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第二章 到着した王都サンドイで
第十話 マーリル、森へ行きました
しおりを挟むマーリルと言うよりもディアが関係していた今回の大規模討伐は、今までにない規模になると予想されている。
今まで出てきた統率者は、AAA級――『破壊級』と呼ばれる村一つ二つは簡単に消えるくらいの強さ――の魔物や、S級――『破滅級』と呼ばれる村を簡単に十は消えるほどの強さ――がほとんどであったらしい。
それがあくまで予測ではあるものの、伝説とも言われるSSS級――『不滅級』と呼ばれる最早神に祈ることも馬鹿馬鹿しいと言われるほどの強さを誇る――の統率者が出張ってくると考えられている。
創世神話で出てくる『はじまりの魔物』――始祖種だ。
情報の少ない統率者対策に何かないかと、始鳥について詳しく聞かれたので、マーリルは思い出せる限りのことを話した。
マルトルの街中で悲鳴を聞いてかけつけると、鳥らしき生き物が装飾品を奪って飛び去っていくのを見た事。
追いかけていくとその鳥が『魔石』を呑み込み、それを元に雛たちに餌をあげているのを見たこと。
マーリルも真似して餌を与えるとその雛が付いてきてしまったこと。
ただのテイムだと思っていたら、魔力の繋がりが出来て『使い魔』になったこと、などを話した。
会議室に居た面々はそれらを聞いて「うーむ」とそれぞれが唸っていた。
「な、なななんか変なこと言いました?」
余りにも何も言われず各々は唸っているため、不安になったマーリルはこそっとディストに確認してみた。
「変だも何も、変なことだらけだ」
「えーーーーー」
静かに絶叫した。
「ごほん、『魔石』を呑みこんでいたというのは、間違いないのか?」
ざわつきを抑えるように一つ咳ばらいをした総司令官のファンダルは、再確認と言わんばかりにマーリルに確認した。
「はい。目の前で見たので間違いありません」
「……そうか」
「街中に野生の魔烏が侵入してきただと!」
「いや、魔石を狙ってきたのなら街中のほうが確実だ」
「それならば他にも野性の魔烏が?」
「アヴァ・エだからそんな危険を犯してまできたのだ!そんな何羽もいるとは考えられん」
「親鳥だけがアヴァ・エなのか?」
「魔石を呑みこんでいたのを確認したのは親鳥だけだが、雛もそう考えた方がいいだろう」
マーリルが断言するとそれまで唸っていた面々は各々の考えを今度は好き勝手に推測し始める。
そもそも、
「それは、魔烏なのか?」
サツキリアと同じ事を言われてしまった。
「そうだと、思います……」
マーリルには自信はない。
今のディアの姿は完全に魔烏から逸脱してしまった。徐々に変わり始めたその姿は、今ではもう『魔烏』と呼ぶには少し苦しい。
頭の先から尾までに黒から銀に薄くなりグラデーションになった。
顔は烏の面影を少しだけ残しつつ猛禽のように鋭くなり、下半身は完全に獣だ。マーリルが思い描く『グリフォン』のように後ろ足は獣で、前足は鋭い鈎爪を持った鳥の足なのだ。
一つ解せないのはディアの下半身は獅子ではなかったこと。獅子とはつまりライオンの事だ。ライオンはネコ科の肉食獣なのだが、ディアのそれはいぬ科の何かであった。尾がふさふさと横に揺れていた。顔も鷲ではないので、マーリルの思うグリフォンとは根本的に違うのだろう。
そして、そんな姿でディアはマーリルの肩に止まりながら暢気に鳴いていた。
――カー、クルル
「…………ほ、本人は魔烏だと、言っています」
「……そ、そうか」
この場で結論は出なかったが、これ以上始鳥を追及したところで始祖種にはすでに関係ないだろうとは結論付けられた。
とにかく『魔石』を呑みこんだ魔烏――始鳥の確認は終えたようなので次いで始祖種の討伐について話すようだ。ここからはマーリルの出番はないだろう。黙って口を閉じていた。
▽
