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第一章 異世界到着!目指せ王都!
閑話2 ディスト、苛立つ
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ディスト視点二日目です。
――――――――――
たった今出ていった二人の内の一人が互助組合に駆け込んできたのは、宴会が最高潮に盛り上がっていたときだった。
「ディスト!」
「え、スタン?」
驚きの声をあげたのは、「さてどうやってあの危機感のない坊主に一泡吹かせてやろうか」と思考することを肴に、ちびちびと酒を飲んでいたディストだった。
何となく予感がしていたのだ。必ずもう一度会うと。ディストの胸騒ぎに似た勘は、外れたことがない。
駆け込んできたのは先程までともにいた少年――マーリルを迎えにきたスタンガートだった。息を切らせて急いでいるのは一目瞭然だ。
「何かあったのか!」
「坊主が!マーリルが拐われた!」
「は?」
始めは何を言われているのか理解できなかった。
と言うのも、あの一見貴族然りとした見目麗しい少年が、ただ誘拐されるたまではないからだ。
それは魔法を使っていたこと然り、常に身体強化していたこと然りだったはずなのだが、
―――常に発動し続ける身体強化で魔力切れしたら目も当てられないから、使いどころはきちんと見極めような。
自分が発した少年を揺すぶらせるために吐いた言葉が、原因だと気付く。
高位の冒険者ともなれば魔力の流れを見ることが出来るものは多い。そのお蔭でマーリルが身体強化を掛けていることにも気付いたディストは、半分本気の忠告として、半分はバレてるぞと言外に伝えるためにマーリルに言葉を掛けた。
それに表情を崩して目を丸くしたことに溜飲を下げたことは記憶に新しい。
しかし誘拐されてしまったのはそれが原因であることは否定できない事実だった。
(あんの、野郎!)
自分が発した言葉には一端棚においておき、マーリルにやるせない怒りが沸々と沸き上がる。
何となく目が離せない少年だと思った。
勿論恋愛的な意味ではない。(俺はノーマルだ)
危なっかしいというか、全てにおいて自分の事は二の次という雰囲気を持っていた。
そんな思いは話してみるとより、強まった。
危機感が足りない。自分を大事にしない。いやそれだと語弊がある。自分を大事にする事を忘れているように感じられたのだ。
あんな人前で『魔法』をほいほいと使うなど言語道断である。しかも無意識にしているというのが大問題だ。マジックボックスの事をちらつかせて焦っていたことから、隠さなければいけないという自覚はあるらしい。あるのだが、そのあと普通にマジックボックスからナイフを取り出していたことからも、やはり危機管理が全くなっていない。
(お前の頭は鳥頭か……)
ディストは知らず遠い目をした。
▽
危なっかしい小僧だと思いマークしておいてよかった。ディストはスタンガートから聞いてまずそう思った。
『探査』という魔術がある。一度会ったことがあり、尚且つマークと呼ばれる自らの魔力を相手にくっ付けておくと、その相手がどこにいるのかがわかるのだ。
勿論範囲は狭いし、割りと魔力を食うため多用は出来ない。そのため、余程相手の場所が知りたい時にしか使用しないが、相手に気付かれずにマークすることが出来るため有用性は高い。ただ、悪用も出来るためいくつかマークするのには条件がある。
この探査の上位互換に探索という魔法がある。一度会った者の魔力を記憶し、探すことができる。しかし、先にも言った通り魔法を使える者はあまりいないため、こちらの条件はほぼないと言っていい。敢えて言うのであれば、一度会った者の魔力が必要なことと、魔法が使えるということだけだ。
一度互助組合から出てから裏路地にはいる。人前で魔術を使うのはあまり誉められたものではないからだ。
「彼の者を探し出せ――プローブ」
魔力を練って詠唱を行い、自分の魔力を探す。
「居た。街からそんなに離れていない。東南方向に3クロールほど……どこかわかるか?」
「そっちは……」
