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届けたい想いがある

ミサンガ

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その日は、
朝から怖い夢を見て、
気分がとても憂鬱だった。

一人ぼっちになる夢を見た。

愛する人に拒絶され、
大切な家族からも見捨てられ、
友人たちにも後ろ指を指される、
そうやって、一人ぼっちになっていく夢。

怖くて怖くて、
泣きたくて。

でも涙は不思議と出てこなくて、
涙を流さずに泣いた。

息苦しくて、夢から覚めた今でも、
恐怖が離れない。

足取りは重く、
歩き方を忘れたかのように足元がふらつく。

そんな思い気持ちのまま、
子供たちのところへと向かった。

子供たちが帰ってくるのを待っている間、
僕は震えを抑えるのに必死だった。

両腕を強く体に引き寄せ、
固まるように立っているのがやっとだった。

子供たちが帰ってきて、
いつものように、楽しそうに、
思い思いに遊び始める。

あの子は積み木、
その子は塗り絵、
たくさんの遊びをする中でも、
この子はミサンガ作りにはまっているようだ。

ピンクの色の三つの糸を
一生懸命に三つ編みにして、
途中ちょっと手こずって、
悩んだりしながら一本一本を編んでいって、
一つのミサンガに仕上げていく。

そういえば、
ミサンガの始めに結び目を作るのだけれど、
その作業が出来ないからと、
やってやってとせがまれたっけ。

机に固定させるからと、
テープを貼ってほしいとも言われた。


あんなに真剣に、
何を思って作っているのだろう。


他の子とも遊んで、一息ついていたころ、
その子が僕に近寄ってきた。


「どうしたの?」

「見て、ミサンガ出来たの。」


ところどころ三つ編みが崩れた
ピンク色のミサンガ。

不器用なようで美しく完成されたそれは、
とてもこの子らしい代物となっていた。


「へぇ、綺麗に出来たね。」

「名札。」

「…ん?名札?これ?」


僕が首から下げてる
僕の名前が書いてある名札。

それを引っ張って、
そのピンクのミサンガを括りつけた。

初めは、よく、分からなかった。


「…?」

「……。」


照れたように一歩一歩退く仕草が可愛らしくて、いじらしくて、
ちょっといじめてみたくなってしまった。


「これ、くれるの?」


その子は黙って、首を縦に振った。


「ありがとう。嬉しいよ。」


そうやって僕が微笑むと、
その子はニコニコしながら元いた場所へと戻っていった。

なんでくれたのかは分からない。

来た時から元気の無い僕に気づいて、
元気づけようとしてくれたのだろうか。


勘ぐりすぎだとは思う。


でもそう思うことで、
僕は救われたと感じることが出来た。


ありがとう。


本当に、嬉しかったんだよ。


括りつけられただけのピンクのミサンガを、僕はリボンにして名札に結び直した。

このミサンガには、
あの子の何が込められているのだろう。


思い、夢、希望、情、なんでもいい。


それがどんなものであったとしても、
このミサンガは僕の名札に付けられたものだ。

あの子が、僕の名札につけたもの。

それ以上でもなく、以下でもない。

ただ、それだけのもの。

特別な何かはなくていい。

ただ、僕にこのミサンガをくれたあの子がいたこと。

その証となるなら。


そのミサンガが切れた時、
一体何が起こるのだろう。

あの子の何かが、変わるのだろうか。


僕は、一人で密かに、
その時を待ち遠しく思う。


それは密かに、誇らしく。



一人じゃなかったという、
僕の囁かなお守りなのだ。
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