「森へ行くぞ」
そんな一言でディスト共に森へやってきたマーリルは、事の仔細を何も聞いていない。出会ってそれほどの時をともに過ごしていないにも拘らず、マーリルはディストを全面的に信用していた。そこに何かがあるのかはわからないが、そのまま本人に伝えたら怒られること受け合いだ。相変わらずの危機感の無さである。
久しぶりに外に出たディアは楽しそうに高いところへ飛んで行った。
「あんまり遠くにいかないでよぉ!」
――クルル
返事をしたディアは滑空してマーリルの視界から消えた。
「さて、何から話せばいいか……」
言い淀んでいるディストにマーリルもごく唾を呑む。本当に何を言われるのやら。
「まずはお前のギルドランクがEに上がった」
「へ」
「Dまではギルドカードにある魔力探知機能により勝手に上がる仕組みになっている」
「はぁ」
「大規模討伐までにはCランクにあげるぞ」
「はぁ……え」
大規模討伐は溢れ出る魔物が押し寄せてくる――所謂氾濫だ――ものだが、今回のSSS級統率者は『王色蠍』、つまり始祖種の場合はその名の通り魔物たちを統率してやってくる。それもきちんと斥候を出しこちらの様子を伺い、攻めてくるようだ。
魔物の定義にあるように誰もが本能のみで攻めてくるため、死に対する恐怖心がないと言う。全滅も辞さない魔物たちに、何時にない苦戦を強いられるだろう。そうはならないために今はサティアの国の武官たちは大わらわだった。
そして、一番の懸念が、
「相手は蟲だ。大群というだけでも脅威なのにそれを差し引いたとしても強敵になるだろう。攻撃魔法を使えないことは仕方ない。だが、攻撃の手段はなくてはならない」
「は、はい」
王色蠍が蟲型の魔物を統率していることだ。
AAA級である大鬼王は下位種である小緑鬼を統率していたのに対し、例えばSS級である邪竜は鱗を持った魔物を統率してくる。邪竜は鱗を持った魔物ならば蜥蜴型だろうと魚類だろうと統率し大群で押し寄せてくる。過去にはそれで大陸を巻き込んだ大戦となったことがあるらしい。
その上位であるSSS級の始祖種が、下位種だけでなく同族を眷属にしていることは想像に難しくない。蟲型の一番の脅威はその数と、サイズにあるのだ。
「小型の魔物は人の頭くらいの大きさだ。それが膨大な量王都を攻めにやってくるだろう。防衛に国の騎士や軍も出るが、自己防衛出来るに越したことはない。攻撃の魔法は出来なくとも防御くらいは習得してもらう」
「はい!」
「王都には結界もあるが、それは大きな魔物に対してだ。小さな魔物は抜けてくる可能性が高い。勿論一般人にとってはそれでも十分に脅威だろう」
だから王色蠍がくると予測されている一ヶ月後までにギルドランクをあげなければならない、と少しだけ眉をよせてディストは言った。
「なぜ攻撃魔法が使えないのか、わかったか?」
「…………」
(ああ、そうか。ディストさんはわたしが何故攻撃魔法が使えないのか知っているのか。だから、そんな顔をしている……)
「大丈夫です」
ヴィアーナに言われた言葉を思い出した。
―――『殺した生き物の命を背負ってなお、生きる覚悟』
悪戯に殺したいわけではない。だが、この世界に生きている限りぶつかる壁だとしたら、壊すしかない。マーリルはそう決めたのだ。
「大丈夫です」
「わかった」
森の中を進む二人はよくよく見なければわからないような獣道を進んでいた。
「そう言えば外に出たのはスクラムからサンドイに来るまでの道中だけか?」
「そうです」
「なら小さな魔物から行くぞ」
「はい」
気配を薄めながらマーリルはディストの後をついていった。
腕をあげたディストに止まれと無言の合図を送られた。マーリルはしっかりととまると、ディストが指差す方向を見る。ガサガサと鳴る草むらの中に何かいるようだ。
「みてろ」
そう言い残したディストは次の瞬間音も無く飛び上り、その草むらの中に何かの魔術を放った。
(風?)