顔の広いスタンガートは直ぐにそちら側にある邸を思い浮かべたようだ。記憶にあるだけで候補は二つ。
「キレンディル子爵の別邸と、ドウス商会の倉庫だ」
ただ実質候補者は一人だった。
「ドウス商会?」
「ああ。キレンディル子爵がバックにいるあまり評判の良くない商会だよ」
「貴族かよ」
「貴族だよ」
二人同時に溜め息を吐いた。
キレンディル子爵は爵位は低いが潤沢な財と巧みな話術で様々なコネを持つ鼠のような男だ。
市民の間ではそれほど話題に挙がることはないが、裏の社会では確実に名を上げている、その道の者にとっては知らない者はいない有名人である。
「まぁた、厄介なのに目をつけられたもんだ」
「本当だよ」
二人の過保護な保護者たちは再び溜め息を吐き出すと、眼差しを変えた。
「ディストいけるか?」
「おう。こういう時のSランクだろ」
Sランクという身分は何も強さだけの象徴ではない。それに付随した権力も与えることによって、他国への流出も防ぐ役割を持っている。
そのためそこまで成り上がることは容易ではなく、強さだけではなり得ないものだ。勿論最高峰の強さは前提であり、そこに教養、マナ―、常識など王侯貴族からの指名依頼も少なくないためにそんな試験が課せられる。そこをクリアすると付随してそれなりの権力も有する事になるので、信頼もなければSランクにはなれないということだ。
「ギルドに報告して一緒に来てくれ。俺は先に行く」
「わかった」
Sランク冒険者と言う身分はサティア国に限り実に侯爵位と同等の権力を有する。勿論国の方針に意見するほどの権限はない。しかし有事の際その権限は大きく発揮する。そう、たとえば手続きがとてつもなく面倒臭い貴族の邸のアポなし訪問、など。
ディストは身体強化をしてから出来る速度でキレンディル子爵別邸と思わしき場所まで走っていく。流石にすぐに突入する事は出来ないため、夜の帳が落ち切るのを待っていた。夕食が済んで気の抜けた頃を狙うのが定石だろう。忍び込むわけではないが。
―――――コンコンコン。
深夜にはまだ早い、夜と呼ぶに相応しい月明かりが煌めくそんな時間。漸く探査で調べたマーリルが動き出したことを確認してからディストは動き始めた。
キレンディル子爵別邸の扉をなんの戸惑いも無くノックする。
スタンガートはまだ来ていない。流石に貴族の邸に突入するのにいろいろな手続きと根回しが必要なのだろう。終わるまでには来て貰えると助かるが。そんな気持ちになりながら、人が来るのを待った。
「どちら様でしょうか」
こんな夜も更けたしかもいい噂の聞かない邸だ。警戒度はマックスだろう。犯罪真っ只中の今、人を入れたくないのはわかるが、
「俺はSランク冒険者ディストだ。邸の主を呼んでもらいたい」
「―――――っ!」
息を呑んだ雰囲気を感じた。
こんな有事の際にSランクと言う身分は真価を発揮するのだ。侯爵位と同等の権限を持つディストを子爵ごときが断れるはずもない。
「しょう、証明を……」
「ギルドカードだ」
こんなところで嘘をついても仕方ない、と応対している使用人らしき者も思ってはいるのだろうがそこは素直に従う。
稀少鉱石と魔石を使った偽造不可能なギルドカードはSランクともなると見るからに違いが出てくる。
ギルドカードは自分の身分証明にも使われる大事なものだ。再発行は出来ない事はないが、そんな大事な物をなくすと信用度が落ちるのでよほど間抜けな奴でなければ無くすことはないだろう。
それでも盗難、落下防止として首から下げられるようになっている。希少な空間魔方陣を魔石に刻み込むことにより、自分の意思で大きさを変えられるのだ。そのため普段は小さくして首から下げることが出来る。
互助組合は本来国に縛られない存在だ。各国と不干渉条約を健国時代から違えていない教会本部運営の互助組織である。そのため互助組合所属の冒険者たちも国を跨ぎ仕事を行うことが出来る。
しかしSランクにはそれは当てはまらない。
相応の権力と引き換えに国お抱えになってしまうのだ。それは教会も認めている事から、互助組合所属ではあっても国の要人としても扱われる。
そのためギルドカードに国花が刻印されている。
