMなのか!?
「あの場は僕らしか知らないし、僕的には…その…、君が隣に居てくれたら、皆から選んでもらえるような…正しい国王になれると思ったんだ!」
だから、と少し早かった呼吸を整えた。
「君を傷つけて、元々無かった想いがマイナスなのは分かってる。それをこれから行動で取り戻す、から!」
「ユミリーネ嬢、僕と結婚してください!」
勢いをつけて言ったからか、折角整えた呼吸が上がっている。顔も真っ赤だ。
でもやっぱり、昨日と違う、透き通った空を映したような瞳は、私を真摯に見つめていて。
本当に、心の底から、紡いだ言葉なんだと理解した。瞬間…。
「あ、あのぉ…、え、えっとぉ…。」
なんだ顔が熱い!しかもなんか喋ろうとして、なんも思い付かないし!返事すりゃいいだけなのに、全く上手くいかない。
どちらにせよ婚約しなきゃいけないのに、その顔見たら意味が違ってくるじゃんかぁ!
あぁ、もう真っ赤なのが分かる。だって、だって仕方ないよな!?私、告白されたの前世合わせても初めてだもん!前世なんて異性から友達扱いばっかで、なのにこんなに真剣な想い伝えられて…さ。
しかも、繋いでる手が震えてるのが伝わってくる。
「も、もちろん婚約がダメならダメで、ちゃんと罰は変えるから!宰相やお義母様に影響が…ないように。考えるから…。」
徐々に声が小さくなる。…怖い、んだ。王子―――シュナイドも、私も。受け入れてもらえないかもしれない恐怖と、受け入れた先にあるかもしれない未来が。
恥ずかしさで隠していた本音が、シュナイドの想いに触れて顔を出す。返事をするのも、手を取るのも簡単なこと。でも安易に取ったその手が、導く未来は…私には地獄のようなものだった。だから私はやさぐれた。
(…でも、あの時とは違う、と思いたい。変わろうと自分を見つめ直した、シュナイドとなら…。)
私はそっと繋いでいた手に力を込め、握り返した。
「シュナイド王子、私が言えることではありませんが…条件、というか…お願いがあります。」
震える声を抑えながら、優しく語りかける。
「っ!何!?僕が叶えられることなら、叶えるよ!」
希望が生まれたように、キラキラと瞳を輝かせながら私を見上げる。
うん、シュナイドなら、大丈夫。
「一つ目、浮気をしないで。二つ目、裏切らないで。」
「生涯君以外の人を愛さないし、愛する気もないよ!さっき言ったように、これからは君に誠心誠意であり続ける!」
まだ途中なのに、食い気味で言ってきた。それ程嬉しいのか…。でも三つ目でも同じように、言ってくれるだろうか。
「最後三つ目…。私より先に死なないで。私を…置いて逝かないで。」
提示した全てが、私の周りに起きたこと。幼かった私がトラウマのように思って、ずっと引きずっていること。
寿命なんて人それぞれだ、天命を全うする人もいれば事故や病気で亡くなる人だっている。それは抗いようのない、運命なのだから仕方ない。でも…それでも、最期の最後まで足掻いてほしいのだ、置いて逝かれるのは…すごく寂しいから。
婚約は免れないことなら、私だってシュナイドを愛するから。私に信頼されるように頑張る、と言った彼なら愛せる気がしたから。
生涯私だけを愛するのなら、それなら最期まで寄り添う覚悟は決めた。だからシュナイドには私の思いを受け止めてほしい。
そんな覚悟を秘めた瞳で見つめれば、シュナイドは先程より更に強い、輝く瞳で頷いた。
「分かった。君を送ってから僕も旅立つことにするよ。…君が一人で寂しくないように。」
そう言って優しく微笑むと、私の左薬指の付け根にそっと口づけを落とした。
つまり、今は昼過ぎ。前世で言うなら午後三時になる手前、というところだ。普段なら何のお菓子が出てくんのかなぁ~!とか、めっちゃ楽しみにしながら待ってる時間なのに。今日は処刑人の気分だ、いやなった事ないから分からんが。多分こんな感じじゃないか、と憶測で話してる。ちなみに好きなお菓子は色々あるが、チョコが一番好き。甘いのは正義だ。
なんてまたしても意識を他所にやっていたら、メイがコンコンッ、とノックして入ってきた。返事してねぇのに、入ってくるなんて。お母様に言いつけてやるからな。勿論これから来るストレスの発散の為だ、つまりは八つ当たり。
「お嬢様ぁ~。愛しの王子様が見えましたよぉ~!」
いつも通りの間伸びした、僅かに笑いを含んだ声で、私は心を決めた。絶対にさっきのチクる。要らんことを言う侍女は、母に一回しばかれてくると良い。
「メイ、ありがとう。…後で返事する前に入室したこと、お母様に伝えておくわね!」
他所行きの言葉遣いで、メイにちゃんと伝えておく。「お嬢様ぁ!!」と絶叫しているが、自業自得だと思う。侍女とは何かを一から教えてもらえ!
