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第二章 到着した王都サンドイで
第三話 マーリル、パフォーマンスをしました
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ありがとうございます!
――――――――――
「お前がナイティルを助けたという平民か!」
そんな選民思考バリバリの声がかかったのは、ナイティルとマーリルが微笑みながら世間話をしているときだった。
「ほう、良い面をしているではないか。その美貌でナイティルをタラシ込んだのか?」
侮蔑のようにも聞こえる言葉は中庭に響き渡り、マーリルは呆気に取られる。
「なんか言ったらどうなんだ、平民よ。そもそも私が声を掛けてやっているのに挨拶の一つもないとはとんだ無礼ではないか」
更に言葉を重ねているが、マーリルはまだ言葉を口にしない。
「おい聞いて、」
「か、」
マーリルは次の言葉ではっとし身体が勝手に動いてしまった。偉そうな言葉遣いも偉そうな言葉選びも、
「な、平民何をする!」
ナイティルを少し大きくしたような見た目そっくりのお子様に言われても、マーリルには痛くも痒くもない。
「可愛い!」
寧ろ精一杯背伸びしている様がめちゃくちゃ可愛いかった。ガバリと勢いよく抱き締めてしまったほどに。
「クル兄様!」
クルディル=ウルク=サティアーテ10歳。ナイティルの兄であり、火の魔法が苦手なサティア国第二王子であった。
「ナイティル!そんな平民に構ってないでいくぞ!」
「何故ですか?にいしゃ、ごほん。にい様」
一時放心状態に陥ったクルディルだったが、すぐに態勢を立て直したようだ。素早くマーリルから離れると、再び仁王立ちしてナイティルに話し掛けた。
マーリルは暫く兄弟の馴れ合いを眺めてみることにした。によによしながら。
「お、お前、つい最近拐かされたのを忘れたのか!」
「マーリルに様は、だいじょうぶです」
「何を言っている!」
「マー兄様が、たすけてくれたのですよ!」
どうやらクルディルはナイティルが心配で、駆け付けたようだ。どこかで聞き付けたのか、マーリルと二人きりだというナイティルを助けにきたのかも知れない。
しかし生憎ナイティルには伝わっていない。
ナイティルを助けたのはマーリルだ。そんなマーリルを悪く言われて、ナイティルは涙目になりながらクルディルに食い付いた。
「マー兄様のこと悪くいわないでください!」
「な、ナイティル……」
クルディルもほんのり涙目になりながら、悔しそうに唇を噛んでいる。
二人とも泣き出してしまいそうな雰囲気が漂い始め、マーリルは流石に仲裁に入ることにした。
双子の大事な弟妹の喧嘩にもよく割り込んでいたのだ。
「君の大事な弟が帰ってきてくれて嬉しい!って言えばいいんだよ?」
「な、何を、」
完全に「図星!」という顔をしたクルディルだったが、あたふたしながらも認めない。
「はい、ナイティルあーん」
「……あ!あーん。んん!」
クルディルがあまりにも素直じゃないので、マーリルは隣にいるナイティルを先に買収することにした。
嬉しそうに、美味しそうに食べるものだから、クルディルもそれが何か気になったようだ。
「はぁ、甘い」
「む!」
ナイティルが甘い溜め息を吐き出しながら、一言呟いた。
――――かかった!