ギルドカードは手の平サイズの金属で出来ている。自らの魔力を染み込ませることにより、世界で使えるの者は自分のみ。下からG~SXまでのランクがあり、Gランクは未成人のための仮登録のためのランクであり鉛色をした街中で出来る依頼のみを受けることができる子供のお使い用のランクだ。
E・Fは一般的には下位ランクと呼ばれ初心者、または初心者を抜けたような奴等でブロンズのカードを持つ。
C・Dは所謂中堅処。中位冒険者でシルバーのカードを持っている。ここに属している者が一番多いだろう。
A・Bは上位冒険者。Aランクまで上り詰めれば一流と呼ばれるに相応しい。Sランクの実力持ちも稀に居り、自らの意思で国に仕えないか教養などで受からなかった者も過去には居たらしい。カードはゴールドだ。
そして魔操師同様Aランクは更に三つに分けられる。Aランク・AAランク・AAAランク、そしてSランクに続く。
何れもこの世界の創世神の横顔が刻印されており、それはどこの国で発行していても同じデザインだ。教会が祀る一神教である創世神を描くのは当然のことだった。
そしてSランクはブラックのカードに創世神の横顔、それにサティア国の国花である『イクシル』という六枚の花弁と中心が色の違う花が刻印されている。これこそがサティア国所属という意味になり、使いどころを間違えると国家間での諍いの種にもなるので普段は勿論ただの冒険者としか使用しない。国花は魔力で自在に出し入れ可能だ。
ちなみにSXランクのギルドカードは一般的には知られていない。
そんなことをつらつらと考えていると使用人が漸く主を連れて来た。
「オガイク=キレンディルと申します。こんな夜更けにどうされましたか?」
「ディストだ」
ディストがギルドカードを提示しながら睨みつけると、揉み手をしてきそうな表情でオガイクはとぼけて見せた。鼠のような男と聞いていたディストは、「まんま鼠じゃないか」と思ったことは心の中でだけに納めておいた。
オガイクはよく見ると口の端を歪めていて、逃げられない事は悟っているようだった。
Sランク冒険者に権力があることを知る市民は少ない。
Sランクが少ないことも起因しているが、そもそも自由を尊ぶ冒険者がそんな面倒くさい国のいざこざに自らの意思で首を突っ込む事が少ないからだ。
しかし、貴族側はそうではない。いつその無駄な権力を行使されるかわからないからだ。目の前にいる裏で何をしているかわからないような者は特にその辺の事情は詳しいだろう。だがもう遅い。
「俺の友人がこの邸にいるようだ。中に入らせてもらう」
―――――横暴だ!高慢だ!
貴族が冒険者に言う台詞ではないがまさにその通りなので何も言えない。ディストは構わずに実力行使にでる。力づくで邸内に侵入したのである。
「でぃ、ディスト様!」
何を思って様付なんぞしているのかはわからないが、喧嘩を売る相手を間違えたのだ。
繋げたままの探査を頼りにむんずと進んでいくディスト。後ろで何事か騒いでいる鼠男の事は既に頭には無い。
「どけ」
漸くそれらしい扉の前に立つと見張りらしいいかにも荒くれ者の男が二人立っていた。
「んだぁ、お前!」
実力差もわからないようでは話にならない。ここも力づくで通るとしよう。
脳内会議の終了したディストは身体強化を腕に偏らせて、目の前に迫る男を一息で殴りつけた。
「っ!」
同時にただ黙って成り行きを見ていたもう一人の男を蹴り飛ばすと、守っていたらしい扉にぶち当たり盛大な音を立てて扉が開いた。
「マーリル!どこだ!?」
まだ地下の様子は見えない。しかし気配はするので大声で呼んでみる。
「ディストさん!こっちです!」
少しするとマーリルから返答があった。探査はその場から動いていないため動けない理由があるのだと思い先に進もうとする。が、先程の荒くれ者たちの仲間なのかゾロゾロと柄の悪い連中が湧き出て来た。
(そもそも貴族の邸からこんな連中が出てきたら駄目だろ)
呆れとも憐みとも取れるような溜息を吐いてから、ディストは再び身体強化を施す。負けるわけはないが殺しはまずい。手加減に重きを置いて目の前の男たちと対峙した。
――――――――――
感想返信
いつもありがとうございます!