シクシクと泣き真似をするメイを連れて、ホールに控える。本当なら外に出てなきゃいけないんだが、何故か中で待つように
と父から言われたのでそうしている。
とりあえず軽く挨拶したら謝らなきゃなぁ。手をすぐに出してしまったのは事実で、私が悪いのだから当たり前だ。問題はその後に何を言われるかなんだが。なる様にしかならないか、と腹を括る。
タイミング良く扉が開かれ、外に控えていた従者が扉を抑えるために中に入ってきた。いよいよ、か。
すぐに私と余り背丈の変わらない男の子と、大人が入ってくる。大人は護衛と侍女。男の子は勿論、王子である。
視界に入った瞬間、私は即座に敬意を示すために礼をとる。メイも執事達も、同様に礼をとり王子の言葉を待つ。はずだったんだが…。
「っ!礼なんて取らなくて良い!急に来訪を決めたんだ、そんなことしなくて良いよ!」
へ?と思いながら聞き間違いじゃないか、と頭を下げたままにしていたら、王子の影が徐々に近くなる。私の前、頭を下げる私の視界につま先が映り込む位置で止まり、私に声を掛けてきた。
「ユミリーネ嬢、お願いだから顔を上げて?」
聞き間違いではなかったみたいだ、恐る恐る顔を上げれば。昨日と変わって、優しい笑みを浮かべた王子が目の前にいる。
ひぇぇぇ!と悲鳴を上げなかっただけ褒めてほしい。だって昨日殴ったんだぞ、なのにその笑みは。私にとっては、仕返しをする人間の笑顔にしか見えない。王子は私の気持ちなど知る由もなく、笑みを浮かべたまま私を見つめる。
「ユミリーネ嬢、急な来訪の対応感謝する。…君にはちゃんと話さなくちゃ、って思ったんだ。」
…それはつまり、お礼してやるからと解釈して良いだろうか。いや、それしかないよな!?こんな態度の変化は、それ以外ないんだが!
どんな仕返しがくるのか、不安になりながら挨拶をする。
「シュナイド王子、昨日は大変申し訳ありませんでした。謝って許される事ではないのは承知しております。…如何なる罰もお受け致します…。」
そこで再び頭を下げると、王子は何故か困惑しているような雰囲気をしている。
「…やっぱり、こうなるよね…。」
ボソッと呟いた言葉は聞き取れず、かと言って聞き直すわけにもいかないので、そのまま黙って頭を下げ続けていれば。
「ユミリーネ嬢?もう謝罪は要らないよ。昨日は明らかに僕が悪かったんだ、君に非はない。それに腫れも引いて痛みもないから!」
困惑しながらも王子に、寛大なお言葉ありがとうございます、と返した。立ち話をさせるわけにもいかないので、サロンへと案内をする。途中王子は興味深々で我が家を見ていたが、これだけは言っておこう。お前が住む家の方が我が家より凄いぞ。我が家にあるものなら、大概お前ん家にあるからな。
サロンに入室して、王子とテーブルを挟んで座る。段取りは事前に伝えてあるために、サッと給仕係が準備をして出て行く。残ったのは王子と私、あとは互いの侍女一人ずつだけ。
とりあえず緊張で乾いた喉を潤そうと、紅茶を飲む。…なんか苦い、というかちょっと渋いような…。と王子を見ると。
一緒に出されたジャムを入れてらっしゃる…。これ、ロシアンティーか…。どうやら私は思っていた以上に緊張しているみたいだ。普通に見りゃ分かるのになぁ…。
少し渋い顔をした私を見て、王子は爽やかな笑みを浮かべてフォローしてきた。
「ジャムの器って見えづらいよね。僕もたまに間違えるんだ。」
…フォローがフォローになってない気がするが、恥をかかせまいと言ったことだけは分かる。真意は全く分からん。
「え、えぇ。シュナイド王子も間違われるのですね…オホホホ。」
とりあえず愛想笑いで誤魔化した。特段何を言われるでもなく、そのまま静かな時間が過ぎていく。
話をしたいと王子は言っていたが、まだそのタイミングではない様だ。話の内容はおそらく王命の件だろうな。きっと公爵位で宰相がいる家を取り潰すわけにはいかない、となって渋々取り決めたんだろう。王子は一応優しくしろ、と言いつかって今は優しいんじゃないだろうか。