明らかにクルディルの視線がそれに向いた。やはりお子様は甘いものが好きだ。
「ちゃんと言えたら君にもあげるよ?」
「ぐぬぬ。卑怯な……」
言葉で「ぐぬぬ」と言っている人を初めて見たマーリルは、微笑みながらナイティルに話し掛けた。
「ナイティル」
「うん?」
「甘くて美味しいね?」
「うん!」
「口の中で甘い味が残るもんね」
「うん!」
まだ口の中で転がしているのか口を開かないナイティルは、それでも満面の笑みで首をこくこくと縦に振る。もう涙は引いたようだ。よかった。
「ぐぬぬ」
クルディルはもう一度唸ってからナイティルを呼んだ。
「にぃ、ひゃま?」
まだ飲み込みたくないナイティルの口の中にはドライフルーツが残っていて、行儀悪くもそのまま返事をした。
「無事で、よかった……礼を言うぞ!平民!」
「にぃひゃま……」
「よく言えたね」
少し苛めすぎたのか、クルディルは更に唇を噛んで俯いてしまった。マーリルはクルディルに目線を合わせてしゃがみ込み、頭を一撫でしてからドライフルーツを一つ取り出す。
「はい、あーん」
「…………」
「あーん!」
「…………」
「んんん?」
「…………く」
苛めすぎたかと一度は反省したくせに、あまりにも反応が可愛すぎてついついいらないことをしてしまう。
ナイティルと同じように口許にドライフルーツを持っていくと、絶句したクルディルがいた。
何度も繰り返し、自分が口を開けなければ貰えないとわかったらしいクルディルは悔しそうに再び唸ってから、小さく口を開けた。
ちらりと見たナイティルがニコニコ笑ってその様子を見ていたことも嫌だったのかもしれない。ちなみにナイティルが見ていたのはクルディルの口許にあるドライストロベリーだったのだが。
「―――っ!」
観念して口の中に招き入れた食べたことのない甘味にクルディルは驚愕した。甘さと酸っぱさの絶妙なハーモニーが口の中を踊っているのだ。
そんなことを本当に考えていたわけではないだろうが、クルディルはあっという間に飲み込んでしまったようだ。残念そうな表情が物語っている。
「ほらナイティル一個あげたら?」
「あ!」
しょんぼりと漸く年相応の顔をしたクルディルを前に、マーリルとナイティルはこそこそと囁きあっている。クルディルはそれに気付かず、名残惜しそうに口の中をモゴモゴとしていた。
「兄様……」
「ナイティル?」
「はい」
ナイティルの手の中にあったのは、ナイティルが一番お気に入りのドライマンゴーだった。
「ナイティル……ありがとう」
クルディルの心からの笑顔はとても可愛く、可愛すぎてマーリルが飛び付くまでにそう時間はかからなかった。
▽
「ところでナイティルよ」
「はい」
「お前のそれは……マジックボックス……か?」
「はい!そうなんです!出来るように、なったんです!兄様!」
やはり魔法が使える者は魔力が見えるらしい。ドライフルーツを取り出したナイティルがマジックボックスを使ったことに気が付いたようだ。
「いつの間に……」
「さっき、だよ?」
「何!」
「マーに様に教えてもらった、です」
「は!?」
兄弟のやり取りをニコニコ傍観していたマーリルをクルディルは勢いよく振り返えると、王族としては有り得ないほどの距離でマーリルに詰め寄った。
「おい平民!貴様がナイティルにマジックボックスを教えたというのは本当か!」
「…………マーリル、」
「は?」
「僕は、マーリルですよ。殿下?」
「くっ、マー……リル」
「はい。なんでしょう?」
悪戯っぽく笑いかけるもマーリルの目は笑っていない。クルディルもそれに気が付き、訂正した。すると艶っぽく笑いかけるものだから、クルディルの頬は朱に染まりマーリルは更に笑うのだった。
「マーリルはまほうつかいなのか?」
「『魔法使い』と言う者が魔法を使える者を示すのであれば、そうです」
「っ!」
「マジックボックスも……使えるのだな?」
「はい」
口調は変わらないながらもクルディルの表情が真剣だったために、マーリルも子供相手ではなく魔法の教えを請う一人の人間に対して真摯に向き合った。
「私は火の魔法が使えない」
「はい」
「私は……兄様の助けになりたいのだ。そのためには攻撃の魔法が使えなければならない……」
「…………」
マーリルにはどうしてそれが兄――たぶん王太子殿下――の助けになるのかはわからなかったが、真剣に聞いているクルディルに真剣に答えたいと思った。
「火がどうしたら燃えるのか殿下はご存じですか?」
「――――っ、くうきちゅうの呼吸に必要なせいぶんを消費して、魔力で増幅するのであろう?」
「そうです」
流石に酸素が窒素が二酸化炭素がと言ってもわからないだろうが、息をするのに必要な成分――酸素が無ければ火は燃えないとは理解しているようだ。