私も個人的には大好きです!笑
次回ディストの正体が・・・
閲覧ありがとうございました!
――――――――――
たった今出ていった二人の内の一人が互助組合に駆け込んできたのは、宴会が最高潮に盛り上がっていたときだった。
「ディスト!」
「え、スタン?」
驚きの声をあげたのは、「さてどうやってあの危機感のない坊主に一泡吹かせてやろうか」と思考することを肴に、ちびちびと酒を飲んでいたディストだった。
何となく予感がしていたのだ。必ずもう一度会うと。ディストの胸騒ぎに似た勘は、外れたことがない。
駆け込んできたのは先程までともにいた少年――マーリルを迎えにきたスタンガートだった。息を切らせて急いでいるのは一目瞭然だ。
「何かあったのか!」
「坊主が!マーリルが拐われた!」
「は?」
始めは何を言われているのか理解できなかった。
と言うのも、あの一見貴族然りとした見目麗しい少年が、ただ誘拐されるたまではないからだ。
それは魔法を使っていたこと然り、常に身体強化していたこと然りだったはずなのだが、
―――常に発動し続ける身体強化で魔力切れしたら目も当てられないから、使いどころはきちんと見極めような。
自分が発した少年を揺すぶらせるために吐いた言葉が、原因だと気付く。
高位の冒険者ともなれば魔力の流れを見ることが出来るものは多い。そのお蔭でマーリルが身体強化を掛けていることにも気付いたディストは、半分本気の忠告として、半分はバレてるぞと言外に伝えるためにマーリルに言葉を掛けた。
それに表情を崩して目を丸くしたことに溜飲を下げたことは記憶に新しい。
しかし誘拐されてしまったのはそれが原因であることは否定できない事実だった。
(あんの、野郎!)
自分が発した言葉には一端棚においておき、マーリルにやるせない怒りが沸々と沸き上がる。
何となく目が離せない少年だと思った。
勿論恋愛的な意味ではない。(俺はノーマルだ)
危なっかしいというか、全てにおいて自分の事は二の次という雰囲気を持っていた。
そんな思いは話してみるとより、強まった。
危機感が足りない。自分を大事にしない。いやそれだと語弊がある。自分を大事にする事を忘れているように感じられたのだ。
あんな人前で『魔法』をほいほいと使うなど言語道断である。しかも無意識にしているというのが大問題だ。マジックボックスの事をちらつかせて焦っていたことから、隠さなければいけないという自覚はあるらしい。あるのだが、そのあと普通にマジックボックスからナイフを取り出していたことからも、やはり危機管理が全くなっていない。
(お前の頭は鳥頭か……)
ディストは知らず遠い目をした。
▽
危なっかしい小僧だと思いマークしておいてよかった。ディストはスタンガートから聞いてまずそう思った。
『探査』という魔術がある。一度会ったことがあり、尚且つマークと呼ばれる自らの魔力を相手にくっ付けておくと、その相手がどこにいるのかがわかるのだ。
勿論範囲は狭いし、割りと魔力を食うため多用は出来ない。そのため、余程相手の場所が知りたい時にしか使用しないが、相手に気付かれずにマークすることが出来るため有用性は高い。ただ、悪用も出来るためいくつかマークするのには条件がある。
この探査の上位互換に探索という魔法がある。一度会った者の魔力を記憶し、探すことができる。しかし、先にも言った通り魔法を使える者はあまりいないため、こちらの条件はほぼないと言っていい。敢えて言うのであれば、一度会った者の魔力が必要なことと、魔法が使えるということだけだ。
一度互助組合から出てから裏路地にはいる。人前で魔術を使うのはあまり誉められたものではないからだ。
「彼の者を探し出せ――プローブ」
魔力を練って詠唱を行い、自分の魔力を探す。
「居た。街からそんなに離れていない。東南方向に3クロールほど……どこかわかるか?」
「そっちは……」
顔の広いスタンガートは直ぐにそちら側にある邸を思い浮かべたようだ。記憶にあるだけで候補は二つ。
「キレンディル子爵の別邸と、ドウス商会の倉庫だ」
ただ実質候補者は一人だった。
