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第一章 異世界到着!目指せ王都!
第十九話 マーリル、説教を受けました
しおりを挟む「お・ま・え・の・あ・た・ま・は、」
「いだだだだだだだ」
「鳥かぁ!魔烏かぁぁぁああああ!」
―――カー!カー!
「いだだだだだだだ」
このやり取りをしているのはマーリルとディストである。
何をしているかと問われれば、物理的な説教中の一言に尽きる。
マーリルは空が暗くなり始めたことで焦り始めていた。待っているのは、安眠か説教である。このまま真っ暗になれば強制的に説教確定であるため、マーリルは賭けに出た。
雛鳥を肩に乗せて宿の部屋に『転移』で飛んだのである。
そして部屋で待っていたのはスタンガートではなかった。ではなかったが、マーリルにはなんの慰めにもならない。
何故ならベッドと簡素なテーブルセットしかない部屋に、一人の鬼が居たからだ。当然賭けはマーリルの敗けである。
「おっっ!」
「ひっ」
間違っても「おかえりなさい」の『お』ではない。顔が物語っている。「お前ちょっと座れや!この野郎!」の『お』である。
マーリルは素直に――恐ろしすぎてとも言う――ベッド脇にある椅子に腰をおろすと、ディストは素早く背後にまわった。一瞬マーリルの肩に乗る雛に気が付いたようだが、そこは見なかったことにしたようだ。何をするのかと思えば、
冒頭に戻る。
「いだだだだだだだ」
マーリルの米神に拳をつけてグリグリと捏ね回したのだ。相当な力を込めて。
一文字一文字に力を入れてグリグリするものだから堪ったものではない。途中何故か雛から抗議の声が上がったが、マーリルはそれどころではなかった。
「で、なんだその格好」
漸く怒りが治まったのかディストは手を止めてマーリルに問いかけた。手を止めただけで、米神横にはしっかりとディストの拳は設置されている。グリグリがいつ再開されるかわからない。まだ怒りは治まっていないようだ。
「いや……目立たないように……ですね……」
「女の格好のほうが危ないのはわかってるよな!」
「あだだ!……はい……」
抜け出すための変装だと完全に見抜かれている。なのに本物の女だと思われていないのは何故だろう。泣いてなんかいない。これは再開されたグリグリの痛みだ。マーリルは自分に言い聞かせた。
「あとその肩の!」
―――カー
「その魔烏どうした」
「え」
魔烏とディストに呼ばれた雛は返事をしてマーリルを見詰めた。目が合うと雛はコテンと首を傾げたので、マーリルも同じ方向に首を傾げる。言葉がわかっているようだ。可愛い。それにしても、
「ま、からす?」
「はぁ、そっからかよ」
心底頭が痛いと言いたげなディストは項垂れた。必然的にマーリルの頭頂部にディストの額がくっつく。
「そう言えばお前『渡り人』だったな」
「な!」
バレている。
「知らないでテイムしたのか?」
「へ?」
テイムとはあれか、魔物を従えるというあれだろうか。不思議そうな声を出したマーリルに、顔を上げてディストは途端に遠い目をしてブツブツと呟いた。
「渡り人ってこんなんだったか。あれかこいつが規格外なのか。いや世間知らず?もう少し危機感持ってるよな普通。え、何他の渡り人もこんなんとか勘弁してくれよ。いやいや早まるな。こいつだ、おかしいのはこいつだけだ」
「あ、あの」
「俺もあまり渡り人のことは知らないが、じいさんはここまでじゃなかったよな?いや待てよ。じいさんも突拍子もないこと平然としていたよな。え、渡り人ってみんなこんなんなの?」
「ディスト、さん?」
「『ニホンジン』て食にうるさくて風呂が好きで、あとこれ?これなのか!?」
「ぇで!」
マーリルの話は一切耳に入っていなかったのか、ディストは一人納得して再び項垂れた。ガツンとマーリルは頭突きされて悲鳴のような呻き声を上げた。
▽
「魔烏って……」
マーリルの肩に乗る雛を見て、表情が硬くなったのはスタンガートだ。