魔法は万能であり、万能ではない。それは無から有を作り出すことが出来ないからだ。しかし、魔力で補うことが出来るために、上手くイメージ出来れば大半が実現できるのではないだろうかとマーリルは思う。そう、魔法に大事なのは『イメージ』なのだ。
魔法を使うことが出来る者は二つに分けられる。
魔法はイメージが全てと言っても過言ではない。イメージが明確であればあるほど自らの『意志』が魔力に伝えられるのだ。そこで一番の近道はその現象を理解することである。
そう例えば水の魔法を使いたい場合、蒸発した目に見えない水分が空気中に漂っていることを知っていれば、一見何もないところから水の魔法を行使する事が出来る。逆に言えば近くに川などの水辺があれば水の魔法を使える者はいるかもしれない。しかし魔法を使いたい時はそれがないから使いたいのだ。その場にあれば使う必要は大分限られたものになってしまう。
ナイティルの様に完全と言えなくても自分の中である程度理解し飲み込み、自分なりの解釈が出来ればそれなりの魔法は使うことが出来る。特に空気中の水分や外で吹く風など目に見えないながらも感じることが比較的簡単な水の魔法や風の魔法は行使しやすいだろう。
このように大体のイメージでも自分が理解したと認めることが出来れば魔法は行使可能である。
火の魔法も根本は同じだ。簡単にでも原理を理解して自分の中で消化出来ていれば使うことは可能だろう。ナイティルは水の魔法と風の魔法が使えると言っていたが、頭が柔軟なナイティルは魔力が足りれば使うことが出来るとマーリルは思っている。
だからクルディルの問題は、完全に原理を理解しなければ消化出来ない頭の方なのである。
社会人の頃にそんなタイプの同期が居たことをマーリルは思い出していた。物覚えが悪く、何をするにも時間がかかる。先輩や上司にはいつも怒られてばかりで、裏でいつも泣いていた事を知っている。しかしサボっているとかやる気がないとかそういうことではないのだ。その子は何事も自分が納得できなければ覚えることが出来ないのだ。
そう例えば算数でいうならば『1+1』はすぐに2という答えを導くことが出来る。それは指でも数えられる通り直ぐに納得することが出来るからだ。しかし『9×9』が直ぐに81と導くことは出来ない。
小学生の頃に習う『クク』は言わば暗記するだけのものだ。それを前提に算数もそして数学も進んでいく。しかしたまにいるのだ。苦手な子が。それは暗記が苦手な者もいれば、納得が出来ないから覚えることが出来ない者も中に居るのだ。
何故『9×9』が『81』になるのか。そこから始めなければならないのだ。それが理解出来てそして納得して、はじめて自分の中で消化する事が出来る。
クルディルはまさにそのタイプなのだろう。だから時間がかかるし、教える方にも教える以上の知識がなければならない。この世界に、否クルディルの近くにはそこまで掘り下げて教えられる人物がいなかったのかもしれない。
クルディルが言う火の魔法とは火種を使ったモノではない。完全に原理を理解し魔力で強化した攻撃に特化した火の魔法なのだ。無から有を作り出す事が出来ない魔法ではまず火が付く原理、そして燃える原理を教えなければ納得は出来ないだろう。そして納得出来なければイメージが出来ないのだ。
だが、これを教えることが出来たとしても、教えてもいいのかどうかはわからない。オーバーテクノロジーだとは思わないが、この世界で使われている火の魔法がどの程度の『科学』を理解して使われているのかがわからなかったからだ。
だからマーリルはクルディルにありのままを伝えることにした。
「殿下」
「なんだ」
「僕が火の魔法を教えることは出来ません」
「何」
「ですが、殿下が何故使うことが出来ないのかの理由をお教えする事は出来ます」
「っ、言ってみろ」
「殿下はいくら説明を受けても目に見えない現象に納得がいっていないからです」
「…………」
「自分が納得しそして飲み込み消化して、初めて魔力にイメージを伝える『意志』が発生するのです。それが自分が納得していないのに明確な『意志』を伝えられるわけがないのです」
「どうしたら……」
「原理の詳細は明かせませんが、一つだけあるモノをご覧にいれましょう」
そう言ったマーリルは一つの動作をした。
――――フィンガースナップ。
指と指を打ち鳴らして、空気を弾く動作である。
しかしここは異世界。魔力を自在に操る――魔力過多は否めないが豊富な魔力とイメージ力なら誰にも負けない日本人的想像力の合わせ技のごり押しではあるが――事が出来るマーリルは、指と指の間に摩擦熱を発生させて火花を作り出したのだ。
「え」
「え」
二人の子供特有の高い声が重なる。
――――パチッパチッ!