「ドウス商会?」
「ああ。キレンディル子爵がバックにいるあまり評判の良くない商会だよ」
「貴族かよ」
「貴族だよ」
二人同時に溜め息を吐いた。
キレンディル子爵は爵位は低いが潤沢な財と巧みな話術で様々なコネを持つ鼠のような男だ。
市民の間ではそれほど話題に挙がることはないが、裏の社会では確実に名を上げている、その道の者にとっては知らない者はいない有名人である。
「まぁた、厄介なのに目をつけられたもんだ」
「本当だよ」
二人の過保護な保護者たちは再び溜め息を吐き出すと、眼差しを変えた。
「ディストいけるか?」
「おう。こういう時のSランクだろ」
Sランクという身分は何も強さだけの象徴ではない。それに付随した権力も与えることによって、他国への流出も防ぐ役割を持っている。
そのためそこまで成り上がることは容易ではなく、強さだけではなり得ないものだ。勿論最高峰の強さは前提であり、そこに教養、マナ―、常識など王侯貴族からの指名依頼も少なくないためにそんな試験が課せられる。そこをクリアすると付随してそれなりの権力も有する事になるので、信頼もなければSランクにはなれないということだ。
「ギルドに報告して一緒に来てくれ。俺は先に行く」
「わかった」
Sランク冒険者と言う身分はサティア国に限り実に侯爵位と同等の権力を有する。勿論国の方針に意見するほどの権限はない。しかし有事の際その権限は大きく発揮する。そう、たとえば手続きがとてつもなく面倒臭い貴族の邸のアポなし訪問、など。
ディストは身体強化をしてから出来る速度でキレンディル子爵別邸と思わしき場所まで走っていく。流石にすぐに突入する事は出来ないため、夜の帳が落ち切るのを待っていた。夕食が済んで気の抜けた頃を狙うのが定石だろう。忍び込むわけではないが。
―――――コンコンコン。
深夜にはまだ早い、夜と呼ぶに相応しい月明かりが煌めくそんな時間。漸く探査で調べたマーリルが動き出したことを確認してからディストは動き始めた。
キレンディル子爵別邸の扉をなんの戸惑いも無くノックする。
スタンガートはまだ来ていない。流石に貴族の邸に突入するのにいろいろな手続きと根回しが必要なのだろう。終わるまでには来て貰えると助かるが。そんな気持ちになりながら、人が来るのを待った。
「どちら様でしょうか」
こんな夜も更けたしかもいい噂の聞かない邸だ。警戒度はマックスだろう。犯罪真っ只中の今、人を入れたくないのはわかるが、
「俺はSランク冒険者ディストだ。邸の主を呼んでもらいたい」
「―――――っ!」
息を呑んだ雰囲気を感じた。
こんな有事の際にSランクと言う身分は真価を発揮するのだ。侯爵位と同等の権限を持つディストを子爵ごときが断れるはずもない。
「しょう、証明を……」
「ギルドカードだ」
こんなところで嘘をついても仕方ない、と応対している使用人らしき者も思ってはいるのだろうがそこは素直に従う。
稀少鉱石と魔石を使った偽造不可能なギルドカードはSランクともなると見るからに違いが出てくる。
ギルドカードは自分の身分証明にも使われる大事なものだ。再発行は出来ない事はないが、そんな大事な物をなくすと信用度が落ちるのでよほど間抜けな奴でなければ無くすことはないだろう。
それでも盗難、落下防止として首から下げられるようになっている。希少な空間魔方陣を魔石に刻み込むことにより、自分の意思で大きさを変えられるのだ。そのため普段は小さくして首から下げることが出来る。
互助組合は本来国に縛られない存在だ。各国と不干渉条約を健国時代から違えていない教会本部運営の互助組織である。そのため互助組合所属の冒険者たちも国を跨ぎ仕事を行うことが出来る。
しかしSランクにはそれは当てはまらない。
相応の権力と引き換えに国お抱えになってしまうのだ。それは教会も認めている事から、互助組合所属ではあっても国の要人としても扱われる。
そのためギルドカードに国花が刻印されている。