「しかもテイムしていないとは……」
此方も表情は硬い。否、青い。もっと言えば耳を垂れさせて尻尾は丸まっている犬の獣人のカイティスはぴるぴる震えている。
魔烏とはなんぞや、と問い掛ければ返ってきた答えは簡潔なものだった。「魔獣だ」と。
比較的テイムしやすい魔獣らしいが、それは飼育されたものだ。野生の魔烏は大変凶暴らしく、まず近付かないのが一般的らしい。
確かにつっつかれたなと言えば、物凄い形相で無事かどうか確認された。目玉や皮膚の柔らかい場所を狙い、当り処が悪いと大怪我ではすまないほどの威力を持つらしい。えげつない。
たぶんボロボロだったのが幸いしたのだろう。マーリル自身も身体強化をしていたが、そこまでの威力はなかった。
これも素直に白状したのだが、次の瞬間冒険者組が怪訝な顔をした。
「もうそんな時期か?」
「いやまだ早い」
「だが予兆が……」
マーリルにはわからない会話をしているので、魔烏の雛と戯れることにする。
魔烏の雛は、マーリルが知るカラスと変わらない見た目であった。しかし親鳥はそのカラスよりも一回りほど大きく、この雛も将来的――どのくらいで成鳥になるのかはわからない――にはそのくらいの大きさになるのだろう。
今は手の平よりもまだ小さく、首をこてこて傾げながら歩くのがとても可愛い。まだまだ子供である。指先を近付けるとご飯を貰えると思ったのか、かしかしと大きく嘴を開けて噛みついてくる。
それがまた可愛くてくすぐったくて笑っていると、様々な視線を感じた。
「よく懐いたな」
「初めて見ましたよ。魔烏の雛なんて」
「マーリル」
「ふぁい!」
手の平に乗せて遊んでいると、何人かがマーリルの背後から手元を覗き込んでいたようだ。構わず遊び続けていると名前を呼ばれた。ディストの声だったので背筋が伸びた。
「飼育された魔烏でさえ成鳥になるまでは親鳥が他の生き物を寄せ付けないんだ。それが野生なら尚更だ」
「へ」
「親鳥はお前に託したんだ。そしてこの雛もお前を主と認めた」
魔烏は特に鳥型の魔獣の中でも警戒心が強く凶暴だ。野生の魔烏なら尚更である。だが何かの琴線に触れたのか、雛は自分の意志でマーリルの元に来てくれた。
「名前をつけてやれ」
「え……はい!」
魔力を手ずから食べるのは親か自分が認めた者だけらしい。だから名前をつけてテイムする。すると魔力で繋がりができるので、魔烏の意志が少しは伝わるようだ。
「……ディア……」
―――カー
お互いが言葉を掛け合った瞬間光が瞬いた気がした。
『アリ……ト……』
―――カー
これはマヌアーサと初めて会ったときに感じた二重音声だ。
『アリが……ト……』
「――――っ!」
―――カー
魔烏の雛――ディアは礼がしたかったようだ。母を兄弟たちを助けてくれてありがとうと、そう言いたかったのだろう。
「どういたしまして」
ディアは礼をしたくてマーリルに着いてきたのだろうか。ならばもう十分頂いた。可愛い姿に癒されてそれだけでも十分だ。だから、本人の意思に任せてみようと問い掛けると、
「ディアは帰らなくていいの?」
―――カー!
怒られた!
言葉は拙く何を言っているのかあまり明確には伝わってこないが、ニュアンスというか感情みたいなものは流れてくる。
「ゴメンね。これからよろしく!マーリ、ルだよ」
―――カー
後で本名を言っておこう。ディアに嘘はつきたくない。マーリルは自然とそう思っていた。
こうしてマルトルで一泊して漸く出発だ。王都まで後二回野宿すればつくのだ。さてどんな街だろう。王様は恐いんだろうか。
マーリルは期待と不安で寝付けなかった、ほどか細い神経はしていない。しっかりと安眠し出発したのだった。
出発前にもう一人の鬼ににしこたま怒られたマーリルは珍しくヘコんでいた。昨夜はディアのお蔭でうやむやになったため、マーリルが怒られたのはディストだけだったのだが、一晩経って思い出したのか朝から説教と朝ごはん抜きの刑に処された。慰める者はいない。
―――カー
いた!