もう一度。
指を打ち鳴らしている時だけ火花が散り、魔力を少し注ぐと一瞬燃え上がる。
これは摩擦熱と魔力を利用して一瞬だけ燃やしているのだ。このまま魔力を注げばファイアーボールのように火の玉を作り出す事が出来るが、その必要はない。
クルディルに目に見える形で燃やす事が出来れば、あとはクルディルの素質によって使えるようになるかもしれないからだ。
(さてこれが見えるのならこの坊ちゃんも少しは納得出来るかな)
今は年相応に目を輝かせてマーリルの指を見ている二人の王子殿下は、先程までの背伸びした様な様子は見られない。
「も、もう一度だ!」
言葉遣いは偉そうでもやはり目は口ほどに物を言うのだ。キラキラと嬉しそうに輝いていた。
「御意に」
恭しく腰を曲げたマーリルはクルディルの気が済むまでフィンガースナップを続けた。
フィンガースナップ。格好良く言っているが要するに―――――『指パッチン』である。
――――――――――
説明回になっちゃいましたが、ちゃんと伝わりましたかね(汗)
ありがとうございました!
ありがとうございます!
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「お前がナイティルを助けたという平民か!」
そんな選民思考バリバリの声がかかったのは、ナイティルとマーリルが微笑みながら世間話をしているときだった。
「ほう、良い面をしているではないか。その美貌でナイティルをタラシ込んだのか?」
侮蔑のようにも聞こえる言葉は中庭に響き渡り、マーリルは呆気に取られる。
「なんか言ったらどうなんだ、平民よ。そもそも私が声を掛けてやっているのに挨拶の一つもないとはとんだ無礼ではないか」
更に言葉を重ねているが、マーリルはまだ言葉を口にしない。
「おい聞いて、」
「か、」
マーリルは次の言葉ではっとし身体が勝手に動いてしまった。偉そうな言葉遣いも偉そうな言葉選びも、
「な、平民何をする!」
ナイティルを少し大きくしたような見た目そっくりのお子様に言われても、マーリルには痛くも痒くもない。
「可愛い!」
寧ろ精一杯背伸びしている様がめちゃくちゃ可愛いかった。ガバリと勢いよく抱き締めてしまったほどに。
「クル兄様!」
クルディル=ウルク=サティアーテ10歳。ナイティルの兄であり、火の魔法が苦手なサティア国第二王子であった。
「ナイティル!そんな平民に構ってないでいくぞ!」
「何故ですか?にいしゃ、ごほん。にい様」
一時放心状態に陥ったクルディルだったが、すぐに態勢を立て直したようだ。素早くマーリルから離れると、再び仁王立ちしてナイティルに話し掛けた。
マーリルは暫く兄弟の馴れ合いを眺めてみることにした。によによしながら。
「お、お前、つい最近拐かされたのを忘れたのか!」
「マーリルに様は、だいじょうぶです」
「何を言っている!」
「マー兄様が、たすけてくれたのですよ!」
どうやらクルディルはナイティルが心配で、駆け付けたようだ。どこかで聞き付けたのか、マーリルと二人きりだというナイティルを助けにきたのかも知れない。
しかし生憎ナイティルには伝わっていない。
ナイティルを助けたのはマーリルだ。そんなマーリルを悪く言われて、ナイティルは涙目になりながらクルディルに食い付いた。
「マー兄様のこと悪くいわないでください!」
「な、ナイティル……」
クルディルもほんのり涙目になりながら、悔しそうに唇を噛んでいる。
二人とも泣き出してしまいそうな雰囲気が漂い始め、マーリルは流石に仲裁に入ることにした。
双子の大事な弟妹の喧嘩にもよく割り込んでいたのだ。
「君の大事な弟が帰ってきてくれて嬉しい!って言えばいいんだよ?」
「な、何を、」
