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目頭が熱い

生きていてよかった

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「…死にたい。」


「そうか、死にたいのか。」


「いいことなんて一つもないし、
   きっとこれからもない。」


「そっか、いいこと、なかったんだな。」


「別に僕が居なくなったところで、
   誰も悲しまないし、泣きもしないよ。」


「うん。
   君が居なくなったところで、
   誰も悲しまないし、泣きもしないのか。」


「つまんない人生だったし、
   きっとこれからもつまんない。
   生きている意味が分からないよ。」


「つまんない人生だったのか。
   生きている意味が、
   分からなくなったのか。そっか…。」


「生きている意味って、なんなんだろう…?」


「生きている意味って、なんなんだろうな。」


「別にいじめられた訳でもないし、
   家庭が複雑な訳でもないんだ。
   でもなにかが不安で、怖くて。
   逃げてしまいたくなったんだ。」


「不安で、怖くて、
   逃げてしまいたくなったのか。そうか。」


「………。」


「………。」


「………っ。」


「…………。」



見ず知らずの男の人が、
河原で座り込んでいる見ず知らずの僕の話を、
聞いてくれた。


肯定する訳でもなく、否定する訳でもなく。


ただ、僕の気持ちを受け入れてくれた。


男の人は、
僕と一度も目を合わせてくれなかった。


でも、すぐに分かった。


僕が、泣いてしまうことを
知っていたからなんだって。


男の人は僕の隣に座ったまま、
大きくて硬い左手を、僕の頭に乗せて、
力強く、撫でてくれた。


そして、独り言のように。



「……おー、泣け泣け。
   いっぱい泣いて、笑って死ね。
   そしたらそん時、また会おうな。」



僕はただただ泣くことしか出来なくて
苦しかった。


こんなに話を聞いてくれた人はいなかった。


見ず知らずの僕の話を、
こうやって受け入れてくれる人なんて
いなかった。


意見なんて求めてない。


正解がないのだって分かってる。


ただ、聞いて欲しかっただけなんだ。


どうしてこの人は、それが分かったのかな。



泣きながら、僕は震える声で一言。



「………良かった…っ、 
   生きてて……良かったよ…。」



あなたに会えて、本当に良かった。

僕は、まだ、生きていたいと思えたから。





それから、
あの男の人とは一度も会っていない。


僕が笑って死ぬ時、
あの人は来てくれるだろうか。


また、会えるだろうか。


今度は、ちゃんと、笑顔で。


"生きていてよかった"と、言えるだろうか。
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