「ディア……」
――お前だけが私の味方だ!ちょいと遊びにいっていただけじゃないか!我が意を得たり!
マーリルはそんなことを内心思いながら魔烏の雛に指先を近付けてご飯を与えていたのだが、満腹になるとディアはさっさと肩から降りて幌の上へと行ってしまった。
「でぃ、ディア……」
(お前だけが私の味方だったのに……)
ディアに手を伸ばしたが戻っては来ない。ここが御者台でなかったら手のひらと膝を大地につけて居たことだろう。やはりマーリルの味方はいなかった。
そこはかとない魔烏から憐憫の眼差しを感じた気がするが、気のせいだ。
「お前何してんだよ」
「い、いえ」
そんな寸劇を目の前で見せられていたスタンガートは呆れ顔だ。ついでに言えば昨日やらかしたことにも、怒りを通り越して呆れと諦め顔だ。
「いやぁマーリルくん面白いね」
「いろいろとぶっ飛んだ奴だな……」
ニコニコ眩しい笑顔でそう表現したスレイと、ボソボソと的確なことを言ってのけたミール。
護衛の冒険者だ。
今までは護衛が二人なので馬車の両側を並走していたのだが、何故かもう一人加わってしまったために二人は並んで馬車と並走していた。
「鳥なんだよ、鳥!言われたことも守れねぇ奴はすぐにお陀仏だよ!」
言わずもがなディストである。
何故にこの世界にお陀仏なんて言葉が知られているかわからない――マヌアーサも使っていた――が、ディストの怒りが収まっていないことは確かだ。
「す、すいません」
「ちっ」
舌打ちした!
マーリルはこの世界に来てから幼児退行している気がしていた。今までは守らなければいけない立場で、子供をしている暇などなかった。
頼れる大人――説教も多い――が多く、年齢も偽っているため子供扱いされてばかりだ。それを心地意良いと感じている自分に戸惑いを隠せない。
(私こんな我が儘だったかなぁ)
諫めてくれる人が居て、ちゃんと本気で叱ってくれて、そして最後には許してくれる。このままでいいのだろうか。
危ないとわかっていながら、ついついいらないことにまで首を突っ込んでしまう。だが、それが楽しいと幸せだと感じるのはこうして受け入れてくれる人がいてこそだ。
次こそは気を付けよう。マーリルは固く決意する。
しかしやはり危機感が足りないことを自覚しない限り、そう簡単には人間変われない。
警戒心が強い魔烏――ディアのほうがよほど危機管理が出来ている。
―――ガー!ガー!
ディアはまだまだ小さな雛では出す事が出来ないような低い声を出した。
警戒音だ。
「戦闘準備!」
魔烏の警戒心は馬鹿に出来ない。飼育してでもテイムしているのはこれが原因だ。
魔烏が警戒するような何かが此方に近付いてきた。
――――――――――
感想返信
らる様
周りのやきもきとイライラとあぶなっかしく感じている心配と、マーリルの自由すぎる危機感皆無な様子を書いていけたらなと思います!
ありがとうございました!!
なの様
いつもありがとうございます!
言っていただいてよかったです。今回で名前も出ていた通り、私の中でも『カラス』のまんまだったので、ディアの見た目の描写を書いていなかったです。ですので、感想を読んで入れることができたので有り難かったです。
ついでに言えば、この辺からディストのおかん臭が・・・というより、弟みたいに思っているのかなと思います。恋愛は本当にこれから絡むんでしょうかね・・・(遠い目)
第一章がそろそろ終わりに近付いてきました!
第二章から更新速度が下がりそうな気がしてきました・・・
なるべく頑張ります!
お読みいただきありがとうございました!
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