完全に「図星!」という顔をしたクルディルだったが、あたふたしながらも認めない。
「はい、ナイティルあーん」
「……あ!あーん。んん!」
クルディルがあまりにも素直じゃないので、マーリルは隣にいるナイティルを先に買収することにした。
嬉しそうに、美味しそうに食べるものだから、クルディルもそれが何か気になったようだ。
「はぁ、甘い」
「む!」
ナイティルが甘い溜め息を吐き出しながら、一言呟いた。
――――かかった!
明らかにクルディルの視線がそれに向いた。やはりお子様は甘いものが好きだ。
「ちゃんと言えたら君にもあげるよ?」
「ぐぬぬ。卑怯な……」
言葉で「ぐぬぬ」と言っている人を初めて見たマーリルは、微笑みながらナイティルに話し掛けた。
「ナイティル」
「うん?」
「甘くて美味しいね?」
「うん!」
「口の中で甘い味が残るもんね」
「うん!」
まだ口の中で転がしているのか口を開かないナイティルは、それでも満面の笑みで首をこくこくと縦に振る。もう涙は引いたようだ。よかった。
「ぐぬぬ」
クルディルはもう一度唸ってからナイティルを呼んだ。
「にぃ、ひゃま?」
まだ飲み込みたくないナイティルの口の中にはドライフルーツが残っていて、行儀悪くもそのまま返事をした。
「無事で、よかった……礼を言うぞ!平民!」
「にぃひゃま……」
「よく言えたね」
少し苛めすぎたのか、クルディルは更に唇を噛んで俯いてしまった。マーリルはクルディルに目線を合わせてしゃがみ込み、頭を一撫でしてからドライフルーツを一つ取り出す。
「はい、あーん」
「…………」
「あーん!」
「…………」
「んんん?」
「…………く」
苛めすぎたかと一度は反省したくせに、あまりにも反応が可愛すぎてついついいらないことをしてしまう。
ナイティルと同じように口許にドライフルーツを持っていくと、絶句したクルディルがいた。
何度も繰り返し、自分が口を開けなければ貰えないとわかったらしいクルディルは悔しそうに再び唸ってから、小さく口を開けた。
ちらりと見たナイティルがニコニコ笑ってその様子を見ていたことも嫌だったのかもしれない。ちなみにナイティルが見ていたのはクルディルの口許にあるドライストロベリーだったのだが。
「―――っ!」
観念して口の中に招き入れた食べたことのない甘味にクルディルは驚愕した。甘さと酸っぱさの絶妙なハーモニーが口の中を踊っているのだ。
そんなことを本当に考えていたわけではないだろうが、クルディルはあっという間に飲み込んでしまったようだ。残念そうな表情が物語っている。
「ほらナイティル一個あげたら?」
「あ!」
しょんぼりと漸く年相応の顔をしたクルディルを前に、マーリルとナイティルはこそこそと囁きあっている。クルディルはそれに気付かず、名残惜しそうに口の中をモゴモゴとしていた。
「兄様……」
「ナイティル?」
「はい」
ナイティルの手の中にあったのは、ナイティルが一番お気に入りのドライマンゴーだった。
「ナイティル……ありがとう」
クルディルの心からの笑顔はとても可愛く、可愛すぎてマーリルが飛び付くまでにそう時間はかからなかった。
▽
「ところでナイティルよ」
「はい」
「お前のそれは……マジックボックス……か?」
「はい!そうなんです!出来るように、なったんです!兄様!」
やはり魔法が使える者は魔力が見えるらしい。ドライフルーツを取り出したナイティルがマジックボックスを使ったことに気が付いたようだ。
「いつの間に……」
「さっき、だよ?」
「何!」
「マーに様に教えてもらった、です」
「は!?」
兄弟のやり取りをニコニコ傍観していたマーリルをクルディルは勢いよく振り返えると、王族としては有り得ないほどの距離でマーリルに詰め寄った。