シュン、と一瞬なった風切り音がやけに耳に響く。次いでとさ、っと小さな音が鳴って草むらから獣が倒れ込んできた。
「すぐに近くに来い。今は見てろ」
「はい」
ディストが何をしようとしているのかすぐに察する事が出来なかったマーリルだったが、とにかく言う通りにしゃがみ込むディストの隣から手元を覗き込んだ。
「これはラビッター。ホーンラビットよりも足が速く警戒心も強い。だからDランクの魔物だ」
足長兎は中型犬サイズの兎のような魔物だ。Eランクの一角兎よりも見つかりにくいので一つランクは上がるが、強さは大差ない食肉にされることの多い魔物だった。
「魔力は見えるか?」
「……はい」
よくよく観察すると消えそうな足長兎の魔力が見えてきた。
「このまま血が流れ終わると肉体に魔力が固定されて魔力を纏ったままの肉になる。そうすると人は食べることが出来ない。だから血が流れ終わる前に魔力を操作する」
そう言いながらディストは足長兎に手を翳した。うねうねと生き物のように動き出す魔力はある一点に辿り着いた。
「どこに辿り着いたか見えたか」
「魔心官……ですか?」
「そうだ」
魔力を持つと言うことは当然魔物も魔心官を持つ。そこに魔力が溜まり固定すると、
「魔心官で魔力が固定されると結晶化する。それが『魔石』だ」
魔石になる。
作業が終わったディストはナイフを取り出し丁寧に腹を捌き余計な内臓を傷つけないようにしながら一つの器官を切り裂いた。
「次はやってみろ。武器は……」
「刀を使います」
そう言ってマーリルは手の中に刀を取り出した。
日が暮れる一歩手前までマーリルはディスト指導の元狩りを続けた。
――クルル
「ディア!」
外を楽しんで来たらしいディアが来てから、ディストと共にサンドイに向かって歩き始めた。今日の獲物は兎系の小さな魔物から、一目猪という軽自動車くらいはある猪の魔物クラスまで大きさは様々である。
魔力抜き――魔力操作して魔石と食肉に分けた状態の事を言う――をした魔物の肉は、肉屋でも互助組合でも引き取ってくれている。良い金額で売れるらしく小金を稼ぎつつギルドランクを上げるのに調度いいらしい。
ディアに餌となる魔力をあげつつ、マーリルは魔物を殺した時の感触を思い出していた。わざわざ思い出さなければいいものを、「難儀なものだ」と自分のことながら苦笑した。
(思ったよりも、最初の時程の衝撃はなかった、な……)
それは割り切ったと言ってもいいのかもしれない。
殺す事と言うよりも、食べるために生き残る糧のために、生き物を殺したと考えることが出来たからかもしれない。
ディストがどこまで考えていたのかはわからないが、今日狩った魔物は全て食肉になる魔物だった。小緑鬼や大緑鬼などの人型――亜人種と呼ばれる魔物は食肉にする事が出来ない――の魔物は狩ることはなかった。
脅威度としては勿論得物を使える亜人種のほうが圧倒的に上だが、獣型の魔物の方が糧になると言う意味で役には立つのだ。魔力操作の方法を教えることに重点をおいたためだったかもしれないが、今日亜人種を狩る事はなかった。
(私のためって、思ってもいいのかな)
嬉しかったので勝手にそう思っておくことにした。
「マーリル」
「なんですか?」
ふいに呼ばれた自分の名前で、マーリルは意識を戻した。
「お前……」
何度となく聞いたディストの呆れたような声色なのは聞き間違いだろうか。今日は何もしていないはずだ。きちんと探索を発動して常に周りに意識を置いて危機感も持っていたし、慎重に狩りをしていたはずだ。
「ディアに、魔烏に何をしている」
「へ」
そうはずだったのだ。今だってディアに餌となる魔力を与えているだけであり、なんらおかしいことはない。マーリルの認識は一般常識と照らし合わせてはならないと今までに知っていたはずなのだが、すっかりと忘れていたようだ。ディストが。
「その濃度の魔力を与えていたのか!?」
「え、あー?」
さっぱり意味がわからない。ディアにははじめからマーリルの魔力をおやつ代わり、餌として与えている。
「ディアが変態したのはアヴァ・エ云々ではなく、それだ!」
「え、えぇぇぇぇぇええええ!」
またも何かやらかしたらしい。
マーリルの絶叫でバサバサと鳥の魔物たちが逃げて行った。
――――――――――
今回は早めに更新できてよかった(安堵)
魔物たちの名付けセンスのなさに泣きそうです。次更新も早めで行けます!書けるときに書いて更新しますので、よろしくお願いします!
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