そんで結婚はするけど、別で愛人やら作るから構うな、そんな所か。罰としては軽いもので収めてもらえたのだから、条件を提示されても断ることなんて出来やしない。こちらとしても昨日の印象が最悪だったから、愛情なんて芽生えないだろうし。
そう思いながら、一緒に出されたスコーンにクリームをたっぷり乗せながら、王子が口を開くのを待つ。
スコーンに舌鼓を打ちながら、王子を観察していたら…ん?王子がなんかモジモジしてる。トイレ?トイレに行きたいのか?しかし、王子から言ってこないのに言うわけにはなぁ。でも我慢させて漏らされてもなぁ。
悩んで見守っていると、王子は急に何かを決意したように、キリッとした表情で見つめてくる。おっ、漸く言う気になったか、流石に漏らすわけにはいないもんな!メイに案内させるか、と考えている私の予想は全く違うものだった。
王子は昨日のような濁った青じゃなく、透き通った綺麗な青で私をジッと見つめたかと思えば、スッと立ち上がり私のそばに来た。えっ、昨日の仕返し今からするパターン!?と焦り、痛みに耐えるため反射的に目を瞑る。……が、何も起きない。
ゆっくりと目を開けてみると…。
え?お?ん?…お、王子が…!王子が片膝ついとる!?私に!?なんで!
訳がわからず困惑する私の左手をそっと、壊れ物を扱うかのように優しく取る。その仕草はとても噂で聞いていたようなものとは違って、優雅で王子に相応しいものだった。
自分の手に乗せた私の左手を見て、次に私の瞳を見つめてくる。そこには怒りとか悪巧みをしてるような、そんなものは映ってなくて。でも確かな揺るぎない思いが映ってはいた。
「ねぇ、ユミリーネ嬢?王命はお義父上から聞いたと思う。困惑…したよね、あれだけ酷いことしたのに何故って。」
サラッと父を義父呼びしたことは置いておいて、王子の言葉に集中する。
「それなのに急に来たりして、仕返しされるんじゃないか、って怖かったと思う。謝って許されるとは思ってないけど言わせて?本当にごめんなさい。」
今日この場で謝るべきは私の方だ、経緯がどうであれ手を上げたのは私。なのになんで…?
「この罰は僕がお願いしたんだ、この婚約を受けてほしいって。嫌がらせとか、そんな思いからじゃないよ!心の底からそう思ったから言ったんだ。」
少し間を置いてから、王子は罰に至った経緯を話し始めた。
「僕は産まれた時から王子で、皆から甘やかされてたんだ。それは弟が産まれてからも変わらなかった、なんせ王位継承第一位だからね、時期国王になるであろう僕を叱る人なんていなかった。だから僕は何をしても構わないんだって、誰もが僕の思い通りに従うんだって、信じて疑わなかった。」
…成る程、陛下がどんな人かは分からないが、王妃があれだからな、際限なく甘やかすわな。本人は叱ってるつもりでも、あれじゃ響くわけもない。そりゃあんな我儘性悪な王子が出来上がるわ。
「昨日だってそう。会ったこともない、見たことのない人と結婚なんて、って思ってた。僕の好きにさせてくれ、構うなって。だから容姿なんて関係なく、酷いことを言って酷いことをしたんだ。そうすれば、皆当たり前のように分かった、って引くと思ったんだ。」
でもね?と曇りのない透き通った瞳に私を映し続ける。
「君だけは違った。王子に手を上げたらどうなるか、なんて予想が付くだろうに真正面から向かってきた。あの時は殴られるなんて思わなくて、理解が追いつかなくて。でも君が帰った後ずっと考えてたんだ。」
………本当にどうしたんだ。お前、昨日と顔つきも何もかも違うじゃんか…。もうさ、なんだっけ?前世で仲良かった奴がやってたアレ。…そうだ、乙女ゲーム!あれの中に出て来そうなほどに、性格変わってんじゃん。え?私が知らないだけで実は…ってパターン?