「おい平民!貴様がナイティルにマジックボックスを教えたというのは本当か!」
「…………マーリル、」
「は?」
「僕は、マーリルですよ。殿下?」
「くっ、マー……リル」
「はい。なんでしょう?」
悪戯っぽく笑いかけるもマーリルの目は笑っていない。クルディルもそれに気が付き、訂正した。すると艶っぽく笑いかけるものだから、クルディルの頬は朱に染まりマーリルは更に笑うのだった。
「マーリルはまほうつかいなのか?」
「『魔法使い』と言う者が魔法を使える者を示すのであれば、そうです」
「っ!」
「マジックボックスも……使えるのだな?」
「はい」
口調は変わらないながらもクルディルの表情が真剣だったために、マーリルも子供相手ではなく魔法の教えを請う一人の人間に対して真摯に向き合った。
「私は火の魔法が使えない」
「はい」
「私は……兄様の助けになりたいのだ。そのためには攻撃の魔法が使えなければならない……」
「…………」
マーリルにはどうしてそれが兄――たぶん王太子殿下――の助けになるのかはわからなかったが、真剣に聞いているクルディルに真剣に答えたいと思った。
「火がどうしたら燃えるのか殿下はご存じですか?」
「――――っ、くうきちゅうの呼吸に必要なせいぶんを消費して、魔力で増幅するのであろう?」
「そうです」
流石に酸素が窒素が二酸化炭素がと言ってもわからないだろうが、息をするのに必要な成分――酸素が無ければ火は燃えないとは理解しているようだ。
魔法は万能であり、万能ではない。それは無から有を作り出すことが出来ないからだ。しかし、魔力で補うことが出来るために、上手くイメージ出来れば大半が実現できるのではないだろうかとマーリルは思う。そう、魔法に大事なのは『イメージ』なのだ。
魔法を使うことが出来る者は二つに分けられる。
魔法はイメージが全てと言っても過言ではない。イメージが明確であればあるほど自らの『意志』が魔力に伝えられるのだ。そこで一番の近道はその現象を理解することである。
そう例えば水の魔法を使いたい場合、蒸発した目に見えない水分が空気中に漂っていることを知っていれば、一見何もないところから水の魔法を行使する事が出来る。逆に言えば近くに川などの水辺があれば水の魔法を使える者はいるかもしれない。しかし魔法を使いたい時はそれがないから使いたいのだ。その場にあれば使う必要は大分限られたものになってしまう。
ナイティルの様に完全と言えなくても自分の中である程度理解し飲み込み、自分なりの解釈が出来ればそれなりの魔法は使うことが出来る。特に空気中の水分や外で吹く風など目に見えないながらも感じることが比較的簡単な水の魔法や風の魔法は行使しやすいだろう。
このように大体のイメージでも自分が理解したと認めることが出来れば魔法は行使可能である。
火の魔法も根本は同じだ。簡単にでも原理を理解して自分の中で消化出来ていれば使うことは可能だろう。ナイティルは水の魔法と風の魔法が使えると言っていたが、頭が柔軟なナイティルは魔力が足りれば使うことが出来るとマーリルは思っている。
だからクルディルの問題は、完全に原理を理解しなければ消化出来ない頭の方なのである。
社会人の頃にそんなタイプの同期が居たことをマーリルは思い出していた。物覚えが悪く、何をするにも時間がかかる。先輩や上司にはいつも怒られてばかりで、裏でいつも泣いていた事を知っている。しかしサボっているとかやる気がないとかそういうことではないのだ。その子は何事も自分が納得できなければ覚えることが出来ないのだ。
そう例えば算数でいうならば『1+1』はすぐに2という答えを導くことが出来る。それは指でも数えられる通り直ぐに納得することが出来るからだ。しかし『9×9』が直ぐに81と導くことは出来ない。