ギルドカードは手の平サイズの金属で出来ている。自らの魔力を染み込ませることにより、世界で使えるの者は自分のみ。下からG~SXまでのランクがあり、Gランクは未成人のための仮登録のためのランクであり鉛色をした街中で出来る依頼のみを受けることができる子供のお使い用のランクだ。
E・Fは一般的には下位ランクと呼ばれ初心者、または初心者を抜けたような奴等でブロンズのカードを持つ。
C・Dは所謂中堅処。中位冒険者でシルバーのカードを持っている。ここに属している者が一番多いだろう。
A・Bは上位冒険者。Aランクまで上り詰めれば一流と呼ばれるに相応しい。Sランクの実力持ちも稀に居り、自らの意思で国に仕えないか教養などで受からなかった者も過去には居たらしい。カードはゴールドだ。
そして魔操師同様Aランクは更に三つに分けられる。Aランク・AAランク・AAAランク、そしてSランクに続く。
何れもこの世界の創世神の横顔が刻印されており、それはどこの国で発行していても同じデザインだ。教会が祀る一神教である創世神を描くのは当然のことだった。
そしてSランクはブラックのカードに創世神の横顔、それにサティア国の国花である『イクシル』という六枚の花弁と中心が色の違う花が刻印されている。これこそがサティア国所属という意味になり、使いどころを間違えると国家間での諍いの種にもなるので普段は勿論ただの冒険者としか使用しない。国花は魔力で自在に出し入れ可能だ。
ちなみにSXランクのギルドカードは一般的には知られていない。
そんなことをつらつらと考えていると使用人が漸く主を連れて来た。
「オガイク=キレンディルと申します。こんな夜更けにどうされましたか?」
「ディストだ」
ディストがギルドカードを提示しながら睨みつけると、揉み手をしてきそうな表情でオガイクはとぼけて見せた。鼠のような男と聞いていたディストは、「まんま鼠じゃないか」と思ったことは心の中でだけに納めておいた。
オガイクはよく見ると口の端を歪めていて、逃げられない事は悟っているようだった。
Sランク冒険者に権力があることを知る市民は少ない。
Sランクが少ないことも起因しているが、そもそも自由を尊ぶ冒険者がそんな面倒くさい国のいざこざに自らの意思で首を突っ込む事が少ないからだ。
しかし、貴族側はそうではない。いつその無駄な権力を行使されるかわからないからだ。目の前にいる裏で何をしているかわからないような者は特にその辺の事情は詳しいだろう。だがもう遅い。
「俺の友人がこの邸にいるようだ。中に入らせてもらう」
―――――横暴だ!高慢だ!
貴族が冒険者に言う台詞ではないがまさにその通りなので何も言えない。ディストは構わずに実力行使にでる。力づくで邸内に侵入したのである。
「でぃ、ディスト様!」
何を思って様付なんぞしているのかはわからないが、喧嘩を売る相手を間違えたのだ。
繋げたままの探査を頼りにむんずと進んでいくディスト。後ろで何事か騒いでいる鼠男の事は既に頭には無い。
「どけ」
漸くそれらしい扉の前に立つと見張りらしいいかにも荒くれ者の男が二人立っていた。
「んだぁ、お前!」
実力差もわからないようでは話にならない。ここも力づくで通るとしよう。
脳内会議の終了したディストは身体強化を腕に偏らせて、目の前に迫る男を一息で殴りつけた。
「っ!」
同時にただ黙って成り行きを見ていたもう一人の男を蹴り飛ばすと、守っていたらしい扉にぶち当たり盛大な音を立てて扉が開いた。
「マーリル!どこだ!?」
まだ地下の様子は見えない。しかし気配はするので大声で呼んでみる。
「ディストさん!こっちです!」
少しするとマーリルから返答があった。探査はその場から動いていないため動けない理由があるのだと思い先に進もうとする。が、先程の荒くれ者たちの仲間なのかゾロゾロと柄の悪い連中が湧き出て来た。
(そもそも貴族の邸からこんな連中が出てきたら駄目だろ)
呆れとも憐みとも取れるような溜息を吐いてから、ディストは再び身体強化を施す。負けるわけはないが殺しはまずい。手加減に重きを置いて目の前の男たちと対峙した。
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