と意識が明後日に走っていきそうなのに、王子の瞳が私をここに戻す。
「僕が選ぶんじゃない、僕は皆から選ばれなきゃいけなかった。僕がこうして我儘を言っていられるのは、王家を支えてくれる人達がいるから。皆が何も言わなかったのは、これから覚えていくだろう、って期待してくれてたから、だと思う。…何人かは呆れて言えなかったかもしれない。」
えぇ…同い年でこの考えに行き着くの?大人すぎやしないか。いやまぁ、時期王になるなら大事だとは思うが、たったあれだけだぞ。たった数時間で変わったの?ヤベぇよ、怖ぇよ。
「君に言われてから気付けたんだ、父上も母上も言ってくれてたのにね。…だからユミリーネ嬢、君には罰を受けてほしくなかった。でもそれだと示しがつかないって父上に言われて…。」
なら母親が推してる婚約で罰にするか、ってなったのかー、そうかー。…ってなるか!ふっつうーに!嫌だろ、手を出す女!Mか、こいつMなのか!?
「あの場は僕らしか知らないし、僕的には…その…、君が隣に居てくれたら、皆から選んでもらえるような…正しい国王になれると思ったんだ!」
だから、と少し早かった呼吸を整えた。
「君を傷つけて、元々無かった想いがマイナスなのは分かってる。それをこれから行動で取り戻す、から!」
「ユミリーネ嬢、僕と結婚してください!」
勢いをつけて言ったからか、折角整えた呼吸が上がっている。顔も真っ赤だ。
でもやっぱり、昨日と違う、透き通った空を映したような瞳は、私を真摯に見つめていて。
本当に、心の底から、紡いだ言葉なんだと理解した。瞬間…。
「あ、あのぉ…、え、えっとぉ…。」
なんだ顔が熱い!しかもなんか喋ろうとして、なんも思い付かないし!返事すりゃいいだけなのに、全く上手くいかない。
どちらにせよ婚約しなきゃいけないのに、その顔見たら意味が違ってくるじゃんかぁ!
あぁ、もう真っ赤なのが分かる。だって、だって仕方ないよな!?私、告白されたの前世合わせても初めてだもん!前世なんて異性から友達扱いばっかで、なのにこんなに真剣な想い伝えられて…さ。
しかも、繋いでる手が震えてるのが伝わってくる。
「も、もちろん婚約がダメならダメで、ちゃんと罰は変えるから!宰相やお義母様に影響が…ないように。考えるから…。」
徐々に声が小さくなる。…怖い、んだ。王子―――シュナイドも、私も。受け入れてもらえないかもしれない恐怖と、受け入れた先にあるかもしれない未来が。
恥ずかしさで隠していた本音が、シュナイドの想いに触れて顔を出す。返事をするのも、手を取るのも簡単なこと。でも安易に取ったその手が、導く未来は…私には地獄のようなものだった。だから私はやさぐれた。
(…でも、あの時とは違う、と思いたい。変わろうと自分を見つめ直した、シュナイドとなら…。)
私はそっと繋いでいた手に力を込め、握り返した。
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震える声を抑えながら、優しく語りかける。
「っ!何!?僕が叶えられることなら、叶えるよ!」
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うん、シュナイドなら、大丈夫。
「一つ目、浮気をしないで。二つ目、裏切らないで。」
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まだ途中なのに、食い気味で言ってきた。それ程嬉しいのか…。でも三つ目でも同じように、言ってくれるだろうか。
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婚約は免れないことなら、私だってシュナイドを愛するから。私に信頼されるように頑張る、と言った彼なら愛せる気がしたから。
生涯私だけを愛するのなら、それなら最期まで寄り添う覚悟は決めた。だからシュナイドには私の思いを受け止めてほしい。
そんな覚悟を秘めた瞳で見つめれば、シュナイドは先程より更に強い、輝く瞳で頷いた。
「分かった。君を送ってから僕も旅立つことにするよ。…君が一人で寂しくないように。」
そう言って優しく微笑むと、私の左薬指の付け根にそっと口づけを落とした。
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