小学生の頃に習う『クク』は言わば暗記するだけのものだ。それを前提に算数もそして数学も進んでいく。しかしたまにいるのだ。苦手な子が。それは暗記が苦手な者もいれば、納得が出来ないから覚えることが出来ない者も中に居るのだ。
何故『9×9』が『81』になるのか。そこから始めなければならないのだ。それが理解出来てそして納得して、はじめて自分の中で消化する事が出来る。
クルディルはまさにそのタイプなのだろう。だから時間がかかるし、教える方にも教える以上の知識がなければならない。この世界に、否クルディルの近くにはそこまで掘り下げて教えられる人物がいなかったのかもしれない。
クルディルが言う火の魔法とは火種を使ったモノではない。完全に原理を理解し魔力で強化した攻撃に特化した火の魔法なのだ。無から有を作り出す事が出来ない魔法ではまず火が付く原理、そして燃える原理を教えなければ納得は出来ないだろう。そして納得出来なければイメージが出来ないのだ。
だが、これを教えることが出来たとしても、教えてもいいのかどうかはわからない。オーバーテクノロジーだとは思わないが、この世界で使われている火の魔法がどの程度の『科学』を理解して使われているのかがわからなかったからだ。
だからマーリルはクルディルにありのままを伝えることにした。
「殿下」
「なんだ」
「僕が火の魔法を教えることは出来ません」
「何」
「ですが、殿下が何故使うことが出来ないのかの理由をお教えする事は出来ます」
「っ、言ってみろ」
「殿下はいくら説明を受けても目に見えない現象に納得がいっていないからです」
「…………」
「自分が納得しそして飲み込み消化して、初めて魔力にイメージを伝える『意志』が発生するのです。それが自分が納得していないのに明確な『意志』を伝えられるわけがないのです」
「どうしたら……」
「原理の詳細は明かせませんが、一つだけあるモノをご覧にいれましょう」
そう言ったマーリルは一つの動作をした。
――――フィンガースナップ。
指と指を打ち鳴らして、空気を弾く動作である。
しかしここは異世界。魔力を自在に操る――魔力過多は否めないが豊富な魔力とイメージ力なら誰にも負けない日本人的想像力の合わせ技のごり押しではあるが――事が出来るマーリルは、指と指の間に摩擦熱を発生させて火花を作り出したのだ。
「え」
「え」
二人の子供特有の高い声が重なる。
――――パチッパチッ!
もう一度。
指を打ち鳴らしている時だけ火花が散り、魔力を少し注ぐと一瞬燃え上がる。
これは摩擦熱と魔力を利用して一瞬だけ燃やしているのだ。このまま魔力を注げばファイアーボールのように火の玉を作り出す事が出来るが、その必要はない。
クルディルに目に見える形で燃やす事が出来れば、あとはクルディルの素質によって使えるようになるかもしれないからだ。
(さてこれが見えるのならこの坊ちゃんも少しは納得出来るかな)
今は年相応に目を輝かせてマーリルの指を見ている二人の王子殿下は、先程までの背伸びした様な様子は見られない。
「も、もう一度だ!」
言葉遣いは偉そうでもやはり目は口ほどに物を言うのだ。キラキラと嬉しそうに輝いていた。
「御意に」
恭しく腰を曲げたマーリルはクルディルの気が済むまでフィンガースナップを続けた。
フィンガースナップ。格好良く言っているが要するに―――――『指パッチン』である。
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説明回になっちゃいましたが、ちゃんと伝わりましたかね(汗)
ありがとうございました!
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